「いま」を映すUSポップカルチャー

ハリー・スタイルズの米VOGUE表紙。喚起した議論とその背景を紐解く

(メイン画像:ハリー・スタイルズのシングル『Golden』ジャケット)

米『VOGUE』史上初の男性単独表紙。ドレスをまとったハリー・スタイルズに寄せられた声

1994年イングランドに生まれたハリー・スタイルズは、2020年現在、西洋ポップカルチャーの理想的な「新たな男性像」として立っている。そのソフトかつワイルドな魅力は、アメリカの大衆をも魅了したと言っていい。

おおよそ10年前よりOne Directionのメンバーとして世界中を魅了していった彼は、今年ソロアクトとして大きな成功を収め、アメリカ版『VOGUE』誌12月号の表紙を飾った。同誌127年もの歴史において、男性の単独表紙は初めてだ。無論、その偉業には祝福が寄せられていった。しかし、結果的に、より大きな規模で喚起したのは、賛否交わる議論だったかもしれない。米国を代表するファッション雑誌の表紙で、ハリーはドレスを着ていたのだ。

アメリカ版『VOGUE』2020年12月号表紙。ソロで同誌の表紙を飾った男性はハリー・スタイルズが初めて

ドレスを纏う男性スターを表紙にした『VOGUE』の狙いは明白だ。同誌のインタビュー中、ハリー・スタイルズはファッションについて以下のように語っている。「本当にエキサイティングなのは、境界線が崩れ去っていること。男性用の服、女性用の服……そうした垣根を取り除いてしまえば、遊び場が開ける」。つづいて、ドレスの創造主たるグッチのクリエイティブディレクター、アレッサンドロ・ミケーレの賛辞を見てみよう。「ハリーは、自然なことのように、自らのフェミニンな部分に触れる。彼は若者に大きな影響を与えている。完全に自由な遊び場で快適に過ごせるのだと伝えているんだ。革命家だと思う」。つまり、男性と女性、メンズとウィメンズといったラベルに囚われずにジェンダーニュートラルなファッションを楽しむハリー・スタイルズこそ「新たな男性像」……これこそが『VOGUE』誌の提起だと受け止めることができる。

『VOGUE』公式Instagramより

『VOGUE』の影響力は絶大だ。男性としてドレスを着こなすハリーの写真は、特に保守派の言論界から批判を呼び起こした。なかでも保守派のコメンテーターであるキャンディス・オーウェンズのツイートが代表例だろう。「強き男性なくして存続できる社会など無い。東洋はこれを理解している。一方、西洋では、着実に男性が女性化している……」。ハリウッドスターや民主党議員からの反論も呼び寄せながらも10万を超える「いいね」を獲得したこのツイートは、スローガンのような言葉で締めくくられている。「男らしい男を取り戻そう(Bring back manly men.)」。

保守派のみならず、リベラルなクィアコミュニティからも『VOGUE』を肯定しない声が挙がっている。特に活発なのが、ジェンダーニュートラルファッションを取り上げる際、シスジェンダーの白人男性セレブリティにばかりフォーカスする企業やメディア、社会への批判だ。ジェンダー・ノンコンフォーミング(既存の典型的なジェンダー規範に当てはまらない)の作家兼パフォーミングアーティストであるアロック・ヴァイド・メノンは自身のInstagramにおいて「ハリーの責任ではない」とした上で、そうした装いの文化を培ってきた有色人種トランスジェンダー女性たちが今なお拒絶される社会システムの問題を指摘し「白人男性がジェンダーニュートラルファッションの顔にならないほうがいい」考えを記している。

カニエ・ウエストやヤング・サグ……近年、男性ラップスターの間で活性だったジェンダーニュートラルファッション

ここ10年の男性音楽スターによるジェンダーニュートラルなファッション旋風を振り返ってみよう。過去を遡ればキリがないが、2010年代において、クィアアーティストたちの活躍と並行するかたちで「ムーブメントの始まり」と位置づけられるのはラップシーン、特に2011年ツアーにてジバンシィのスカート状キルトを着用して物議を醸したカニエ・ウェストだ。そして、この流れを決定的にしたのが、2016年、ミックステープ『Jeffery』のカバーアートにて鮮烈なロングドレス姿を見せつけたヤング・サグである。バッシングも受けた彼は、同年カルバンクラインのキャンペーンでこのように語っている。「ドレスを着たギャングスタになれるし、バギーパンツを履いたギャングスタにもなれる。そこにジェンダーなんてものはないように感じる」。ラップスターの立場から、ジェンダーニュートラルファッションを「ギャングスタ的にもなれるクールなもの」だと定義したのだ。

ヤング・サグの2016年発表のミックステープ『Jeffery』ジャケット

もちろん、ラグジュアリーファッションも大きな役割を果たしてきた。たとえば2016年、ルイ・ヴィトンのウィメンズがモデルと共にスカートを着用するジェイデン・スミスのキャンペーンをリリースしている。アーティスティックディレクターのニコラ・ジェスキエールは、1998年生まれZ世代のジェイデンを新世代の象徴と定義した。「彼は、真に自由な規範を吸収した世代を代表している。それは、ジェンダーに関するマニフェストや質問から自由であるということ」「彼にとってスカートを履くことは、その昔、男性のトレンチやタキシードを着用することを自身に認めた女性のように自然なことです」

2016年、ルイ・ヴィトンのウィメンズウェアの広告に起用されたジェイデン・スミス

既存の境界に囚われずファッションを「楽しむ」。若年層のアパレル需要とも合致するハリーのスタンス

こうした潮流のポップアイコンとなったスターこそ、ハリー・スタイルズである。音楽キャリア邁進とともにファッションアイコンとしての地位も確立していった彼は、特にアレッサンドロ・ミケーレによるグッチのアンバサダーとなって以来、フリルや真珠など、アメリカ社会においてフェミニンとされる装いで注目を浴びていった。とりわけ衆目を集めたのは、共同ホストを務めた2019年『メットガラ』におけるレースブラウスだろう。アレッサンドロは、友人でもあるミューズをこのように表現する。「ハリーには英国のロックンロールスターのオーラがある。若きギリシャ神のようで、ジェームズ・ディーン、そして少しばかりミック・ジャガーのアティチュードを持ち合わせている。だけど、誰よりも甘い。彼は、男性の見せる姿にまつわる新時代のイメージだ」(アメリカ版『VOGUE』2020年12月号より)

2019年の『メットガラ』でのハリー・スタイルズとアレッサンドロ・ミケーレ

ハリー・スタイルズのファッションのスタンスは、既存の境界線に囚われず「楽しむ」ことだ。表紙を飾った前述の『VOGUE』インタビューを読めば明白だろう。「服というのは、楽しんだり、実験したり、遊んだりするためにあるもの」「何事もそうだけど、人生で壁を作ると、自分自身を制限してしまうだけだ。洋服で遊ぶ楽しさはたくさんある。それが意味することについて深く考えたことは無い」

多様なファッションを自然に「楽しむ」ハリー・スタイルズは、アメリカでも人気を博すポップアイコンとして、若年層のうつし鏡のような側面がある。既存のジェンダー規範から逸脱するようなファッショントレンドが活性化した2010年代後半、注目を集めたのがグローバルシンクタンクのワンダーマン・トンプソン・インテリジェンスが2016年に発表した調査結果だ。ここでは、アメリカのミレニアル世代およびZ世代の若者が買い物においても性別二元論に囚われない傾向が紹介されている。「かつてほどジェンダーは人を定義しない」という設問に同意したミレニアル世代は全体の74%、Z世代は78%にのぼる。「ジェンダー指定なき衣服よりも自身のジェンダーに特化した衣服を購入している」と答えた割合は、ミレニアル世代で54%、Z世代に至っては44%に留まっている。つまるところ、ビジネス観点で言えば、ジェンダーニュートラルファッション需要拡大の機運がこれまで以上に高まったのだ。そして、一般的な大企業に広範かつライトな需要促進を目指しがちな性質があるからこそ、前出アロック・ヴァイド・メノンが呈したような問題意識は引き続き重要だと言える。

ハリー・スタイルズの“Lights Up“は2019年の「国際カミングアウトデー」と同日にリリースされ、映像や歌詞の内容から「バイセクシャルアンセム」とも受け止められた

ハリー・スタイルズの『VOGUE』カバーが促した様々な議論は今後も続いていくだろう。実のところ、ハリー当人も、このディスカッションに参加している。先日、『Variety』誌より2020年の「ヒットメイカー・オブ・ジ・イヤー」に選出された際、インタビューで前出キャンディス・オーウェンズの糾弾に応答したのだ。「XやYといった境界線はますますボヤけている」。彼の反撃はこれに留まらない。自身のInstagramにて、フリル状ブラウスを着用しながらバナナを咥えるファニーな写真のキャプションに、キャンディスの発言をそのまま掲載したのだ。それはある意味、2020年に求められる「男性像」たる彼が発するからこそ際だつ言葉かもしれない。「男らしい男を取り戻そう(Bring back manly men.)」



記事一覧をみる
フィードバック 9

新たな発見や感動を得ることはできましたか?

  • HOME
  • Music
  • ハリー・スタイルズの米VOGUE表紙。喚起した議論とその背景を紐解く

Special Feature

Crossing??

CINRAメディア20周年を節目に考える、カルチャーシーンの「これまで」と「これから」。過去と未来の「交差点」、そしてカルチャーとソーシャルの「交差点」に立ち、これまでの20年を振り返りながら、未来をよりよくしていくために何ができるのか?

詳しくみる

JOB

これからの企業を彩る9つのバッヂ認証システム

グリーンカンパニー

グリーンカンパニーについて
グリーンカンパニーについて