コロナウイルスの世界的流行が続き、国境を超えた往来が難しくなったいま、香港はいまどんな状況なのか。パンデミックから1年あまりが経過した香港の街の様子や人々の暮らし、娯楽など、さまざまな変化を現地ライターがレポート。
香港をあらゆる角度からバーチャル体験ができる動画シリーズ「360香港モーメント」とともにお届けします。
※本記事は『HereNow』にて過去に掲載された記事です。
1.街の変化:摩天楼が立ち並ぶ香港はどう変わったのか?
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2020年1月末に香港初の感染者が確認されてから現在まで、人口約750万人の香港のコロナウイルス感染者数は11,341人(2021年3月20日時点)。他の国と比較して感染者数が抑えられている理由には、2003年のSARS(重症急性呼吸器症候群)の流行で培った、香港市民の予防意識の高さがあるといわれています。
また、3月16日よりワクチンの接種がスタート。当初は60歳以上の市民優先でしたが、現在(3月30日)は対象年齢を30歳以上に拡大しています。
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香港の中心地・中環(セントラル)。他のアジア諸国と比べて自動二輪の割合が少ない香港だが、最近はフードデリバリー用の需要が高まっている。
コロナ禍における営業規制は、バー、カラオケ、エステ、スポーツジムなどが規制対象となり、いまだに休業から再開できていないお店もたくさんあります。レストランは対象外だったものの、定員数は半減となり、1つのテーブルに座れる人数にも制限が。「1卓2人まで。18時閉店」という状態が長く続きました。(3月30日現在、3月31日まで、午後10時~午前5時の店飲食禁止。1卓4人までとなり、バーは未だ営業停止中) 。
なかでも複雑な事情を抱えていたのがバー業界。強制休業の対象ながら、レストランを兼ねた免許を持っていれば営業可能なのですが、18時閉店というのは、バーにとって実質、休業と同等でした。
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「普通はお店を開ける時間に閉店だからね」と嘆くのは、過去にHereNowでも紹介させていただいた『Quinary』や『Draft Land HK』など、香港を代表するバー6軒を経営する有名バーテンダーのAntonio Lai(アントニオ・ライ)さん。
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Antonio Laiさん。中環のハリウッドロード沿いにある『Quinary』前で。カラフルなスニーカーがトレードマーク。現在はテイクアウトができるスパークリングティーの缶ドリンクを開発準備中だそう
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『Quinary』のバーマネージャー、Kai Ng(カイ・ンー)さん(右)は、長らく働いていたシンガポールから香港へ。ホテルでの強制隔離期間3週間を経て、先日店舗に立った。
タップカクテルを中心にしたバー『Draft Land HK』では、昼営業のためにカフェの営業免許に切り替え、コーヒーに力を入れて再スタートしています。
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『Cold Brew Tonic』は、コーヒーのフローラルな酸味とトニックのさりげない甘味が溶け合うノンアルコールカクテル。コロナ対策として、QRコードを使ってスマホで見れるメニューに変更した。
また『Draft Land HK』でも、テイクアウトカクテルを開発したり、同じくカフェメニューをメインにしたり、メニューをQRコード対応にするなどの試行錯誤を続けているそう。「夜の営業が可能になったとしても、一度変化した生活習慣は戻らないかもしれない。だから、高い技術を生かした美味しいカクテルを家飲みしてもらえるように、缶飲料工場も創設予定なんだ」と教えてくれました。
10年前に香港でカクテル革命を起こしてバー業界を盛り上げたAntonio Laiさん。新たな難題に立ち向かう姿が、次のバーシーンのニューノーマルをつくってくれるのかもしれません。
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テイクアウトカクテルは、柚子とパッションフルーツ、レモングラスとタイのマクルトライムなど、アジアを感じさせる風味を展開
ちなみにこの1年間、香港の筋金入りの呑兵衛たちは大人しく家飲みをしていただけなのでしょうか。答えは否。特に外での立ち飲みが大好きな人たちは、都心のビルの谷間の小道に集結。コンビニで買ったお酒で、ワイワイ楽しくやっている姿も時おり見かけられました。摩天楼のようなビルがジャングルのように立ち並ぶ、香港ならではの風景かもしれません。
2.働き方の変化:物価が高い香港のニューノーマル事情
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コロナ禍によりテレワークによる在宅勤務が普及したのは香港も同じ。17万人以上の公務員が政府から在宅勤務を命じられ、一般企業もそれに追随しました。
しかし、世界一家賃が高いと言われる香港。狭い自宅内で、家族やシェアメイトが全員在宅となると、在宅勤務が難しい人が多いのも事実。そこで日中はカフェでノマドワークする人が激増しました。
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中環、上環などにある人気カフェ、レストランは、オフィススペースとして利用する人で溢れている
そんななか、意外な場所が快適なオフィスになる例も。中環の裏通りにある隠れ家的なバー『Tell Camellia』もそんな一軒。世界のお茶をベースにした先進的カクテルが自慢のこの店では、人通りのない小径に面した窓辺がノマドたちの特等席。
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隠れ家的な立地のバー『Tell Camellia』を仕事場にする常連たちと、共同オーナーで有名バーテンダーのGagan Gurung(ガガン・グルング)さん(右)
『Tell Camellia』の常連という女性は「リラックスして仕事できるし、オーナーとも友だちだから、経営が大変ないま、少しでもサポートになればとも思う」と話してくれました。
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厳しい状況のなか『Tell Camellia』を経済的に救ったのは、テイクアウトカクテルだったそう。抹茶と一緒に再蒸留したジンを使ったマティーニや、烏龍茶と宮崎産きんかんを使ったマンハッタン風カクテルなど、ユニークなものばかり
いっぽう、香港でもコロナ禍前から高まっていたコワーキングスペースの需要はさらに加速中。香港をベースに、東京を含む世界7か国で展開する『the Hive』は、香港では6エリアで展開しています。
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『the Hive』の各階入口には、検温、手の消毒、入場登録のQRコードや用紙が置かれている
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堅尼地城にある『the Hive』。工業ビル内の4フロアを占め、各階面積が約560㎡の広々とした空間。それぞれの階ごとに「the Hive Kennedy Town」「Hive on Seven」「The Hive Studios」「Makerhive」と名づけられている。会員同士のネットワーキングが自然と発生する環境も好評。
「同じ『the Hive』でも、たとえば中環なら金融系の会員が多いなどの特徴がありますが、共通しているのはスタートアップ系やフリーランスの方が多いこと。堅尼地城(ケネディタウン)のスペースには、本格的な撮影スタジオや3Dプリンターなどが完備されているスタジオもあり、クリエイティブ系の人も集まっています」と、『the Hive』創業者のConstant Tedder(コンスタント・テダー)さん。
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英国出身で、2011年に香港移住後、2012年にアジア最大規模のコワーキングスペース『the Hive』を創業した。
コロナ禍による、コワーキングスペース業界についてうかがうと、「需要が格段に増えたのが一般の企業利用です。短期契約ができて、快適な空間で効率良く仕事ができるコワーキングスペースを借りるのは、経済面でも福利厚生面でも理に適っていますから」と話してくれました。
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会員のストレス軽減のために設置されたSOUND SAUNAルーム。効く人を癒やすようにデザインされたルームで音に包まれると、心身ともにリフレッシュできる
このようにコワーキングスペースは、すでに香港の働き方のニューノーマルになっているよう。ただ変わらず残っている香港の文化もまだまだある。毎朝出勤する人は減っているなかでも、街のエネルギーを感じながら移動できるトラムやバスなどの交通手段が、香港の楽しみのひとつであることはいまも昔も変わりません。
3.場所の変化:スポットや定番観光地は、いまどうなっている!?
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コロナによる変化のなかで、海外からのビジターの消失は、香港経済に影響を与えながらも、どんな苦境に立たされても、新たな道を見つけて進み続けるのは、香港人のいいところ。海外からの宿泊客が見込めないホテルと、海外に行けない地元の人のニーズを組み合わせたのが「ステイケーション(滞在=ステイと、休暇=バケーションを組み合わせた造語)」です。
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ビクトリア・ハーバーの見事な眺望に包まれる『Rosewood Hong Kong』のデラックスハーバースイートルーム
ステイケーションの地元人気ナンバーワンは、2019年に誕生したラグジュアリーホテル『Rosewood Hong Kong』。営業マーケティングリージョナルディレクターのサイモン・ジルクスさんは、「ステイケーションに訪れるお客さまは、リゾートとしての魅力も期待されているので、それに応えるための努力が必要。ソムリエによるワインペアリング講座など、ホテル内のエキスパートからも本格的に学べる機会を提供するなど、新しいプログラム開発を心がけています」。
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『Rosewood Hong Kong』ではスイートに宿泊すると、ビリヤードのプレイルームなどがある、MANOR CLUB(マナークラブ)も利用できる
香港でもうひとつの大きな変化は、アジアのハブならではの国際展示会が開催できないこと。世界のアート業界から熱い注目を浴びる『Art Basel Hong Kong』も、2020年はバーチャル開催に。
毎年『Art Basel Hong Kong』に参加してきた、有名ギャラリー『Pace Gallery』のスタッフは、「コロナ前からはじまっていたデジタルアートの流れが、コロナによってさらに加速しています。オンラインギャラリーの成功を決めるのは、作品の見せ方に加えて、いかに知識の共有ができるか。InstagramライブやZoomでのディスカションを通じて、アーティストの思考を伝え、作品への理解を深めてもらうことが大切」と教えてくれました。
バーチャル版『Art Basel Hong Kong』に参加しての想定外のメリットは「『Art Basel Hong Kong』初参加の新規コレクターが多数参加してくれたことでした」とのことでした。
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中環のH Queen’s内にある『Pace Gallery』では取材時、中国人アーティスト達がコロナ禍で感じたことを描いた『SIGN』展が開催
いっぽう、定番の観光地にも変化が起きています。ヴィクトリア・ピークといえば、地元の人には「海外から友だちが来たときだけ行く」超有名観光スポットでした。そして、いま閑古鳥が鳴いているのかと思ったら、それは大間違い。
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山、高層ビル、海、街とさまざまな要素がぎゅっと凝縮されたヴィクトリア・ピークからの風景は、何年香港に住んでいても美しさが色あせることがない。
美しい眺望と、香港で一番風水が良いとされる清々しさ、飲食店のリニューアルによって、「都心からすぐに行ける極上の散歩先」として様変わり。週末のランチタイムは、早くから予約をしていないとランチ難民になるほどです。コロナがきっかけで地元の魅力を再発見するのも、ニューノーマルなおもしろさとも言えるでしょう。
またコロナ期間中に、香港を象徴するもう一つのスポットであるビクトリア・ハーバー沿いのウォーキングトレイルも拡張されています。将来的には香港島の海沿いを歩いて一周できるようにする計画もあるそうです。みなさんが訪れる頃の香港では、完成しているかもしれません。
4.娯楽の変化:香港で生まれる新たなライフスタイル
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平均寿命が世界トップクラスの香港では、漢方の心得がライフスタイルに根づいています。そのいっぽうで、ここ数年はヨガやビーガンなどへの関心の高まりも。コロナからのパラダイムシフトで、「物欲よりも健康」という価値観が強まっているのは、ここ香港でも同様です。
2020年、日本にも進出したプラントベース代替豚肉「オムニポーク」(日本ではオムニミート)は、2017年に香港で発祥したブランド。創案者のデビッド・ヨンさんは、「アメリカではじまったプラントベースの先行製品はすべて牛代替肉でした。しかしアジアでは牛肉よりも豚肉の消費量がはるかに多いので、豚代替肉が必要だと考えたんです」と話します。
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オムニポークの発案者であるデビッド・ヨンさんが経営するビーガンカフェ『Kind Kitchen』。オムニポークを使ったさまざまなメニューが評判
当初は「代替肉なんて頭でもおかしくなったの」とまで言われたそうですが、いまや三つ星レストランからマクドナルドまでがオムニポークを使用するように。
そのほか、ワークアウトスタイルにも、大きな変化が見られます。ジムの強制休業が続いたこともあって、目に見えて増えたのが「公園でのワークアウト」。自主トレはもちろん、パーソナルトレーニングも盛んに行われています。
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そしてコロナ禍で最大の注目を浴びているのが、ハイキングをはじめとしたアウトドアアクティビティー。
あまり知られていないかもしれませんが、都心から目と鼻の先に風光明媚な眺望のハイキングコースがあるのが香港のいいところ。大都会の印象が強い香港でも、全長100kmにわたるトレイルコースが縦横無尽に巡らされていて、初心者から上級者までが楽しめます。
ちなみにもともとは、イギリス統治時代に歴代の総督が整備したトレイルコースとのことで、イギリスが香港に残した最大の功績ともいわれているほど。
中環から地下鉄で約20分。筲箕湾(シャウケイワン)駅からバスで、30分ほどで入り口につく「Dragon’s Back」は香港でももっとも有名なハイキングコースのひとつで、「さっきまで都会にいたのに」という不思議な感覚のなか、あっと驚くダイナミックな風景の連続に目を奪われます。
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『Dragon’s Back』のハイライトは、息を飲むような白砂が広がる石澳ビーチの見事な眺望
コロナ禍で、あらゆる娯楽施設がクローズになり、ほかにすることがないという消去法から人気が加速したハイキングブームですが、その魅力にはまって、毎週末少しずつ難易度を上げながらあらゆるコースに挑戦するなど、ライフスタイルが激変する人も続出。豊かな自然のなかに身を置く時間が、日々のストレスや心の傷を癒やしてくれる効果も見逃せません。
どこにも行けない閉塞感を、世界中の人と同じように香港の人々も味わっているいっぽうで、変化が起きたからこそ見えてきた新しい香港の魅力が、これまの活気溢れる香港の姿に少しずつ融合して行くのを感じています。
いま国境を越えた往来ができない状況は、世界をはじめアジア圏ではどこも一緒。香港でも世界と同様、変わらない日常がありつつも、新しいスタンダードが次々と生まれています。みなさんが次に香港に渡航できる日が来たら、そんな香港の懐かしくて新しい顔を、ぜひ楽しんでください。
- プロフィール
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- 甲斐美也子 (かい みやこ)
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香港在住ジャーナリスト。東京で女性誌編集者として勤務後、2006年より香港在住。多数の有名メディアで、香港特集の執筆とコーディネートを手がける。2019年に、とっておきの美味しいもの、大切な人と行くお店、何度でもみたい素敵な風景について、自ら撮影・執筆した私的ガイドブック『週末香港大人手帖』(講談社)を出版。最近は取材を通じた縁で、日本に進出したい香港ブランドのコンサルティングや、香港で認知度を高めたい日本食材などのプロモーションへの協力など、活動の幅を広げている。
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