大森元貴のソロデビューの意味。2人の視点から『French』を紐解く

バンドの中心人物のソロデビュー作には、様々な思いや思惑、そして野心が渦巻いている。なぜバンドではなくソロ名義でのリリースになったのか、その曲はバンドとして発表することはできなかったのか。今後、ソロとバンドはどのように棲み分けられていくのか……少なからず、リスナー側はそのようなことを思いながら「ソロデビュー」というものを見つめるのが常だ。そして、そのバンドが多くのファンを抱えれば抱えるほど、その衝撃は大きい。

2月24日、Mrs. GREEN APPLEのフロントマン・大森元貴がソロデビュー作となるデジタルEP『French』を発表した。2015年に初の全国流通盤『Progressive』を世に放ったMrs. GREEN APPLEは、今やリリースした楽曲の総再生数が20億回を越える巨大な存在になった。その楽曲の先鋭性も相まって、大森元貴のひとりきりの船出は、やはり大きな驚きをもって迎えられた。合評形式でまとめた本稿はその驚きの奥にある様々な感情を、音と言葉に込められたいくつもの意図を照らしだすことを目的としている。

ひとりめの書き手は黒田隆憲。“French”で披露されたダンスを出発地点に、米津玄師“Lemon”などの振り付けを手がけた吉開菜央へのメール取材をヒントにして『French』を捉えてもらった。ふたりめの書き手は小川智宏。これまでの活動を見つめ続けてきた氏に、大森元貴のソロはどのような意味を持つのかを考えていただいた。

ふたりのテキストを読んでいただければ、本作はわずか3曲ではあるものの、大森元貴の今後にとって重要な作品であることがわかるだろう。

大森元貴(おおもり もとき)
1996年生まれ、作詞家・作曲家であり、現在活動休止中の5人組バンドMrs. GREEN APPLEのフロントマン。彼が生み出した楽曲のストリーミング総再生数は20億回を越えている。また、さまざまなアーティストへの楽曲提供やプロデュース、共作など、作詞家・作曲家としてもその活動の幅を広げており、最近では、BTSの弟分である韓国の男性アイドルグループ、TOMORROW X TOGETHERに“Force”を提供したことも記憶に新しい。2021年2月24日、ソロデビュー作となるデジタルEP『French』をリリースした。

『秩序とカオスの繰り返しで進んでいく』――“French”のMVの振り付けを手がけた吉開菜央の言葉をヒントに見つめる、大森元貴の核心部

テキスト:黒田隆憲

昨年7月8日、「フェーズ1完結」として活動休止を発表した5人組バンドMrs. GREEN APPLE。その全曲の作詞・作曲・編曲を担当している大森元貴がソロプロジェクトを始動し、第1弾となる3曲入りのデジタルEP『French』を2月24日にリリースした。

Mrs. GREEN APPLE(以下、ミセス)では楽曲のみならず、作品のアートワークやミュージックビデオのアイデアまで関わっている大森。自身のバンドのみならず、私立恵比寿中学、Kis-My-Ft2、最近ではBTSの弟分である韓国の男性アイドルグループ、TOMORROW X TOGETHERなど他のアーティストへの楽曲提供も積極的に行うなど多才ぶりを発揮しているが、本作で早くも新たな境地へと辿り着いている。

そのことは、タイトル曲“French”を聴けばすぐにわかるだろう。4分の3拍子で刻まれる、エフェクトされた琴のような音色のギタレット。そのアルペジオと共に、うっすらと聴こえる逆回転サウンドが、まるで「ここではないどこか」、もっと言えば黄泉の国に立ち込める「調べ」のように、聴き手の心をざわめかせる。そんなサウンドスケープを縫うようにして、抑制の効いた大森のボーカルが、どこか教会音楽にも通じるクラシカルなメロディを丁寧に歌い込んでいく。

精緻なガラス細工のような楽曲の世界観。それがサビで4分の4拍子となり、リズム&ベースの加わる後半でガラリと景色を変える。大森の歌うメロディがたった4小節の中で、1オクターブ半以上(「ド」から1オクターブ上の「ラ」まで)跳ね上がるのだ。まるで悲鳴のようなホイッスルボイスは、これまでの大森の作品ではついぞ耳にしたことがない。それまで積み上げてきた「秩序」あるサウンドスケープを、一瞬にして「カオス」へと引き摺り込むようなボーカルパフォーマンス。それはまるで、「バンド」というフォーマットを脱ぎ捨て、より自由な表現へと向かう彼自身の姿を表しているようだ。

ミュージックビデオはミラーレイチェル智恵が監督を務め、ダンサー吉開菜央がコレオグラフィを担当。生々しいカメラワークや、白と黒を基調とした映像、静止した状態から突然踊り出すパフォーマンスなど、光と闇、静と動、記憶と忘却、生と死の間を揺れ動くようなこの曲の世界観を、2人のクリエイターが見事に映像化している。

この曲をどう解釈したのか、吉開にメール取材を試みたところ、次のような答えが返ってきた。

吉開:歴史ある美しい作法を習って、人は技を習得するけれど、そのうちそうした、あらかじめ決められたルールや姿勢からはみ出たいと思うようになることがあると思います。けれどもはみ出てきたところで、知らぬ間にまた原点に戻ってきてしまう、そうした、秩序とカオスの繰り返しで、人の時間というのは進んでいくような気がして、ふたつの極の間を揺れ動いているさまが、踊りのようにも見える、そんなイメージでつくりました。

吉開が“French”のコレオグラフィで可視化してみせた「秩序とカオスの繰り返しで進んでいく」というテーマは、“French”という楽曲のみにとどまらず大森自身の現在と重なるようである。

「身体を使って表現することに前のめりというか、自分自身が踊るということに、すごくわくわくされていて、その心意気が素晴らしいと思いました」――こう吉開が回答してくれたことからも、“French”のミュージックビデオでダンスを披露するにあたって大森は自身の身体表現に新たな可能性を見出していることがわかる。大森のダンスの素質について、吉開は下記のようにも語っていた。

吉開:実は大森さん、運動神経がとてもよい方で、身体のリズム感、グルーヴ感が元々ある人でした。それに加えて、ただ振付通りにかっこよく動けるだけではなくて、どういうイメージ、肌感覚を持って踊るか、そういった身体の内側の感覚から踊ることの大事さをすぐに理解されていたので、ダンサーとしての可能性、無限大だなと思います。ぜひ、今後も踊りを続けられたらいいのにと思います。

大森元貴“French”ミュージックビデオより。吉開は具体的な振り付けに関して「身体は覚えている日常的な仕草のような、おぼろげな記憶のようなイメージもあったので、そうした、踊りと仕草の間のような動きを取り入れました」とメール取材で回答してくれた。

なお、ファルセットボイス、ホイッスルボイスを駆使しながら<忘れては無い>と祈るように繰り返される“French”の歌詞は、やがて必ず訪れるであろう「忘却」と、その先にある「死」への予感をも孕んでおり、全体的に穏やかな曲調であるにも関わらず、前述したようにどこか不穏な空気を纏っている。それは、ラテン語で「死を思え」という意味を持つ次の楽曲“メメント・モリ”で、さらにはっきりと表現されているのだ。

“メメント・モリ”はマーチングスタイルのリズムで、明るい日差しを浴びながら行進する姿が浮かんでくるような、オーガニックな手触りの明るく爽やかな楽曲。しかし歌詞を読むと、<旅立つ日が来るでしょう / わかっているけど、どんなだろうな / 怖い気も確かにするけれど / まだよくわからないや>と、死後の世界に想いを馳せたり、<君もいつの日かきっと / 遠くへ旅に出ちゃうけど / 思い出と生き続けるのでしょう / 寂しくは無いでしょう?>と、他者との死別を覚悟したり、全編にわたって「死を忘れるなかれ」というメッセージを発している。

大森元貴“メメント・モリ”を聴く(Apple Musicはこちら

死は決してネガティブなものではなく、生と隣り合わせにあるもの。「死」を「新しい世界への旅立ち」と捉えれば、それは忌み嫌うものではなく祝祭すべきもの。そんな大森の死生観は、この曲を締めくくる<自分の最期は、 / なんてこと無いのです。>というフレーズに集約されている。

そうした大森の死生観を踏まえた上で、“わたしの音(ね)”を聴くと、「それでも生きて、私は『わたしの音(=音楽)』を届けるのだ」という彼の決意表明のようにさえ聴こえてくる。左右のスピーカーに振り分けられた、エレキギターの緩やかなアンサンブルに寄り添うように歌うボーカルは、抑揚を抑えているからこその決意の強さが静かに伝わってくるのだ。

大森元貴“わたしの音”を聴く(Apple Musicはこちら

新たなる表現へ向かおうとする大森元貴。本作『French』は、そんな彼の生き方そのものを音にしたマニフェスト的な重要作品といえるだろう。

『人としてどう生きるか(そしてどう死んでいくか)』という歌のテーマと大森元貴。ソロ始動から読み解けるメッセージ

テキスト:小川智宏

Mrs. GREEN APPLEのフロントマン、大森元貴のソロデビュー作『French』は、リリースされるやいなや多くのファンに驚きと喜びをもって受け入れられている。実際、すばらしい作品である。何がすばらしいのかといえば、この『French』という作品が、大森元貴というアーティストの能力とセンスを強烈に見せつけるだけでなく、大森自身のキャリアから見ても強い説得力と存在感を放つものになっているからだ。

2020年7月、Mrs. GREEN APPLEは「フェーズ1」の完結とともに活動休止期間に入った。「フェーズ1」というからにはもちろん「フェーズ2」があるわけで、クリエイターやクルーを公募して新たなフィールドへと展開していく「Project-MGA」というアクションを始動するなどそこに向けた体制構築のための活動休止であることは明らかだ。その活動休止からおよそ8か月。ソロアーティストとしてついに動き出した大森。その音楽には、当然のことながら、彼自身の人生観や哲学が色濃く、そして切実に映し出されている。

大森元貴『French』を聴く(Apple Musicはこちら

表題曲である“French”を聴いて鮮烈に印象に残るのは、ループするリズムと声の存在感だ。バックトラックと歌、という構造ではなく、ときにトラックのレイヤーがボーカルセクションのような豊かさをもって響き、ときにボーカルのレイヤーがリズムとグルーヴを司る、シームレスでなめらかな音の重なり。鼻歌のようなさりげなさと爆発的なエモーションのあいだをふわふわと揺れ動くように進む表題曲“French”のおもしろさは、徹底的に非バンド的なイメージを描いていることだ。ソロアーティストなのだから当たり前と言えば当たり前だが、ここには「この形」であればこそ描き得る世界とメッセージが、深く刻まれているように思う。

リズムをスイッチしながら、時間を追うごとにトラックは厚みを増し、それにともなってボーカルもテンションを高めていく。そしてサビで階段を上るようにしてたどり着いた超絶ハイトーンが、まるで殻を破るような鮮烈なインパクトともに耳をふるわせる。その瞬間に聴き手に訪れるインパクトは、まるで、大森元貴というアーティストが今改めて生まれ落ちて産声を上げたかのようだ。閉じこもっていた感情と思想を、たったひとりで爆発・拡散させるような“French”の手触りは、それ自体が、彼が今ソロとして音楽を紡ぎ始めたことの意義、もっといえば「なぜ彼はこの2021年に、『ひとり』にならなければならなかったのか」という必然を物語る。

コロナ禍にあって、世界の様相は一変した。「何も変わらないよ」と嘯く人でも、きっと心の深層ではこれまでとまったく違う感情に出会ってきたはずだ。人と繋がること、あるいは繋がれないこと。生きるということと孤独は実はとても近いところにあるということ。この1年、我々が期せずして直面したのはそんな事実だった。そんな世界に対峙し、その世界で表現をし続けるために、大森はソロアーティストとして新たなスタートを切らなければならなかった……というのはちょっとロマンティックすぎるかもしれないが、『French』の音像とメッセージは、世の中に溢れ出た孤独を肯定し、救済するように響いてくることは確かだ。

ヒップホップやR&Bを通過したループ感やグルーヴ感、ジャンルや性別といった境界を超越する音と声のタッチ、ベッドルームミュージック的な穏やかさと個人性、そして自身のボーカルを「パーツ」として駆使することで描き出される人間的な生々しさ。“French”から受け取れる「どこまでも孤独で、だからこそ普遍的」という逆説的な印象は、それこそビリー・アイリッシュが代弁するような10代や20代の孤独な精神とも共振するきわめて同時代的なものだ。

大森元貴“French”を聴く(Apple Musicはこちら

<君との昨日を抱きしめて眠りたい>と他者の存在を激しく希求しながらも<出逢えたねって言える今日をいつか / 忘れてしまうなら / どうか>と「その先」を思い描く歌詞は、「人としてどう生きるか(そしてどう死んでいくか)」という大森元貴という音楽家が表現し続けてきた至上命題を、よりのっぴきならないものとして浮かび上がらせる。

その名も“メメント・モリ”(死を思え)と題された2曲目、そしてまるで会話のようなオーガニックなギターの重なりの上で<鼻歌でもいいから / 貴方の呼吸を見せて / 一秒でも私が生きてるって / 知らせて>と歌う3曲目“わたしの音(ね)”も含め、『French』の楽曲たちはより直接的に大森の世界観と人生観を突きつけてくる。コロナウイルスによって世界の抱える孤独性が浮き彫りになったこの時代にあって、孤独と向き合いながら生と死を見つめ続ける大森の姿は、それ自体がひとつのメッセージなのだ。

リリース情報
大森元貴
『French』

2021年2月24日(水)配信

1. French
2. メメント・モリ
3. わたしの音(ね)

プロフィール
大森元貴
大森元貴 (おおもり もとき)

1996年生まれの音楽家。作詞家・作曲家であり、5人組バンドMrs. GREEN APPLEのフロントマン。Mrs. GREEN APPLEでは全楽曲の作詞 / 作曲 / 編曲、さらには作品のアートワークおよびミュージックビデオのアイデアまで、楽曲に関するすべての要素を担当している。さまざまなアーティストへの楽曲提供やプロデュース、共作など、作詞家・作曲家としてもその活動の幅を広げており、BTSの弟分である韓国の男性アイドルグループ、TOMORROW X TOGETHERに“Force”を提供したことも記憶に新しい。2021年2月24日、ソロデビュー作となるデジタルEP『French』をリリースした。



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