コンプレックス文化論
第八回「遅刻」
第八回「遅刻」 其の三
ソラミミスト・安齋肇インタビュー
「締め切りよりも、仲間を大切にしよう」
トップ女優の名前を検索しようとすると、大抵、検索予測ワードとして「整形」が出てくる。それほど、彼女たちの美は妬まれているのだろう。「安齋肇」と検索すると、「遅刻」という検索ワードが出てくる。つまり、遅刻することを、みんなに予測されているのだ。まさに「キング・オブ・遅刻」、泣く子も帰る遅刻界のレジェンドが、15分遅れでやって来た。
安齋肇(あんざいはじめ)
1953年東京都生まれ。桑沢デザイン研究所修了。麹谷・入江デザイン室(76〜79)、SMSレコードデザイン室(79〜82)を経てフリー。音楽に関する様々なビジュアルから、キャラクターデザイン、雑誌連載、展覧会、CMナレーション、「タモリ倶楽部」空耳アワー出演など。現在、勝手に観光協会、宿題工作オバンドス、フーレンズ、みち のメンバー。ラストオーダーズ顧問。東京イラストレーターズソサエティ会員。第三回みうらじゅん賞受賞。
安齋肇の公式サイト
遅刻って、言ってみれば軽犯罪だからね
―どんな組織でも、加わってまず言われるのって「時間を守りなさい」ですよね。オマエ一人だけ来ないと色々乱れるぞ、なんて言われるわけです。
安齋:遅刻って、言ってみれば軽犯罪だからね。きっと人類が誕生して規律が出来た時に、真っ先に気にしたのが時間でしょう。
―時計の誕生とは関わりが深いでしょうね。時計ができたからこそ「3時にどこそこ」と言えるんであって、それまでは「朝焼けからしばらくしたら集まろう」とかだったわけですから。
安齋:「丑三つ時」なんて曖昧でしょ。宮本武蔵が巌流島に遅れてやって来て佐々木小次郎を待たせたでしょう、あれ、遅刻を利用した歴史の代表例になるでしょうけど、逆に言えば、あの時代の人達ですら、「時間は守る」ってことが基本だったわけですからね。
―ネットの検索に「安齋肇」と入れると予測ワードで真っ先に「遅刻」と出てきます。このことをご自分としてはどう受け止められますか?
安齋:不名誉な事ですよ(笑)。親だって、それはそれは心配してます。遅刻って、無精髭とか淫らな生活とか鼻毛が出てるとかそういうのとは次元が違うんですよ。一歩間違えれば犯罪。昔、役所の仕事をやって、どうしてもデザインが間に合わなくって、裁判沙汰になりそうなことがあったんですよ。結局、裁判にはなんなかったんですけど、そのパンフレットには「安齋、時間を守れ」って殴り書きがしてあったらしい。
今、国の秘密がどうのとか、色々動きにくい世の中になってきてますから、遅刻もきっと犯罪の対象になって、僕とか逆に遅刻防止を啓蒙するためのポスターになるかもしれない、顔にバツ印がついて。
―そもそも安齋さんが遅刻し始めたのって、いつなんですか?
安齋:親がとても過保護だったんですよ。例えば学校に行くにしても、玄関出てから僕がくしゃみしたら「これはだめだ」って厚着に着替えさせる。真夏なのに長い靴下履いたり、セーター着たりして。で、中学になって、おふくろが「朝茶は1日の難を逃れる」って言い始めて、とにかく「朝一杯、お茶だけは飲んでいきなさい」と。明らかに遅刻するって時間なのに、「遅刻してもいいからお茶を飲んでいきなさい」って。
―重視しすぎじゃないですか、朝のお茶。
安齋:逃れるはずの1日の難が、もうそこにあるわけ。
―「お母さん、お茶なんか飲んでるから先生に怒られたよ!」とは言わなかったんですか。
安齋:もちろん言いましたよ。そしたら「先生の言ってる事は守らなくてはいけないけれども、もし万が一、慌てて出て行ってね、車にぶつかったりしたらどうするの」って。
―だとするとですね、早く起きりゃいいじゃん、って思うんですけど(笑)。
安齋:そう、もっと早く起こしてくれれば良かったのに。いやでも、起こしてくれてもいたんだろうけど。
「タモリさんは僕にずーっと正しいことを言ってくれるんです
―その頃から既に、自分の身体の中で「遅れる」っていう感覚が麻痺してたんですか。
安齋:いや、「時間を守る」というよりも、「きちんと準備をして出かける」が重視されたんですよ。ローリング・ストーンズのキース・リチャーズが裁判に遅刻して怒られた話があるんです。その時の理由は、「ロールスロイスから降りる時に水たまりに足をつけてしまい、着ていたピンク色のスーツが汚れたから着替えに帰った」、これが理由です。いい話です。
―つまり安齋さんは、キース的な教育を受けてきた。
安齋:そうそう。泥水のかかったスーツを着てるってことは恥ずかしい事、人前に出るんだったらきちんとしていくべき、という。だから、今日は季節外れのテンガロンになってしまったから、気分的に良くないんですよ。こうなると精神的に落ち着かない気持ちになりますよね。
―遅刻することの利点ってあるんですか。毎日、すいません!っていうとこから入るわけですよね。
安齋:そうそう、自分が常に負けた状態から入るわけですよ。挨拶が「よぉ!」じゃないですからね。親しい人でも、初めての人に対しても、「あっ、あっ、ごめんごめん!」ですから。いつも会う時は下から入ってますから。なので、驕った人間にならなかった、これは唯一の利点。
―遅れて来たのに「おーおー、待った?」なんて人もいますけどね。
安齋:偉そうな態度で「おう、進んだ?」とかね(笑)。あるいは、いきなり自分の弁護を始めちゃう人。「いやいやもう大変でさ、今日はさ〜、朝からさ〜」と。
―でも多分、そうゆう「進んだ?」系の遅刻がいるから、安齋さんの「す、すみません」が、比較された上で赦されてるってところがあるんじゃないですか?
安齋:まあ、遅刻にも大柄(おおへい)・中柄(ちゅうへい)・小柄(しょうへい)ってありますからね。僕は小柄ですから。
―小柄だろうが、遅れてくること自体を怒る方って、そりゃあいっぱいいらっしゃったでしょう?
安齋:『タモリ倶楽部』でタモリさんが遅刻の度に「今日も遅刻して来たよ」って報告するので「安齋=遅刻」になってしまって、遅刻しないで行くと「なんだ遅刻しないんだー」ってガッカリされるんですね。そのことをタモリさんに伝えたら、「何あなたそれ、僕のせい?」「あなたがそれで苦労してるみたいな言い方だけど、あなたが遅れなかったらよかったんじゃないの?」って。
―全く正しい意見ですね。
安齋:そうなんです。タモリさんは僕にずーっと正しいことを言ってくれるんです。
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