鈴木おさむ、日産を舞台にソーシャルメディアに本気で挑戦

しかし、涙もろくなったよなぁ。

この雑感、宴もタケナワになってくると、けっこうな頻度で会話に顔を出してくるようになった。三十路を直前に迫ったわたくし、いよいよ涙腺の弱さがこの上ない状態です。どれくらいかと言えば、テレビ朝日の深夜番組『お願い!ランキング』の人気コーナー『美食アカデミー』で、ほぼ100%の確率で涙腺が決壊します。

「これまで毎日、がんばってメニュー開発してきて、ほんとに、よかったね。うぅ……。」

毎度毎度、このパターンだ。「おいおい、どこもかしこも30点満点なんて、本当なわけないじゃん」とか言う外野、ほんとうるさい。日々おいしいメニューを開発しようと奮闘し続けてきた彼らが30点満点を獲得したときの喜び様は、もうひたすらに感動的で、また次回も、めでたく盛大に決壊すること間違いなしだ。

この涙に理由なんてない、と潔く終わらせてしまいたいところだ。しかし、当の『お願い!ランキング』の生みの親である放送作家の鈴木おさむ氏に取材をした際、この決壊の理由が、意図もかんたんに解けてしまったのは、嬉しくもありつつ、正直に言えば、ちょっとショックでもあった。

鈴木おさむ、日産ソーシャルメディアプロジェクトの編集長に就任。

去る6月28日、「日産自動車の本気の新しいチャレンジ」と銘打たれたソーシャルメディアプロジェクトの編集長に鈴木おさむ氏が就任するということで、その記者会見に伺ってきた。言わずもがな、鈴木おさむ氏は、『SMAP×SMAP』『お試しかっ!』『お願い!ランキング』など、超人気テレビ番組を生み出す、引っ張りダコの放送作家だ。そんな鈴木氏と日産自動車がタッグを組んだこのプロジェクト。facebookやTwitter、Youtubeなどをフル活用し、日産に関心が薄い人たちやクルマ離れしている若者に真正面から本気で向き合っていくというもの。 日産ソーシャルプロジェクト 日産の本気の新しいチャレンジが、始まります。

写真左から:日産自動車・塚原隆彰、鈴木おさむ、高見郁里、日産自動車・柳信秀
写真左から:日産自動車・塚原隆彰、鈴木おさむ、高見郁里、日産自動車・柳信秀

ちなみに、日産が事前に行なった「『ワクワク』に関する独自調査」では、「クルマにワクワクを感じていない人」は実に61.1%……。時代も変わったものだよなぁと思いつつ、こんなことを自動車メーカーが自社の記者会見で発表して、一体どうかしてしまったのかとも思えるが、まさにこの問題に真っ正面から向き合っていくのがこのプロジェクトの目的なのだという。

会場のスクリーンに映し出された「『ワクワク』に関する独自調査」

そしてこのソーシャルメディアプロジェクト『にっちゃん』の編集長に任命されたのが、鈴木氏というわけだ。「メーカーの宣伝は、どうしても独りよがりになってしまいがち。だからこそ、鈴木おさむさんと共に、良いところも悪いところも全部ひっくるめて考えて、『今までになかったワクワク』をカタチにしていきたい」と同社の販売促進部部長の貴田晃氏は意気込む。

貴田晃

いいことばかり言っていても、面白くない。

さてさて、この『にっちゃん』の話しの前に、まずは「美食アカデミーで涙腺決壊」の謎を早いところ着地させねばなるまい。以下、記者会見の後に鈴木氏に単独取材させていただいた際の1コマである。

―日産が「本気で」ソーシャルメディアに取り組むということは、ユーザーからのネガティブな投稿もきっと出てきてしまいますよね。今ではどの企業もfacebookページを開設していますが、本当の意味でオープンなところは、ほとんど皆無なのが現状です。

鈴木:たしかにそういうことはあるかもしれませんよね。でも、ぼくはネガティブなものもあっていいと思うんですよ。それもオープンにしちゃっていい。『お願い!ランキング』の「美食アカデミー」も、10位の食べ物へのコメント、本当にヒドいじゃないですか? 罵倒の嵐ですよ。開発者も、半分涙目です。そんなだから、はじめは出演企業もなかなか見つからなかったんです。でも、「絶対に10位はちゃんと批判しないとダメだ」って、貫いたんですね。いいことばっかり言っていても面白くないし、「なんだ、広告じゃん」ってなるだけじゃないですか。ちゃんとネガティブな部分も出すからこそ、上位のメニューのおいしさを伝えることができるんですよ。

鈴木おさむ

冒頭からだいぶ引っ張ってしまったが、ずばりそういうことである。「美食アカデミー」は、やはりあの10位のメニューをコテンパンに批判されたときの開発者の悲しそうな顔と、1位が発表された時の歓喜が両方なくては、毎度毎度のあの決壊は起こりえないのだ。ありていに言ってしまえば「リアリティのある人間ドラマ」ということなのだろう。しかし、それを企業がさらけ出すことはなかなかに難しい。それでもこの企画をテレビという全国メディアで実現する鈴木氏の発想力と腕力を考えると、「本気で真正面から向き合っていきたい」と語る今回の日産ソーシャルメディアプロジェクトの編集長就任は、日本一的確な人選と思えてくる。

続けて、鈴木氏は記者会見でこんなことも話していた。

写真左から:鈴木おさむ、高見郁里

「何ヶ月か前にTwitterで、すごく暴言を吐いてきた人がいたんですね。ぼくのツイートに、『死んでしまえ!』みたいなかんじで返してきたんです。普通だったらそういうのは放っておくと思うんですけど、ぼくは性格上無視できず、『そんなこと言うんじゃない!』って説教したんですよ。そしたら『うるせー!』って返してきて(笑)。そういうのを数ヶ月繰り広げていて、この前『風邪ひいた』ってツイートしたら、『大丈夫か?』って返してきてくれて(笑)。やりあっている間に、お互いのことを理解していったわけですよ。こういうコミュニケーションがソーシャルメディアの可能性だと思うし、今回も日産さんと組んで、そういうことができたら楽しいなぁと思っています。」

目の前の人が面白がってくれるかどうか、がカギ。

とは言え、鈴木氏はやはりテレビの世界の超人気放送作家。インターネットでユーザーとコミュニケーションをとっていくのは、まったく違うものではないのだろうか?

鈴木:もちろん違うところもあると思うんですけど、たとえばテレビでもゴールデンと深夜番組のつくりかたの違いがあるんです。視聴者の方がどういう状況で見るかによって、企画もまったく変わってくるんですね。ネットにも、ヤフーニュースのようなものもあれば、マニアックなものもある。ワインとブランデーが原料は同じなのに、蒸留の仕方で変わるっていうのと似ていて、人が面白い! と思うものの根本は同じだと思うんですよね。

では、鈴木氏にとって、その根本でもある「面白いか面白くないかの基準」は、どこにあるのだろう?

鈴木:やっぱり自分がどれだけワクワクできるか、なんですよね。その企画にドキドキできるかどうか。あと、自分はもちろん、一番近くの人に面白いと思ってもらえないと、その先にいる人には絶対に伝わらないと思っています。なので、今回であれば日産の担当者の人と話していて、彼らが面白がってくれるかどうかが重要なんです。全国ネットで放送するものでも、やっぱり目の前の人に笑ってもらえなかったら、ダメなんですよね。

鈴木おさむ

この「目の前の人に面白がってもらう」という距離感は、テレビでもネットでも、何も変わらない視点かもしれない。いや、どちらかと言えば、この「近さ」はインターネット的だとも思える。しかし、テレビをメインフィールドとする鈴木氏の発言。さすがに説得力が違うなぁと思いつつ、失礼ながら、ひねくれついでにこんなことも伺ってみた。

―「編集長」や「責任編集」に外部の著名な人を呼ぶことってわりと多くあると思いますが、結局は名前や肩書きだけを貸してあとは別の人がつくる、っていうのが、わりと多いと思うんですよね……。

鈴木:普通はそういうの、多いと思うんですけどね。今回は結構大変というか、本気なんですよ。いや、ほんとに楽しみですけどね(笑)。時間で考えると、テレビ番組2、3本やるくらいの関わり方です。何度も何度も、企画会議してますよ。facebookへの投稿も自分でもやっていきたいと思っていますからね。あ、それに、クルマ買いますよ、この企画のために。『にっちゃん』の企画の1つで「究極の移動事務所カーを作れ」というのをやろうと思っていて、ぼくが普段自宅や外出先でやっている仕事を、クルマの中で実現できるかを検証する体を張った企画なんです。他にも、大学生にクルマを持ってもらったら、モテるのかモテないのか、を検証したりする企画もやる予定です。

記者会見の場で日産社員の本音が……?

facebookをはじめとするソーシャルメディアを使って、消費者と新たなコミュニケーションをしていく、というのは今やどの企業もはじめている。そして同時に、どの企業も、「これだ!」という正解は未だ見いだせていない。でも、やっていくべきだし、やっていかないといけない。そういう状況にあって、生活者に近い視点を持った第三者を編集長として迎えるという試みは、1つの正解になりうるのかもしれない。しかし、当然ながら第三者は第三者である。「消費者と本気で向き合う」ためには、当の担当者や社員一人ひとりが本気で向き合う覚悟がなければ、編集長もお飾りとなってしまうにちがいない。記者会見中、そんなことを漠然と思っていたら、「あ、そういうことか」と腑に落ちた1コマがあったので最後にご紹介したい。

鈴木氏と日産担当者同士のトークセッションで、先の「ワクワクに関する調査」で「10年前と比べてワクワクする機会が減った人が約半数」という結果に対しての、日産自動車・柳氏の発言である。

スクリーンに映し出される「10年前と比べてワクワクする機会が減った人が約半数」の結果"

「私たちが若いころは先輩を見ていて『あの人、楽しそうだな』って思っていましたけど、今自分たちが後輩から『先輩楽しそうだな』って思われてるかって聞かれたらちょっと不安なんですよ(笑)。

会社も安全性や技術を突き詰めながらライバル企業と競争していますから、やっぱりお客様も『お堅い』とか『真面目』っていうイメージを持っていらっしゃるかと思うんです。でも、やっぱり遊び心も必要ですし、自分自身で考えても、まだまだチャレンジできることはあるよな、と最近モヤモヤしながら過ごしていたんです。だから、こういう機会があってほんとに嬉しいんですよ。」

記者会見の場で社員の本音が……。一瞬、場が凍りついたような気もしたが、その後すぐに取り囲む記者たちの共感を得ていたような気がする。

写真左から:鈴木おさむ、高見郁里、日産自動車・塚原隆彰、日産自動車・柳信秀

青臭い形で締めくくるのも性に合わないのだが、今回日産自動車が表明する「本気で真っ正面から向き合う」というのは、言わば恥も気後れもなく、まずは自分自身が裸になる、ということ。そうでなければ、そもそも相手だって向き合ってくれるはずがない。こういうコミュニケーションの大原則のようなものをどこかに置き去りにして、「facebookで自社のブランディングをやりましょう!」と言っても、何も、誰にも響かないのだ。裸になる準備がないのなら、却って消費者からの非難を買うだけだ。

先の日産自動車の担当者の「最近はもっとチャレンジできるんじゃないかとモヤモヤしている」というカミングアウトは、言わば覚悟でもあるんだなと思った。いくら「本気でやります」と口で言っても、このリアリティには到底届かない。美食アカデミーで毎回(私の)涙腺が決壊するのは、10位の商品を罵倒され、真っ裸にされた食品メーカー開発者の涙目な表情故なのである。それが、この日産担当者のカミングアウトに見られた気がした。「成功するか失敗するかわからないところも含めて、楽しんでやりたい」と語った鈴木氏も、同じ心持ちなのだろう。日産自動車の「本気の挑戦」が、本当に本気の挑戦なのか、これから見届けていきたい。



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