『第15回文化庁メディア芸術祭』のエンターテインメント部門で『SPACE BALLOON PROJECT』が大賞を受賞した。このプロジェクトは、約30,000メートルの成層圏まで、画面にユーザーのメッセージを表示させたスマートフォンGALAXY S IIをバルーンで飛ばし、フライトの一部始終をUSTREAMで中継したものだ。昨年はソーシャルメディアを活用したさまざまな取り組みが行われたが、これほどまでのロマンとスケール感でユーザーを惹きつけた試みは、他になかったのではないだろうか。また、サムスン電子が製造するGALAXY S IIのプロモーションとして行われたこの「広告」プロジェクトが、「エンターテインメント」の作品としても大きく評価された。今回は、プロジェクトに関わった博報堂の大八木翼、通信など技術面のサポートを行ったバスキュールの馬場鑑平、中継中の楽曲を提供したミュージシャン、□□□(クチロロ)の三浦康嗣の3人による対談をお届けする。メディア環境が劇的に変化するなか、クリエイティブに新機軸を提示した同プロジェクトの現場ではどのようなことが起きていたのか、詳しくお伺いした。
「広告」と「エンターテインメント」の境目が溶解した2011年
―まずは、文化庁メディア芸術祭のエンターテインメント部門で大賞を受賞した感想をお聞かせいただけますか?
大八木翼
大八木:文化庁メディア芸術祭には、昔からすごく憧れていたんですよ。会場にも何度も足を運んで、「ここに自分の作品が展示されるといいな」と思っていました。また、インターネットを使ったプロジェクトって参加者層を限定してしまいがちですから、会場に展示されることで、子どもからおじいちゃんおばあちゃんにまで作品を見せられるのも楽しみですね。憧れの作家さんたちと作品が並べて展示される、というのも純粋にうれしいです。
三浦:「文化庁」という、国の冠が付いているところもすごいですよね。演劇人なんかだと、国から助成金をもらったりすることも多いと思いますが、(商業的な)ミュージシャンにはあまりそういう機会がないし、音楽を通じてパブリックな賞を受賞する作品に関われたことは、純粋に嬉しいですね。
馬場:その一方で、僕はちょっと困っていることもあって。というのは、これまで広告賞を頂いたことはあったのですが、今回はエンターテインメント部門での受賞ということで、とても嬉しいのと同時に、「広告」と「エンターテインメント」の境目がどこにあるのか、ますます分からなくなってきたところもあるからなんですね。
『SPACE BALLOON PROJECT』実施風景
―2011年は本プロジェクトに限らず、ユーザー参加型のインタラクティブな広告が増加した年でしたね。
馬場鑑平
馬場:ソーシャルメディアやリアルタイムメディアがインフラ化してきたお陰で、ユーザー参加型のコンテンツを展開することが非常にラクになってきました。今回はそれらに乗っかる形で、広告とエンターテインメントが同心円上にあるようなコンテンツを作れてしまった気がします。でも、やってる最中は本当に必死で振り返る暇も無かったので、今回結局何が成功したとされているのか、広告とエンターテインメントの関係性におけるルールを抽出していきたいですね。
大八木:僕はこれからの広告って、より「ユーザーのもの」になっていかなければいけないと思っています。メディアや視聴形態が変化するなか、ユーザーに応援されたり、感動されたりする体験が先にあって、そのうえで商品を好きになってもらい、企業の社会的価値をアピールしていく必要がある。そういった文脈で言うと、今回のプロジェクトも、エンターテインメントとしてフラットに見たときに「感動したよね」とか「面白かったよね」とか言われるものを作れたことは、とても意義があると思いますね。
三浦:僕も広告がエンターテインメントになることについては、「めっちゃいいじゃん」って思いましたね。
実際に打ち上げてから分かった、プロジェクトの本当の意味
―「メッセージをスマートフォンに乗せて宇宙に飛ばす」というロマン溢れるプロジェクトですが、どのようにこのアイデアへ至ったのでしょうか?
大八木:実はかなり早い段階から「宇宙に飛ばしたら面白いかも」という意見が出てきていたんです。「GALAXYって『銀河』という意味だし、これは絶対に面白い」って。
馬場:「SPACE BALLOON」に関連する取り組みはこれまでも行われていたんですけど、リアルタイムで中継するようなケースは無かった。だったら生中継して、メッセージもリアルタイムに表示できるようにして、みんなで宇宙に行こうよ! と。ただ、その時90分という長時間を無音で見続けるのは難しいと思ったので、三浦さんたちミュージシャンの音楽がきっと必要だなと思ったんです。
『SPACE BALLOON PROJECT』実施風景、左手前が馬場
―三浦さんはオファーをもらったとき、どのような印象を受けましたか?
三浦:企画書を読んだときは、まだあまりよく分かりませんでした。とりあえず曲の長さを聞いてみたら、「長ければ長いほどいい」という答えで。
大八木:先ほど馬場さんが言っていたとおり、風船が上空にあがって落ちるまで、みんなにずっと見てもらえるエンターテインメントになるかどうか、という不安がありました。どうすれば飽きずに視聴できるかを考えてみたときに、「自分の好きな音楽が流れていること」だと気づいたんです。ですから、僕やスタッフの好きなミュージシャンに声を掛けることにしました。好きなミュージシャンだから、当然細かい注文もしませんし、「90分の宇宙フェス」を開催するようなノリでしたね。
三浦:はじめは坂本美雨とかコトリンゴとか、プロジェクトに参加した友達とも「どういう映像になるのか想像つかないね」って話していたんですけど、終わった後は「めっちゃ良かったよね!」って言い合っていました。実際に打ち上げられて、音楽とメッセージが流れたときに、ようやく面白さを実感できたんです。
―宇宙をバックに自分の音楽が流れる体験は初めてだったと思いますが?
三浦:たくさんの知らない人たちが書いたメッセージがリアルタイムで流れるなかで、自分の音楽が流れるという体験もめったにないし、あの曲をそういう環境で音楽を聴いてもらえることは音楽家冥利につきましたね。今回のプロジェクトは、視聴者が自分なりの物語を編みながら観ることができた点も嬉しかったです。
CGでなんでもできちゃう時代に、宇宙まで飛んでいくことを多くの人と共有するためには、どうしても皆から寄せられたメッセージを表示する必要があった(大八木)
―プロジェクトに提供した楽曲“いつかどこかで”は、“00:00:00”(レイジレイフンレイビョウ)の秒針トラックに、一般の方から集めた64人分のラップを乗せたものだとお伺いしました。
三浦:岸田國士戯曲賞を受賞した柴幸男さん作、演出の演劇『わが星』の音楽を担当していた関係で、上演した全国各地でワークショップを開いていたんです。もともと、参加者全員のラップを録音して最終的にひとつの音源にする、ということはアナウンスしていたんですが、実はどういう形で発表しようか迷っていて。そんなときに、ちょうどプロジェクトのオファーがきたので「これだ!」って思いましたね。
三浦康嗣(クチロロ)
―どんなところにピンときたんでしょう?
三浦:普通の人の声を集めたものなので、どうでもいい内容が大半なんです。例えば「おやすみ」とか、「お母さん迎えに来て」とか、そういった日常のつぶやきと、広大な「宇宙」の対比って面白いんじゃないかなと思ったんです。あとは時報を用いたこのトラックと、高度がどんどん上がっていく感覚がすごく合うだろうなという目算もありました。
『SPACE BALLOON PROJECT』実施風景
大八木:宇宙の映像って見慣れたものだし、もうCGでなんでもできちゃう時代ですよね。僕らがチャレンジしたかったのは、「みんなで宇宙旅行に行く」という共有体験をつくりだすことでした。だからこそ、ひとりひとりのメッセージを宇宙で表示する必要があったんです。自分の夢を宇宙に向かって発表するとか、大好きな人に告白するとか、何だっていいんです。それが個人的な想いであればあるほどいい。だからこそ、三浦さんの曲を聴いたとき、「おんなじ気持ちで、クリエイティブをつくってる人なんだ」という感動がありましたね。
馬場:寄せられたメッセージは、合計7,000超にものぼりました。いろいろな内容がありましたが、高度30,000メートルに表示されたとき、ああ、このために僕ら頑張ったんだな、と。
大八木:去年は東日本大震災があり、ひとりひとりにいろんな物語があったと思います。2011年にみんなが思ったり、感じたりしたことを僕自身も知りたかったし、それが集まるとすごいことになるんじゃないかな、という思いでプロジェクトを進めました。GALAXY S IIが言霊を集める装置になって、コピーにもあるように「この星の想いをつなぐ」ことになればいいなって。
『SPACE BALLOON PROJECT』実施風景
仕事の範囲を線引きしてしまうような人がいたら、達成できないですよ、こういうプロジェクトは(三浦)
―壮大なプロジェクトだっただけに、さまざまな苦労があったとお察しします。
大八木:今回のプロジェクトに関しては、そもそも成功するのかどうかも分からないという地点からのスタートでした。でも、絶対成功させるし、世の中がこのプロジェクトを求めてるはずだっていう、強いチームの気持ちがありました。
馬場:最初は本当に分かっていなくて、九十九里浜とか鳥取砂丘からなら打ち上げられるんじゃない? と思っていたんです。
大八木:でも、法律でダメだということが分かって、条件が合う場所がアメリカのネバダ州などの数か所しかないことが分かりました。さらに、マイナス60度の上空ではバッテリーのパフォーマンスが悪くなってしまうので、巨大な冷蔵庫のなかにヒーターを持ち込んでスマートフォンの状態がどうなるのか実験してみたり…。100%成功させるために、10,000個ほどもあっただろう課題をひとつひとつ潰していきました。
馬場:ネバダ砂漠にはそもそもインターネットがなく、自分たちの仕事環境すらない状態で、衛星通信でネットワークを引っ張ってくる必要がありました。さらに、バルーンとの通信を確保しなければいけないという問題もあり、インターネットをイチから構築するような感覚でしたね。僕らの役目はウェブサイトを制作する仕事だったのに、いったい何してるんだろうって(笑)。
『SPACE BALLOON PROJECT』実施風景
三浦:やるまでどうなるのか分からないっていう状況には、シンパシーを覚えてしまいます(笑)。僕も見切り発車でやっちゃう方なんですけど、進めていくうちに予想とは違ったところに企画の良さがあると分かった時が、いい仕事ができたと思える瞬間なんですよね。そういう匂いが今回のプロジェクトからもしたので、こちらも思い切って仕事ができた面はあります。チームのなかに「これは自分の仕事じゃないな」とか「これだけの給料もらってるんだから、ここまでやればいいんでしょ」と思うような人がいたら、達成できないですよ、こういうプロジェクトは。
馬場:「それは俺の仕事じゃない」って言い出したら、もう終わりです(笑)。
大八木:目標となる「100点の成功」を決めたときに、それを目指す人じゃなくて、120点、150点を追求するようなスタッフたちと一緒に仕事ができたことは幸せでした。
『SPACE BALLOON PROJECT』スタッフ
―2月22日から3月4日まで行われる文化庁メディア芸術祭の受賞作品展で、今回のプロジェクトの内容を知るお客さんもいるかと思います。どのような展示になるのでしょう?
馬場:リアルタイムで行なったときにあった臨場感を、どのようにパッケージするかという課題がありますね。
大八木:今のところ、実際にスマートフォンに表示した4,000ものメッセージを精査して、音楽とともに編集し直すことを考えています。リアルタイムの迫力には負けてしまうと思いますが、展示空間を支配できる分、ウェブでは見せられなかった方法でプロジェクトを知ることができるような内容にしたいですね。インタラクティブな要素のある仕掛けを、現在考案中です。
―また大八木さんは、以前から文化庁メディア芸術祭に憧れを持っていたとお伺いしましたが、フェスティバルの印象についてもお伺いできますか?
三浦:そもそも「メディア芸術」という概念自体って、生まれてからまだ20年、30年くらいのものだと思うし、いろんな解釈ができるんですよね。そこが面白いと思います。
大八木:「国が賞を与える」ということは、それぞれのマーケットでエッジが立っているものを、「メディア芸術」という言葉でパッケージすることだと思うんですよね。それって、とても良いことだと思うんです。例えばマンガ部門で大賞を受賞した岩岡ヒサエさんの『土星マンション』は、受賞会見のあと全巻一気買いしてすっかりファンになってしまいました。受賞をきっかけにして、帯に「メディア芸術祭」の名前を入れられるのは、より広いお客さん層にアピールできる意味でも大きいと思います。
三浦:権威のある賞だと、「取りたい」と思って頑張る人が増えるし、シーン自体が活性化することにも繋がります。今回の展示をきっかけに、僕らの試みがさらに多くの人に知ってもらえたらいいなと思いますね。
- イベント情報
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- 『第15回文化庁メディア芸術祭』受賞作品展
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2012年2月22日(水)〜3月4日(日)※2月28日(火)休館
会場:東京都 国立新美術館
- プロフィール
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- 大八木翼
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1980年、山形生まれ。博報堂勤務。クリエイティブディレクター、コピーライター。コピーをベースにした戦略策定から、映像表現、グラフィック、プロモ&アクティベーション、インタラクティブコンテンツの開発にいたるまで、あらゆるクリエイティブワークを自身のフィールドとする。
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- 馬場鑑平
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1976年、大分生まれ。バスキュール勤務。クリエイティブディレクター、ウェブディレクター。広告、アトラクションイベント、教育、アートなどの様々な領域で、デジタルを用いたコミュニケーションコンテンツの開発に携わる。
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- 三浦康嗣
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□□□(クチロロ)主宰。作詞、作曲、編曲、プロデュース、演奏、歌唱、プログラミング、エディット、音響エンジニアリング、舞台演出等々をひとりでこなし、多角的に創作に関わる総合作家。岸田國士戯曲賞を受賞した『わが星』の音楽も担当。
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