『クリエイターのヒミツ基地』

『クリエイターのヒミツ基地』Volume28 杉山峻輔(グラフィックデザイナー、VJ)

『クリエイターのヒミツ基地』 Volume28 杉山峻輔(グラフィックデザイナー 、VJ)

並み居るアイドルグループのなかでも異彩を放つ「でんぱ組.inc」の近作や、フリーダウンロードを掲げた気鋭のネット音楽レーベル「Maltine Records」で数多くのジャケットデザインを手がけ、次世代を担うデザイナーとして注目を浴びている「スケブリ」こと杉山峻輔さん。「VIDEO BOY」名義で活動するVJでも、VHSテープを駆使して特撮やアニメ作品などから大胆にネタを投下するなど、豊かな発想力でグラフィックデザインにとどまらない活躍を見せています。「結果的に人がやっていないことを、やりたくなってしまう」というスタイルは、どのように培われてきたのでしょうか。杉山さんの制作現場にお邪魔し、これまでのデザイナー人生を振り返っていただきました。

テキスト:タナカヒロシ
撮影:CINRA.NET編集部

杉山峻輔(すぎやま しゅんすけ)
またの名をスケブリ。1985年静岡県生まれ。大学卒業後、2009年よりフリーランス。グラフィックデザイン全般の制作を行う。2010年『SHIFTカレンダーコンペティション2010』のカバーに選出。また、VIDEO BOY名義でVJとしても活動する。
SHUNSUKE SUGIYAMA

杉山峻輔(グラフィックデザイナー 、VJ)

イラストを描いて食える仕事があることを知った、高校3年の夏

プラモデルの金型工場で働く父の影響で、物心ついた頃からプラモデルを作り、特撮マニアの叔父からは円谷系を中心とする知識を叩きこまれたという杉山さん。そう聞くと幼い頃から「もの作り」に強い興味を持っていたのではと思ってしまいますが、デザインに興味を持ち始めたのは意外にも遅く、高校3年の夏だったそうです。

杉山:最初は普通の大学の経済学部とかに進学するつもりだったんですけど、友達が美術予備校に通っていることを聞いて、「そういう大学があるんだ!?」「イラストとか描いて食える仕事があるんだ!?」みたいな衝撃を受けて、興味を持っちゃったんですよね(笑)。それで、夏休み前の三者面談のときに、いきなり美大に進学したいって言ったら、先生も親もビックリして。そこから友達と同じ美術予備校に通い始めて、ギリギリ合格できたんですよね。

入学した先は、先端的なテクノロジーとアート・デザインの融合を掲げた学科で、CG映像やウェブ制作、CAD、プログラミング、さらには木工に金工などを幅広く学ぶことに。しかし、グラフィックデザインに関しては4年間でたったの2コマしかなく、入学当初は杉山さん自身もデザインの道に進むことは思っていなかったんだとか。

杉山:そもそもイラストレーションとグラフィックデザインの差もわかっていなかったし、CADの授業もあったし、父親と同じプラモデルの会社に入るのかなぁ……と思ってたんですよ。でも、そのCADが全然おもしろくなくてというか、教授が苦手だっただけなんですけど(笑)。映像制作もすごい手間がかかるので、自分には向いてないなと思ったし。でも、学内にグラフィックデザインが好きな人たちが集まっているサークルがあって、先輩が外から仕事を取ってきて、フライヤーとかを作っていたんですね。それを見て、おもしろそうじゃんと思って、僕もそのサークルに入ったんです。

さらに、サークル活動と並行して取り組んでいたのが、「フライヤーを作らせてもらうための営業手段として始めた」というVJ活動。念願かなってクラブイベントのフライヤー制作も多数こなし、4年次にはデザイン学部を代表して、卒業研究制作展全体のアートディレクションやデザインを担当しました。本人は「学内にグラフィックをできる人があまりいなかったから」と謙遜しますが、いまでも杉山さんのウェブサイトで見られる当時の作品からは、非凡な才能を感じずにはいられません。

ニート同然の生活のなかで掴んだチャンスからの再出発

しかし、その卒展に力を入れすぎてしまい、ろくに就職活動もしなかったことから、大学卒業後は実家でニート同然の生活を送ることに。仕事といえば、小遣い程度のギャラで知り合いからチラシのデザインなどを依頼されるくらいで、主夫業の合間に草野剛や稲葉英樹など、大好きなデザイナーの真似をしながらアートワークを作っていたそうです。一時はグリッドシステムなどのデザイン理論もがんばって勉強していたという杉山さんですが、芸術的な環境に囲まれた大学生活から実家に戻ったことで、デザインに対する見方が変わったとか。

杉山:うちの両親は、とくにアートやデザインに興味があるわけでもないので、デザイナーの世界のなかでいいと言われているものを見せても、一切興味を示さなかったんですよね。それを見て、「デザイナーにしか喜ばれないデザインってどうなんだ?」と思っちゃって。大学でデザインとかを勉強してそのまま就職したりすると、自分の周囲にいる人間がデザインに対しての意識が高い人間が多いので、そうじゃない環境をあまり経験しないんじゃないかと思うんですよね。土着感がないというか、自分はそういうものを見て育ってきたわけじゃないのに、「美大に行ってデザインのことを勉強したら、急にそっちに行っちゃいました」では説得力がないなって。デザインの考え方も好きなんですが、もっと自分のバックボーンにあるものを出したほうがいいんじゃないかと、なんとなく思うようになったんです。そういう意味ではすぐに就職しなくてよかったと思っています。

そんな杉山さんに転機が訪れたのは、卒業から1年半が経った2009年秋。若手作家の登竜門として知られる『SHIFTカレンダーコンペティション2010』で、世界38か国から集まった1,837作品のなかの最終12作品に選出されました。

杉山:受賞したことで仕事が増えたわけじゃないんですけど、それをきっかけに「東京でもやっていけるんじゃないの?」と調子に乗って上京しちゃったんですよ(笑)。でも、当然食っていけるはずもなくて、しばらくは大学の先輩が務めていたアレフ・ゼロ(現・コンセント)という会社でエディトリアルデザイナーのバイトをしてました。フリーとして仕事が入るようになったのは、Maltine Recordsのジャケットデザインを作らせてもらうようになってから。Maltineのイベントに行くたびに、「そういうのできるから作らせてよ」って言ってたんですよ。それで、1回やらせてもらったら、「いいんじゃないすか」って、その後も頼まれるようになって。

Maltine Recordsの作品にアートワークを提供し始めたことをきっかけに、それを見た人から仕事の依頼が舞い込むようになると、グラフィックデザイナーとしての仕事も徐々に軌道に乗り始め、『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』とコラボレーションしたエキシビションや、村上隆率いるカイカイキキがプロデュースするギャラリー「Hidari Zingaro」での展示にも参加。『UGSF』シリーズ(ナムコ製のテレビゲームに共通して登場する架空の軍隊)の公式サイトや、最近では人気急上昇中のアイドル「でんぱ組.inc」のジャケット制作も手がけ、彼女たちの出世作となった『W.W.D / 冬へと走りだすお!』で手掛けたメインビジュアルは、タワーレコード「NO MUSIC, NO IDOL?」キャンペーンのポスターになったり、マルイジャム渋谷の壁面にかかる巨大看板として使われるなど、大きな話題を呼びました。

そして、この5月に発売されたでんぱ組.incのニューシングル『でんでんぱっしょん』では、全9種のジャケットをアートディレクション。初回限定のDVD付き盤、通常盤、GAME盤の3種を自らデザインし、各メンバーにフィーチャーした残りの6種でも、それぞれ異なるクリエイターを立ててデザインを統括。グループ史上最高順位となるオリコン初登場6位の立役者の1人となりました。

杉山:最初の打ち合わせのときは、曲名がまだ決まってなかったんですけど、「パッションで」「ちょっと東洋的な」「雑多な」みたいなキーワードを言われたので、ステッカーをベタベタ貼った僕のPCを見せて、「これでいいじゃないですか?」って言ったら、その場で決まっちゃいました。初回限定のDVD付き盤はとにかく過剰にしようと思って、ジャケットの中でジャケットを持たせるような演出をしたり、撮影したステッカー自体がキラシールなのに、さらに上からホログラム加工したりしてるんです。

でんぱ組.inc『でんでんぱっしょん』のジャケット写真

王道に対するカウンターとしての「遊び」と「わるふざけ」

ジャケットの中にジャケットも、キラシールの上にホログラムも、普通なら避けるべき手法ということは、素人目に見ても明らかです。「わるふざけ」という言い方をすると聞こえは良くないかもしれませんが、実はこれ、本人も認めるスケブリ作品の大事なキーワード。これまで杉山さんが送り出してきた作品は、ネットカルチャーを巧みに取り入れたものから、不規則な図形を配置した抽象的なアートワーク、そしてVHSテープを駆使したVJまで、説明に困るほど多種多彩ですが、いずれにも共通しているのが、与えられた題材でいかに自由に遊び、ふざけるのかという点ではないでしょうか?

杉山:そうかもしれません(笑)。デザイナーの人って、みんな真面目なので、僕はこういう方向で食っていくしかないというか。真面目な人に真面目な理論でやられると敵わないので、いかにグラフィックデザインをぶん回すかみたいなことは考えています。いいカメラマンさんに頼んで、いい女優さんを撮ってもらうような巨大な広告代理店のシステムにはかなわない。システム化されたデザイン業界の現状はすごいなぁ……と思うんですけど、その反面、同じようなデザインもいっぱい出てきちゃうわけで。僕はそうじゃないものを見てみたいというか。1人でやってるからっていうのもありますけど、自分が全体のなかのどこに立って、どこに何を投げるのかっていうのは、ちょっと意識してますね。

「自分が全体のなかのどこに立って、どこに何を投げるのか?」という考えは、先ほどからたびたび話題に挙がっているVJについての、こんなエピソードにも表れています。

杉山:静岡でVJを始めた頃は、よくありがちな「おしゃれサンプリング系VJ」だったんです(笑)。でも、東京に出てきて『REPUBLIC』というイベントを観に行ったら、まぁみんなすごくて、まったくかなわない。だから、僕は逆側に行かなきゃと思ってVHSテープを使って無茶なことをするようになったんです。そしたら、そのおかげでデザインでもどんどんやらかせるようになってきたんですよね。実は無茶をしてもあんまり怒られないんだなって(笑)。あと、松本弦人さんのデザインが大好きで、事務所に2週間くらい居候させてもらったことがあるんですけど、そのときの影響とVJでの経験がいい感じに合わさって、デザインに昇華できている部分はありますね。弦人さんに何か特別に教えてもらったとかではないんですけど。

ニート期に思い直した自らのバックボーン、常に他者とは違うものを作ろうとする姿勢、俯瞰した視点からさまざまな要素を相対化させ、自身の持つ引き出しを最大限に活かそうとするからこそ、杉山さんのデザインは独自の魅力を放っているのでしょう。そんな冷静な分析力を持つ杉山さんは、グラフィックデザインという仕事に対しても、興味深い捉え方をしています。

杉山:グラフィックデザインって、本当に不思議な仕事だと思うんです。建築やプロダクトは、生活に欠かせないものが多いですけど、グラフィックデザインは紙にインクが乗っていたり、画面に色や形が表示されているだけだったりする。そういうものを世の中に提供して、食べさせてもらえているっていう状況はすごく不思議でおもしろいと思うし、だからこそもっと遊んでみたり、ふざけたくなったりするのかもしれません。だいたいいつもそのときの気分で作っていますし。この仕事は僕の性に合ってると思いますね。

言葉の表面だけを受け取ると、少し不真面目な印象を持つかもしれませんが、これは言い換えれば、紙にインクが乗っているだけだからこそ、付加価値を付けなければいけないという意識の表れだとも言えるのではないでしょうか。だからこそ、杉山さんのデザインは、単なる平面の作品以上の魅力を放っているのかもしれません。最後に、気になっている人も多いであろう、スケブリという名の由来を。

杉山:これ、すっごい恥ずかしいんですけど、高校生のときに「はてな」のIDを作るためにつけた名前が「sskhybrid」なんです。「ssk」はシュンスケの略で、ちょっとかっこいい英単語をつけたらいいかなと思って「hybrid」。ほんとダサいですよね(笑)。だから略して「スケブリ」にしてしまえばわかんないかなって。たまに友達に「スケブリことシュンスケハイブリッド」とかいじられて、「コノヤロー」とか思うんですけど(笑)、いまさら変えるのもめんどくさいので。最近は仕事先から「スケブリさん」と呼ばれればスケブリを使って、「杉山さん」と言われれば本名を使って、相手から送られてくる最初のメール次第でどっちの名前を使うか決まるっていう。僕的には全然ポリシーとかないので、どっちでもわかりやすいほうで呼んでもらって大丈夫です(笑)。

自分という存在すらも客観的に楽しんでいるようですが、これも「グラフィックデザイン」という仕事を客観的に楽しむことのできる杉山さんらしいエピソードと言えるのではないでしょうか。次の作品で杉山さんは、デザインの世界のどこに立って、どんなものを投げるのか、期待は膨らむばかりです。

PAGE 1 > 2 > 3

「クリエイターのヒミツ基地」連載もくじへ



記事一覧をみる
フィードバック 1

新たな発見や感動を得ることはできましたか?

  • HOME
  • Art,Design
  • 『クリエイターのヒミツ基地』Volume28 杉山峻輔(グラフィックデザイナー、VJ)

Special Feature

Crossing??

CINRAメディア20周年を節目に考える、カルチャーシーンの「これまで」と「これから」。過去と未来の「交差点」、そしてカルチャーとソーシャルの「交差点」に立ち、これまでの20年を振り返りながら、未来をよりよくしていくために何ができるのか?

詳しくみる

JOB

これからの企業を彩る9つのバッヂ認証システム

グリーンカンパニー

グリーンカンパニーについて
グリーンカンパニーについて