vol.212 下品になれないのは上品なのか(2009/02/02)
友人の結婚パーティーの会場を探していて、雑な検索でたどり着いた貸し切りバーをプリントアウトして下見へ行った。仕事終わりの友人とアルタ前で待ち合わせして、よぉと手を挙げてみるとそれは違う人で、ちょうどかかってきた電話に出て振り返ると道の向かいで手を挙げているのだった。歌舞伎町の歓楽街に混ざり込んで、更なる歓楽へ誘う声を遮ってラブホテル街の狭間にあるバーへ向かう。どうやらかつてはキャバクラかスナックか、いずれにせよ派手な装いで異世界を強引に造り上げていたはずで、その残り香もこれまた強引に消し去っているので、店自体の辻褄がどこかで常に壊れている。ドレッドヘアを束ねた彼が、おれはここにいたくねえというテンションで皿洗いに従事している。隣の部屋で大宴会をやっているようだ。逆に、その他に客は誰もいない。僕らしかいない。その大宴会からポツポツと人が出てきては、トイレへ行き、戻すかなんかして、しばらくすると青ざめた顔で出てくる。小さな店だ、トイレは一つしか無い。トイレを待つ誰かはトイレの前のソファーにもたれかかっている。非常に下品である。いる人たちがどの瞬間も下品である。古くさいコールで飲め飲めと煽り、男は女を気にして女は男に気にされて、男は目をギラつかせて酔った女を探している。
どっかの大学のサークルなのだろうか、それとも売れないホストとキャバクラ嬢が場末で嘆き合っているのか、その詳細は分からないが、酔った女が貸し切り部屋からフラつきながら出てくれば、その女を介抱しようと男が飛び出てくる。とりあえず外に出ようか、とか言ってる。とろけそうな声で「うん」と頷いた女と EXILEまであと50歩みたいな男が店を出て行く。戻ってこなかった。部屋から再び泥酔女がこぼれ落ちてくる。トイレの前のソファーを覆うかのように「く」の字型に被さった女のミニスカートからは当然パンツが見えている。見える必要の無いパンツもあるのだなとただでさえ酔ってない頭を醒ますと、そこにまた男がやってくる。背中をさすりながら、顔が「しめしめ」という顔をしている。「しめしめ」という顔があるのだ。初めて知った。トイレの中でガラスが割れる音がする。どうやら花びんでも割ったらしい。ここからも泥酔した女が出てくる。そこにも男が寄り添いにくる。もうひとり女が出てきてカウンターの店員に「強いお酒ちょうだあーい」と絡めば、「おいおい、そんなに強いの飲んじゃダメだよ」とニヤけた男が近寄ってくる。
おさえたかった日程は埋まっていたので、飲み物を一杯飲んで店を出た。なんだかねえ、と苦笑いしながら、でもあれだね、あの下品な感じに憧れが無いわけではないよね、と、素直に振り絞ってみた。でもああいう女と結婚したくないよねと返してきた。おっとこれはこれで下品な意見だなと思った。さっきの店いくらだったと聞くと、3700円だという。飲み物は一杯900円だから、チャージ料が950円するらしい。となると、あの肉じゃがみたいなお通しが950円かと呟くと、あれは一頭の牛からあれだけしかとれない部位なんだよ絶対、と、絶対そんなことないのにそう言って、それに力強く頷いた。あっちとこっちに分けるとしたらやっぱりこっちの人間だなみたいなぼやけた確信をそのままに、家でピルクルを飲んで寝た。
vol.213 強気な女はやみつきになる(2009/02/09)
強気な女は二人っきりになると甘えるらしい。神話のようにそう伝え聞く。しかし、それを聞いた所で自分に応用する手立てが無いし、妄想で楽しもうとも、その土台となるような経験や素材が無い。頭で反復する。強気な女が甘える、二人っきりになると変わる、それはいい。何だかいい。でもよく分からないなと頭を掻く。町中で強気な女を捜す。しかし、見た目だけで強気が香るその人は、もはや強気ではない何かが発酵しているように見える。強気な女は、たぶん一応強気であることを隠している。らしい。もう、「らしい」ばっかで恐縮だけども。
サラリーマンが急いで昼飯をこなすそば屋に、いわゆるキャリアウーマンが文庫本を片手に入ってきた。カレー南蛮をすすっていると、相席よろしいですかとそのウーマンが目の前に座る。おそらくそのブラウスは高い。カレー南蛮が起こす最大の事件、麺の絡みがほどけて汁面にポチャリ、弾けたカレールーが飛び散り、ちょっとこのブラウスどーしてくれるのよ、である。目配せをして、はい、気をつけます、慎重に食べます。こちらの犠牲はやむを得ない。顔を器に付けんばかりに近づけて、ちょっと弾けたら顔面で受けとめる。ブラウスより私の顔。当然だ。無事食し終わると、ちょうどそのタイミングで、彼女が頼んだ小海老そばが運ばれてくる。文庫本を閉じると、彼女はその小海老を見て、ニコッと笑った。その笑みを、見逃さなかった。海老そばではなく、小海老そばなのがいい。ひとりなのに、そして前にこんなのがいるのに、ニコッと笑うのだ。たぶん、これなのだ、ベクトルとしては一緒なんだよ絶対、強気な女は男(そば・うどんも可)と二人っきりになると甘えるんだ。その甘えっぷりを横取りして、経験者は語るのだ。
MAXが再結成したと聞いていたのだが、テレビを付けていたらたまたまギミギミシェイクと歌っているのに遭遇して、しばし見入った。心の整理がつかなかった。コンビニへ行って、夕刊読んで、ぼーっとして、もう一度観ようとネット動画でMAX再結成を観直して、ようやく答えが出た。これはすごくいい。後ろめたさやヤケクソ感のない集いなのである。アラサーとかアラフォーとかそういう流行りに便乗したんでしょと誰もが問いかける。思いっきりイエスッと答える。 SEX AND THE CITYに便乗したんじゃないのと問いかける。足を「くの字」にして、スカートひらひらさせて、サングラスをおでこにかけて、イエスッと笑い返してみる。そういう開放感。要するに流行りへの乗っかり方がダイナミックなのだ。こういうことはやろうと思ってもなかなかできない。あの頃の私たちとは違うのよと、成熟を訴えてしまうのが関の山なのだが、彼女らは単純に、今、ある程度歳重ねた女のビューティーがキテるから出ていこう、軽く腰を上げた余裕っぷりが、むしろ成熟を感じさせるという、良さげなベクトルの中にある。って、このMAX論に需要はあったのか。
カレー南蛮の、残った汁の表面に浮かぶ油の輪っかを箸で割りながら、小海老の嗜み方を観察していた。汁に沈ませて食べる場合、いわゆる半身浴状態で乗ったままを食べる場合、その交互で食べていたのだった。彼女は何故最初にニヤッと笑ったのだろう。食べ方を迷っているではないか。小海老を弄んでいるだけなのか。携帯メールを返しながら海老をパクつき、数匹の小海老を残して彼女は立ち去った。よく言う所のツンデレである。二人っきりになったら、甘えてくるんだろっ、残された小海老はそれを知っているかのようだった。じゃないとやってられないのだ、立場的に、小海老的に。「強気な女は二人っきりになると甘えるらしい」という風説の起因も恐らく同様ではないか。そうでなきゃ困るのだ。やってられないのだ。カレー南蛮がカレーと汁に分離するほど悩んだ挙げ句、そんな答えを導き出した。答えを振り絞る意味は特になかったんだけども、それなりに胸がスッとして、店を出た。
vol.214 菓子折らせすぎ(2009/02/16)
会う人会う人が良い人で、もしもその都度菓子折りを差し出すと心に決めていたとしたら、キャリーバッグを引きずっていかねばならない、そんな2ヶ月でございました。人と言うのはねと説き出して、奥底にある心を諭すかのような金曜八時の先生みたいなことではございませんで、段階を踏む、その段階ごとに訪れる誰それが、それぞれキラリと輝いて、こちらをチラッと照らし、うーむと腕を組もうとすれば組む前にケツを押し出してくれて、そんなこんなでワタシは今、新居におるのです。
数多ある引越屋からベストを選択する。おまけがキャンディの所と可愛いレターセットの所と分かれていればどちらかを選ぶのだけれども、そうではない。とにかく我々は最善を尽くしますよ、と繰り返す。そうですか、としか言えない。そんでいくらなんですかと聞けば、見積もりにお邪魔させていただければと繰り返す。招き入れたらもうそこで捺印に違いない。慎重になる。しかしどこもおまけはキャンディと言わない。こういう時に、決断力に乏しいワタシはどうするか、「業界最大手」である。「業界最大手 引越」で検索する。最大手が何件も出る。何故だ。めげない。検索で引っかかった一番上の引越屋を選ぶ。
見積もりにきた女性は、この人、男の一人暮らし部屋に入ってきちゃっていいんだろうかという感じの人だった。どういう感じかの具体は任せるが、とにかくそういうざわつきの消えない査定であった。本棚を見やって、わーこの本読みたかったんですー、と指差せば、それが偶然にも手元に2冊ある本で、1冊どうぞ、と手渡せば、本当に良いんですか、実は明日休みなんです、パンケーキ作って過ごそうと思ってましたけど、この本を読もうと思います、わー楽しみだなあ、と弾けている。繰り返しますが、この人、男の一人暮らし部屋に入ってきちゃっていいんだろうか。8万と提示された金額に難色、でも、午後の便にすれば4万です。さすがの「業界最大手検索第一位」、即決する。ほんと、どんなプレゼントより嬉しいですっ、と家を後にしていった。正直な事言いますよ、凄く嬉しかったです。
年末に決めそうになった家はやっぱりやめて、そん時、仲介会社の兄ちゃんは、いいとこ探しておきますと深々と礼をしてくれた。年が明けて行くと、本当に探しておいてくれた。中を見て駅から歩き直してみたりして、ここでよさそうだなと電話してみると、十数分前に決まっちゃったと申し訳なさそうにしている。大丈夫だ、僕は貴方に付いていく、再訪を誓う。翌週、彼は2軒を提示した。そのうちの1軒に決める。手続きが終わったころ、本当に良かったですねと電話がかかってくる。本当に良かったです。
不要品買い取りのおっちゃんは、携帯で別件の日程調整をしながら、片手でベッドを解体した。金属部品と化したベッドを片手で巻き込み、指の本数を数えるようにとジェスチャーする。それが引き取り金額らしい。内見の時、不動産屋のお姉さんは、僕なら手の届くブレーカーをジャンプして落とした。毎度の事ですからと、スーツのよれをクールに直した。家具屋の兄ちゃんは、まずは色々と他のお店をご覧になってくださいと言った。だから、色々観て、その店へ戻って買った。長い間住んでくれてありがとうね、そう言ってくれた大家のオヤジは確かかつては印刷業でその印刷所を閉じてマンションにしたのがここだった、というのを、オヤジのHPで知ったのだった。ある日、マンション内の掲示板に、ホームページ始めましたと小さな張り紙があった。その場でメモした。写真が趣味のオヤジと、ガーデニングに凝るオバサンだと知った。後日、ガーデニングの本をあげると、「わぁ」と喜んでくれた。正に「わぁ」という顔だった。その大家の残像を引きずりながら、新居の大家へ挨拶に行けば、小池百合子似の奥さんと、時代劇に出てくる町民みたいなダンナが迎えてくれた。つまらないものですが…の「つ」くらいで「いやーまあそんなわざわざ」と言い、小池百合子が笑う。引越ってのはいいね、百合子の笑顔をもらいながら階段を登りニヤついたら、降りてきた上の住人がちょっと避けるようにすれ違っていった。
vol.215 約束を破るか、ズボンを破るか(2009/02/23)
決して破れないものの代表格に、約束とかズボンとか色々とあるけども、今回はズボンが破れたのである。約束していた待ち合わせ時間より早く着いて待ち合わせ場所付近を徘徊するという、約束を破らないための素晴らしい心がけが悲劇を招いたのである。破らないためにしたことで、破れたのである。
BOOK OFFを見つけたらとりあえず入ってみる、というのは、ここ十数年の心がけである。親から昼飯代として500円をもらい、パンを2つ買う、その差額を数日貯め込んだ1000円足らずで何のCDを買ってやろう、BOOK OFFの「CD 250円〜750円」コーナーはその決戦の場であったのだ。買ったCDは家へ帰って即座に聴く。あれ、これはもしかしたらよくないかもしれない、でも、どこかいいところはないのかと必死に探す。そうそう、このギターのリフがね、と頭で無理矢理その作品を肯定する。ホントはよくないと分かっているんだけども、買ったからには、これは秀逸な作品だと唸らなければならない。それもまた愉しいプレッシャーだった。
待ち合わせ時間まであと20分ある。「CD 250円〜750円」コーナーの前へ立つ。当然のようにAから順に、舐めるように見ていく。結構な広さである、ペースを早めにしないと「OPQR」辺りで退場せざるを得なくなる。経験に乏しい若き頃は、次の棚へ移るときにわざわざ立ち上がって上から見ていった。上から下へ、そしてまた上から下へ、というように。しかしこれでは効率が悪いと感じて編み出したのが、上から下、不良座り状態から右へサイドステップ、その棚の下から上へ立ち上がりながら見ていく方法だった。これであれば無駄が少ない。下から上へ、そしてまた上から下へ、下から上へと繰り返していく。不良座り状態からのサイドステップは相応の筋力を要する。相撲力士が問われるのと同じく、BOOK OFF「CD 250円〜750円」コーナーにも腰の安定感が問われるのだ。
三番目の棚の下は「L」のコーナーだった。「L」を見終われば隣の棚の下「P」へ移る。「L」を見ている最中、隣の「P」に、気になるCDがチラッと見えたのだ。ルールを遵守すれば、それは「L」を見終わってから見るべき「P」である。それなのに僕はそっちへ浮気した。下半身は「L」と向き合っている。上半身だけを先に「P」へ持っていき、その後で下半身を持っていこうとした。誤算だった。急な上半身の動きでズボンが張る。それでも尚、上半身は「P」を目指す。耐えられなくなった下半身は結論を出す。ビリッ。ズボンが、しかも、股間部分にあわせるかのように破けたのだった。どうしよう。これから人に会うのに、どうしよう。
折角見つけた「P」のCDは買おう。とりあえず、足と足を引っ付けたまま小さく歩いてレジへ向かう。店を出る。隣の隣に文房具屋がある。強力ガムテープを買う。隣の隣の隣のファストフードのトイレへ入る。脱いで、裏からガムテープを張りまくる。お尻がひんやりする。カピカピする。座ってお尻があったまるとネチョっとする。帰路につきズボンを脱ぐと、お尻にガムテープの繊維が付着している。それをはがす。折角なので例のCDを取り出す。「これはPINK FLOYDではない」と多くのファンをがっかりさせた再結成後のアルバム「THE DIVISION BELL」が静かに響き渡る。悪くないアルバムだ。3曲目のギターソロ辺りが特に。
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