「記憶」をテーマにしながらシーンをリフレインさせる手法で注目を集める劇団「マームとジプシー」。昨年のフェスティバル/トーキョーで発表した『ハロースクール、バイバイ』や水天宮ピットで開催された「芸劇eyes特別編『20年安泰。』」での『帰りの合図、』などが高い評価を獲得し、現在若手小劇場界の最右翼と目されています。その演出、劇作を手掛ける若干26歳の主宰・藤田貴大さんは、大学時代より横浜と深い関わりを持ちながら過ごしてきました。2010年からは稽古から上演までをトータルサポートされる「坂あがりスカラシップ」にも選出され、急な坂スタジオを拠点にして横浜とさらに濃密に関わりながら活動を続けています。今回の『OPEN YOKOHAMA 2011』では、キャンペーン参加事業として8月17日から22日まで、これまでも継続的に作品を発表してきた劇場・STスポットにて『塩ふる世界。』『待ってた食卓、』を上演予定。彼らの注目すべきクリエイティビティを存分に発揮してくれそうです。そんな藤田さんとともに横浜の街を巡ると、従来の価値観を覆すような、クリエイティブで癒し系な横浜の姿が浮かび上がってきました。
(取材・テキスト:萩原雄太 撮影:小林宏彰)
まず訪れたのは、桜木町駅からすぐの場所にある「横浜成田山」。千葉にある成田山新勝寺の別院であり、開創から140年にもなる由緒ある寺院です。地元の方にも親しまれているこのお寺の境内を、藤田さんは急な坂スタジオへ通う抜け道として利用しているそう。その参道には稲荷神社や石仏、カメの住む池など、散策の目を楽しませてくれるものの数々が。それらの佇まいにはややB級感が漂うものの、「そこがいいんです!」と藤田さん。切り立った坂には石仏が点在し「あそこにも」「ここにも!」とテンションも上がっている様子です。
そして、お寺の方にご挨拶すると、一般でも見学可能な本堂の中に案内していただきました。本堂の中に入るのは初めてという藤田さん、ご本尊の不動明王を前にすると、その偉容には「へ〜」と興味津々。すると、お寺の方からカラフルな紐のようなものを手渡されました。「この紐の先は不動さまと結ばれており、不動さまと握手ができるんです」という説明を受け、さっそくお不動さまと固い握手を交わす藤田さん。なにをお願いしたのでしょうか?
そしてお寺の方のご好意で、さらにディープな場所を案内された藤田さん。本尊の裏の小さな部屋を通ると、薄暗がりのそこに控えるのは8体のそれぞれ違った仏像たち。これらは「守り本尊」と呼ばれ、生まれた干支によって異なる言わば守護仏たちです。1985年生まれ、丑年の藤田さんの守り本尊は「虚空蔵菩薩」だそう。あの空海や日蓮も拝んだというこの菩薩、真言を100万回唱えると、あらゆる法典を理解できるといいます。知恵や記憶の仏である虚空蔵菩薩は、まさに「記憶」をテーマに作品を創作するマームとジプシーにぴったりといえるのではないでしょうか。
のっけからディープなスポットに踏み入れて、少し疲れた身体を休めるために訪れたのは「韓国屋台 赤いとんがらし」。テント張りの、見るからに妖しげな建物の内部に足を踏み入れると、そこには原色の内装が施され、装飾代わりにぶら下げられているのはマッコリの空き瓶。まさに「アジア」な雰囲気に満たされています。急な坂スタジオでの稽古後に出演者の皆さんとよく出没しているという藤田さん。「チーズトッポギがすごく美味しいんです!」との言葉通り、本場韓国の味に病み付きになる横浜市民も多数のこのお店。さらに、海鮮チヂミやチャプチェなどをオーダーし、「ヤバい、旨すぎます!」と舌鼓を打つ藤田さん。
さらに「店員さんも素晴らしい接客をしてくれるんです」と絶賛していたところ、気前よくマッコリを振る舞ってくれました! 大のお酒好きとしても知られる藤田さん。ピリ辛の韓国料理でしびれた喉に、ヤカンから注がれた冷たいマッコリをゴクリ!まろやかな味に、大満足することができました。
お腹も満たされた藤田さんが、続いて向かったのは、毎日のように稽古を行っている「急な坂スタジオ」。取材時も稽古期間中で、スタジオ内には小道具と思われるものが散乱したマームとジプシー仕様になっていました。「他の人に見られるとちょっと恥ずかしいです」と、いろいろなもので雑然とした演出机の整理を始める藤田さん。舞台のリズム感を大切にするマームとジプシーらしく、その机の上にはたくさんのCDが山積みになっていました。
そこに現れた、急な坂スタジオディレクターの加藤弓奈さんを、藤田さんは「みんなのお父さん(笑)」と紹介。そんな加藤さんから見た、藤田さんの稽古中の素顔は?「ストイックに役者を追い込んでいますね。でも不条理に怒るというわけじゃなく、理路整然と話すタイプです」。また、その稽古場の使い方についても「最大限まで稽古場を利用しようとしているんです。ずっとスタジオにこもっていますね」と語られるマームとジプシーの稽古は、朝10時から閉館時間の夜22時まで12時間にわたって行われることも珍しくないといいます。そのような濃密な稽古を経て、特徴的なリフレインの手法が磨かれていくようです。
また、稽古だけでなく、ワークショップやゼミなども行われる急な坂スタジオ。土日にはバレエ教室が開催され、近所の子どもたちも訪れています。「東京にはあまりない自由な雰囲気が気に入っているんです」と藤田さんが語るように、クリエイターにとってはこの上なく贅沢で魅力的な施設。「急な坂スタジオやSTスポットなど、横浜には作品について一緒に話せる環境がたくさんあると思います。僕にとっては、帰って来ることができる実家のような場所ですね」
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