菅野よう子×神山健治×渡辺信一郎『音楽がアニメーションをどう変えるか』第1部
『音楽がアニメーションをどう変えるか』というテーマのシンポジウムを行うべく集まったのは、もはや二度と見ることはできない(?)超豪華メンバーたちだ。数々の名作アニメーションやゲームの音楽を作曲・編曲してきた音楽家・菅野よう子。テレビアニメの話題作『東のエデン』を手がけ、劇場公開映画も待機中のアニメーション監督・神山健治。そして『カウボーイビバップ』など独特のセンスが光る作品で多くのファンを持つアニメーション監督・渡辺信一郎。この三氏に加え、司会には脚本家の佐藤大を迎えた本イベントでは、「その場でアニメーション映像に音楽を付ける」というかつてない試みが行われることとなった。その興味深いコラボレーションを、できうる限り再現した本原稿、ぜひじっくりとお読みいただきたい。
菅野よう子
SMAP、今井美樹、小泉今日子、Crystal Kay、元ちとせといったアーティスト達への楽曲提供/プロデュースワークをも手がけ、CM音楽の分野では98年「ビタミンウォーター」で三木鶏郎広告音楽賞を受賞。第13回日本ゴールドディスク大賞を受賞した『カウボーイビバップ』をはじめ、『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』『創聖のアクエリオン』『マクロスF』などのアニメーションから、『下妻物語』『はちみつとクローバー』などの実写映画まで活動の場は多岐にわたる。神山健治
高校在学中より自主アニメーションの制作を始める。卒業後も自主アニメーションの制作を続け、1985年スタジオ風雅に入社。劇場作品『AKIRA』『魔女の宅急便』等に背景として参加。1996年、プロダクションI.Gにて押井守が主催した押井塾に参加。同時期に劇場作品『人狼 JIN-ROH』演出、『BLOOD THE LAST VAMPIRE』脚本、『ミニパト』監督と着実に実績を積み上げ、TV『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』、『攻殻機動隊S.A.C. 2nd GIG』、『攻殻機動隊STAND ALONE COMPLEX Solid State Society』、『精霊の守り人』、『東のエデン』を監督。第9回アニメーション神戸個人賞受賞。渡辺信一郎
1994年、『マクロスプラス』で監督デビュー(共同監督)。98年、『カウボーイビバップ』で高い評価を得た。その後、『COWBOY BEBOP 天国の扉』(00)、『サムライチャンプルー』(04)を監督。『アニマトリックス』(03)では短編「KID'S STORY」「A DETECTIVE STORY」の2本を手がけ、『Genius Party』(07)にも短編「BABY BLUE」で参加している。音楽に造詣が深く、『マインド・ゲーム』(04)『ミチコとハッチン』(08)などでは音楽監督を務めている。佐藤大
19歳の頃、主に放送構成・作詞の分野でキャリアをスタートさせる。その後、ゲーム業界、音楽業界での活動を経て、現在はアニメーションの脚本執筆を中心に、さまざまなメディアでの企画、脚本などを手がけている。2007年、ストーリーライダーズ株式会社を代表取締役として設立。脚本代表作として、『カウボーイビバップ』、『攻殻機動隊STAND ALONE COMPLEX』、『交響詩篇エウレカセブン』、『東のエデン』がある。
アニメーションの画に音を付けていく感覚を、皆さんと一緒に体験してみたかったんです(菅野)
佐藤:どうも、こんにちは。今日の司会を務めます、本業は脚本家の佐藤大です。うわー、お客さんすごい入ってますね(笑)。ありがとうございます。
本日のテーマは、『音楽がアニメーションをどう変えるか』。なんだか固いテーマですが、ダラっといきますのでよろしくお願いします(笑)。では、まず始めに聞いておきたいのですが、今日登場されるお三方の作品を観たり聴いたりしたことがある方は、どれぐらいいらっしゃいますか?(大半のお客さんから手が挙がる)なるほど。じゃあ、説明の必要はないですね。ご存知『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』(以下『攻殻機動隊 S.A.C』)の神山健治監督と、『カウボーイビバップ』『Genius Party』(「BABY BLUE」)の渡辺信一郎監督お二人と、作曲家の菅野よう子さんにこれから登場していただきます。
佐藤大
『カウボーイビバップ』でナベシンさんと菅野さんが出会ったわけですが、じつは僕が脚本家としてデビューさせていただいた作品でもあるんです。そのあとで、神山さんの攻殻機動隊にも携わることになったので、お二人は僕自身とてもお世話になっている監督さんなんです。
そんなお二人どうしが初めて出会ったのが、去る7月7日に行われた、菅野さんのコンサートだったんですね。で、このたび菅野さんからじきじきに、今回のシンポジウムに、ぜひお二人をお呼びしたいという提案があったわけです。
それではまず、神山監督、渡辺監督に登場していただきましょう。よろしくお願いします!
(神山氏、渡辺氏が登場。会場、割れんばかりの拍手)
渡辺:アニメの監督をやっております。渡辺信一郎です。なんか、文化庁にふさわしくないゲストですいません(笑)。
神山:僕もアニメの監督をやっています。神山健治です。すいません、元気が無くて…(笑)。
佐藤:それではまず、菅野さんに初めてお会いしたときの印象と、その後の印象の変化などを教えていただきたいのですが。
左:渡辺信一郎、中:神山健治
渡辺:僕は『カウボーイビバップ』の前にやった『マクロスプラス』っていう作品で出会ったんですが、菅野さんはあんなキャラクターなので、自称作曲家らしいけど、本当に曲を作れるの?(笑)って。でも、出来上がってきた曲を聴いたら、愕然としまして。疑って悪かったなと思いました。
神山:僕はもう全く逆で、菅野さんがスーパースターになられてからお会いしているので。『攻殻機動隊 S.A.C』の音楽を菅野さんにお願いしたいとプロデューサーから言われまして、僕が交渉に行ったんですけれども、断られたらもうこの企画は終わりだと(笑)。で、ものすごく緊張して会ったので、かなり頼りない奴に見えたらしいんですよ。その姿を見て、可哀想になって引き受けてくださったんじゃないかな、と思っています(笑)。
佐藤:ではここで、企画の首謀者を呼んで、忙しいお二人を呼び出していったいなにがしたいのか、聞いてみることにしましょう。菅野よう子さんです、どうぞ!
(菅野氏が登場。会場しばらく拍手が鳴り止まない)
菅野よう子
菅野:こんにちは、菅野よう子です。えーと、あの、特に言いたいこともないので、一曲弾こうと思います。
(菅野氏、ピアノで演奏。会場、ため息)
佐藤:ありがとうございました! まずは名刺がわりに、菅野さんのいろんな曲をズラっと弾いてもらった感じですね。
先ほども申しましたが、本日のテーマは『音楽がアニメーションをどう変えるか』です。今から3週間前のことですが、菅野さんから突如「今日はトークショーにしない方がいい」という意見をいただきまして(笑)、それから内容をすべて作り替えたんですね。トークではなく、実際にここで皆さんと一緒に、アニメーションに音楽をつけてみたい、というご要望なんです。
菅野:私の仕事は、音の付いていないアニメーションの画に――たまに画もまだ無かったりするんですが――音を付けていくことなんですね。そのときにどんな感覚で音楽を付けているのか、皆さんと一緒にナマで体験してみようじゃないかと、そういう企画にしたかったんです。
佐藤:具体的には、『カウボーイビバップ』と『攻殻機動隊 S.A.C』のアニメ映像を見ながら、本番で使ったものに限らず、いろいろな音楽を付けてみようという試みなんですよね。
渡辺:要するに、「私たちの仕事はこんなに大変なんだよ、苦労を知れ」ということですね(笑)。
佐藤:そうですね(笑)。ちなみに、菅野さんがこの企画を行う上で、このお二人を選ばれた理由はなんでしょうか?
菅野:なんというか、私がお仕事で関わらせていただいた中でも、自慢のお二方だからですね。「二大巨頭」というか。
渡辺:そんなことを言うと、他の監督が怒るんじゃないですか?
菅野:いや…彼らの前では、きっと同じようなことを言うと思いますが(笑)。
佐藤:うわ、大人な対応だー!(笑)。
“男道”に“ポリリズム”、「なんでもハリウッド」…いろんな音楽を付けて見えてくるもの
佐藤:菅野さんは、神山さんとナベシンさんで、音楽的なセンスに違いを感じますか?
菅野:そうですね。ナベシンさんは、音楽にとても詳しいし、作品の演出というか、作品のリズムがグルーヴしているんですよね。神山さんは逆に、知性的というか、言葉がしっかりしていらっしゃるので、私たち音楽班としてはそれをいかに壊すか、いかにいたぶるか、ということを目指します。
佐藤:では早速、まずは『攻殻機動隊 S.A.C』の映像に、菅野さんとナベシンさんが、なにか本番で使ったものとは別の曲を付けてみる、ということをやってみたいと思います。まずは効果音とセリフのみで、第1話の映像を観てみましょうか。
菅野:あの超有名なシーンですね。主人公の草薙素子が、高層ビルから飛び降りるという。以前の攻殻機動隊シリーズでもよく使われているところです。では、どうぞ。
(『攻殻機動隊 S.A.C』第1話の断片を、効果音とセリフのみで上映)
菅野:かっこいいですね!!
神山:第1話ですから、気合いが入ってますね〜。いや、その後も頑張ってますけど(笑)。
菅野:いろいろ考える前に、まずは今いちばん売れている曲を付けてみようと思ったんですよ。それでオリコンをチェックしてみると、一番売れていたのは“男道”という曲だったんです(会場笑)。それでは、どうぞ。
(新選組リアン“男道”付きで先ほどの映像を上映。会場、大拍手。)
佐藤:最後に登場する、素子の相方のバトーが、全部持っていきますね(笑)。
菅野:このシーン、最新の音楽を付けているのに、すごく古臭く感じる(笑)。
神山:草薙少佐が、男らしく見えましたね(笑)。
菅野:…とまあ、これはおフザケですけど、攻殻機動隊と言えば「デジタル」な感じ、ですよね。いま売れているデジタルサウンドといえば、Perfumeでしょう! それでは、ちょっと当ててみましょうか。
(Perfume“ポリリズム”付きで上映)
神山:こんなアニメ、ありそうですね…。
佐藤:街のパチンコ屋で鳴ってる音がまぎれこんじゃった感じがしますね(笑)。
神山:タイトルが「少女戦隊〜」みたいなアニメでしょうね(笑)。もしかすると、僕の作品にはこの要素が足りないんでしょうか…(落ち込む)。
佐藤:いやいやいや(笑)。この人、止めないと違う方向に行っちゃうよ(笑)。
それでは、なんとなく皆さんに我々のやりたいことが伝わってきたところで、音楽プロデューサーもされているナベシンさんに、事前に選んできてもらった曲を発表してもらいましょうか。
渡辺:菅野さんから選曲しろと言われておりましたので、最近はずっとその作業に取り組んでいました。
まず始めに「なんでもハリウッド」というのをやろうと思います。いかにもハリウッド的な音楽の付け方をすれば、どんな映像でもハリウッド作品のように見えるのかどうか、検証してみようかと。
佐藤:「全米が泣いた!」っていう惹き句がつくような、ね。
(荘重な雰囲気の音楽付きで上映)
神山:いやー、今にも隕石が落ちてきそうでしたね。
渡辺:ハンス・ジマー作曲の、『ザ・ロック』という映画の音楽を流しました。いまのハリウッド映画の音楽って、だいたいハンス・ジマーみたいな感じなんですね。雰囲気としては合っているんですが、どの映画もみんな一緒に見えるのが弱点です。
攻殻機動隊には、古い刑事ノリの方が合うっていうことなんですかね(渡辺)
渡辺:次に攻殻機動隊は「刑事もの」なので、日本の有名な刑事ドラマの音楽を付けてみました。まずは、こちらから。
(ドラマ『太陽にほえろ!』のテーマ曲付きで上映。会場爆笑)
神山:素晴らしい!
渡辺:音楽と映像のタイミングが合うように、ちょっとだけ編集してます(笑)。
菅野:素子の雰囲気に、「この稼業もラクじゃない」というような悲哀が出てますよね(笑)。
渡辺:新しい「刑事もの」の音楽も付けてみたんですよ。こちらはどうでしょう。
(ドラマ『踊る大捜査線』のテーマ曲付きで上映)
渡辺:これは…ひどいですね。
菅野:なんか下品ですね。『太陽にほえろ!』とは全然ちがう…。
渡辺:攻殻機動隊には、古い刑事ノリの方が合うっていうことなんですかね。
佐藤:「スタイリッシュでサイバーでかっこいい」というイメージがありますが、さっきの“男道”といい、こぶしの効いた感じのほうが合ってるのかもしれないですね。
神山:僕はよく「遅れてきた団塊」なんて評されますからね…。70年代サウンドのほうが合うのかもしれないですね。
渡辺:じゃあ、さらに古くしてみましょうか。
(時代劇『暴れん坊将軍』のテーマ曲付きで上映)
渡辺:アクションに合わせて音楽を付けるやり方もありますが、こういう風にキャラクターが止まっているときに付けるやり方もあるんですよ。その意味では、状況そのものにも付けられます。例えば素子が悲痛な運命を負っていて、哀しい戦いを強いられているとします。その場合、アクションのし始めではなく、シーンの最初から入れるんです。「耐え忍ぶ女、素子」のコンセプトで、こちらをご覧ください。
(演歌“北の宿から”付きで上映、会場爆笑)
佐藤:敵キャラと素子が好き合っているように見えてきました(笑)。まるで痴話喧嘩のような…。
渡辺:神山さん、自分の作品を好きなようにいじくられて、怒ってないですか?
神山:いや、むしろ新しい側面を引き出していただいて感謝してますよ。
渡辺:じゃあ最後に、もし自分が頼まれたら付ける曲を流します。素子が狩猟民族のように狩りをしている、と見立てるやり方です。民族音楽的な、アフリカンな音楽を付けてみました。
(女性の歌声入りのアフリカンな音楽付きで上映)
菅野:うん、かっこいい!
神山:女性の声が入っているのもいいですね。
渡辺:じゃあ答え合わせというわけでは全くないですが、本チャンを聴いて締めましょう。
(『攻殻機動隊 S.A.C』第1話の断片を、本番の音楽つきで上映)
菅野:最初は違う雰囲気の音楽を付けていたんですけど、ちょっとサスペンス性があり、さらに素子さんが毎日こういうことをしているんだという日常感や、銃の音をかっこよく聞こえるようにしたりと、いろいろ細かく手を加えていますね。
これまで付けてきた音楽のうち、これが正解! っていうものはありません。私はけっこう“男道”が好きでしたね。
佐藤:僕は、『太陽にほえろ!』のテーマ曲は、どんな映像にも合うな、と気づきましたね。夜のシーンなのに夕陽が見えました(笑)。
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