名店の宝庫———それがヌードルライターとして活動するぼくの目から見た北九州のラーメンだ。“北九州ラーメン”と一括りにする言葉こそないが、豚骨ラーメンのメッカ・福岡県らしい、実に多様な豚骨ラーメンの文化が北九州でも育まれている。だからこそ、今、目を向けるべきはまだまだ知られていない北九州のラーメンだ。ヌードルライター山田が自信を持ってオススメする4店舗で、“北九ラーメン”の圧倒的うまさに酔いしれてほしい。
※本記事は『HereNow』にて過去に掲載された記事です。
ごまかし、手抜き一切なし。今も健在の硬派な老舗・小倉北区『東洋軒』
まずは小倉北区にある『東洋軒』。これから北九州のラーメンを食べる人たちへ、声を大にしてそう宣言したい。それは、ここが北九州きっての老舗ラーメン店だからだ。創業から半世紀以上。その間、ずっとこの地で地元っ子の舌を楽しませてきた。その事実だけで、もう十分に推す意味がある。
店主・槇福一郎さんは27歳で脱サラし、ラーメンの世界に飛び込んだ。店を始めて50年以上が経った今も現役。手際よく麺を湯切りする姿には、思わず見入ってしまうような名人の空気がある。席が空いていれば迷わずカウンターに座るべきだ。
ある取材で「ラーメンを作り続ける中で大変なことはありますか?」という質問をしたことがある。返ってきたのは「大変どころか、今でも毎日不安ですよ」という予想外の答えだった。それは槇さんのラーメンに嘘がないからだと思う。
槇さんのラーメンづくりには本当に一切のごまかしがない。「仕込みで5割が決まる」と言う槇さん。嫌な匂いがしない香り豊かな豚骨スープは徹底した下処理の賜物だ。
豚骨をベースに、ほんの少しの鶏ガラを加え、特注の羽釜(はがま)によって煮込むことおよそ17時間。
余計なものは一切入れないピュアなスープだからこそ、骨の形状や大きさ、それに伴って変化する水の分量や火加減はシビアだ。そしてそれは毎日のことであり、真剣勝負の連続。
イチオシは「ワンタンメン (800円) 」。定番のラーメンと並ぶ人気メニューで、手作りのワンタンの食感がたまらない。一見すると紅生姜に見えるトッピングは、実は小倉南区の合馬(おうま)地区で採れる高級タケノコ・合馬のタケノコを使ったメンマ。脇役にも一切手を抜かない。
コクのあるスープに合わせるのは中太ストレート麺。ほどよくやわらかさを持った麺の食感が絶妙で、スープにしっかりと絡む。「常連さんからは“ここのラーメンは味噌汁みたいだね”って言われるんだよ」と笑顔を見せた槇さん。
まさに毎日食べても飽きない豚骨ラーメン。なんて素晴らしき境地なんだろう。
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東洋軒
住所:北九州市小倉北区黄金町1-4-30
電話番号:093-931-0095
営業時間:11:00~15:00、16:00~21:00
定休日:水曜
[閉店]自由を求め、研究の末に行き着いた一杯を提供する『ラーメン 無法松』
小倉北区のはずれにある『ラーメン 無法松』の店主・笈木(おいき)さんにとってラーメンは、料理であると同時に、自由の結晶だ。
前職はロボットの開発者。持ち前の好奇心と貪欲な研究心で、世界に知られるロボットの製造メーカーで活躍していた。そんな職を辞し、ラーメンの世界に身を投じたのが1998年のこと。
「ロボットの開発は楽しかったんですが、だんだん会社組織が窮屈に感じるようになってしまって。それで自分は何が好きなのかを考えた時、真っ先にたどり着いたのが昔から食べ歩いていたラーメンだったんです」
ラーメンにはルールがない。自由に自分の描く理想を表現できる。そして完成というゴールも自身で定めない限りは存在しない。これらが笈木さんをラーメンにのめりこませた。
店を開業したのは2003年。以来、北九州のみならず、全国に知られる名店になった。そんな笈木さんのラーメンづくりを一言で表現するならば“研究”だ。
スープは「日本酒のように、余韻まで楽しめる味」を理想に掲げ、その味わいを向上させるために努力を惜しまない。現在は豚骨だけを使い、力強いコク、口当たりの良さ、そして食後にすっきり感じられるようなキレのある後味を追求している。
ラーメンの心臓部分ともいえる元ダレ(ラーメンダレ)には化学調味料を使わない。この元ダレだけでも、これまで数えきれないほどの微調整を繰り返してきたのだという。
ちなみに、仕込みに用いる水も硬水、軟水など4種を織り交ぜているという徹底ぶり。麺は信頼のおける製麺所と膝を突き合わせて意見交換し、小麦粉のその部位ごとの特徴までも把握し、レシピを作り上げた代物だ。
看板商品の「無法松ラーメン」(740円)は、部位の異なるチャーシュー2種、ワンタン、キクラゲ、ネギという食べごたえのある仕様。一口ごとにトッピングと麺、スープの組み合わせによる味わいが楽しめるよう、具材を白ネギで区切っているのが面白い。
ここまでラーメンの理想を追求した笈木さんだが、それでも未だに日々発見があるという。だからこそこれからも通うのが楽しみなのが、『ラーメン 無法松』なのだ。
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[閉店]ラーメン 無法松
住所:北九州市小倉北区神岳2-10-24
電話番号:093-533-6331
営業時間:11:00~21:00※売り切れ次第終了、昼分が完売した際には一旦閉店し、夕方から営業を再開することもあり
定休日:水曜
情熱が凝縮したホワイト豚骨『金田家 本店』
北九州空港から車で約25分。住所でいうと北九州市の隣になる行橋市の『金田家 本店』。ここのラーメンを初めて食べた時の衝撃は今も忘れられない。
「金田家というおいしいラーメン店がある」という話を聞いて、前情報なしで出掛けた。待っていたのは、それまで見たことがなかった真っ白なラーメン。正確にいうとチャーシューなどのトッピングが乗っているので、白一色ではない。ただ、あまりにもスープの部分の白にインパクトがあったので、その印象が強く記憶に残った。
レンゲにスープをすくうと、真っ白の正体がはっきりとわかった。泡だ。それも飛び切り細かな泡。それを吸うと、なんとも気持ちがいい。このふわふわの泡が、それまで体感したことのなかった感覚を伝えてくれた。
質感こそ軽やかだが、スープにおける豚骨のフレーバーは実に濃厚。軽いのに、重い。そして、後味が軽い。完全に未体験ゾーンに入った。足を踏み入れたのは店主・金田さんによる独学の境地。そう、驚くことに、この一杯は独学によって生まれたのだ。
元々、金田さんは競輪選手。しかも上位階級にあたるS級の選手として活躍していたという。そして不慮の事故によって大怪我を負い、選手生命を絶たれた金田さんが第二の人生に選んだのがラーメン職人だ。
しかし、修業を積もうとしても飲食経験ゼロ、40代半ばだった金田さんを快く雇ってくれる店はない。こうして、他に手段がなく独学によってラーメンづくりに取り組んだが、それが結果としてどこにもないラーメンにつながった。
最初に食べるなら、スタンダードな黒豚らーめん(650円)が良い。金田家の“ホワイトとんこつ”をまず直球で受け止めてほしい。冒頭のように、感動的な食体験が待っているからだ。
スープは寸胴を火にかけ続けるやり方ではなく、注文が入ったら一杯ずつ、加熱するスタイルをとっている。まさに一杯、入魂。金田さんの情熱が詰まったスープに、真っ先に舌が反応を示すこと請け合いだ。
スープは黒豚の骨を一度炊いて、アクを徹底的に取り除く。その上で、20時間以上加熱し、骨の髄から旨味を抽出する。そして、これを冷やしつつ、熟成させることで、コクを深める。
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金田家 本店
住所:福岡県行橋市大橋1-4-3
電話番号:0930-24-3666
営業時間:11:00~15:00、17:00~20:00(LO)※スープがなくなり次第終了
定休日:木曜
脂っこさは皆無。後口が清々しい若松区『南京ラーメン 黒門』
若松区にある『南京ラーメン 黒門』のラーメンに出会ったとき、なんて美しいラーメンなんだろうと思った。それまでの人生で強烈に食欲をかきたてる刺激的なビジュアルには何度も出会ってきた。しかし、佇まいに見とれ、吸い込まれそうな感覚をおぼえたのは初めてだった。
初来店の頃は、店がまだ北九州市の西側に位置する遠賀(おんが)にあり、一直線のカウンターの真後ろに行列を作りながら並んだものだ。ちょうど食べている人のラーメンを覗き込むような感じになり、それが気持ちを高揚させた。
現在の若松にあるお店も、厨房に沿って真一文字にのびるカウンターが主体。メニューも大きく変わることなく、「ラーメン(650円)」と「ラーメン大(800円)」が基本にあり、あとはおにぎり、シーズンによっては佐賀の初摘み海苔(焼き海苔orバラ干し)が加わるのみ。ぼくは昔からメニューをあれこれ置かず、厳選している店に惹かれる向きがあり、その点でいうと、完璧に好みだ。
店主・川内さんが惚れ込み、人生を賭けようとまで思った北九州の八幡にあった『南京ラーメン(通称:黒木)』のラーメンをぼくは食べたことがない。残念ながら2004年に閉店してしまったからだ。
ただ、その面影は、現在、黒門で提供されているラーメンから十二分に感じることができる。なぜなら、川内さんがラーメンを作り続けているのは「黒木の味を途絶えさせたくなかった」からだ。
スープは豚骨の丸骨と背骨でとる。長時間炊き込むのが一般的な白濁した豚骨スープと異なり、煮込む時間は必要最小限に留める。その結果、スープはやや透明感が残る半濁に。見た目に派手さはないが、一口ごとに口の中で旨味が膨らんでいき、結果、舌に残る旨味は溢れんばかりになる。脂っこさも皆無。後口が実に清々しい。
トッピングは部位の異なる2種のチャーシュー、ネギに比べて色味がやや薄く細身なアサツキ、根と芽の部分を切り落としたモヤシ、自家製のメンマ。これらが静かに、ラーメンを引き立てる。そして麺も特注。麺もトッピングも、過度に主張することはないのに、隅々にまで川内さんの熱が行き渡っている。
これ以上、何が必要だろうと、と思える完成された一杯。そう思っていたが、初めてトッピングの焼き海苔をオーダーし、途中でラーメンに加えてみると、海苔の風味がやわらかく溶け込み、最初から入れれば良かったとさえ思えた。
完璧、完成、それは自分の思い込みであり、可能性に蓋をしているようなものだ。きっと川内さんは今よりも美味しい一杯のために、今日もたゆまぬ努力をしているのだから。
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南京ラーメン 黒門
住所:北九州市若松区青葉台南3-1-5
電話番号:093-777-4688
営業時間:11:00~15:00(LO)※売り切れ次第終了
定休日:月曜、第4火曜(月曜が祝日の場合は火曜が休み)
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