『ふたりで描く、ひとつの絵』

『ふたりで描く、ひとつの絵 〜三尾あすか・あづち姉妹がひとりの「アーティスト」になるとき〜』 第2話:「いつまでも続く、トランスフォーメーション」

ふたりで描く、ひとつの絵〜三尾あすか・あづち姉妹がひとりの「アーティスト」になるとき〜

第2話:「いつまでも続く、トランスフォーメーション」

三尾あすか&あづち
テキスト:小林宏彰
撮影:廣瀬育子、neutron、CINRA編集部 写真提供:neutron
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作品に込められた「甘い毒」

三尾あすか&三尾あづち合作
『ワカラナイケドシッテイル』
2011年/910×1170mm/ミクストメディア

澄み切った、しかしどこか寂しさを漂わせる瞳が、こちらを見つめている。

何かを静かに訴えかけるような視線。そこには、不思議な透明感があった。

隠れてはいるけれども、確かにその絵に宿っている、痛み。それはあからさまなものではなく、あくまで静かに、柔らかなトゲのように見る者の心へと刺さり、甘みのある毒をしずかに広げていく…。

『ワカラナイケドシッテイル』は、画面中央を丸く囲む立体部分の外側を、双子の姉のあすかが、内側を双子の妹のあづちが描いた作品である。ふたりの筆は、防波堤となる立体部分で堰き止められることで、むしろ安心して激しさを発露させているかのようだ。外側=静、内側=動、と対比的に描き込まれた絵は、見る者の心を捉えるべく、ゆらゆらと熱を放射していた。

展示を通覧して、はじめて見える世界観

3F 2F 1F

6月8日から26日まで、東京・南青山のneutron tokyoにて三尾あすか・あづちの二人展が行われた。展示のタイトルは『トランスフォーメーション(=変質・変容)』。かの岡本太郎が好んで用いた「メタモルフォーゼ(=変身・変態)」という言葉になぞらえ、この展覧会を経たふたりの変貌・進歩を想像して名付けられたという。会場は、2009年以来制作されてきた合作が中心となり、彼女たちの世界観が観客を包み込む見事なものだった。

ギャラリーの1階には、いずれもおよそ横幅3メートル、縦1メートルの大作『しずかな革命』『ケシンたち』をはじめとした多数の作品群があり、2階にはヴィヴィッドな色合いの作品が数点配置されていた。白い背景のもと、それらの作品は良く映え、どっしりとした風格をそなえている。そして3階には、作品の搬入を終えたのちに制作したという壁画に加え、あすかの刺繍及びペイント作品、あづちの平面及び立体作品が置かれ、二人展としての世界観を堅牢に作り上げていた。

この展示では、作品個別の力強さもさることながら、通覧したときに湧き起こる彼女たちの脳内風景を垣間見たかのような感覚が特徴的で、それこそ彼女たちが伝えたいものなのだと感じられた。作品によってさまざまにモチーフを変え、使用する色も変え、平面と立体を駆使してできあがったひとつの世界観。では、その魅力とはどんなもので、また彼女たちはどんなことを伝えようとしていたのだろうか?

三尾あすか&あづち
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