―アルバムのアートワークのイメージはどういうところからスタートしたんですか?
それも、やっぱり5人の仲良し感(笑)。僕は今回、それを最大限出そうと思って。あと東京カランコロンって「東京」という言葉があるから、東京感の出る写真を撮るために町をみんなで行脚しました。
―写真もいいし、その上に描かれたイラストとのコンビネーションも見ていて楽しいですよね。
普通の景色で5人がわいわいやってるだけなんだけど、撮影のときから僕にはこのイラストみたいにカラフルなイメージが見えてる感じで。すごい楽しい感じが出たよね。
うん。「ナツ盤」「フユ盤」は、それぞれのコンセプトも最初からハッキリしてたし、衣装とか写真もすごく決め込んでるというか、企画っぽい感じがあって。なので、アルバムに関してはそれと違って僕らの普段の雰囲気を出したかったんですよね。あとはリード曲の1曲目が“いっせーの、せ!”っていう曲だったのもあるし、夏、冬と来て自分の中で「春盤」みたいなイメージだったんで、元気な感じがいいなあと思って。
―なるほど。
もともと僕らカラフルなものが好きなんですよ。だから、このイラストの感じもそうだし、写真も全部明るくて春っぽい感じになって。すごく良かったなって思います。
―カラフルなものが好きっていう感覚は、そのまま音楽にも出ていますよね。いろんな色合いの曲があって、躍動感もあるし、シンプルに楽しい感じも音に入ってる。
個人的にも「僕たちはこういう感じです」みたいな一辺倒なアルバムより、バラエティー豊かにいろいろやってるアルバムの方が好きなんすよ。そうじゃないと飽きちゃうタイプなんで。だからいつも、曲の雰囲気のバランスとか、カラフルな内容にしたいってことは考えています。
―今回のブックレットの中身はどういう感じになってるんでしょう?
全ページイラスト盛りだくさん入れ込んだ写真で、すごい充実してます。めちゃくちゃ大変だった(笑)。
ほんとに写真のアルバムを見てるみたいな感じで。
そう、それを再現したかったんです。誰かのプライベートにちょっと入った感じ。で、フィルムで撮れたらいいよね、って話になったんです。実家に帰ったときに子供のときのアルバムを見てて、何でもない写真なのになんだか刺さる感じがあった。それって、フィルムでしか撮れない空気感があるからなんですよ。
ブックレットの物語性も、フィルムの空気感のおかげかもしれないですよね。デジカメみたいにひたすら撮り続けることができないし、修正が効かないんで、そういう意味で「これ!」っていうのを選ぶのが難しいんですけどね。ほんと最後まで迷いましたよね。
今回はいっぱいバリエーション出しましたね。もう皆が納得するまで最後まで付き合うぞって(笑)。
―歌磨呂さんは、今回のアルバムでカランコロンの「こういうところがいいな」って改めて思ったポイントはありますか?
やっぱり聴き込んでいて改めて気づいたんですけど、一つ一つにきちんと魂というか心というんですかね、5人みんなの映し鏡じゃないですけど、5人のグルーヴをしっかり反映してる感じがして。だから仲がいいのもそのまま伝わるし、そういうのがすごく心地良くて、ついリピートして聴いちゃうっていう。本当仲がいいなあっていう印象がね、定着しちゃいましたね。どのタイミングで会ってもそうだし、ライブもそうだし。やっぱり、東京カランコロンにしかない空気があるんですよね。
ーわかりました。アートワークに関しての話はこんな感じにしようと思うんですけれど、この機にお互い訊きたいことはありますか?
歌磨呂さん、ツイッターで「すごい仕事やってた」って書いてましたよね。
ああ、昔? 日雇いやってたから(笑)。
そうそう。俺、個人的にその詳細を訊きたかったなって。
それは……長い話になるから要約すると、僕、本質的なことばっか考えるところがあって。っていうのは、子供のときに転校が重なって、「自分が何者なのか、どこにいくのか」みたいなことを考える癖がついちゃって。結局それで親に無理言って美大に行かせてもらうんですけど、「この社会のシステムってなんだ」とか考え始めて無限ループで……。本当に社会に馴染めなくて、アニメばかり見てて、ホント廃人みたいだったんです。もがきながら絵は描いてたんですけど。
それ、何歳ぐらいのときですか?
23の頃ですね。その前の大学4年間はひた隠しにしてたけど、精神的にヤラれすぎててあんまり記憶がないんですよ。拒食症と過食症と不眠症とアルコール中毒でしっちゃかめっちゃかで、ただひたすらがむしゃらで、一人になるとワーッてなっちゃって。でも、とりあえず生活しなきゃいけないから、バイトしないといけなくて。ポスティング、日雇い、遺跡発掘とか(笑)。それでも食えない状況がずっと続くっていう。
遺跡発掘って、何するんですか?
ずっとトンボがけ(笑)。で、突然トンボがね、カツッて引っかかって当たると、遺跡が出てくるわけですが、そうすると科学者がワーッて集まって来て(笑)。人骨とかわんさか掘りあてたよ。
それは金になるからってやったんですか? それとも興味本位で?
日給6千円でした。日給6千円で遺跡発掘(笑)。
微妙っすね(笑)。
そう、微妙。だからお金のためというより、「何か発見できるかもしれない」って期待があったんすかねえ。完全なる現実逃避。遺跡に逃げるっていう(笑)。
―何かを発見って、本質的な何かっていうことですか?
そうですね。その頃はとにかく悩んでいて、人間の欲望に対しての疑問を抱いてたり、なんで自分が絵を描くのかとか、葛藤してたんです。だから「確かなものって何だろう?」って考えてて、遺跡発掘も、そういうルーツに触れたら何かを感じるかもしれないっていう思いでやってみたんです。いろんなバイトしましたね。変な仕事ばっかり。人骨を3千人分運ぶ仕事とか(笑)。羽田空港のすんごい地下事務所の移転作業とか、古い病院の大量のレントゲン写真を運ぶ仕事とか、スクラップ工場とか。
それはあえて変なやつを選んだ?
選んでやってました。25ぐらいまでそんなんでしたね。家賃も払えないから彼女に借金して生活してて。で、なんだかんだでデザイン事務所を経てたまたま超運良く広告代理店に入ったんですよ。そしたら給料がめちゃくちゃよかった(笑)。いきなり50万ぐらいもらっちゃって。仕事に対する責任感や、お金を稼ぐっていうことをそこで覚えて、そこからちょっと考えが変わったんです。世の中にとって自分はどういう存在であるべきだろうって考えるようになったし、受けた仕事に対して自分は何をするべきなのか、僕の役割は何だろうかみたいなことを考えられるようになった。今もそういう風に思ってやってます。
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