―竹下さんは1993年に『国際タイプフェイスコンテスト モリサワ賞』の銀賞を受賞しているんですよね?
竹下:そうですね。モリサワに入社して第一の目標が自分のオリジナル書体を作ることだったので、マックで書体を作ってコンテストに出したんです。「竹」のイメージの原点となるのは、ゴシック体だけれど、筆跡を活かしたロゴタイプのようなものです。筆の流れや、品格が感じられる書体にしたいと考えました。
鈴木:ついこの間まで多摩美の学生だった時のものですね。
竹下:そうですね。マックも使い始めたばかりだったので、手書きのものをデジタル化する際に、一つ一つポイントを取っていくのがとても面倒でした。ならばいっそのこと直線にしたらいいんじゃないかと考えて、全部直線にしたんです。まず線の太みを決めて、それを5度刻みに回転させて、角度を一定にして作っていきました。
鈴木:構想時は、手書き文字というか、草書体を意識していたんでしょうか。
竹下:そうですね。コンテストに出す段階で、線を整理したものに作り替えていきました。これでコンテストの銀賞を頂いたんです。
―「竹」はその後、モリサワで製品化されましたね。
竹下:97年にモリサワを退社したんですが、退社後にモリサワ文研から商品化のお話を頂いて、98年から作り出しました。その際に、基本となる文字のみを自分でデザインして、あとはモリサワ文研で拡張して頂くという案もあったのですが、折角ならば全部自分でやらせてくれと。ひと通り、自分で作るという経験をしなければいけないと考えたんです。
鈴木:ひとつの書体ファミリーを自分で作ってみるのは、大変だけど、大切なことですよね。
竹下:そうなんです。書体ファミリーを作るというのは、想像以上に大変なんですよ。製品化するにあたり、どんなサイズでも使用できるようなものにしなければいけなかったり。さらに、コンテストからすでに4年経っていたので、もっと洗練したものにしたいという欲求もありました。そうして作っていくうちにどんどん書体のイメージも変わっていきました。(製品化したものとコンテスト時の書体と見比べて)一番下が製品で、上がコンテストの時のものです。
―製品化する過程でどんどん変わるのですね。
竹下:太くなると表現が成立しなかったりして、簡略化しないといけない部分が出てきたりするんです。それに、コンテストの時はコンセプト重視でデザインしていたので、この書体がどうのように使われるのかはあまり意識していませんでした。そうした経緯もあって、製品化する際に改めて整合性を意識したり、もちろんモリサワ文研の厳しいチェックもあり、変わっていったんです。
―どういったペースで作っていったんでしょうか?
竹下:本当は5年間で終わらせたかったのですが、結局は2005年まで、約7年かかりました。1ウェイト8000文字くらいなので、4ウェイト全部で約3万2千字。それをひと月に500文字ずつ送るようにしていました。
―一日約20字・・・。それは大変な作業ですね。鈴木さんはこの変化を見てどう感じますか?
鈴木:やっぱり、製品化されたものは見ていて落ち着きますね。大きさを変えた時につぶれにくいとか、カウンターのバランスが改善されていると思います。
竹下:落ち着かせるのがとても難しいんですよね。構想時の荒々しさを削り過ぎると書体の魅力がそぎ落とされてしまう場合もあるので。
鈴木:どっち付かずになると中途半端なものになってしまうしね。用途や使用サイズのターゲットを設定すると書体の仕様を決めやすいと思います。個人的には構想時に描かれたスケッチの雰囲気が好きです。竹下さんは結果的にどうですか? 商品化されたものを見て、コンテスト時の個性をもっと残しておいた方が良かったと感じますか?
竹下:モリサワ文研からは、最終的に変わり過ぎたんじゃないの? とも言われました(笑)。でも、コンテスト時のデザインがそのまま商品として出るのは難しいですね。当時は商品としての使いやすさまで考えていなかったので、結果的にこのようになったのは必然ではないかと思います。使ってもらえるものを作るという意識が生まれたからできたフォントだと思います。
鈴木:それにしてもこのフォント、作るのは大変だったでしょうね。よく太い書体を作れたなぁと感心します。
竹下:コンテスト時には細いウェイト1つだったのを、商品化にあたっては初め3ウェイト構成で作ろうと思ったんですが、モリサワ文研からもう1段階太いウェイトが欲しいという要望があったんです。そうなったらもう、表現自体を変えていくしかないと思いました。
鈴木:でも、この一番太いのは作ってよかったでしょう?
竹下:そうですね。一番使われるのもその太いウェイトだと思います。
鈴木:書体のファミリー構成を考えるのはすごく楽しいんですよ。文字の太さを変えるだけではなく、その書体だからこそできるファミリーのアイデアがあるはずだし、私にとっては楽しみな部分でもあります。
竹下:そうそう、それはよく分かりますね。
鈴木:一つの書体についてじっくり考え手を動かすことで、タイプデザインの色々な面を知ることができるようになるんでしょうね。簡単に作っているようでいて、実は手が込んでて、そしてそれを感じさせないのがタイプデザインの醍醐味の一つかもしれません。
―沢山あるとは思うのですが、「手が込んでいる」のはたとえばどういった部分なのでしょうか?
竹下:例えば「錯視」ですね。縦線に横線が交わったときに、横の線がずれて見えることがあるんです。それを防ぐために、わざと交わる部分をずらしています。そういった微調整を、色々な文字で行っています。
鈴木:横画の角度にもこだわっていますよね。
竹下:そうですね。「竹」の場合、コンテストの時は5度でデザインしたんですが、それだと角度がつき過ぎると指摘され、商品化する際は4度にしたんですね。ただ、全ての横線を4度にしてしまうと右側がすぼまって見えてしまうので、一番下の横線だけ角度を変えているんです。
鈴木:なるほど、一番下の横画だけか…。賢いな。その案いただき(笑)。
竹下:(笑)。場所によってはファミリー間でも角度を変えていたりとか。
鈴木:すみません、僕ら、こういう話を始めると止まらないんです。大変だとかそんなことばっかり伝えたいわけではないんですよ(笑)。時間はかかっているけど、楽しんでやってますってところが伝わらないと今日のテーマとしてはまずいですね(笑)。
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