『GRAPHIC IS NOT DEAD.』

『GRAPHIC IS NOT DEAD.』 Vol.5 日比野克彦&スプツニ子!対談 SNS時代のグラフィックの可能性

2つのヤマハが主催する、デジタルデータにおける平面表現を対象にしたコンペティション『Graphic Grand Prix by Yamaha』。この世に存在するあらゆるものが情報化可能であるかのようにも錯覚させる現代社会において、デジタルという現在地を定めながら、同時にそれとは相反する「存在。」というフィジカルなテーマを掲げて2012年に誕生した同コンペが、今年も開催される。

審査員長は、前回に引き続きアーティストの日比野克彦が担当。さらに、今年はデジタル世代のアーティストとして国内外から熱い注目を集めるスプツニ子!が審査員に加わり、より射程の広いコンペティションへと進化した。

今年のテーマは「いいの?」「いいね!」。ソーシャルネットワーク全盛の現代を象徴するキーワード「いいね!」に、反証を促すようなクエスチョンを併置させたこのテーマに込められたものはいったいなんだろうか。日比野克彦とスプツニ子!による対談を通して、『Graphic Grand Prix by Yamaha』が目指すもの、現代におけるグラフィックの役割、そして新時代の表現を考える。

今回はスプツニ子!さんが審査員に加わってくれたんですが、さっそくズバズバと鋭い意見をたくさんいただきました(笑)。(日比野)

―昨年に引き続いて、日比野さんは『Graphic Grand Prix by Yamaha(以下、『GGP』)』の審査委員長を務められます。今回は審査員にスプツニ子!さんが加わって、一味違った2回目になるのではないかと予感しているのですが。

日比野:前回は、最初に「絶対的なデザイン、グラフィックの可能性って何?」「時代を超えて、地域を超えて、どんな人でも感動させるような、存在感あるグラフィックとは何?」というところからヤマハの皆さんとスタートしたわけです。1970年代にNASAが宇宙に打ち上げた金属板があるじゃないですか。人工衛星に載せたやつ。

スプツニ子!:「パイオニア探査機の金属板」ですね。宇宙人に向けて、人間の男女の身体的特徴とか、太陽系での地球の位置を絵にして刻んである。

日比野:結論として、あれに並ぶ強さを持ったグラフィックを作るのは難しいんだなってことですよね。命題に一丸となってぶつかってみたけれど、ちょっとテーマが大きすぎたかもしれない。だから、応募されてきた作品も、個性的で印象が強かった一方で、審査する僕たちの側にも意見が分かれたり、ドラマがあったんです。でも、最初からヤマハ社員の熱意や意気込みの強さに共感する部分が僕にはすごくあった。今回はスプツニ子!さんが審査員に加わってくれて、このあいだ初めて打ち合わせをしたわけなんですけど、まあ、すごい鋭い意見が彼女から出てくるわけですよ。ズバズバと!

スプツニ子!:ふふふ(笑)。

日比野:そもそものコンペティションの意義や、「二次元と三次元の中間=2.5D」なんていうのも議論の中に現れて……。最終的には、「いいの?」「いいね!」が今回のテーマになりました。

日比野克彦
日比野克彦

いまの時代で、「どんなグラフィックがかっこいいのか」って考えたら、人のつながりを促すくらいのインパクトを持ったものじゃないかな、と思っています。(スプツニ子!)

―前回は、テーマが「存在。」でしたから、フィジカルな部分や作品の強度に価値を見出していくような流れでした。それに対してスプツニ子!さんのこれまでの活動は、作品をYouTubeにアップしたことが、ご自身のブレイクに繋がっていったように、身体的なアプローチとは異なる印象があります。

スプツニ子!:でも、日比野さんが目指そうとしているところと、今回のテーマって、私的にはすごく似ていると感じます。日比野さんの作品って、制作のプロセスを見せて、人を巻き込んで、あるムーブメントを作り出していきますよね。それって、いまソーシャルメディアで注目されているような要素を、ずっと前から先取りしていたと言えると思うんです。

―サッカー大会を企画したり、皆で船を作って航海したり。

スプツニ子!:今回のテーマが「いいの?」「いいね!」に決まったとき、日比野さんが「共感が大切なんだ」っていう話をされていましたが、ネット上でも、何か面白いことがあったときは、友だちに見せたくなったり、自分たちでもマネしたくなったりする。そういう気持ちを喚起するものが、ネット上ではバズる(話題になる)。例えば、ついこの前に流行った「マカンコウサッポウ」とか。

日比野:ああ、それ見た見た。女子高生たちがバーンってふっ飛ばされている写真だよね。

スプツニ子!:埼玉の女子高生がやり始めて、すごくインパクトがあるものだから、皆がマネするようになって、「ハドウケニング」っていう新しいバリエーションまで生まれた。さらに海外にも飛び火して、『スターウォーズ』のダース・ベイダー風にアレンジした「ベイダリング」が登場したり(笑)。これって、インターネットを媒介にしながら、現実の場所でさまざまなコミュニティーが立ち上がっているということだと思うんです。そういう意味で、「ムーブメントを起こす」ことができるビジュアルって、いまの時代のグラフィックとしてアリだなと思います。インターネットが普及してなかった時代のコンペティションって、審査員に選ばれないと作品を世の中に発信することができなかったけれど、いまはネットで発表できちゃう時代ですよね。そういう環境の中で、どんなグラフィックがかっこいいかって考えたら、人のつながりを促すくらいのインパクトを持ったものじゃないかな、と思います。

スプツニ子!
スプツニ子!

―「マカンコウサッポウ」と画像検索をすると、とんでもない数の画像がヒットしますね。影響力の大きさを考えれば、たしかに現代ならではのグラフィックとも言えるかもしれません。

スプツニ子!:近いものだと、フラッシュモブとか、PSYの“江南スタイル”とか「マカンコウサッポウ」を作った女子高生たちは、現代の表現者としては、かなり先を行っていると思いますよ。次の『GGP』グランプリを彼女たちにあげたいぐらい! でも、今の時点で大賞が決まっていたらヤバいですね(笑)。

『六本木アートナイト』は、寒い3月の夜に、暖をとれる場所があれば自然と人が集まる。そして何かが始まるだろうと、火をキーワードにしたんです。(日比野)

―今年3月に開催された『六本木アートナイト』で、日比野さんはアーティスティックディレクターを務めてらっしゃいましたね。そこでは、船や灯火をキーアイテムにして、来場者が街のさまざまな場所を訪ねていくような設計をされていました。今年で5年目(開催は4回目)を迎えた同アートナイトが、普段は美術館に行かない人たちにも広く認知されるようになったことも情報の波及性を裏付ける出来事だと思いますし、結果として大勢の人たちが六本木の街に集まるという体験性も今日的な現象と言えなくもない。日比野さんのフィジカルな活動とネット上のコミュニケーションの間には、実は親和性があるのかもしれませんね。

日比野:アートナイトのときに何を考えたかっていうと、3月の夜って寒いじゃないですか。だから、単純に「みんな暖まりたいだろうな」と思ったんです。暖をとれる場所があれば、自然と人が集まる。そして何かが始まるだろうと。それで暖かさの象徴である火をキーワードにしたんだよね。

スプツニ子!:人を集める着火点みたいですね。

左から:スプツニ子!、日比野克彦

―寒いから暖まりたい、っていうのはすごくシンプルな発想ですよね。それこそ「マカンコウサッポウ」も面白いだけでなく、すぐにマネできるというシンプルさも大きかった。これらの現象は、ネット上でのコミュニケーションが果たす役割が大きくなる現代社会において、グラフィックが持つ力とは何かを考えるきっかけになると思います。スプツニ子!さんは、足立区のラッパーを集めた『ADACHI HIPHOP PROJECT』をやっていましたよね。

日比野:それはどういうものなの?

スプツニ子!:足立区が主催するアートプロジェクトに「せっかくやっているのに足立区の若者が来ない、スプ子!助けてくれ!」って誘われたんです。それで、私がロンドンで暮らしていたときは郊外でラップが流行っていたから、ひょっとすると足立区も同じでは? と勝手に想像して、Twitterで「足立区でラップやってる人いませんか?」って聞いてみたら、やっぱりたくさんいて。リサーチのために足立区のラッパーコミュニティーの中心人物に会いに行ったりしたんです。和菓子屋の息子だったんですけど。

―和菓子屋のラッパー(笑)。

スプツニ子!:で、彼の和菓子工場で地元のラッパーたちと顔合わせして、足立区を紹介するバスツアーをやることになったんです。ラッパーがバスガイドになって、普段は足立区に来たことないような美大生やアートファンがお客さんになるっていう。「足立区の歌舞伎町」こと竹ノ塚ステーションとか団地をバスで回りながら、フリースタイルラップで紹介してもらって、みんなで「おおーっ!」って驚いたり(笑)。

日比野:地元のラッパーが即興のラップでガイドするんだ。ツアーは1時間くらい?

スプツニ子!:そうですね。その後にライブイベントを藝大内でやりました。このアートプロジェクトは私が関わった中でも特にフラットでソーシャル的ですね。スプツニ子!っていう名前はあったけれど、あくまでラッパーたちが主役。私はネットワーカー、カタリスト(触媒)的に動いた感じです。

左から:スプツニ子!、日比野克彦

―日比野さんの『種は船 航海プロジェクト』と近いものを感じます。

日比野:バスと船っていう、乗り物つながりもあるよね(笑)。このあいだ宮城県の塩釜に行って、新しいアートプロジェクトの打ち合わせをしてきたんだけど、塩釜湾の中に大きな島が4つあるんだよね。そこを船で巡りながら島同士の交流を促す、ブランディングするというもの。サイズ的には30分くらいあれば巡れてしまうような小さな湾なんだけれども、実は地元の人たちの行き来が少ないんだ。

―意外ですね。

日比野:塩釜湾ってすごく小さいけれど、もともと豊かな場所なんですよ。海って幸を運んでくれると言うけれど、塩釜湾には牡蠣のタネが漂流していて、ホタテ貝をばーっと海に沈めると、そこにタネがたくさんつく。で、それを広島とか全国の牡蠣の産地に送るの。放っておいても豊かなところ。だから、これまでそれぞれの島が独立して経済を成り立たせていて、交流も少なかった。でも、大震災の後は海が根こそぎぐちゃぐちゃになってしまった。これからは島同士が力を合わせてやっていかないといけない、っていうところでプロジェクトの話が持ち上がったんです。

日比野克彦

スプツニ子!:新たに関係を築いていくというのは大変ですよね。川の北と南でライバル同士、っていう話とかたまに聞きます。

日比野:どこにでも必ずあることだよね。船もそうだけれど、バスツアーで地域を回ったりすると、隣の生活圏のことをあらためて知る機会になったりする。アートはそのきっかけを作ることができるかもしれない。でも難しいのは、3.11のような危機感を喚起させる大きな問題がないと、何かを変えようとはなかなか思わない。外からアーティストがやってきて「何かやりましょう」って言っても、「俺たちで十分にやっていけるから余計なお世話だよ」っていう意見も実はあったりする。アートの押し売り、アートだったらなんでもOKでしょ、って考えるのはちょっと危険なときもあるんだよ。

コンペってこういうものでしょ? というイメージを取っ払いたい。これまでの「いい絵」の基準とは違う「いい絵」があるんじゃないか? と期待してます。(スプツニ子!)

―今回『GGP』のテーマである「いいの?」「いいね!」は、もちろんFacebookの「いいね!」から来ているわけですよね。そもそも、今回のテーマはどういう経緯で決まったのでしょうか?

日比野:「いいね!」っていうのはスプツニ子!さんが考えてきてくれました。でも、「いいね!」だけだと賛同者しかいないよ、っていう話になったんだよね。塩釜がそうであるように、実際にはいろんな価値観を持っている人がいるわけじゃない。それで僕のほうから「いいの?」っていうのを提案して。その合わせ技です。

左から:スプツニ子!、日比野克彦

スプツニ子!:2つの考え方が対話しあっているような不思議なテーマで、面白いですよね。やっぱり普通にコンペティションを行って、特別な作品を選ぶっていうんじゃないんですよ。対話や意見の衝突が必要だし、それをコンペ自体が体現しているとしたら面白い。私自身、コンペとかぜんぜん獲ってなくて、むしろ苦手なタイプだったんです。変なものを作っているけれど、決して技巧的にクオリティーの高いものではないな、っていう自覚があって。だから、YouTubeで作品を発表しようと思ったんです。


―既存のコンペティションのように、応募者たちが競い合って、ベストワンを目指すっていう感じではなく。

スプツニ子!:できれば、コンペってこういうものでしょ? というイメージを取っ払いたいですね。「ああ! あの『GGP』から出てきたやつだね!」って、みんなに認知してほしい。でも、私自身は「マカンコウサッポウ」は絶対に面白いと思ってますよ(笑)。巧いものよりも面白いものを見たいです。よくできたものよりも、面白いもの。

―「いい絵ですね」「すごい技術ですね」っていうだけじゃなくって、もっと感覚的に「これはいいね!」って思えるもの推したい、と。

スプツニ子!:「マカンコウサッポウ」の女子高生たちも、自分たちがやったことが概念的にどう新しいのかわかっていないと思うんですよ。ましてや、それがグラフィック、ビジュアルであるという自覚はないと思う。だから、応募する側の意識も変わらないといけない気がします。私たちも気づいてない概念や価値観は、まだたくさんあるはず。これまでの「いい絵」の基準とはまた違う「いい絵」があるんじゃないか? と期待しています。

―実は面白いんだけど、まさか作品になるとは思ってもみなかった、というような。

スプツニ子!:自覚なきアーティストたち、デザイナーたちがたくさん潜在していると思います。自覚なきイノベーターたち。

日比野:いままでのコンペだと、テクニック的に長けていて、「うわ、これってどうやって描いたの、すごいね」っていうのが基準だった。でも、今回は「私もやりたい。いいね!」っていう方向に振りたい。この記事が掲載されて、「マカンコウサッポウいいよね!」っていうのが流れたら、たぶんその種類の応募作品がどどどどどっと来ると思う。でも、きっと大賞を獲るヤツは、みんなに「マネしたい!」って思わせると同時に「けっこうこれは深いぜ、なかなかマネできないぜ」っていう、両方を併せ持ったものが来ると思うな。そういう作品を待ってます。

『Graphic Grand Prix by Yamaha』「存在。」をテーマにしたグラフィックを、ジャンル問わず募集中

イベント情報
『2013 Graphic Grand Prix by Yamaha』

応募期間:2013年6月3日(月)〜9月30日(月)
テーマ:「いいの?」「いいね!」
審査委員:
日比野克彦
スプツニ子!
ヤマハ株式会社 ヤマハ発動機株式会社 デザインセクションメンバー
川田学(ヤマハ株式会社 デザイン研究所 所長)
吉良康宏(ヤマハ発動機株式会社 デザイン本部デザイン・ディレクター)
竹井邦浩(ヤマハ・デザイン・スタジオ・ロンドン デザイナー)
並木育男(ヤマハ発動機株式会社 デザイナー)

プロフィール
日比野克彦 (ひびの かつひこ)

アーティスト。1958年岐阜市生まれ。東京芸術大学先端芸術表現科教授。東京藝術大学大学院修了。大学在学中の1982年にダンボールを使った平面作品で、第3回日本グラフィック展大賞、さらに翌年には第30回ADC賞最高賞を受賞し注目を浴びる。国内外で個展・グループ展を多数開催する他、パブリックアート・舞台美術など、多岐にわたる分野で活動中。近年は各地で一般参加者とその地域の特性を生かしたワークショップを多く行っている。

スプツニ子!(すぷつにこ!)

1985年、東京都で、英国人の母と日本人の父(ともに数学者)の間に生まれる。東京、ロンドン在住。ロンドン大学インペリアル・カレッジ数学科および情報工学科を20歳で卒業後、フリープログラマーとして活動。その後、英国王立芸術学院(RCA)Design Interactions科修士課程を修了。在学中より、テクノロジーによって変化する人間の在り方や社会を反映させた作品を制作。2009年、原田セザール実との共同プロジェクト『Open_Sailing』が、アルス・エレクトロニカで「the next idea賞」を受賞。2012年より神戸芸術工科大学大学院客員教授。主な展覧会に、『東京アートミーティングトランスフォーメーション』(2011、東京都現代美術館)、『Talk to Me』(2011、ニューヨーク近代美術館)など。



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