新型コロナウイルスの影響で、しばらく海外への旅行は難しそう……旅好きには寂しい日々が続きます。でもこんなときこそ、普段はつくらないような少し手の込んだ世界の料理を食卓に並べて、旅行気分を楽しんでみるのもいいかもしれません。
今回お話をうかがったのは、これまでに世界約40か国を旅してきた、料理家の久々湊有希子(くぐみなと ゆきこ)さん。「セカイキッチン」という屋号で、さまざまな国の「現地の味」を文化人類学的視点から考察し、レシピやイベントなどを通じて紹介する活動をしています。
そんな久々湊さんに、食を通じて世界を見る面白さを教えていただきました。台湾の屋台飯「担仔麺」のレシピもご紹介いただいたので、最後までお見逃しなく。
※本記事は『HereNow』にて過去に掲載された記事です。
「国境は、人が地図上に引いた線にすぎない。食文化はグラデーションで変化するんです」
——久々湊さんは、どういったきっかけで「セカイキッチン」としての活動を始められたんですか?
久々湊:もともと大前提として、旅が大好き、そして美味しいものが大好きの食いしん坊だったというのはあるんですが(笑)、直接的なきっかけになったのは、2011年頃に始めた「対戦国を喰らう」という活動でした。サッカー日本代表の応援の一環として、試合の日に対戦国の料理を食べてゲンを担ぐというものです。
——相手を食ってやろう、というわけですね。おもしろい!
久々湊:最初は家で、夫と二人だけでやっていたんですが、続けていくうちにまわりの友達にも興味を持ってもらって。みんなで一緒につくって食べるという、イベントをするようになっていったんです。
この活動を続けていくうちに、行ったことない国、まったく知識のない国の料理をつくる機会も増えていきました。サッカーの場合、たとえばワールドカップのアジア予選だと、中東の国と対戦することも多いんです。
——たしかに、カタール、シリア、レバノン、オマーンなど、アジア予選の対戦相手としてよく耳にします。
久々湊:じつは彼ら、国が変わっても、けっこう同じようなものを食べているんですよ。それまで中東は自分にとってなじみのないエリアだったのですが、行ったことがない国でも、だいたいこんなものを食べているんだろうな、と想像がつくようになっていったんです。
久々湊:そこで気づいたのが、「国境というのは、人が地図上に引いた線にすぎない」ということ。これが、私の活動のひとつのキーワードになっています。
食文化は、国境を境にきっぱりと変わるわけではありません。たとえば宗教だったり、かつての宗主国がどこだったのかといった歴史的背景だったり、川や山などの地理的な要素だったり……いろんな要因が重なって、グラデーションのように変化している。だから、ある地域に住む人がどんなものを食べているのか、そしてなぜそれを食べているのかを知ると、住んでいる人がどんな人なのか見えてくるのです。
世界にはいろんな人種の人が、いろんな考えで、環境も違うなかで生きています。でも「食べる」ということを通じて、ゆるやかにつながっているんだな、と。そのことがわかったときに、それを伝える活動をしていきたいと思いました。
「東南アジアでは、『食』と『生きること』が近いところにある感じがする」
——これまでに訪ねた国や地域で、「食」の面で特に印象に残っている場所はありますか?
久々湊:アジアは近いのでよく行くのですが、東南アジアはとくに、「食を人と共有する」という感覚が強いですね。ベトナムでは道端の屋台で食事をとる人が多いのですが、家族じゃなくても偶然隣り合った人同士で、一緒にごはんを食べていたり。
たとえばフランス料理って、きちんと身なりを整えて、着席して食べる。そういう感覚とはちょっと違って、「食」と「生きること」が近いところにある感じがするんです。地べたに置いたものを食べるとか。そして様子をじっと見ている私に、「食うか?」と差し出してくれたり。もらって食べてみると、たいていすごく美味しいんですよね(笑)。
そういった文化を間近でみられるという意味では、アジアはとても面白い。ちょっとシャイで、自分からは入って行きにくい人でも、食をとおして現地の人と距離を縮めやすい気がします。
——たしかに日本人の感覚では、知らない人と食べものを分け合うのは少し抵抗がありますね。
久々湊:美味しかった思い出でいえば、やっぱりスペインやフランス。道端で何気なく買ったようなパンでも、全部美味しい。
あとはスペインなんかでは、市場の魚屋さんに行くと、好きなお魚を好きな料理にして食べさせてくれるんですね。フリットにしたり、炭火で焼いたり……。何を食べても美味しいのは、さすが美食の国だなと思います。
「文化が混ざり合うことで、食文化は豊かになる」
久々湊:いろいろと考えさせられたという意味では、キューバも印象に残っています。キューバって、食文化があまり豊かではないんですね。
それは1959年のキューバ革命を経て社会主義国家となってから、アメリカとの国交が断絶して以来、ほとんど鎖国状態だったから。オバマ大統領の政権下では一時国交も回復しましたが、現在のトランプ大統領のもとではふたたび強硬策がとられています。
こうして外の文化があまり入ってこない状態だと、キューバの人々が手にできるのは、限られた食材と調理方法。なので、現地で料理を食べてみるとだいたい味つけがみんな同じ、塩味なんです。
久々湊:私は、各地のカレーを調べることもライフワークのひとつにしていて。インド人は世界中に移民として根づいているので、インドカレーってどこの国でもだいたい美味しいものが食べられるんです。キューバでも、唯一のインディアンレストランといわれる店に行ってみたんですが、そこはインド人ではなく現地の人が料理をしていて……やっぱりあまり美味しくなかった。
原因はスパイスの少なさ。日本では当たり前に手に入るようなものも手に入らないので、風味がまったく違ってしまうんですね。市場にも行ってみましたが、並んでいる野菜の種類も目に見えて少なくて。異文化が入ってこないことが、これだけ食文化に影響を与えてしまうのだな、と肌で感じるきっかけになりました。
——たしかに、移民の多い国や地域はごはんが美味しい印象があります。異文化が混ざり合うことで、食文化は豊かになっていくんですね。
「注文していない食べものを勝手に出されても、怒らないことにしています」
——旅先で、現地のディープな食を探求するために、コツなどはあるのでしょうか。
久々湊:私の場合は、旅のテーマを決めて出かけることもよくあります。じつは、この春は新型コロナウイルスがなければ、餃子のルーツをたどる旅に行きたかったんです……。過去には究極の豆板醤を追い求めて、中国の四川省に行ったこともありました。
そのときは、工場で伝統的な豆板醤の製造過程を見学させてもらいまして。仕込んだ年代の異なる「かめ」が300個以上ずらりと並んでいたのですが、1年ものと2年ものではぜんぜん香りが違って、感動しましたね。
——そうした旅に出る際、情報はどのように仕入れて行かれるんですか。
久々湊:通常のガイドブックだと、本当に必要最低限の情報しか得られにくいです。なので、旅のテーマとして選んだ食材だったり、食文化について書かれた本を読んでから行くと、断然おもしろいですね。
現地では、まず市場へ行きます。どこの国にもたいてい市場はあって、現地の人たちが食べているものの材料が揃っているんです。あとは、人の買い物の様子を見るのがすごくおもしろくて。たとえばヨーロッパでは、家庭のお母さんがスーパーと同じような感覚で買っていることが多いんですが、アジアだと外食中心の文化の国が多いので、仕入れの人が多かったりします。
そういった雰囲気を横目で見ながら、つまみ食いしたり、見たことのない食材を見つけたら「これ何?」とお店の人に聞いてみたり。
久々湊:あとは、ローカルのスーパーマーケットや、大衆食堂にも行きますね。事前に調べて行く場合もありますが、路地裏なんかで、現地の人が楽しそうに食べてるところにふらっと入ることが多いです。
——そういうお店にかぎって美味しいものですよね。
久々湊:はい、それは間違いないですね! ローカルなお店で言葉が通じないことも多いけど、「あの人が食べてるあれください」って指差して注文したり。頼んでないものを出されてお金をとられることもあるんですけど、そういうのは私は怒らないことにしています(笑)。やっぱり偶然の出会い、発見こそが楽しくて、有意義な場合が多いですよね。
「材料やつくり方は店先で教わります」
——久々湊さんの世界再現レシピのなかから、今日は台湾の「担仔麺(タンツーメン)」をご紹介いただけるとのこと。再現する際、レシピはどうやってつくっていくのですか?
久々湊:台湾は店先で調理しているお店が多くて、見ていると教えてくれるんですよ。このスープは鳥だよ、豚だよとか。あとは、現地の料理本を買ってきて参考にもします。
——日本では手に入りにくい食材もあるのではないでしょうか。
久々湊:そういう場合は、なるべく近い味になる代替品を探しながら、調整していくこともありますね。
ただ一方で、食文化は現地でさえ変わっていってしまっている側面もあって。たとえばベトナムではいま、すごい勢いで近代化が進んでいます。昔は日本でも、醤油屋さんや味噌屋さんがもっと生活に身近な場所にあったのに、いまはずいぶん減ってしまっていますよね。それと同じようなことがベトナムでも起こっているんです。
たとえば「ニョクマム」——タイでは「ナンプラー」と呼ばれているものですが、これは伝統的な製法では、魚を発酵させてつくります。でもいまは工場でオートメーション化して、簡易化したまったく別のつくり方をしてしまっているそうです。そうすると、私が10年前に現地で食べてすごく美味しかったものをまた注文したら、今度はぜんぜん美味しくないということも起こる。
大切な文化って、みんななくしてから気づくんですよね。伝統を守ることと近代化のバランスは難しくて、伝統的な料理を守るには、ある程度お金が必要な側面もあると思います。食をめぐる旅行をしながら、そんなことも考えますね。
海老スープと肉そぼろの旨味がたまらない。台湾の屋台めし「担仔麺」のレシピ
台湾は、久々湊さんが通いつづけている国のひとつだそう。
「初めて台湾を訪れたとき、食堂の前でいろいろな種類の麺を茹でているおじさんに手招きされて食べた、思い出の味です。干し海老の出汁と、肉そぼろから出る旨味が相まって、夢中で食べ、それ以来ずっと大好きなメニューです」
台湾には「小吃(シャオチー)」という軽食の文化があり、担仔麺は大抵「小椀(シャオワン)」という小さなどんぶりサイズで提供されます。小腹が空いたときや、もう一品おかずがほしい、という日のお献立に追加するのにちょうど良いサイズです。
◆ 材料(2人前)
・魯肉(つくりやすい分量)
豚バラ肉……300グラム(5ミリ角前後に刻む)
フライドオニオン……1/2カップ(市販品でOK)
にんにく……2かけ(みじん切り)
醤油……50cc
氷砂糖……大さじ1 (三温糖またはキビ砂糖でもOK)
酒……50cc
水……2カップ
五香粉……小さじ1/2~
・スープ
干し海老……10グラム
にんにく……1かけ(みじん切り)
ガラスープ……400cc
植物油……大さじ1
香菜(茎の部分)……3~4本分(1センチぐらいに切る)
塩……適宜
・具
海老……2尾
香菜(葉の部分)……適宜
中華麺……1人前(通常の半量)
◆ 手順
1. 魯肉(肉そぼろ)をつくる
①豚バラを鍋で炒める。油は小さじ1程度だが、テフロン加工があればなくてもOK
②色が変わってきたら、にんにくを追加してさらに炒める
③フライドオニオンを加えてざっくり混ぜたら、五香粉、氷砂糖、酒、醤油、水の順に加え、蓋をして煮込む
④1時間ぐらい煮込んだら混ぜ、水分が減っているようなら少し水を足し、ひと煮立ちさせる
※魯肉は、ごはんに乗せれば「魯肉飯(ルーローハン)」、茹でた青菜に乗せれば小吃の定番「燙青菜(タンチンツァイ)」に。オムレツの具にしても美味しいです。
※担仔麺2人前分の分量ではなく、一回の調理でつくりやすい量で紹介しています。余ったぶんは、一口サイズで冷凍しておくと便利。
2. スープをつくる
① 鍋に油を入れ、干し海老を炒める
② 香りが立ってきたら、にんにくを追加して焦げないように炒める
③ ガラスープを加え、ひと煮立ちさせてアクを取る
④ 必要に応じて、塩を加えて味を調え、刻んだ香菜の茎を加える
⑤ 殻をむき、背ワタを取った海老をさっと茹で、火が通ったら取り出しておく
※食べるときに魯肉の塩味とうまみが加わるので、あまり塩味が強くならないように。
※ガラスープは、香味野菜の皮や茎の部分と鶏がらを使って取ると美味しいが、なければ市販の練りスープ(水400ccに対して小さじ1程度)で代用してもOK。その場合は塩味が強いので、仕上げの塩の量に気をつけて。
3. 仕上げ
① 鍋にお湯を沸かし、麺を茹でる
② 湯を切って器に盛り、2. のスープを注ぐ
③ 1. の魯肉(肉そぼろ)を盛り、海老と香菜を添える
※麺はお好みのもので。あまりコシが強くない中華麺のほか、細うどん、米麺なども合います。
- プロフィール
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- 久々湊 有希子 (くぐみなと ゆきこ)
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会社員として働くかたわら、「セカイキッチン」の屋号で料理活動を行う。世界を旅し、各国の食を文化人類学的視点から考察することがライフワーク。サッカー日本代表を応援するプロジェクト「対戦国を喰らう」主宰。
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