第4回
浦上満女子も楽しめる、18禁の春画。
卑猥に感じさせない理由は、芸術性だけでない
日本伝統のエロティックアート「春画」が、いま注目を集めている。きっかけは2013年に大英博物館(イギリス)で開催された大展覧会。お堅くて真面目な日本人のイメージをくつがえす、おおらかで開放的な春画の性描写、そして洗練された芸術性に驚きと絶賛の声が寄せられた。
ところが日本では事情が180度違った。国内への巡回展は熱望されていたが、国内の公立美術館はさまざまな理由で難色を示し、のきなみ「ご協力できません」と返答。関係者の奔走でようやく東京の永青文庫での開催が決まり、9月19日に開幕して以降、予想を超えた賑わいを見せている。来年2月、同展は京都の細見美術館への巡回が決定した。
性やエロは人類共通の関心事なのだから、この好評は当然だろう。だが同時に、春画が海外では受け入れられ、故郷の日本では眉をひそめられてしまうことにも思わず納得してしまう。欲望をおおっぴらに表し、語り合うことのハードルが、現代の日本人にはまだまだ高いからだ。けれども、かつて春画を楽しむことは人目をはばかるようなものではなかった。春画カルチャーが花開いた江戸中期から後期、春画は男女等しく親しまれる、みんなのエンターテイメントだったのである。そんな春画の意外な真実と、春画の健全な楽しみ方を、東洋古美術の美術商でもあり、浮世絵コレクターでもある浦上満さんに聞いた。
テキスト:島貫泰介 撮影:豊島望春画とは
1人でひっそりと楽しむためのツールではない
『春画展』には浦上さんの春画コレクションも数多く出品されているそうですね。
浦上:はい。本業は陶磁器なんですけど、浮世絵のコレクションは趣味で18歳からやっています。
18歳! 早熟ですね!
浦上:浮世絵と言っても、葛飾北斎(江戸時代後期の浮世絵師)が絵の手本として発行したスケッチ集の『北斎漫画』ですよ(笑)。春画の存在は以前から知っていましたが、興味を持ったのは20年前にロンドンのオークションで出品されていたのを見てからなんです。
日本ではなく、海外だったんですか。
浦上:いまでは「春画コレクター」なんて呼ばれたりもしますが、最初の頃は僕も春画に対して恥ずかしさや偏見がありました。でも非常に質のいい春画と出会って、落札して日本に持ち帰ろうとしたんですよ。ところが日本の税関で止められて本国に送還させられてしまったんです。本国と言ってもイギリスですよ。「春画が生まれた国はどこだと思っているんだ!」と憤りましたね(苦笑)。
実際、日本での『春画展』も開催までにご苦労が多かったと聞きました。
浦上: JRの駅に『春画展』の交通広告を出しているのですが、最初は喜多川歌麿の『歌満くら』をデザインに使おうとしたんです。性器もおっぱいも露出してないし、男女の交感がほのかに漂う品のある名品です。ところが「男女の性を感じさせるからダメだ」と。
そういった問題が浮上してしまうあたりに、春画を巡る複雑さがあります。「春画は芸術か? 猥褻か?」という議論もよく聞かれます。
浦上:それを僕は不毛な発想だと思っていて、芸術だから優れているわけでもないし、ポルノだから下劣なわけでもない。浮世絵だって、江戸時代の商業アート、大量生産品だったわけですから。ただ僕なりに大きな違いだと感じるのは、ポルノというと、1人で悶々と見ているという雰囲気がどうしてもありますよね。でも春画は、基本的に男女を交えた複数人で笑いながら見るものだったんです。春画は「笑い絵」あるいは短縮して「ワ印」とも言って、卑俗な「ヒヒヒ」という笑いじゃなくて、あっけらかんとしておおらかな気持ちにさせる明るい笑いを生んでいたと想像しています。今日は、実際に春画を見ながら話をしたいと思っていますが、僕の言っていることがきっと理解できますよ。
春画から見る
江戸時代に生きた女性の素直な欲求表現
浦上:最初にお見せするのは、鳥文斎栄之(ちょうぶんさいえいし。喜多川歌麿と同時代に活躍した浮世絵師)。派手な色づかいを避けた「紅嫌い」の手法の創案者とされ、美人画は特に有名。
淡い色彩と端正な描線に、品のよさを感じますね。
浦上:栄之は、旗本でしたから生来の品位があったのかもしれないですね。描かれている男女の表情も、幸せそうな笑顔でしょう。男女が平等に快楽を楽しんでいるように描くのは春画の大きな特徴で、現代のアダルトビデオのようなレイプシーンを描いたものはきわめて稀だし、そういう画題で描かれている強姦男は毛むくじゃらの醜男ばかり。春画で大事なのは「粋(いき)」なんですよ。最近女性に春画ファンが多い印象がありますが、みなさんよくおっしゃるのは「春画は不快に感じない」ということ。いい女がいて、いい男がいて、2人の感情のつながりとしての交わりがある。なかには2人以上の交わりや、人間以外との交わりもあるのが春画の面白くて自由なところですが(笑)。ある種の女性讃歌、人生讃歌として春画は描かれていると思います。
江戸時代というと、儒教文化が強く、身分制度の士農工商もあった、男性中心社会ですよね。春画に対する抵抗はなかったのでしょうか?
浦上:もちろん江戸時代の女性たちは「小さい時は親に従い、結婚したら夫に従い、老いたら子に従え」といった、とても窮屈な生き方を強いられていた部分も大いにあるでしょう。ですが春画の黄金期である江戸中期から後期には、女性の性欲がまっすぐに描かれるようになります。それは、奔放な生き方をした女性もたくさんいたからではないでしょうか。
江戸時代の離婚率と再婚率は現在のアメリカ並みに高かったのでは、という説もあるそうですね。
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浦上 満(うらがみ みつる)
幼少の頃より、コレクターであった父、浦上敏朗(山口県立萩美術館・浦上記念館 名誉館長)の影響で古美術に親しみ、大学卒業後、繭山龍泉堂での修行を経て浦上蒼穹堂を設立。数々の展覧会を企画開催し、また、日本の美術商として初めて1997年から11年間ニューヨークで『インターナショナル・アジア・アート・フェア』に出店。ベッティングコミッティー(鑑定委員)も務めた。現在、東京美術倶楽部取締役及び東京美術商協同組合副理事長を務める。また、2015年9月19日より開催している『春画展』の「春画展日本開催実行委員」の一員でもある。
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