超短編小説で異世界の旅へ。ヴァージニア・ウルフ『幽霊の棲む家』

短編よりもさらに短い小説、ショートショート。日本では星新一が有名ですが、それ以前にもイギリスやアメリカを中心に、世界のさまざまな作家たちが試みてきた形式です。

することがない電車のなかや、仕事の合間のちょっとした息抜きにも、たったの数分でフィクションの世界に旅立てる。この連載では、そんな海外ショートショートのなかから、オチや世界観に特徴のある不思議な読後感の作品をお届けします。

今回のお話は、イギリス出身の女性作家、ヴァージニア・ウルフ(1882〜1941)の『幽霊の棲む家』。夜中に目を覚ますと、幽霊の夫婦が家中を行ったり来たりしながら、何かを捜しているようで……?

※本記事は『HereNow』にて過去に掲載された記事です。

ヴァージニア・ウルフ『幽霊の棲む家』

何時に目を覚ましても、ドアが閉まるところだった。部屋から部屋へ、彼らは手に手を取り合いながら、こっちを持ち上げたり、あっちを開けたりして確かめた。それは、幽霊の夫婦。

「こんなところにあったわ」と彼女が言う。そして彼が「ああ、でもこっちにも!」。「2階よ」、彼女がつぶやく。「それから庭もね」、彼も囁く。「静かに」と彼らは言う。「さもないと起こしてしまうよ」。

でもわたしたちを起こしたのは、あなたたちじゃない。違うの。「彼らは探しものをしている。カーテンを開けるの」。ある人は言って、もう1ページか2ページくらい読み進めるかもしれない。「ほら、みつけた」とわかると、ページの端で鉛筆をとめる。そして読書に飽き、立ち上がってみずから確かめる。家はすっかり空っぽで、ドアは開いたまま、あるのは気持ちよさそうに喉をふるわせる森鳩の声と、農場から聞こえる脱穀機の轟だけ。「わたし、何のためにここに来たのだっけ? 何を見つけたかったのだっけ?」。わたしの両手は空っぽだった。「じゃあもしかして、2階かしら?」。林檎は屋根裏にあった。それでふたたび降りてくると、庭は変わらないまま静かで、本だけが芝生のなかにすべり落ちていた。

けれど彼らは、応接間でそれを見つけていた。姿を見ることは、誰にもできない。窓ガラスには林檎が映り、薔薇の花が映り、映り込んだ葉は青々としていた。彼らが応接間のなかを動いても、林檎は黄色の面を見せるばかりだった。しかし、もしその直後、ドアが開けられれば、床じゅうに広がって、壁にかけられ、天井から釣り下がり——何が? わたしの両手は空っぽだった。一羽のツグミの影が、カーペットの上を横切った。深いふかい沈黙の井戸から、森鳩のふるえる声が這い上がってきた。「大丈夫、大丈夫」。家が優しく脈打つ。「宝は埋まっている。部屋は……」。鼓動はぴたりと止んだ。それが、埋もれた宝だったの?

一瞬ののち、光が薄らいだ。つまり、庭に出た? けれど木々は、さまよえる日差しのために暗闇を紡ぎ出した。ごく細く、ごく薄く、冷徹に表面下に沈みながら、わたしが捜していた日差しは、ずっと窓ガラスの向こうで燃えていた。死が、そのガラスだった。死がわたしたちのあいだにあり、何百年も前、まず女性のほうにやって来て、この家を去り、すべての窓を閉め切った。部屋は暗くなった。彼はそれを置いて、彼女を置いて、北へゆき、東へゆき、南の空で巡る星たちを見た。家を捜し求め、ダウンズの丘の下に落ちているのを見つけた。「大丈夫、大丈夫」、家がうれしそうに脈打つ。「宝はあなたのもの」。

風が大きな音を立てて並木道を駆け上がってくる。木々があちこちの方向に曲がる。月明かりが雨のなか、勢いよく飛び散りこぼれる。けれどランプの灯りは窓からまっすぐに降り注ぐ。蝋燭は硬く静かに燃える。家じゅうをさまよい、窓を開け、わたしたちを起こさぬように囁きながら、幽霊の夫婦はよろこびを捜す。

「わたしたち、ここで眠ったね」、彼女が言う。それに彼が続ける、「数えきれないほどキスしたね」。「朝、目を覚ますと——」「木々の隙間から銀のきらめきが——」「2階にも——」「庭にも——」「夏が来ても——」「冬の雪の季節も——」。遠くでドアが次々と閉まる、心臓の鼓動のようにやさしくリズムをとりながら。

彼らは近寄ってきて、部屋の戸口で立ち止まる。風が吹き降り、雨は窓ガラスの上を銀色に滑り落ちる。わたしたちの目は暗くなり、そばに足音は聞こえない。幻のマントを広げた女性の姿も見えない。彼の手がランタンの灯りを覆っている。「見て」と彼は息をのむ。「よく眠ってる。唇に愛が浮かんでる」。

かがみ込み、銀のランプをわたしたちの上にかざしながら、彼らは時間をかけ、じっくりとながめる。長いあいだ動かずにいる。強い風がまっすぐに吹き、炎がわずかに歪む。ぎらぎらとした月明かりが、床や壁を横切り、重なり合って、うつむいたふたつの顔を染める。じっと考え込む顔。眠る者たちに見入り、隠されたよろこびを捜す顔を。

「大丈夫、大丈夫」、家は誇らしげに脈打つ。「長い時を経て——」、彼はため息をつく。「きみはまた僕をみつけた」。「ここで」、彼女はつぶやく。「眠って、庭で本を読んで、屋根裏で林檎を転がしながら笑って。わたしたちは宝物をここに置いていった——」。前かがみになった、彼らの灯りがわたしの瞼を押しあける。「大丈夫! 大丈夫!」、家が激しく脈打つ。わたしは目を覚まして叫ぶ、「ああ、これがあなたたちの埋もれた宝だったの? 心のなかの光が」。

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プロフィール
ばったん

漫画家。既刊コミックスに『天文学者の夫がアレすぎてしんどい。』『にじいろコンプレックス』(ともに講談社)など。講談社『ハツキス』にて『かけおちガール』を連載中。『姉の友人』がリイド社・トーチコミックスより好評発売中。

原里実 (はら さとみ)

HereNow編集部。小説家としても活動中。著書に『佐藤くん、大好き』(2018)。



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