川島小鳥が撮る台湾・基隆。台北から30分、海と生きる街の素顔

台北から車で30分と、日帰りでも気軽にアプローチできる台湾北部の港町・基隆(ジーロン)。100年以上前から漁港として栄えた歴史を持つ基隆には、昔から変わることのない、海と共生する人々の暮らしがあります。

その一方、ここ数年の間に台北などの大都市や海外に出ていた若者が戻り、お店をオープンしたりアート活動を始めたりと、姿を変えつつある一面も。

そんな基隆は、台湾通としても知られるフォトグラファー・川島小鳥さんの目に、どのように映ったのでしょうか。現地に住む3人の人々を訪ねながら、リアルな基隆を紐解きます。

※本記事は『HereNow』にて過去に掲載された記事です。

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真夜中ににぎわう魚の卸売市場『崁仔頂漁市』を訪ねる

基隆駅から徒歩5分ほど。愛一路(アイイル)と孝一路(シャウイル)と呼ばれる2本の通り沿いには、月曜を除く毎晩、北台湾最大の魚卸売市場『崁仔頂漁市』が立ちます。

卸売をメインとしながらも、個人のお客さんや観光客にもオープン。新鮮な魚介類を扱う店舗が並ぶほか、すり身を使ったタネを揚げてつくるさつま揚げのようなスナック「甜不辣(テェンプラー)」など、すぐに食べられるものを売っている屋台もあります。

たくさんの人が集まり、あちこちから威勢のいい競りの掛け声も。「すごい活気」と小鳥さんも目を見張ります。

この市場のなかでいちばん古く、100年以上の歴史を誇る卸売店『義隆魚行』の会長をつとめるのが、彭瑞祺(ポン・ルイチー)さん。

「基隆の沖合にある北方三島のあたりの海域は、2つの海流がぶつかるため、世界で10本の指に入るほどすぐれた漁場。タイやスズキなどの白身魚がよく獲れるよ」と教えてくれました。

現在、市が立つ愛一路と孝一路のあいだには、かつては運河があったそう。そのおかげもあり、台湾がまだ中国の清朝に統治されていた19世紀末から、市場が栄えたのだといいます。

「『崁仔頂漁市』の『崁仔』は『石段』、『頂』は『上』という意味。運河から見て、石段の上にある市場という意味で、この名前がついたんだ」

彭さんは4代目ですが、いまは5代目の息子さんにお店のほとんどを任せているそう。

「後を継いだときの息子の態度は、私が父から後を継いだときと、ほとんど同じだったんだよ。『昔は昔、いまはいま。俺は自分なりのやり方でやる』ってね。技術も世の中も日々変化しているから、それでいい。息子には、自分の納得のいくようにがんばってほしい」と笑います。

日本と同じく、基隆でも漁業の生産量は下がっているのが現状だといいますが、卸売店はむしろ増えているとのこと。にぎわう市場は、環境の変化に負けない基隆の人々の生命力を感じさせてくれます。小鳥さんも、「楽しかった〜。彭さんの表情が優しくて癒されたね!」と嬉しそうでした。

台北からUターンした元編集者が『正濱漁港』で営むフラワーアトリエ

魚市場のある基隆駅周辺から車で10分ほど離れたところに、静かな漁港『正濱漁港』があります。ピンクやイエロー、グリーンなどカラフルにペイントされた家屋やショップを背景に、小さな漁船が停泊。いま若者を中心に「写真映えする」と人気のスポットです。

続いて小鳥さんが会いに来たのは、そんな正濱漁港で2019年の夏、フラワーアトリエ『阿戴商號』をオープンした戴佑家(ダイ・ヨウジャ)さん。

基隆で生まれ育ち、大人になってからは台北でファッション誌や新聞のライフスタイル系記事を編集していた戴さん。2018年に基隆へ戻ってから、ウェディングやファッションブランドのイベントなどでフラワーアレンジメントを手がけるようになり、アトリエのオープンに至ったそうです。

2階にある彼女のアトリエに足を踏み入れた瞬間、「素敵な空間」と小鳥さんも笑顔に。

編集の仕事を通じて美しいものをたくさん見てきた戴さんのフラワーアレンジは、基隆の人々が花のある暮らしを始めるきっかけになっているというからすごい。

使う草花は地元で摘んだり、台北の花市で調達したり。ドライフラワーなどは海外から輸入しているといいます。

戴さんのフラワーアトリエの隣はコーヒーショップ。基隆駅近にある人気店『Ruth咖啡』の2号店が、土日の午後だけオープンします。サードウェーブコーヒーの潮流にのっとった浅煎りコーヒーを提供しており、苦味が少なくさっぱりとした味わいが特徴。

「この辺りを散歩しているだけで気分が良いんです。近所の人たちはとても優しくて、おしゃべりに寄ってくれたり、釣った魚をくれたり。自分の力でアトリエを続けていくのはもちろん大変ですが、基隆に帰ってきて良かったなと思います」と戴さん。

「この仕事、ずっと父からは『遊んでる』と思われていたんですよ。だけど周囲の評判を耳にするようになったからでしょうか。最近やっと『頑張っているんだね』と認めてくれました。嬉しかったです」

小鳥さんも「花、可愛かったな。日本に買って帰りたいくらい」と絶賛していました。

海とともに生きる『和平島』の暮らし

最後に訪れたのは、『正濱漁港』のすぐ近くから、橋で渡って行ける小さな島、和平島。入り組んだ道沿いに、地域に密着した商店や住宅がぎゅっと建ち並び、本土側とはまた違った雰囲気。店先に置かれたカラフルな駄菓子やおもちゃなどが目に入り、小鳥さんも歩きながらパチパチとシャッターを切ります。

この地で『藍媽媽海草水餃』という餃子店を営みながら、地域の文化を広める活動をしているのが、藍秀鳳(ラン・シゥフォン)さん。地元の人からは、親しみを込めて「藍ママ」と呼ばれています。

藍さんのつくる餃子が特別なのは、この和平島で採った海藻がたっぷり使われているから。「お店から歩いて行けるよ」と、藍さんがいつも海藻を採っている場所へ案内してくれました。

そこは島の北側の海に面した『和平島公園』。海蝕によってできた独特な地形や奇岩など、風光明媚な景色が楽しめるスポットです。観光地として知られるこの公園の一画は、藍さんたち地元の住民だけに開放されており、彼女たちはここで採った海藻を自宅で食べたり加工して販売したりと、海と共生する暮らしを営んでいるのです。

「ここでは緑の海藻、赤い海藻など季節によっていろんな種類が採れる。それぞれ栄養も違うんだよ」

と藍さんが教えてくれました。

このあたりで夏だけに採れる海藻「石花菜(テングサ)」を使ってつくる「石花ゼリー(寒天)」も、地元の名物として有名。ゼリーとして食べてもいいし、黒糖シロップを加えてジュースとして飲んでも。台湾の暑い日差しで乾いた喉を、やさしく潤してくれます。

小鳥さんが撮影に訪れた日はちょうど、土地の神様「土地公(とちこう)」のお誕生日。台湾では中高年の人々を中心に、商売繁盛を祈って土地公へのお参りを日常的に行いますが、この日は特にたくさんの人でにぎわっていました。藍さんの知り合いばかりで、おしゃべりに花が咲いていました。

これから日本でも人気になるかも? 台北から30分で違った雰囲気を味わえる基隆

「基隆は自然に近くて、台北や台南などの都市とはまた違う台湾が見られる感じ。台北からも近いし、これから日本でも人気が出てくるかも」と小鳥さん。

一年の半分は雨が降るといい、「雨の都」とも呼ばれる基隆ですが、今回は晴れ男の小鳥さんのおかげか、晴天に恵まれました。台北から基隆へ向かうとき、タクシーの運転手さんが「気候変動のせいか、最近は基隆でも雨が少しずつ減っているんだよ」と教えてくれたのを思い出します。

「海の浪(なみ)」と書く「海浪」は、中国語で「小さなことは気にしない」という意味ですが、基隆の人々はしばしばそんなふうに表現されることも。そんな人々の魅力にも、たっぷり触れた旅でした。

次に台湾を訪れたら、台北から少し足を伸ばして、基隆を訪れてみてはいかがでしょうか。

崁仔頂漁市
住所: 基隆市仁愛區孝一路
営業時間: 1:00〜7:00(店舗により異なる)
定休日: 月曜
電話番号: 02-2428-7664
阿戴商號 AttireSomehow Flower Design
住所: 基隆市中正路559-2號1F
営業時間: 予約制(臨時オープンの際はFacebookで告知あり)
定休日: 不定休
電話番号: 0932-262-196
URL:https://www.facebook.com/attiresomehowflowerdesign/
藍媽媽海草水餃
住所: 基隆市中正區平一路50號
営業時間: 9:00〜17:00
定休日:
電話番号: 02-2462-7178
基隆への行き方
台北から電車で:台北車站(台北駅)から約45分
台北からバスで:台北MRT市政府駅そばの市府轉運站(台北シティホールバスタミナール)から2088号線・大都會客運(大都會バス)で約30分、または台北MRT圓山駅そばの圓山轉運站(圓山バスタミナール)から1579号線・首都客運(首都バス)で約40分
九份からバスで:788号線・基隆客運(基隆バス)で約50分〜1時間
プロフィール
川島小鳥
川島小鳥

写真家。1980年生まれ。早稲田大学第一文学部仏文科卒業後、沼田元氣氏に師事。作品集に『BABY BABY』(2007)、『未来ちゃん』(2011)、『明星』、谷川俊太郎との共著『おやすみ神たち』(2014)、『ファーストアルバム』、『20歳の頃』(2016)、『愛の台南』(2017)、『道』(2017)、『つきのひかり あいのきざし』(2018)、小橋陽介との共著『飛びます』(2019)、『violet diary』(2019)。最新作に『おはようもしもしあいしてる』。第42回講談社出版文化賞写真賞、第40回木村伊兵衛写真賞を受賞。



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