ラブソングにおける性的マイノリティーの居場所
ラブソングは個人的なものなのだろうか、それとも普遍的なものなのだろうか。いや、それを両立させるものこそが愛の歌である……。
とはいえ、世の中で作られたほとんどのラブソングは、無意識的に異性愛を前提としてきた。歌詞で描かれる物語であったり、代名詞のジェンダーであったり、あるいはミュージックビデオのイメージであったりと、ちょっとしたことではあるものの、そこではシスジェンダーのヘテロセクシュアルにおける性愛を前提としていることが端々に表れているのだ。それは歌い手の多くが性的マジョリティーであるため、自然なことではある。
同時に、広く世に流通してきたラブソングに性的マイノリティーの居場所は少なかったのではないか、とも思う。そこで歌われている感情に共感を抱くことはあっても、その描写が異性愛に基づくものであれば、「自分のものだ」と感じられなくなってしまう性的マイノリティーもいるだろう。たとえば本稿の筆者はゲイだが、同性愛者であることをカミングアウトしている歌い手によるラブソングにはずいぶん励まされてきたし、その描写が具体的なものであればさらに感情移入できるものとなった。あるいはフィメール・ポップシンガーがゲイの間で人気が高いのも、恋の相手が男性のラブソングのほうが、女性を相手にした男性によるラブソングよりも共感しやすいということもあったかもしれない。
だが近年、とくに欧米では数えきれないほどのミュージシャンが性的マイノリティーであることをカミングアウトしていることで、ラブソングの幅もずいぶん広がっている。多彩なグラデーションを持ったラブソングたち……それらは、性的指向と性自認(SOGI)の多様さを知らしめることにも繋がっているし、さらには、性的マイノリティーのリスナーの感情をより解放することにもなっていると思う。ラブソングをもし「普遍的」と言うのなら、そこには性的マイノリティーの居場所があってしかるべきだ。
個人的な体験と、普遍的な感情の両立を目指す、サム・スミスの楽曲
サム・スミスはかつて自身をゲイ男性であると自認し、そうカミングアウトしていた。その歌は自身の感情や経験に基づいた個人的なものであったことは何度も語られてきたし、セクシュアリティーが率直に反映されたものも少なくなかった。その代表はたとえばセカンドアルバム『The Thrill of It All』(2017年)収録の“HIM”。そこでスミスは「彼」という代名詞を強調することで、このラブソングが同性愛を描いていることを宣言していた。
サム・スミス『The Thrill of It All』を聴く(Apple Musicはこちら)
いっぽうでスミスはセクシュアリティーやジェンダーを限定しないラブソングを得意としてきた人でもある。たとえば代表曲“Stay With Me”の歌詞にはジェンダーを固定する代名詞は登場していない。過ぎ去った一夜限りの恋を想う主人公の痛みをエモーショナルに歌うことで多くの人の共感を得て、大ヒット曲となった。また、“Too Good At Goodbyes”のミュージックビデオでは、女性同士のカップルと女性と男性のカップルが等しい扱いで登場する。「Goodbyes」が複数形であるのは、歌の話者が過去に複数の別れを経験してきたということでもあるだろうし、聴き手が誰でも感情移入できる歌だということを示してもいるだろう。ビデオの中では、スミスその人が男性と抱き合って、(発表当時は)ゲイの恋愛の描写を代表していた。この歌は個人的なものであり、普遍的なものであるのだと。
ノンバイナリーとの認識によって、より自由になった性表現
そのようにして性的マイノリティーのリスナーにも届く形で、ラブソングにおける個と普遍の両立を目指してきたサム・スミス。3作目となる『Love Goes』では、その両立がさらにジェンダーレスなものとして達成されているが、それはスミスが現在自身をノンバイナリーだと認識しているとカミングアウトしたことが大きいように思われる。
ノンバイナリーは男性と女性の二つの性に限定されない性自認や性表現を示すもの。スミスは2019年に自身がノンバイナリーであることを公表し、三人称もジェンダーを男性か女性かに限定しない「they / them」を望んでいるとした(本稿では、「they / them」の訳語としてクィア文学研究者らから提唱されている「彼人」を採用する)。10代の頃から女性向けのファッションを選ぶこともあった彼人は、自身のジェンダーやセクシュアリティーのあり方に対して混乱することもあったと言う。けれども、自身をノンバイナリーと認識したことによって、以降シンガーとしてのスミスの性表現はより自由なものになっていく。
2019年に発表された“How Do You Sleep?”のミュージックビデオで上半身裸の男性ダンサーたちを従えつつハイヒールで踊る姿も話題になったし、あるいはグラマラスなメイクでドラァグクィーンたちと登場した“I'm Ready”のビデオもインパクト抜群だ。よりクィア的な表現が目立つようになり、そのことで彼人も自信に満ちるように輝いている。
『Love Goes』は、そんなスミスの現在を率直に表現したラブソングが詰まったアルバムである。あるときは情熱的なダンスポップで、あるときは官能的なソウルで、あるときは切ないバラッドで表現される性愛は、具体的な描写を取りながらも、そこに同性愛と異性愛の垣根はない。ジェンダーを限定しない「I」と「You」を巡る濃密なドラマが、スミスの情感のこもった歌で繰り広げられる。ジェンダーとセクシュアリティーにおいて彼人が自分らしくあることで、その歌はより自由に響き、より普遍的な強度を獲得しているのである。
タイトル曲“Love Goes”は静謐なバラッド曲で、現在のスミスのシンガーとしての表現力の高さがよく表れた佳曲だ。歌で描かれているように「Love Goes」とは「愛は去る」という意味だろうけれど、同時に「愛は前に進む」ことを表しているように自分には思える。時代とともに愛の形は多様なものとして広く認識されるようになり、ラブソングもまた未来に向かって進むのである。
- リリース情報
-
- サム・スミス
『Love Goes』(CD) -
2020年10月30日(金)発売
価格:2,750円(税込)
UICC-100511. Young
2. Diamonds
3. Another One
4. My Oasis (feat. Burna Boy)
5. So Serious
6. Dance ('Til You Love Someone Else)
7. For The Lover That I Lost
8. Breaking Hearts
9. Forgive Myself
10. Love Goes (feat. Labrinth)
11. Kids Again[Bonus Track]
1. Dancing With A Stranger (Sam Smith & Normani)
2. How Do You Sleep?
3. To Die For
4. I'm Ready (Sam Smith & Demi Lovato)
5. Fire On Fire
6. Promises (Calvin Harris & Sam Smith)
- サム・スミス
- プロフィール
-
- サム・スミス
-
イギリスのシンガーソングライター。『BBC Sound of 2014』で1位を獲得し、2014年に発表したデビューアルバム『イン・ザ・ロンリー・アワー』が全英1位、全米2位を獲得(日本デビュー盤は2015年1月)。2017年発表のセカンドアルバム『スリル・オブ・イット・オール』は、全米・全英1位を獲得。最新作『Love Goes』を2020年10月30日にリリース。
- フィードバック 7
-
新たな発見や感動を得ることはできましたか?
-