しかし、その今までに見たことがなかった風景たちも、すぐに目新しい楽しさだけではなくなっていく。プロジェクトを開始して間もなく、ラジオのオファーを受け、大阪のラジオ局を訪れた彼女は、様々なスタッフのロッカーに自分のサンプルCDを撒いていく、という今までにない経験をすることになる。
Neat's:そのロッカーの中に、ぶわー! って、色んなレーベルのイチオシのアーティストの資料が整理整頓されずにたくさん入ってるんですね。私もその中に自分の音源を入れてみたんですけど、ここにはアーティストの沢山のスタッフの熱い想いがつまっているんだと思ったら、急に自分1人で活動していることがすごく心細くなって。
プロモーションに関してしばしば言われることであるが、そのアーティスト自身ではなく、第三者がそれに対して「いいね」と言うことによって、周囲はその評価に信憑性を感じる傾向がある。また、今までアーティストとしての活動のみを行ってきた彼女が、いきなり自分を売り込むのは現実的に考えて難しいし、戸惑いは隠せなかっただろう。
Neat's:その日、プロモーション周りをしてみて、この早いサイクルの中で私の作った1枚は誰の目に留まるんだろう? って少し疲れてしまったんです。ただ、宿泊先でたまたまつけたテレビ番組で吉田美和さんが歌っている姿を見たら、大衆文化として成立してるJ-POPを繋ぎ止めてる人がいるってことにすごく励まされて、ホテルの部屋で独りで泣いてしまったんです。それで私もやっぱりそこで戦いたいって気持ちが沸き上がったんですよね。
日々数えきれないほどの新作音源が届くラジオ局において、次々と流れる新曲や、目まぐるしく入れ替わるチャートのラインナップ。そんな「消費」されていくことが前提のサイクルに真っ向勝負を挑むと決めた新津は、「毎月新曲を発表する」という大胆な目標を自分に課す。それは、戦うと決めた決意にあわせて、自らの回転を止めないための、彼女なりの方法だったのかもしれない。
現在も彼女は、新曲の発表にあわせて、制作や監督、編集にまで携わったPVを公開している。また、毎日欠かさず「Neat's TV」と題した1〜2分程度の映像をYouTubeにアップしており、その多くは、彼女の実際のベッドルームから、日々の些細な出来事の報告を行っている。
「その時/思いついたものを/身近なツールで/発信する」、言葉だけ並べれば、Twitter、Ustreamなどが広く認知された現代の気分にあったもののように思えるが、実際の「Neat's TV」は非常に素朴な雰囲気に溢れており、彼女の猪突猛進で前のめりな活動をよく表しているように思う。
そうやって邁進を続ける新津だったが、PV第一弾となった“BBB”を公開した直後に行った前回のCINRAの取材が、実は、Neat'sプロジェクトにとって、いや、彼女の人生にとってエポックメイキングと言える出来事となったらしい。
Neat's:あの時、色々話をして、私の手の中には何もなかったんだってことに気付いちゃったんです。それまで26歳なりの成長をしてきたつもりだったから、「今まで頑張ってきたことって何だったの?」ってすごく落ち込んだし、涙が出ちゃったんだと思います。
冒頭でも振り返った通り、前回、当初妙に大人びた様子を見せていた新津は、取材が進むにつれ、己の奥に潜む「ルサンチマン」の存在に気付き、最終的にうわんうわんと涙した。そして、今までさまざまな理屈をこねて目を背けてきた、ありのままの自分を受け入れることをしてみたいと言ったのだ。それが彼女の言葉を借りるならば「人間になる」ということなのだと。
Neat's:今までは自分を守るために、例えば「メジャーにいる」ってことで安心感を得るとか、「鎧」みたいなものがないと不安だったんだと思う。それが、自分が持ってるものは何もないって思ったら、ひたすら考えて、外に出していこうと…
—外に出す?
Neat's:どうしても色々考えちゃう癖は抜けないけど、そこに執着しないようにしようと思って。出した結果がすべて、みたいな考え方は一度手放す。そうやって鎧を剥がしていったら、「自分がなんで音楽をやってるのか?」って根本的な問いにも、「ただ好きだから」って、すごく純粋なところに行き着けたんです。
だいぶすっきりとした顔でこう話してくれた新津は、私の目には既に「ありまのままの自分を受け入れられている」ように映った。しかし、もしかして目標は達成されてしまった(=人間になれた)のではないか? という疑問を投げかけてみると、新津は「とりあえず、からっぽの状態になっただけだ」と答え、自分自身を曝け出せるかどうかはこれからだと教えてくれた。
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