にらみつけるかのような鋭い眼差しで、指をピンと伸ばし、左手で寿司を差し出す。物々しいほどに気迫溢れるこの寿司職人の姿に、見覚えがある人も多いのでは? 今Instagramで、そして世界中で話題となっている、北九州・戸畑の『照寿司』大将・渡邉貴義さんだ。創業50年以上の古い寿司屋を、革新的なブランディングで国内外から客を呼ぶ人気店に再生させたのは有名な話。そんな渡邉さんに早朝の買い付けから1日密着取材を敢行! そこで見えてきた、人気の裏側にある真の戦略とは!?
※本記事は『HereNow』にて過去に掲載された記事です。
ハッシュタグ一つで世界が動く時代
まずは近年SNSを賑わした「#saltbae(ソルトベイ)」という、ハッシュタグを知っているだろうか?
トルコ人のイケメンシェフの塩を振るしぐさがセクシーすぎるとネット上で話題になり、ハッシュタグ「#saltbae」(塩の恋人)がTwitterでトレンド入り。Instagramの塩振り動画は常に数十万回再生を記録し、シェフ本人のフォロワー数も15万人以上と、一躍世界的スターとなった。
ところが現在、「#saltbae」ならぬ「#sushibae(スシベイ/スシバエ)」が、新たなトレンドとして世界中で注目を浴びている。この「#sushibae」の投稿を埋め尽くす張本人が、北九州の『照寿司』大将・渡邉貴義さんだ。
国内では、起業家の堀江貴文氏や、食通で知られるアンジャッシュ・渡部健氏がメディアで薦めたことで騒がれ、グルメ雑誌「buono」の表紙写真も多方面にインパクトを残した。またInstagramでは、渡邉さんの「#sushibae」投稿が拡散し、ニューヨークから4日間密着取材の依頼がきたり、その他11ヶ国からポップアップイベントのオファーが寄せられたり、さらには“照寿司スタイル”を学びたいと海外から見習い志望者も出るなど、国境を超えた反響が後を絶たない。
グルメ関係者の間では、「照寿司行ってないの?モグリだね」と囁かれているとか。飲食業界のみならず、東京のマスコミ関係者やクリエイターも、北九州の寿司屋に「わざわざ」訪れている。これはかなり、異様な現象なのかもしれない。
なぜ『照寿司』は、ここまで有名になったのか?
『照寿司』が店を構える場所は、北九州市戸畑区の住宅街。新幹線が停まる小倉駅からはタクシーで15分ほどと、決して立地がいいとは言えないエリア。いや、そもそも『照寿司』は、1965年の創業時から50年近く街場の寿司屋・仕出し屋だったのだから、今更立地が云々いっても仕方ない。
ただ、片田舎の寿司屋になぜ、ここ数年で県外や海外から客が集まるようになったのか。その理由が気になる。
13年前、28歳という若さで家業の『照寿司』を受け継いだ渡邉さん。しばらくは先代からの「仕出し・寿司屋」を守り、いわゆる寿司屋のトラディショナル(伝統的)な部分を重んじながら、オリジナルの技法を磨いてきたという。しかし、九州・山口地方の海産物を知れば知るほど「こんなに素晴らしい食材がなぜ売れないのか?」と首を傾げることも多くなった。最高の食材と有能な漁師のことをもっと多くの人に知ってもらいたい、そして価値を高めたいと貪欲に考え、行き着いた答えが、まずは己の価値を最大限に上げることだった。
「照寿司が人気になることで、北九州の海産物もフォーカスをされる。そうすれば、他県からの仕入れの引き合いが強くなり、北九州の市場の価値が上がるはずだ」と。
こうして渡邉さんは、昔ながらのショーケースカウンターを外し、高級感漂うヒノキの一枚板のカウンターに一新することから始めた。とはいえ、店内のリニューアルが集客に直結するほど簡単な世の中ではない。煮え湯を飲まされるようなことや、試行錯誤が続いた。それでも渡邉さんは使用する食材のレベルを下げることなく、むしろ上げる一方だったという。とんでもない魚を獲る漁師を探しては会いに行き、素材選びをとことん突き詰めた。「どれだけ損しても、最高の食材だけを買い続けましたよ」と渡邉さん。
あとは、これらの一級品の食材をどうやって客に売るか。売る能力がなければ、買い付けができる経済力も伴わないわけだから、料理の腕だけでなく、プロデュース力も重要なのである。
このプロデュース力=ブランディングが、『照寿司』を飛躍へ導いた。
破壊と再生。「チャレンジからしか伝統は生まれない」
「旧体制の中から、革新的なものは生まれにくい。奇をてらうことをやらないと、新しい芽は出てこない。『破壊からの創造』で、一度すべて壊さないと自分のやり方をつくれないと思いました」と渡邉さんは言う。
前述の通り、5年ほど前に古典的な寿司屋のショーケースカウンターから、ヒノキの一枚板のカウンターへリニューアル。さらに渡邉さんは、多くの人々に「これが照寿司だ!」と知らしめるための“インパクト”を強調することにした。
・蝶ネクタイルック
今でこそ当たり前のように見る、高級寿司店の“白衣にネクタイ”の板前スタイルも、初めは斬新だったに違いない。もしかして“白衣に蝶ネクタイ”も近い将来、定番となる日が訪れるかもしれない……!?
・規格外の先丸蛸引き包丁
普通なら柳刃包丁を使うところを、渡邉さんは長さ70cmもの先丸蛸引き包丁を使う。「商売道具は命。青木刃物製作所のこの包丁なら、ネタの細胞をミクロ単位で切ることができるんです」。これだけ長く、大胆に反った包丁の切れ味は、刺身の食感を大きく変える。そして刀を持つ侍のような雄々しい姿が、演出として場を盛り上げる。
「誰も持ってないもの、誰もやってないことが、人を一番魅了するんです」
ちなみに、仕込み中に取材陣が撮影していいかと恐る恐る尋ねると、「もちろん! 今は現代ですよ、聞きたいことがあったらガンガン話しかけてください!」と気さくに返してくれた。
この日、産地直送で渡邉さんの元に届いたウニは、山口県・下関の問山船長と、北九州・藍島の両羽船長が特別に獲ってくれたもの。今(8月の取材当時)が旬とあって、1回のコースでウニ料理がなんと3度も登場! 極上の赤ウニを日本一美味しく食べさせたいという思いから、仕込みにも俄然気合が入る。
今の時代だからこそ、“魅せる”ことで楽しませる
古風な寿司屋の在り方を崩し、新しいスタイルを切り開いた寿司業界の異端児・渡邉さん。彼のアプローチの特徴は、「今の時代」を意識した発信力とパフォーマンスにある。
その大きな柱がSNS。TwitterやInstagramが定着し、当たり前のように食事中の風景や料理そのものを写真に収める時代だ。蝶ネクタイ付きの白衣姿、一度見たら忘れられない迫力の目力の大将、そして差し出される豪勢な寿司は、まさに“インスタ映え”。ハッシュタグで「#doterusushi」「#sushibae」を検索すると、渡邉さんの決めポーズの画像で埋め尽くされているのがわかる。
「照寿司のインスタを見て人生が変わった」と感動を寄せるブラジル在住の寿司職人がいたり、「sushibaeに会いに来た!」とはるばる訪れる旅行客が多いのは、SNS時代の今をうまく捉えた発信力の賜物と言える。
もう一つのキーは、カウンター上の臨場感。かしこまって静かに堪能する高級寿司店とは180度異なり、『照寿司』はダイナミックでスペクタクルなエンターテイメント・ショーを繰り広げる。
「トップクラスの素材を使って握るんだから、寿司が旨いのは当たり前。さらに美味しくさせる最後の調味料は、やっぱり人間味でしょう。心意気、パフォーマンス、高揚感。それが食事中の感動を倍増させるんです」。
渡邉さん曰く、自身が目指しているのは、チャーリー・チャップリンやMr.ビーン。彼らのように、見ればすぐにわかる抜群の存在を追い求めている。
2018年7月、そのタレント性、発信力、もたらす影響力が評価され、北九州市役所の観光大使に選ばれた。「無料(タダ)で世界に発信できる時代ですよ!」と愛用中のライカ(高級カメラ)を持ち歩き、出会う人々、立派な食材、北九州の日常をInstagramで毎日発信する。
現在、Instagramのフォロワー数は2万人超え(2018年10月)。地方の寿司職人で、ここまでフォロワーを持つのは類い稀な存在だろう。
北九州で世界と勝負する『照寿司』の戦い方
鬼気迫るカウンター越しの眼差しや、派手な装い、ゴージャスな見せ方など、ルックス部分をフォーカスされがちな『照寿司』だが、密着取材を通して見えてきた真摯な姿もきちんと伝えておきたい。
渡邉さんは毎朝、小倉駅近くにある北九州市民の台所『旦過市場』へ独り出向く。決して弟子に任せることなく、毎日、毎日、地道に自らネタの仕入れに行くのだ。
取材当日も、まずは100年の歴史を誇る『川原鮮魚店』へ。「ここが北九州で一番の魚屋ですよ。良いネタが安定して揃うし、高鮮度の仕入れ力もピカイチ」。4代目・川原さんが勧めてくれる魚の情報やアドバイスを聞きながら、自分なりの解釈で料理する。
「単に仕入れのためだけじゃなくて、お店の大将とコミュニケーションを取るために通っているんです。毎日顔を合わせるから家族みたいに信頼し合えるし、その日の“一番”を出してもらえる。市場で代物を見つけた日には、寿司職人としてのテンションが一気に上がりますよ。だから弟子に任せず、自分自身で行くんです」。
そんなひたむきな姿勢が、“照寿司スタイル”の強く太い根っこ。
ここでしか堪能できない味わい、スタイル、感動の時間。
「北九州で世界と勝負する」
毅然とした宣言が我々の心に強く残った。
この続き〈後編〉では、世界中の人々を魅了する渡邉さんの超絶品フルコースを詳細にレポート!
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照寿司
住所:福岡県北九州市戸畑区菅原3-1-7
電話番号:090-9567-2202(当日予約用)
営業時間:12:00~14:00、17:30~20:00、20:15~
定休日:不定休
URL:http://terusushi.jp
https://www.instagram.com/teruzushi/
※完全予約制(下記URLより予約)
https://www.omakase-japan.jp/stores/43953
https://pocket-concierge.jp/ja/restaurants/244263
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