北海道・十勝といったら、みなさんは何を思い浮かべますか? 北海道の真ん中よりちょっと南東、日高山脈を仰ぐ雄大な平野と、「十勝晴れ」という言葉もあるほど澄み切った青空。名物の豚丼や六花亭、花畑牧場などでも知られます。
しかしじつはいま十勝では、宇宙開発のスタートアップや農業IoTサービスの創出など新しいうねりが発生し、移住者も増えているのです。今回訪ねたのは、斬新な宿泊施設や、Iターンの夫婦が営むパン屋など、いま注目のスポット。豊かな自然と食、そして懐深い人々に支えられた、十勝の新しい魅力を紹介します。
※本記事は『HereNow』にて過去に掲載された記事です。
自然と共生する実験住宅の数々『MEMU EARTH HOTEL』
旅のはじまりは、十勝エリアの南側、大樹町から。まずご紹介する『MEMU EARTH HOTEL』は、「建築の聖地」とも呼ばれる最新鋭のホテルです。
広々とした敷地内にぽつぽつと建つのは、すべて実験住宅。それも隈研吾や伊東豊雄など、世界的な建築家の作品や、世界中の学生たちが応募する『国際大学建築コンペ』の最優秀作品です。現在は全部で8棟あり、うち5棟に宿泊することができます。
そのうちのひとつ、不思議なかたちの『INVERTED HOUSE』は、オスロ建築デザイン大学が手がけた実験住宅。コンセプトは「厳しい寒さを楽しむ家」で、なんと、キッチン、リビング、ベッドルーム、バスルームなどが、すべて屋外に設置されています。
高低差、傾きの違いをつけた屋根により、屋外を居住空間に仕立て、季節の移ろいを存分に体感できるようなつくりになっています。予期せぬ悪天候から身を守るために屋内の居室もあるので、ご安心を。
8棟のなかで最初に建ったのは、隈研吾による実験住宅『Même』。『MEMU EARTH HOTEL』の顔ともいえる存在です。
アイヌの伝統的な民家・チセからインスパイアされたこの住宅は、屋根も壁も光を透過する膜材でできており、厳しい冬の暮らしにやわらかな光と暖かさをもたらします。膜材は二重構造になっており、間に熱を循環させて室内気温を保つしくみ。エネルギーを消費しがちな寒冷地の暮らしに新たなインスピレーションを与えてくれます。
また、ハーバード大学デザイン大学院が手がけた『HORIZON HOUSE』は、日常生活からの「隠れ家」をテーマにつくられた住宅。
低い場所にある窓は、そこから見える草原と部屋がひとつながりになるように、高い場所にある窓は積雪で埋まらないように設計されており、雪原と溶け合うような風景が望めます。四季折々の景色のなかで生活を営む感覚を、360度のパノラマで体感できる構造です。
最後に紹介するのは、慶應義塾大学が手がけた『BARN HOUSE』。
何がBARN(納屋)なのかというと……。
なんと馬と暮らせる住宅で、馬の排泄物が発酵する過程で発生する熱で住宅を温める機能がついています(!)。居住スペースの小窓からは、納屋にいる可愛らしいポニーの姿。防臭用の炭は、効果が薄れたあとは熱源として使用、その後堆肥になります。人間、動物、自然の共生を、ユニークなかたちで学ばせてくれる住宅です。
そのほか、九州大学によるスパ『Colobockle Nest』は、アイヌの伝承でフキの葉の下に住むといわれる小人「コロボックル」の家をイメージしたつくり。建物上部の白い部分が露天風呂で、十勝の大自然のランドスケープを贅沢に味わえる極上のスパです。
新たな暮らしの体験ができる『MEMU EARTH HOTEL』ですが、そもそもなぜこのような場所が生まれたのでしょうか? 代表取締役の野村さんがこう答えてくれました。
野村:東日本大震災を機に、家づくりも変化の時を迎えたと思います。できる限り少ないエネルギーで持続できる、地球に優しい暮らし方を模索したいと思い、プロジェクトをスタートしました。
ぼくは東京出身なのですが、都会で暮らしているとどうしても消費し続けてしまう。十勝には、「ないものは自分たちの知恵でつくり出そう」という意識が強くあります。だから、少ないもののなかで工夫して豊かな暮らしをつくる実験ができるのではと思いました。
「はじめて十勝に来たとき、正直何もないなと思いました」と笑う野村さん。しかし、いまとなっては「何もない」魅力に惹かれ、宿泊客にもリアルな十勝を体感してほしいと思っているのだそう。
野村:よくお客さんが「五感すべてが子どもの頃に戻った気分」と言ってくださいます。雄大な風景や草の香りが、小さい頃の思い出や鋭敏だった感覚を蘇らせてくれる。それが十勝の魅力です。
宿泊されるお客さんには、近くで楽しめるアクティビティーもご提案するのですが、これも決まりきったものはなく、事前に希望をうかがいます。たとえば釣りをしたい方にはスタッフが知っている渓流に案内したり、時には山奥の道なき道を行ったり(笑)。
パッケージングされた旅行では得られないリアルな十勝を体験しながら、自分の日々の暮らしに思いを巡らせる旅。都会の暮らしに疑問が浮かんでいる人、日々の生活に新たなエッセンスを加えたい人にはぜひ足を運んでほしいホテルです。
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『MEMU EARTH HOTEL』
住所: 北海道広尾郡大樹町芽武158-1
営業時間: チェックイン14:00〜18:00 ・ チェックアウト11:00
電話: 01558-7-7777
URL:http://memu.earthhotel.jp/
有機栽培の小麦を使ったパン屋さん『toi』
続いては、『MEMU EARTH HOTEL』から車で1時間ほど北上して音更町へ。丘の上にひっそりと佇む『toi』は、十勝の小麦を使ったパン屋さんです。
地元の人も通り過ぎてしまうような元農地が『toi』に姿を変え、いまでは客足が絶えない
オーナーの中西宙生・貴子さん夫妻は関西出身。パン屋を開業するための物件を地元で探していましたがなかなか見つからず、帯広のパン屋の立ち上げに携わった縁から、音更で『toi』を2019年にオープンしました。
貴子:このへん一帯が、有機栽培で小麦を育てている方の土地で。うちのパンも、その小麦を自家製粉して焼いています。製粉のとき、普通は外側の部分をほとんど捨ててしまうのですが、すると栄養価が低くなってしまう。有機栽培の小麦は農薬がかかっていないので、全部使っています。
そしてパンを焼くときに出た灰も、畑に戻しているのだとか。「そうやって循環させないと、ここでパン屋をやっている意味がないとすら思っています」と貴子さん。土地の魅力を聞いてみると、こう答えてくれました。
貴子:やっぱり食の豊かさがいちばんだと思います。都市部だと、スーパーで売られている食べ物は生産者がわからないことも多い。ここでは「〇〇さんの小麦」「〇〇さんのおいも」と、つくり手の顔が見えます。大切に、無駄なく使い切ろうという気持ちになりますね。
2人目のお子さんが生まれる前に移住してきた中西さん夫妻。十勝での生活を通して、食に対するお子さんの態度にも変化があったと言います。
貴子:十勝に来てから、鶏肉ができる過程を子どもたちに体験させたことがありました。ニワトリが鶏肉なんだって認識すると、子どもたちもごはんの食べ方が変わって。「命をいただいて生きる」ということが、十勝ではすごく身近にあるんですよね。
ふたりの生活の豊かさから生まれる、十勝ならではの大地の息吹が感じられるパン。味わってみてはいかがでしょう。
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『toi』
住所: 河東郡音更町字上然別北6線23-4
営業時間: 夏季(3月~10月中旬)10:00~17:00 冬季(10月中旬~2月)10:00~16:00
定休日: 月曜・火曜
電話: 0155-32-9177
URL:https://www.toi-naturel.com/
後編では、帯広市内のカフェ『THE YARD』、雑貨屋『Pastoral』、骨董品店『グリーン商会』、そして屋台村『北の屋台』『十勝乃長屋』を紹介します。
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