テレビゲームやカードゲーム、アニメや各種キャラクターグッズなど、海外でも大きな人気を誇っている人気の日本のコンテンツ、『ポケットモンスター』。その初の実写映画を完成させたのはアメリカ映画界だった。
『バイオハザード』や『サイレントヒル』シリーズなど、日本のゲーム作品はアメリカで映画原作として興行的な成功を収めている実績があり、2月に全米公開された『ソニック・ザ・ムービー』はゲーム原作映画史上最高のオープニング成績を記録した。さらに今後もハリウッド版『モンスターハンター』などの公開が待たれている。そのなかでも、映画『名探偵ピカチュウ』の直接の原作となる同名ゲームを含めた『ポケットモンスター』シリーズは、日本的な「かわいい」センスが重要になる、とくにアンリアルな作品であるだけに、実写化のハードルがきわめて高かったはずだ。
しかし実写映画『名探偵ピカチュウ』は、そんな懸念を乗り越え、期待をはるかに超える映像化作品となった。ここでは、そんな本作の様々な工夫を振り返り、アメリカ映画の力によって、さらに進化したポケモン世界について語っていきたい。
3DCGで表現されたポケモンたちの造形。激烈に「かわいい」ピカチュウに中毒者が続出
まず目を引くのは、実写に合成された3DCGによるリアルなポケモンたちの造形だ。フシギダネ、コダック、リザードンなどなど、ポケモンに親しんだことのある人ならおなじみのイメージそのままに、ポケモンが実体を持って現実に存在したらこのような姿だろうという、絶妙なバランスが見事に反映されているのである。
なかでも、マスコット的存在であるピカチュウのデザインへのこだわりは、尋常ではない。この新生ピカチュウともいえる造形については、原作のイメージから離れ、ふさふさと毛が生えた別の生き物のようになってしまっているにも関わらず、激烈に「かわいい」のである。
映画の観客が依存症のようにピカチュウを求め、SNSで拡散された。実写版ピカチュウがただ音楽に合わせて踊る姿をループさせた映像を、にやけながら延々と見つめる人々を生み出したほどだった。
それは、同じように異常とも思えるようなこだわりで、これまでにない映像を生み出した『パシフィック・リム』(2013年)や、『GODZILLA ゴジラ』(2014年)を制作したレジェンダリー・ピクチャーズによって本作が生み出されていることを知れば、ある程度納得できるところだ。
平面的なセンスを残しながら、立体的かつ生き物としてのリアリティを持つ。新しいピカチュウは「和洋折衷」のキャラクター像?
日本の作品ではデフォルメされることで──例えば表面がツルツルしているように感じるなど──実在する生き物としてイメージしづらかったピカチュウが、ここで生き物としての実体感を持つことになったのは、理由がある。
ディズニーによるクラシックアニメ作品『バンビ』(1942年)には、今回のピカチュウのように、愛くるしい姿で人気のある、とんすけ(英語では「Thumper」)というウサギのキャラクターが登場する。『バンビ』本編を鑑賞している人には理解してもらえると思うが、このとんすけは、脳に悪影響があるような気がしてくるほど、愛らしい姿でわれわれを狂わせるところがある。
じつは、とんすけはイギリスの絵本『ピーターラビットのおはなし』の続編『ベンジャミンバニーのおはなし』の登場キャラクターが基になっている。ピーターラビットの絵は、かなりリアルな描写によって描かれているのが特徴で、そのような生き物としての自然なかわいらしさがベースとなっている。それをアニメキャラクターとして単純化したとんすけもまた、「生き物らしさ」を残したデザインとなっている。
同じ欧米の作品であっても、ウサギの姿を極度に抽象化したミッフィーや、コミック作品のなかで犬をペン画で描いたスヌーピーのように、平面的で記号的なセンスに落とし込んだ「かわいさ」を追求したキャラクターデザインもある。漫画文化が浸透している日本では、クリエイターはこちら側のセンスでキャラクターを造形する場合が多い。
本作のピカチュウは、そのような平面的なセンスでデザインされたものを、立体的にするだけでなく生き物としてのリアリティを甦らせる方向にリデザインされているのだ。その意味で、この新しいピカチュウは、平面的なセンスを残した部分を持つ、「和洋折衷」のキャラクターになっているといえよう。それだけに、これまでにないような激烈なかわいさを実現すると同時に、洋の東西でより広く人気を集められる存在に生まれ変わっているのだ。
ピカチュウの中身は、『デッドプール』ライアン・レイノルズ。声だけでなく表情や動きも
そして、本作のすごさはそれだけにとどまらない。劇中のピカチュウの演技は、なんと過激なヒーローコメディー『デッドプール』シリーズの主演俳優で知られるライアン・レイノルズが務めている。何を言ってるのか混乱するかもしれないが、こういうことだ。レイノルズの全身や顔の表情筋に装着したセンサーによって、彼の動きをモーションキャプチャーで再現し、ピカチュウの姿に変換した上で3Dアニメーションに反映しているのである。つまり、「かわいい、かわいい」と賞賛しながら見ているピカチュウの中身は中年男性なのだ。
ライアン・レイノルズのInstagramより
これは同時に、作品に大人の視点が加わっていることも意味している。近年、アメリカの子ども向け作品では、一緒に鑑賞する大人も楽しめるような、内容の深さが求められる。本作の監督ロブ・レターマンが過去に監督したCGアニメ映画『モンスターVSエイリアン』(2009年)もまた、そのような工夫がなされていた大作だった。
『ポケモン』を幅広い価値観に受け入れられる作品へと進化させた創意工夫
できるだけ多くの観客を呼び込むためには、さらなる創意が必要になる。今回、『ポケットモンスター』のスピンオフとして作られたニンテンドー3DS用ゲーム『名探偵ピカチュウ』が原作に選ばれているのは、本来のポケモントレーナーの活躍だけを描く内容では、多くの共感を得られないと考えたためだろう。そして、『ポケットモンスター』の核心部分であるバトル要素をメインに置くことを避ける意図があったはずである。
ポケモンバトルや、モンスターボールにポケモンを閉じ込める行為について、アメリカの動物愛護団体PETA(動物の倫理的扱いを求める人々の会)が、現実の動物虐待に関係する可能性をキャンペーンで訴えたように、そこにマイナスのイメージを持つ観客も一定数いるはずである。本作のように実写版であれば、より一層その生々しさが目立ってしまう。ジャスティス・スミス演じる少年が、バトルの中に割って入り、自身が危ない思いをしてもピカチュウを助けようとする場面を入れることで、本作は批判を受けないように倫理面での工夫をしているといえる。
これらの前向きな努力によって、本作は『ポケットモンスター』をハリウッド大作映画として成立させ、より広い価値観に受け入れられる作品へと進化させたのである。原作と何が違うのか、なぜそのように変更したのかに注目することで、作り手の意図が見えてくる。
『ポケットモンスター』は世界で受け入れられたコンテンツとはいえ、変わらず人気を維持していくためには、時代に合わせて変わっていかなければならない部分もあるはずだ。本作は、『ポケットモンスター』のみならず日本以外の社会で作品を発表するうえで、参考になるヒントがたくさんつまったものになっている。
- 作品情報
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- 『名探偵ピカチュウ』
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2020年5月22日(金)21:00~22:59に日本テレビ系『金曜ロードSHOW!』で放送
監督:ロブ・レターマン
脚本:ロブ・レターマン、ニコール・パールマン
出演:
ライアン・レイノルズ
ジャスティス・スミス
キャスリン・ニュートン
渡辺謙
ビル・ナイ
スキ・ウォーターハウス
リタ・オラ
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