「フジワラノリ化」論 第10回 荒川静香と谷亮子 其の一 「スポーツしてるくせに美人」とはどういうことか

其の一 「スポーツしてるくせに美人」とはどういうことか

2009年がどういう年だったかを振り返る際に、「美人すぎる議員」と「かわいすぎる海女」の存在は欠かせない。これほど分かりやすく美人であることが注視される機会は少なくなった。美人なだけ、かわいいだけでは、何も動かない世の中ということにしてあるからだ。美人を背負う当人もデリケートに扱っていて、だからこそ、その呼称をふりかけたらやっぱり機能してしまったといういくつかの案件は、何だか諸々の男女平等的な動きに逆行しているようではあるのだけれど、かといって、あの「美人すぎる」「かわいすぎる」には、「そうではない」人、つまり「美人じゃない議員」や「かわいくない海女」に対する卑下は含まれていない。美しさやかわいさをそこだけで独立させて愛でるという方法論だ。事実、かわいすぎる海女が仕事に勤しむ浜辺にはカメラを抱えた初老のメンズどもが押しかけて、恥ずかしがる素振りを見せずに「こっち向いて〜」と声をかけまくったのだった。「何かしているのに美人」という特権の作られ方は極めて妙だ。何かしていなくても美人は美人で、その美人が何もしていなくても男はその人を美人として愛でる。理由はいらないはずだ。それはそれこそご時世と関係があるのかもしれない。「おっ、ベッピンさんだねぇ」という田舎の商工会のオヤジのような突っ込みを、世は敬遠する。だから、美人を持ち出すにも、何らかの特徴を美人以外から探す。そこで言い訳するように「○○なのに美人」を使うのだろう。海女じゃなくても、議員じゃなくても、郵便局員でも、飛行機の整備士でも、建設会社の経理でも、その○○に使っていく。美人ですね、と呼びかける為に、理由が必要なのだ。そうなると逆転して「美人なだけじゃん」という妬みが向けられる。議員も海女もそれと戦わざるを得なくなる。戦うつもりはなかったのに、戦わなければならなくなるのだ。あの美人議員がそうであるように、いつの間にか「美人であること」を公私ともに前提に据えた上で、それでも私はちゃんとやってますからね、と必死にアピールするようになってしまう。美人であることが、ヘンテコな収まり方をしてしまうのだ。

スポーツ界で「美人アスリート」というもてはやされ方が馴染み始めている。ビーチバレーの浅尾美和、バドミントンのオグシオのように、美人がそのスポーツを底上げするという事態が易々と生じている。現在はコンビを解消してしまったが、浅尾美和とペアを組んでいた西堀健実のように、スポーツそのものの役割分担としては同等かそれ以上なのに、世間的な関心は付属品に留まるというケースも目立ってきている。女子バレーでは、「プリンセスメグ」「かおる姫」に代表されるように、容姿から呼称を付け、そこからは名付けるのが難しいとなれば「パワフルかな」「ミラクルさおりん」といった不可解な呼び名を浸透させようとしてくる。勿論ファンが率先してつけた名前ではなく、テレビ局側からの号院な押しつけにすぎないのだが、例えば中には「スピード&ビューティー」なんてのもあって、この人は秀でたこれで何が出来るのかと首をかしげてしまう。まず美人かどうかの査定をして、引っかかれば大仰に、引っかからなければ勢いで押し切っていく。女子バレーの名称は、今の、女子スポーツ界の見られ方を象徴している。

福原愛を見る目は、もはや安達祐実の後期に近いものがある。つまり、子役の成れの果ての厳しさである。福原愛が若きテニスプレーヤーと原宿の町をラブラブデートするという光景は、安達祐実が子どもを産んだ、というのと同じざわめきがあった。そのざわめきを避けるかのように、同じく地味な室内競技でも、バドミントンのオグシオの華やかさに目がいった。泣き虫卓球少女だった愛ちゃんがいつの間にかオトナになっていたという物語よりも、とびっきりの美人2人がバドミントンをやってくれているという構図の方が、幾分にも有り難かったのである。スエマエコンビが五輪で結果を出そうとも、チュートリアルの徳井との熱愛報道に晒される潮田に注目がいく。男子と比べて迫力が無い、これが女子スポーツの抱えてきた超えられない壁だった。しかし、繋ぐバレーでより緊迫した試合を繰り広げる女子バレーが好例であるように、男子より女子がやるスポーツに親和性を感じる機会が増えてきた。こうなると、迫力がどうのという問題は後退してしまう。むしろ次の段階だ。かわいいかどうか、キレイかどうか、スタイルがきれいかどうか、そういう着眼を真っ先に注がれる現在にある。時代が時代なので、かわいくなければダメ、とは言わないが、その分、かわいいと知った途端の加速がすさまじいことになっている。恥ずかし気が無い。潜る海女を撮りまくるのと同様の愛で方をスポーツ選手に注ぐようになったのだ。

「フジワラノリ化」論 第10回 荒川静香と谷亮子

女子フィギュアスケートの人気は、5年前を振り返ればたいしたものではなかった。言わずもがな浅田真央と安藤美姫の人気がフィギュアスケートそのものの人気を底上げしたのである。ここも今までの話と同様だ。かわいい、キレイ、あとはこの競技で見られがちな「スタイルがイイ」という見てくれの条件が、人気を先導した。バレーやバドミントンと違って、そもそもの体の形状の美しさも競技の実力と密接に関わってくるものだから、その熱視線が下世話であろうとも、断らずに発せられる環境がその視線を許してしまった。浅田真央には同じく容姿端麗な妹もいて、これはアナウンサーの小林姉妹にも同じことが言えるのだけども、それによって男の影がちらつかないシステムも構築されているのも易しい(小林麻央の海老蔵との結婚の驚きは、姉妹愛への勝手な安堵が潜んでいたことに起因する)。外国人コーチとの熱愛が伝えられる安藤美姫にはどこか陰の部分があって、対する浅田真央が常に快晴のようなのは、スケート外でのこういった素地があるからだろう。いずれにせよ、この2人はフィギュアスケートというジャンルを底上げした。それまで、ゴールデンタイムに時間を割いて放送されるスポーツではなかったのである。そのゴールデンタイムの中継に解説者として登場する伊東みどりは、フィギュアスケートの一時代を背負った選手だった。アルベールビル五輪で銀メダルをとった功績は、荒川静香が金メダルをとるまでは、この競技においてそびえ立つ栄光の歴史だった。しかし、だ。ここは冷静且つ残酷な言い方を許してもらおう。伊藤みどりは、見てくれが「そうでもなかった」。大根足が数回転するのに向かって、歓喜を浴びせることが出来なかった。欧米選手がスタイリッシュに舞う中での伊藤みどりは、外国映画に出てくる黒ブチ眼鏡カメラぶら下げオジサンのような、アナログな日本人像としての苦しみを国民に思い出させていた。その点、浅田真央と安藤美姫は、日本代表と日本人代表を兼ねさせることを誰しもが嫌がらない存在になった。女子スポーツ界において、真っ先に用意されてしまう「美」の問題をクリアしているのである。

今回、この「フジワラノリ化」論で取り上げるのは、荒川静香と谷亮子である。勘の良い人は、ここまでの序論とこの名前を並べただけで議論の方向性を読んでいただけるであろう。女子スポーツの世界で美しさ・かわいさが問われるようになって、その判断は従来から厳しくなったのか、それとも緩くなったのか。ちょっとした美人では美人と認められなくなったのか、それとも少しでも美人っぽかったら、それを美人と呼んでしまうのか。後者なのである。美人っぽかったら美人としてしまう。これが何を招くか。ここがこの連載の骨子となる。招くのは、本人の誤認である。伝言ゲームでその情報が微妙に変化していくように、まあ美人の部類に入るんじゃないのかなあという曖昧な選定が、あらゆる人を経由することで、なかなかの美人ということで固形化する。それを最終的に受け取った当人は、勿論、それなりの立ち振る舞いをする。それを見た途端、曖昧な選定をしていたかもしれない各々が違和感を生じさせる、あれ、えっ、そんなに美人だっけ……、そりゃあ、誰それに比べればアレだけども……と何とも歯切れが悪い。

女子スポーツにおける美人の基準値は、荒川静香を美人とするかやはりそうではないとするべきかに握られていると言っても過言ではない。笑い事ではないのだ。これからのスポーツがどう享受されていくかにおいて大きな問題だ、としておこう。議員とか海女とかってのは、そこにうら若き女性がいる事自体が重宝されるという前提があってこその「美人すぎる」「かわいすぎる」なのだ。しかし、スポーツは違う。うら若き女性がプレイするのは当然だ。その上で、美人が問われるということ、そしてその美人の枠組みが無闇に広げられ、世間の油断と本人の誤認によって、そのスポーツが何らかの虫食いに遭う可能性があるのだ。谷亮子の「ママでも金」に代表される自意識は、美人とはまた違った案件ながら同質の問題を孕んでいる。次回はまず「荒川静香を「美人」と呼ぶのは誰なのか?」と題して、荒川静香の根本的なズレについて、議論を重ねていきたい。谷亮子は、その後だ。



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