アートは美術館やギャラリーのなかで、静かに鑑賞するもの。そんな常識がここ数年、世界中のあちこちで覆されています。 そんななか、台北では『Very Fun Park』という屋外アートイベントが2001年より毎年開催されています。このイベントは「アートを生活と融合させる」を目的に、富邦藝術基金會が主催となり、台北のパブリック空間に世界中のアーティストの作品を設置するというもの。 これまで19年間で、650人のアーティストが参加し、制作された作品数はなんと500点。2019年は3月19日から5月19日まで、台湾、フランス、イタリア、デンマーク、香港から8名のアーティストが参加して開催されています。 今回はこのイベントを、台北でモデル・DJとして活動中の傅昱CORAL(以下CORAL)と一緒に見てまわることに。流行や商業的成功にとらわれず、自分の表現を貫く姿が、いま台湾の若者に支持されている彼女。そんなCORALの視線に、街中のアート作品はどのように映ったのでしょうか?
※本記事は『HereNow』にて過去に掲載された記事です。
過去の台湾と時空を超えて対話する。 『Giant's many chairs』
2019年の『Very Fun Park』のテーマは「席、息相關(Chair・Present)」。これは「その場所にいる」ことをもう一度とらえ直し、自分と他者の関係を考えようという意味だそう。
アート作品が設置されるのは、台北の信義エリアの街中。このエリアは、数十年前までは田畑が広がるのどかな場所でしたが、2004年に台北のシンボルでもある101階建ての超高層ビル「台北101」が竣工したのと前後して、開発が急速に進みました。
いまでは高層ビルのほか、高級デパートやクラブが立ち並ぶ、台北でも屈指の華やかなエリアへと変身をとげています。
CORALが最初に向かったのは、巨大な煙草工場をリノベーションした複合文化施設・松山文創園区のなかにある誠品ホテル。このホテルの前の芝生に、台湾出身のアーティスト・李承亮の作品『Giant's many chairs』が設置されています。
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李承亮は台湾北部の基隆市出身。「台湾国内で生まれたモノ」だけを素材にして、手仕事による作品をつくり続けているアーティストです。
ぽこぽこと丸い穴がいくつも空いた、巨大なオレンジ色の衝立のような物体。近寄ってみると、その物体には椅子がいくつも取りつけられています。
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CORAL:何でしょう? この椅子、どこかで見たことがある。
『Very Fun Park』の関係者に聞いてみると、じつはこの椅子は、取り壊された台湾の古い野球場の観客席とのこと。
ある野球場が取り壊されることになったとき、その場所の記憶になるものを残したいと、『Very Fun Park』を主催する富邦藝術基金會が観客席を買い取ったそう。それを李承亮に譲り渡したのです。
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CORAL:最初は「変なかたちの椅子だな」「デートにはいいかも」くらいに思っていたのですが、その椅子が取り壊された野球場のものだと聞いて見方が変わりました。
過去に実在していたけれど、いまはどこにもない「空間」と対話しているような気持ち。不思議なデザインの作品だけど、時空を超えた空間と自分をつなげてくれる装置みたいに感じました。
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取材時には、芝生の上を散歩しながら椅子で休憩する家族連れの姿もちらほら。作品としてはもちろん、市民の休憩スポットにもなっていたのが面白いところでした。いつの間にかアート作品に座っていた! なんて体験ができるのも『Very Fun Park』ならではです。
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派手で、賑やかで、アクティブな気持ちになれるベンチ『Modified Social Benches』
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じつは普段からギャラリーやアート系のイベントにも足を運んでいるというCORAL。その理由を聞いてみたところ、
CORAL:私は作品を通して、誰かと対話するのが大好きなんです。モデルやDJ、そして『FINAL』というクラブの店長をしているのも、いろんな表現を通して誰かと対話したいという欲求の延長なのかもしれません。
とのこと。そんな対話を大事にする彼女にオススメの作品が、デンマーク出身でベルリンを中心に活動するアーティスト・Jeppe Hein(イェッペ・ハイン)による『Modified Social Benches』。「人と時間と空間」をテーマに、新たな知覚体験を提供する作品づくりで、世界中から注目を集めているアーティストの作品です。
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台北101周辺のデパートとデパートの間に挟まれた小さな公園に点在する彼の作品。一見ベンチのようにも見えますが、かたちがいびつでどう座ればいいのかわかりません。
戸惑いつつも「これで合っているかな?」と座ってみるCORAL。リクライニングチェアーのような不思議な体勢が、座る人にとっても、それを見る人にとっても、これまでにない新鮮な感覚を呼び起こします。
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Jeppeのコメントによると、この作品はどこにでもあるベンチを改造し、「座るという身体の動作とその体験を、あらためて問う」という目的でつくられたそう。
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CORAL:いろんなポーズを試しながら友達と話せば、いつもと違った会話が弾むかもしれませんね。公園のベンチってほっと一息つくためのものだと思っていたけど、これは真逆。派手で、賑やかで、アクティブな気持ちになれそう。
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街に溶け込んだ、6万本の羽毛のオブジェ『Breeze・Breeze』
次に向かったのは、MRT市政府駅のすぐそばにあるデパート『微風 −BREEZE』のエントランス。その通路の天井に設置されているのが、台湾出身のアーティスト・游文富の『Breeze・Breeze』です。
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游文富は空軍出身の経歴を持つ異色のアーティスト。パイロットとして空を飛んでいた経験も影響しているのでしょうか。アーティストに転向してからは、自然から得る知覚を表現したいと、羽毛をふんだんに取り入れた作品をつくり続けています。
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作品が展示されているデパートの名前『微風 −BREEZE』からインスピレーションを得て制作された本作品は、白く染色された竹の先に羽毛を取りつけたものを6万本、長さ50mに渡って通路の天井に設置。
本来なら「見る」ことができない微風(そよかぜ)を、自然素材を用いて可視化したかった、と游文富は作品についてコメントしています。
デパートに訪れる人々が往来する通路の真ん中を、作品を見上げなから歩くCORAL。
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CORAL:竹と羽毛だけでなく、ライトで光を当てているから、作品の下を歩くとやさしい光を浴びている感じがします。最初この作品を見たとき、あまりにもこの場所に馴染んでいたから、作品だって気がつかなかったほど。なんか昔からここにあったような気がして。あと、作品をじっと見ているとお腹が空いてきちゃいました。白い羽の集まりが、生クリームみたいに見えませんか?(笑)
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たしかに『Breeze・Breeze』は、デパートのエントランス通路の雰囲気にぴったりで、他の通行人も気づかないほど溶け込んでいます。「日常にアートを」とよくいいますが、これこそが実践できている状態といえるのかもしれません。
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都会の喧騒を忘れられる宇宙船『Time Travel Vehicle』
MRT市政府駅から歩いて5分、新光三越デパートとオフィスビルに囲まれたスペースに突如現れた白い宇宙船のような物体。これは最初に紹介した『Giant's many chairs』と同じアーティスト、李承亮の『Time Travel Vehicle』という作品です。
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李承亮は「新しいものがどんどん生まれる」信義エリアに、あえて台湾国内で廃棄された鉄、木材、ガラス素材を使った作品を設置しました。
李によると、白い宇宙船のような外観が表現しているのは、私たちのイマジネーションの世界を旅する未来のマシンとのこと。リサイクル素材との対比や、ちぐはぐな違和感も楽しんでほしいと、李承亮はコメントしています。
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実際に船内に入ることも可能で、なかの丸い窓には水の波紋のような映像とアンビエントミュージックが流れ、まるで宇宙にいるような空間を演出し、賑やかな信義エリアの雰囲気とは打って変わって、幻想的な雰囲気に包まれます。
CORAL:なかにいると外の喧騒的な雰囲気をすっかり忘れて、本当に宇宙船が動きはじめるような気分になりました。薄暗い船内から外に出ると、台北の強い日差しが私を照らす。この明暗の変化も面白かったです。
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まるで映画『2001年宇宙の旅』に出てくる宇宙船に乗った気分。この作品をバックに、写真を撮影し、SNSに投稿している台湾の若者もたくさんいました。
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100種類の色と光に囲まれ、溶け合う体験『100 colors』
最後に向かったのが「台北101」にも近い、映画館や大箱クラブ、ショッピングモール『ATT 4 FUN』などが密集している、信義区でも特に賑やかなエリア。
高層ビルの谷間にある、小さな芝生のスペースに、東京をベースに活動するフランス人アーティスト、Emmanuelle Moureaux(エマニュエル・ムホー)の作品『100 colors』がありました。
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Emmanuelleは初めて日本に訪れた際、東京の街中にあふれるさまざまな色にインスピレーションを得て、定住することを決意。その後、東京で暮らしながら、空間を色で仕切るというコンセプトのアート作品をつくりはじめました。
今回『Very Fun Park』で展示された『100 colors』は、Emmanuelleの代表作の一つ。金属の支柱に等間隔で、100色に染められた帯状の布が大量に下がり、風になびいています。これまで世界中の美術館、道路、寺などさまざまな場所で展示されてきました。
「台北の街が持つ色と、私の作品の100種類の色が反応し合う様子を見てほしい」と、Emmanuelleはコメントを残しています。
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CORAL:風でたくさんの色が揺れ動く姿を、下から見ているのが面白い。色と色が重なるのですが、混ざりそうで混ざらない不思議な作品です。
いま世界的にミニマルなスタイルが流行っているけど、私は色が多いのが好き。カラフルなものに囲まれているほうが落ち着く。だから100種類の色が風になびいて動く姿を見ていたら、なんだか眠くなってきちゃいました(笑)。
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撮影中、太陽が雲から顔を出し、強烈な光が降り注ぎます。その瞬間、作品の色とCORALの服の色と太陽光が相まって、美しいグラデーションを生み出していました。好きな色の服を着て、好きな色に囲まれてみたい、そんな思いを抱かせる作品でした。
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「ものすごいエネルギーが渦巻く信義エリアの街の雰囲気が変わった気がした」(CORAL)
この日は、2019年の『Very Fun Park』で展示されている8作品のなかから、5作品をCORALと巡りました。最後に彼女に今日の感想を聞いてみることに。
CORAL:昼はビジネスとショッピングの街、夜はバーやクラブが集まる繁華街と、信義エリアは2つの顔を持っています。常にものすごいエネルギーが渦巻いている街ですが、それが逆に苦手だという人もいるんです。じつは私もその一人でした(笑)。
でも、アート作品が街中にインストールされたことで、雰囲気がずいぶん変わった。私がいろんな表現が好きだからというのもありますが、すごく身近な感じがして、温かい布団のなかにいるような印象を受けた。
私は普段、日常のシーンに合わせていろんなジャンルの音楽が頭のなかに流れてくるのですが、展示を見終わったいま、頭のなかに流れているのはR&B。R&Bは、メイクをするときによく流れてくるんです(笑)。これはきっと、私のなかの何かが変わって、新しいところに行こうとしているサインなのかもしれませんね。
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- イベント情報
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2019粉樂町 Very Fun Park
2001年より毎年開催する台北の屋外アートイベント。「アートを生活と融合させる」を目的に、富邦藝術基金會が主催となり、台北のパブリック空間に世界中のアーティストの作品を設置する。
2019年は3月19日から5月19日までで、台湾、フランス、イタリア、デンマーク、香港から8名のアーティストが参加している。
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