ムロツヨシ、真鍋大度、上田誠――映画やテレビドラマ、ステージ演出やMV、そして演劇など、それぞれの分野で独自の存在感を示している3人が、リモートでの打ち合わせを繰り返しながら、溢れ出るアイデアを形にするユニット「非同期テック部」をご存じだろうか?
新型コロナウイルス感染拡大により、今年4月に発令された「緊急事態宣言」に伴う自粛期間の最中に結成され、インスタライブやYouTube Liveで作品を発表したのち、Amazon Prime Videoで配信されたオムニバス映画『緊急事態宣言』に参加するなど、この半年のあいだに、次々と作品を生み出してきた非同期テック部。
どんなアイデアのもとに生まれ、何を表現するための集団なのか? キーワードは、「たとえどんな状況であろうとも、留まることなくアイデアを出し続け、ものを作り続けること」。ここでは改めて、その誕生から制作に至るまでの経緯を振り返りながら、リモート制作に伴う苦労と面白さ、果ては今後の目標について、3人へのメールインタビューを手掛かりに、整理してみたい。
ムロツヨシの「何かさ、やろうよ?」から始まった大人の部活
2020年の春、非同期テック部は産声をあげた。俳優・ムロツヨシの「何かさ、やろうよ?」というひと言から始まったという。
ムロ:何かやらないと、というより、何もやらないとただの時間になってしまうのが嫌だったんです。同じことを考えていた2人に声をかけてみました。
「同じことを考えていた2人」とは、BjorkやPerfumeのライブをはじめとするステージ演出やメディアアート作品で知られるテッククリエイターであり、実はムロの大学の同級生でもあるという真鍋大度(ライゾマティクス)と、京都を拠点とする劇団・ヨーロッパ企画の代表であり、ムロとは映画『サマータイムマシン・ブルース』(2005年)以来の付き合いだという上田誠の2人である。
自粛期間の最中に発せられた、そんなムロの漠然とした呼びかけを、真鍋と上田は、どんなふうに受け止めたのだろうか?
真鍋:自粛期間に突入して一瞬で立ち止まっているタイミングだったので、ムロさんのお声がけが嬉しかった。そして上田さんが入ることで足りなかったパーツ(脚本と演出)が揃って一気に制作に進みました。
上田:ムロさんから連絡がきて、リモートをつないだら真鍋さんもいて、僕はそのとき京都にいたので、「あっ、こういう風に新しいことが始まるんだ」と、ときめきました。明らかに面白そうだったので、一も二もなくという感じです。
「ムロが全く持ってないものを持つ2人。その2人をくっつけたムロを褒めたい」とムロが自画自賛するように、この3人が作品を共同制作するのは、このユニットが初めて。ムロの直感通り、程なく意気投合した3人は、リモート上でやり取りを重ねながら、やがて具体的なアイデアを「作品」という形に落とし込んでいく。
そして5月5日、彼らはムロが当時頻繁に行っていたインスタライブにおいて、ある種サプライズのような形で突如作品を発表するのだった。それが「非同期テック部」の記念すべき第1回作品『ムロツヨシショー、そこへ、着信、からの』だ。
インスタライブ中に、ムロの携帯に電話が掛かってくる。その相手は、なんとムロ自身である。携帯の画面上に現れたムロは、タブレットなど他の電子機器をつけることをムロに指示する。その画面上に現れるのは、またしてもムロなのだった。
そんなムロたちが、ごく自然に言葉を交わし合いながら、見る者を摩訶不思議なパラレルワールドへと誘ってゆく本作。「ムロたち」のほか、ヨーロッパ企画の永野宗典と本多力、さらには四千頭身の後藤拓実もチラリと顔を覗かせるこの作品の面白さは、生演劇のような臨場感と、生演劇では不可能な設定の妙。それこそが、「非同期テック部」ならではの面白さなのだった。
ところで、第1回作品発表の当日ギリギリまで悩んでいたという「非同期テック部」という奇妙なユニット名。それは図らずも彼らのスタンスを表したものになっている。
上田:「それぞれが非同期的にめいめいのパートを担いつつ、全体としてはなんだかよい感じで動いている、テックをベースにおいた面白表現を模索する部活」といった感じですかね。
ムロ:やりたくてやってる部活動です。本業とは線を引いてるつもりではありますが、この先はどうなるか、わからないですね。
真鍋:基本的には大人の部活動です。本業は別にあって時間を見つけてやる活動。でも、そこでの活動が本業へフィードバックすることもあります。
非同期テック部の3作品目となった、オムニバス映像作品『緊急事態宣言』への参加
リモート上で自由にアイデアを膨らませながら、「演者」、「テック担当」、「脚本と演出」という役割分担のもと、それを3人で形にしていく活動。そんな非同期テック部に転機が訪れたのは、YouTube Liveで第2回作品を披露して間もなくの頃だった。Amazon Prime Videoで配信されることになるオムニバス映画『緊急事態宣言』への参加の打診だ。
「5組の監督と豪華キャストが1つのテーマに挑む!コロナ禍に誕生した、新時代エンターテインメント。」という派手な惹句のもと、園子温、三木聡、中野量太、真利子哲也という、映画やドラマで活動する監督たちが、「こんな状況にある、いまだからこそ」を合言葉に、それぞれの短編作品を監督・制作したこの企画。その参加オファーが、非同期テック部のもとにも届いたのだ。
ムロ:すぐに2人に相談しました。難しい判断だな、と。かなり悩みました。もういろんな場でやられていることでもあったので。悩みました。
真鍋:見立てが難しいなと思いました。非同期テック部自体が緊急事態宣言で作られたものなので、活動をうまく紹介出来るといいのかなというところから、今回のような形になりました。
上田:プライムビデオ、映画の世界、コロナ禍における作品制作、という3つぐらいの未知へ踏み込んでゆくのだな、と思いました。発表する時期にどういう状勢になっているかも分からなかったので、のちのちどんな状況で見てもユニークなものでありたいな、と思いました。
「部活動」というゆるい形でスタートした「非同期テック部」にとって、まさしく転機となったこの企画。しかも、テーマは「緊急事態宣言」である。上記の3人のコメントにも表れているように、参加を決めるに至るまでは、3人のあいだで喧々諤々の議論が(リモートで)なされたのだろう。
かくして彼らが生み出したのが、『DEEPMURO』と題された20分ちょっとの作品である。
「緊急事態宣言」をテーマに、あるものはSF的な想像力を、あるものはドキュメンタリー的な手法を用いるなど、さまざまなアプローチが見られる今回の作品群の中でも、とりわけ異彩を放つ一作となった『DEEPMURO』。
「非同期テック部」にとっては3作目の作品であり、「生配信」ではない初めての「映像作品」となった本作ではあるものの、「ムロツヨシという役者を使ってテックで遊ぶコメディ作品」という基本コンセプトは変わらない。ただし、その共演者は柴咲コウ、きたろう、阿佐ヶ谷姉妹など、かなり豪華なものとなっている。それは、どのような試行錯誤を経て生み出されたのだろうか?
ムロ:真鍋から、テックとしてDeepFakeを使おうという案。そこからの上田さんの脚本。何人ものムロがいたら。という流れですね。
真鍋:DeepFakeを使ってセリフのある映像作品を作ってみたいと思っていたので手法については僕から提案して、いろいろと実験した動画をシェアして進めました。
上田:DeepFakeで何がやれるかやれないか、をまず実験でつかんだうえで、それを生かすようにして作品を作りました。なにかとネガティブな話題も多いこの技術ですけど、できるだけポップな取り扱いができるといいなと考えました。
例によってムロが増殖していく『DEEPMURO』
虚実入り交じったシュールなコメディ作品となった『DEEPMURO』。その簡単なあらすじは、次のようなものとなっている。
舞台となるのは、とあるダイニングバー。役者ムロツヨシは、念願だった柴咲コウとの恋愛ドラマの撮影に臨んでいる。しかし、ムロの様子がどうもおかしい。戸惑う柴咲は、心配そうにムロに話しかける。「ムロさん、いつもと違うけど大丈夫?」。そのとき、撮影現場に駆け込んできたのは……なんとムロツヨシ本人だった。
例によって増殖するムロ。けれども、今回の「ムロたち」の表情は、最初からどうも様子がおかしいのだ。その秘密は、3人のコメントにもあった「DeepFake」という技術にある。
「ディープラーニング」と「フェイク」を合わせた造語である「ディープフェイク」とは、人工知能(AI)の顔認証技術を用いた合成動画を意味する。その技術を用いて、誰もが自分の「顔」を自由に変えられるようになってしまったら? そんな「緊急事態」をコミカルに描いた本作の注目ポイントと制作上の苦労について、3人は次のようにコメントする。
ムロ:注目してもらいたいのは、こんなことができてしまう時代なんです、というところですかね。今、この時代にできてしまう。(苦労したのは)撮影時間が長く取れなかったので、(限られた)スケジュールのなか、満足いくカタチまで持っていったことです。
真鍋:マルチレイヤーの脚本と「不気味の谷」ギリギリのエフェクト。今回使った技術は、映像ソフトのプラグインになっている様なものではないので、制作のプロセスを最適化するのが難しかったです。一緒に制作をしているチーム、2bitくん、本間くん、竹村さんに助けられましたね。
上田:明らかに異形な、でもエモーショナルな作品になっているところ。役者さんにもいろいろと特殊な演じ方を要求する撮影だったのですが、みなさん心意気に乗ってくださり、顔のむきを極力変えない演技や、立ち位置の制約、段ボールや置物との芝居など、真摯にそして面白がって演じてくださったのが嬉しかった。撮影という山場をこえて、さああとはポスプロだ、となってからが実は本番だった。仕上げチームのみなさまには多大なるご苦労をおかけしました。
「(今後やって見たいことは)生、舞台です」(ムロ)
かくして、立ち上げから約半年という短い期間の中で、あれよあれよと作品を生み出し続けてきた、非同期テック部。さまざまなことが制約される状況下において、このようにリモートを駆使して作品を制作していくことに関して、当の3人は、どんな手応えと感想を持っているのだろうか。
ムロ:いや大変です。何もかも。これまではできたことができないわけですから。この面白さは、これから作られて、生み出されていくのかな、と思います。
真鍋:リモートが物珍しいフェーズはすでに終わってしまったので、これからは徐々に元通りに戻っていくのだと思います。このとんでもない時代、自粛期間をみんなで知恵を振り絞って制作した記録として作品が残っていけばいいなと思います。
上田:僕は京都に住んでいるせいか、世界が広がった感覚が大きいです。しかしそうとう呼吸があった人たちとやらないと、齟齬はあるでしょうねえ。
ちなみに、非同期テック部として、今後やってみたいことなどはあるのだろうか。最後にそう問い掛けてみたところ、ちょっと面白い答えが返ってきた。その答えが3人とも共通しているのだ。
ムロ:生、舞台です。
真鍋:お客さんが客席にいる、生の喜劇です。
上田:舞台がやれたらいいですし、映像作品も作ってゆきたい。まずは小さな実験をできるときに繰り返して、そのうち大きな一歩につながるといい。
なるほど。自身が脚本・演出・出演を務める舞台『muro式』を10年続けてきたムロツヨシはもちろん、ステージ演出で知られる真鍋、そしてヨーロッパ企画で脚本・演出を務める上田……よくよく考えてみるまでもなく、この3人はそもそも「ライブ」の人なのだ。
非同期テック部が、当初生配信にこだわっていたように、長回しを多用した今回の『DEEPMURO』も、実はかなり演劇的な「ライブ」作品だったのかもしれない。本来であれば「ライブ」で実現不可能なことを、「テック」の力で実現させてしまうような、新しい形のステージ。
非同期テック部の活動は、そこに至るまでの試行錯誤の記録であり、その「習作」を発表する「現場」なのだろう。それが今後、どういう形で実を結ぶのかは、まだまだ未知数ではあるけれど、いまだ終わりの見えないコロナ禍の最中にあって、彼ら3人が「ものを作ること」を止めなかったことは、是非とも記憶しておきたい。
- 作品情報
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- 『緊急事態宣言』
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Amazon Prime Video にて独占配信中
『孤独な19時』
監督:園子温
出演:斎藤工、田口主将、中條サエ子、関幸治、輝有子、鈴木ふみ奈『デリバリー2020』
監督:中野量太
出演:渡辺真起子、岸井ゆきの、青木柚『DEEPMURO』
監督:非同期テック部(ムロツヨシ+真鍋大度+上田誠)
出演:ムロツヨシ、柴咲コウ、きたろう、阿佐ヶ谷姉妹『MAYDAY』
監督:真利子哲也
出演:各国の人々(日本パート:岩瀬亮、内田慈)『ボトルメール』
監督:三木聡
出演:夏帆、ふせえり、松浦祐也、長野克弘、麻生久美子
- プロフィール
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- 非同期テック部 (ひどうきてっくぶ)
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2020年4月、緊急事態宣言下において俳優ムロツヨシ、ライゾマティクス真鍋大度、ヨーロッパ企画上田誠の3人で立ち上げた部活動。緊急事態宣言下で何かおもしろいものを作ろうと、5月5日に初めてムロの自室からInstagram生配信『ムロツヨシショー』を行い、上田は脚本と演出。真鍋は遠隔で映像、照明を制御するテックを担当。5月31日、YouTube Liveで早くも第2回作品を発表し、“今だからこそできる作品”をテーマに最新技術を交えて作品制作・配信を行ってきた。活動3回目となる今作が、生配信ではない初の映像作品となる。テックと物語を融合させるべく、日々トライアルアンドエラー中。
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