『クリエイターのヒミツ基地』

『クリエイターのヒミツ基地』 Volume20 青山裕企(写真家)

『クリエイターのヒミツ基地』 Volume20 青山裕企(写真家)

みなさんは、サラリーマンと女子高校生に対し、どんな印象をお持ちでしょうか。スーツや制服といった紋切り型のビジュアルを思い浮かべ、没個性的なイメージを抱く人も多いかもしれません。しかし、そういった「記号化」された対象にあえて目を向け撮影し続けているのが、写真家の青山裕企さん。ジャンプしたサラリーマンを撮影した『ソラリーマン』や、思春期の少年の視点で女子高校生を見つめ直した『スクールガール・コンプレックス』がその一例ですが、これらの写真集は見た目のキャッチーさとは裏腹に、実は青山さん本人の内面に根ざした敬意やコンプレックスによって必然的に生み出されたものだといいます。屈折した幼少期から引きこもりの大学時代を経て、自分を変えようと行った自転車での日本縦断、将来を決めた世界2周の旅のエピソードなど、ロックミュージシャン顔負けの出自を伺いながら、「なぜサラリーマンや女子高校生を撮り始めたのか」についての真相に迫りました。

テキスト:宮崎智之(プレスラボ)
撮影:CINRA編集部

青山裕企(あおやまゆうき)
1978年、愛知県名古屋市出身。筑波大学第二学群人間学類(心理学専攻)を卒業後、フリーの写真家に。『ソラリーマン』や『スクールガール・コンプレックス』のほか、『思春期』『スク水 -sukumizu-』『女装少年』『パイスラッシュ -現代フェティシズム分析-』などフェティッシュな視点で日本特有の文化をとらえた作品もある。2007年には『キヤノン写真新世紀』で優秀賞(南條史生選)を受賞。

青山裕企(あおやまゆき)

コンプレックスだらけだった少年が日本縦断の旅に

写真家なんて、カッコわるい存在――。

インタビューを始めるに当たり、青山さんが前提として提示した言葉です。これは、「なぜサラリーマンや女子高校生を撮り始めたのか」という問いにも関係してくる重要な言葉なのですが、そのことに触れる前に青山さんの生い立ちから見ていきましょう。

青山:子どものころは、とにかくコンプレックスの塊でした。とにかく人見知りで運動もできず、部活などに打ち込む情熱がない。勉強はできたがゆえに、ついにはガリ勉のイメージまで付いてしまって。当然ながら女の子にはまったくモテませんでした(笑)。これじゃあ駄目だと思い、大学では「人見知りを直すには人の心を知ることだ」と心理学を専攻し、さらに宿舎生活で自分を鍛え直そうと考えたんですが、机の上の勉強だけで本当に人のことが理解できるのか不安になり、入学後まもなく宿舎に引きこもるようになってしまいました。

しかし、こうした体験が写真との出会いに繋がるのですから、人生は分からないものです。

青山さん

青山:ある日自転車の旅の本を読んで、「運動音痴で人見知りな僕が自転車で日本縦断できれば、自分を変えることができるに違いない」と考え、旅に出ました。その道中、北海道の風景がとにかく感動的なものだったため、現地で一眼レフを購入したんです。広大な土地を自転車で走っていると今まで悩んでいたことがどうでもよくなって、この景色を残したいというシンプルな思いで、写真の魅力にハマっていきました。

コンプレックスだらけの少年時代を経て、ようやく写真に出会った青山さん。さらに、この旅行で後の『ソラリーマン』に通じる「ジャンプ写真」を撮り始めることになります。

青山:もちろん風景だけではなく、旅らしく記念写真も撮影していました。でも被写体は当然、自分ひとり。モニュメントの前で立ちつくす自信なさげな自分を撮影するのがイヤで、ふと三脚を立ててタイマーに合わせてジャンプしてみたら、すごく楽しそうに写っている自分を発見したんです。

グアテマラの朝にシャワーを浴びながら決意したこと

無事、北海道から沖縄の与那国島まで約5,000キロを走破した青山さんは、自信をつけて大学に復学。旅で出会った写真の魅力に、さらに没入していきます。しかし、この時点では写真を職業にしようとは思っていませんでした。

青山:むしろ絶対に仕事にしたら駄目だと思っていました。「仕事にしたら今のように好きに撮れない」と思っていたからです。でもそれじゃあ他に何かあるのか? って考えたら、何もなかったんですね。専攻は仕事に繋がりづらいものでしたし。

そこで今度は「将来の道」を決めるため、「世界2周の旅」に出ることを決意します。迷っても立ち止まらずあえて厳しい状況に飛び込んでいく発想は、宿舎生活を選び、日本縦断を行った時と同じもの。しかし、そこで思わぬ感情に襲われることになります。

青山:なぜ2周かと言うと、1周目はどこでも裸一貫で生きていける自信をつけ、人見知りを克服。2周目は「将来の道」を決めるための旅、というプランだったんです。いろんなトラブルを乗り越えながら、なんとか1周目は達成できたのですが、2周目に入るとなぜか途端に惰性で旅をしているというか、違和感のようなものが出てきてしまって……。とくに2周目は「本当にこんなことをしていて将来の道が決まるのか」という焦りや虚無感でいっぱいでした。

きっと初めは純粋に旅を続けることに必死だったのでしょう。どうすることもできない「内面の敵」と対峙しながら、ただただ旅を続けた青山さん。でも、この終わることはないと思われた苦しみに突如、終止符が打たれます。

青山:ある朝、悶々としながらシャワーを浴びていたんです。すると窓から朝日が差し込んできて……。その瞬間、直感的に「写真家になろう」と決心しました。唐突に聞こえると思いますが、今思えば、大好きな写真を仕事にする勇気がなく、覚悟を決めるためにグアテマラまで行ったのかな、と。決意してからは「こんなところにいる場合じゃない」と猛ダッシュで日本に帰りました(笑)。

こうして人生を賭した旅は見事に目的を達成し、めでたく終了することに。そして大学を卒業後、青山さんはすぐにフリーとして活動し始めました。

サラリーマンと女子高校生への「カッコわるい」こだわり

そんな青山さんが、「サラリーマン」に興味を持ち始めた理由は、何だったのでしょうか?

青山:父が亡くなったことがきっかけでした。それまで僕の中でサラリーマンのイメージは、やりたいことは何もできず愚痴ばかり、といった凝り固まったもの。実際サラリーマンだった僕の父も、休日はテレビを観ているかお酒を飲んでいるかくらいのもので、尊敬できる対象ではなかったんですね。でも葬儀のとき同僚の方から、父がどれだけ人望が厚く、仕事ができたのか、たくさん聞かせてもらったんです。毎日見ていたはずなのに何にも見えてなかったんだな、と強烈なショックを受け、四十九日が終わったころには、気が付いたらサラリーマンをジャンプさせていました。

自分の父親ですらサラリーマンという枠で「記号化」してしまい、本質が見えていなかった、という悲しい事実。『ソラリーマン』でジャンプする人々が、「サラリーマン」という無個性な記号から解放され、確かな人格をまとって立ち現われているように見えるのは、亡き父親に対する青山さんなりのアンサーなのかもしれません。

では、青山さんが「サラリーマン」と並んでもうひとつの重要なテーマと語る「女子高校生」については、どのような思い入れがあるのでしょうか。

青山:それはやっぱり、まったくモテなかったことでしょうね(笑)。『スクールガール・コンプレックス』は、実は「マイ・スクールガール・コンプレックス」なんです。今は結婚もしていますが、高校生のころは女の子と付き合いたくて、触りたくて、見たくて、どうしようもなかった。その気持ちが写真を始めるきっかけにも繋がっているし、切実に作品として残し続けなければと思い、女子高校生を撮り続けているんです。

これまでの話でも分かるとおり、サラリーマンと女子高校生の二大テーマは、青山さんにとって避けることの出来ない、必然的なモチーフ。このことをさらに掘り下げるためにも、冒頭に立ち返り「写真家なんてカッコわるい存在」という言葉の真意をうかがってみることにしましょう。

青山:「次は何を撮るの?」と人から聞かれることもあります。もちろんサラリーマンと女子高校生はこれからも撮っていきますが、自分でも「もう1つモチーフが見つかれば」という思いもあるんですね。でも、もしそのテーマに切実さがなく、上辺だけの興味や小手先の技術で撮ろうとするなら、おもしろい作品になるはずがないんです。つまり、写真家はすべてをさらけ出す「カッコわるい」存在であるべきだと思っていて。一見クールにまとめているように見える写真でも根底にはドロドロした欲望があったりする。自分を見つめ直し黒歴史を掘り起こしてこそ、重要なテーマを見つけることができると思うんです。よくオセロに例えるんですが、もし黒で埋め尽くされていても、裏は必ず白いということ。ちゃんと良いところに白を置けば、黒が一気に白に変わることもあると思うんですよ。コンプレックスは武器になることを僕は人生の中で身をもって知りました。

青山さんにとって写真とは、「カッコわるく」なれるほど、自分をさらけ出せるもの。オセロの黒が白に変わるとき、新たな青山作品を見ることができるのかもしれません。

青山さん
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