まつきあゆむインタビュー

音の追求から音楽の追求へ

―まず、このアルバムが生まれた経緯についてお聞きしたいのですが。

まつきあゆむ(以下、まつき):元々アルバムを作ろうという話があったんですけど、当時は色々なことがうまくいっていなくて、全然良い曲ができなかったんです。それで、予定していたレコーディングを全部なくしてしまった。その時に、アルバム制作とか関係なく「新曲の嵐」というのを、心を無にして始めてみようと思って。MySpaceで毎週月曜日に新曲を公開し続けるんです、一生。それが始まってから、全てがうまくいき始めた。

―今回の『まつきあゆむ』は、「新曲の嵐」が大きな鍵を握っているわけですね。

まつき:そうですね。形を変えてはいるものの、全8曲とも新曲の嵐で発表した曲です。あのビートルズでも、アンリリース・テープを聴くとすごい努力してるし、すごい迷ってるの、天才が。でもその過程が見れるのって、すごく感動するじゃない。そういうのも全部むき出しにしていけたらいいなぁというか。そういう音楽の楽しみ方ってすごい俺は好きだから。

―心が折れそうになったりはしないですか?

まつき:そりゃしんどいときはあるよ。もう、眠いわ!って(笑)。だから発想を切り替えるじゃないけど、そういう気持ちを歌にすればいいんだよ。眠くて明日早いのに新曲の嵐の為に曲を録らなきゃいけなくて、「遅刻しちゃうよ、でも俺よく遅刻してるよな」なんて気持ちが“ファイブミニッツモア” (『まつきあゆむ』M-3)になったりね。

―あと5分早く起きればいいのにって?(笑)

まつき:そうそう、その気持ちは嘘じゃないからそれでいいんですよ。愛とか宇宙とか世界とか、普遍的な言葉を使うことってすごい簡単だけど、何の考えも無しに使うと逆に曲が小さくなる。だけど、俺が寝不足で起きれないっていう本当のことを歌った上だったら、そういう普遍的なことも世界に向けられると思うから。新曲の嵐では、狭い世界から広い世界まで全部が同時に存在してる状態を理想にしていて。だから最近は昔みたいに「宅録でやってます」みたいなのはどうでもいい。俺は宇宙の歌や、恋人の歌や、色んな歌を歌ってて、その曲がいいかどうかを聴いてほしいなぁと。

―では、そんな曲が詰まったアルバムの話に戻りますが、ずばり、4作目にしてセルフタイトルにしたのはなぜですか?

まつきあゆむインタビュー

まつき:もう単純に、この8曲を集めたらセルフタイトル以外思い浮かばなかったです。今回は、やってることや伝えたいことに迷いがなくて、今までで一番嘘がないアルバムになったからかもしれないね。伝えたいことがそんなに多くなかったっていうか、一つのことを濃い密度で伝えたかったから、あんまりぶれなかった。

―なるほど。今回は曲中に子供の声が入ってますよね。今までも生活音を取り入れた楽曲が多かったと思うのですが、そういう日常生活と近いところで音楽を鳴らしているのはなぜですか?

まつき:幸せな感じの音楽を作りたいと思って。それで子供を呼んだんだと思う。自分がやりたいことを形にしてみようと思ったときに、合唱したいっていう気持ちはすごい強くて。

―なんで「合唱」なんですか?

まつき:幸せになりたいって欲が出てきたんだと思います。別にそれは音楽で成功している感じの幸せじゃなくて、人間としての「幸せ」ね。そういうことに興味が湧いてきて、そういう音楽をやりたいとき、やっぱり皆で歌って欲しかったりする。Say Yeah!とかそういうことじゃなくて、皆で歌う感じっていうのが今回のアルバムにすごく欲しかった。

―ライブ中のコーラスも増えてますもんね。

まつき:ライブも本当はステージに50人ぐらいメンバーを入れて演奏したくて。それは子供からおじさんとかまでいてもいいし、それが全部まつきあゆむであって、受ける側もまつきあゆむであって、っていう音楽がやりたくて。そういう方向にはっきりシフトチェンジしたのが今年から。

―2008年は変革の年だったんですね。

まつき:意識的に自分で変えた部分もあるし、必然的に運命が変わってしまった部分もある。でも今まで色々背負ってたのをおろして、それで結果こけたとしても、オーケーですって言えるような心構えは出来た。まぁそういう変化があって、できてきた曲が良かったのが一番応援になったかな。たとえ新曲の嵐を始めても、曲が良くなかったら今回のアルバムは出なかったと思う。

―今年とそれ以前では、決定的に違う部分があるんですね。

まつき:でも、それまでにやってきたことも俺は誇りに思ってるし、未だに“煙草を吸うガール”(『自宅録音』収録)とかは俺の中ではすごく大事な曲だから。“煙草を吸うガール”を歌ってる人が“メタモルフォーゼ”(『まつきあゆむ』M-8)も歌えるっていうのは、音楽家としてすごい誇りに思ってる。俺はこれからも変わっていくだろうけど、今、愛に溢れてる感じに変われたことはすごい嬉しいんですよ。

―じゃあ近いうちに50人ライブ、実現させちゃいそうですね。

まつき:もうそれしかやることがないなぁと思って。今年は自分がやりたいことにしか目がいってないから。ライブをするにしても、前はシビアに演奏面に気がいってたりすることが多かったけど、今はどれだけみんなを幸せにできるか。「幸せだと泣きたくなる」っていうのがTHE FLAMING LIPSのCDに書いてあって、その意味をようやく実感できるようになってきた。そういうことにすごい興味がいってるから、音楽をやっていく上で、幸せで泣かせたいじゃないですか。そういう意味で、あながち「ステージに50人あげてライブしたい」って言ってるのは見当はずれなことじゃないと思います。

名曲を書いてれば何の心配もいらない。

―先日ブログで、1人でも聴きたい人がいて、最低条件だけ満たしていれば、呼ばれたら絶対断らずにライブをしに行くという決意表明をされていましたが。

まつき:そういう日記を書いたのも、やっぱりやりたいことがはっきりしてるからだと思う。外から見られる自分のイメージとか、CDが売れるかもしれないとか、そういうことを考える余裕がなくなって、それよりやりたいことが出て来ちゃったから、考える前にやるしかないと思って。新曲の嵐も、ライブをしに行くことも、そういうことなんです。

―「やりたいことをやる」中で、CDを作ることとライブをすることの間に何か違いはあるんですか?

まつき:ライブ盤みたいなCDを作る人をいれば、CDみたいなライブをする人もいるけど、俺はライブと音源は違うものとして捉えていたくて。だから、ベクトルは全然違うけどやりたいことはどっちにもはっきりあって、その両方で共通してるのが、「みんなと幸せになりたい」っていうか、「みんなと幸せで泣きたい」っていうことだと思う。まぁ要するに、いい曲を書くかどうかだけに問題がしぼられてきてるから、それをいちいち言葉で伝えるんじゃなくて、音楽で伝えたいし、歌詞と曲をちゃんと聴いて欲しいですね。

―わかるような気がします。私達が以前に『自宅録音』や『ディストーション』を聴いて刺さって泣いていたのとは、今作は全然違いますね。幸せな泣き方だと思います。

まつき:そう、刺さってるのもすごく大事なことなんだけど、刺したりすること、つまり人の注意をひくために椎名林檎とかを歌詞に出すことはもう必要がなくなってしまった。今はそういうものより、名曲を書きたい。“Hey Jude”とか“Race for the prize”を死ぬまでに何曲書けるかが、自分にとって大切なことなんです。

―アルバム完成後のライブにも関わらず、さらに新しい曲をバンバンやってましたよね。

まつき:うん、完全に捨て曲なしのアルバムにしたかったからよりすぐってきたんだけど、このアルバムの作業が終わってからも新曲の嵐を続けてたら、もっと良い曲が出来てしまった。これより良いのできんだ、俺!って(笑)。だから、新曲の嵐はやっぱやめられないですよ。

―今はまさに良い状態なんですね!

まつき:なんか気持ちがはっきりしてるの、今年は。迷いがない。このアルバムがリリースされて世の中にどう受け入れられようが、それはすごい些細なことでしかなくて。もちろん売れて欲しいし、色んな人に聴いて欲しいと思うけど、興味があるのは、明日いい曲を書けるのか、それとも来週書けるのかってことです。もっと毎日幸せになる為にはどうしたらいいのかとか、そういう方だな、今年の俺は。

―かっこいいです。

まつき:人が変わったと思います、だから。それは成長なのかわからないけど、とにかくなんか変わった、2008年から。

まつきあゆむインタビュー

―7月11日に下北沢3会場で1日3公演ライブをするという「まつきあゆむ過ぎる日」についてはどうですか?

まつき:1日に3回やるのはすごくシンプルな理由で、伝えたいことがそれだけあるから。別に方法はなんでもいいんだけど、とにかく今持ってるエネルギーが全部いっぱい出せないとあんまりやる意味がないから。新作自体もすごい密度だと思うけど、伝えたいことがすごい増えてるから、3回ぐらいやらないともう足りなくなってきたっていうのが正しいんじゃないかなぁ。むしろ4回ぐらいやりたいんだけど3回しか出来ないから、3回来てよ!俺伝えるから!って、そういう気持ち。

―ご自身で信念を持ってやっていることと、今の世の中の感じに、溝とか不満とか生まれたりはしないですか?

まつき:世の中に不満はない。今はむしろ自分が何をやりたいのか。で、それを伝える為にはどうしたらいいのか考える時間が足りないぐらいで、毎日一生懸命です。そこで世を恨んで、「なんでうまくいかないんだよ!」ってなってしまうと、全てが崩れていく。自分がいいと思って作った音楽まで全部崩れちゃうから。

―そうなって欲しくはないです。

まつき:そこは自信があるから大丈夫だし、名曲を書いてれば何の心配もいらないじゃない。自分自身も安心していられるしね。たとえ名曲を書いて売れなかったとしても、やっぱそれは売れる売れないとかじゃないそれは確かな財産だから。名曲があれば生きていけるよ。

―では、やりたいことだけやるようになってきたっていうのは、音楽的にも、日常生活でも?

まつき:そうだね、日常生活はほんと、幸せになりたい。別に不幸なわけじゃないけど、なんかもっと清々しく生きたい。

―何が清々しいですか?

やっぱ名曲書くことじゃない?ループしてる(笑)。名曲書いたりとか、猫を探しに散歩に行ったりとか、でも俺ほんと毎日そういう感じだから。

―やっぱ名曲書くことが全てに繋がってるってことですね。

まつき:うん、そうだね。

今まで暗がりで息をする若者に「刺さる」音楽を与えてくれていたまつきあゆむの、2008年の変化。皆と一緒に幸せで泣きたい、名曲だけを書き続けたい、そう強く語る彼の顔を見て、この変化は彼の中だけではとどまらず、いまの音楽シーンや世界やひょっとしたら宇宙に、少なからず影響を及ぼすのではないかと思った。ひょっとしたら、幸せで泣く、ということがいまいちピンと来ない人もいるかもしれないが、その時はこの傑作ミニアルバムをどうぞ手にとってみて頂きたい。そこには必ず、幸せで泣く、ということの答えが詰まっている。

イベント情報
『まつきあゆむ過ぎる日』三公演連続怒濤のレコ発イベント

『ソロセットライブの嵐』
2008年7月11日(金)OPEN 16:30 / START 17:00
会場:下北沢MONA RECORDS

『バンドセットライブの嵐』
2008年7月11日(金)OPEN 19:00 / START 19:30
会場:下北沢CLUB QU

『スペシャルバンド&スペシャルゲスト&スペシャルDJ&スペシャルトーク&朝までスペシャルの嵐』

2008年7月11日(金)OPEN / START 22:30
会場:下北沢BASEMENT BAR

料金:各公演 前売2,000円(ドリンク別)

スペシャの生配信web番組、DAX LIVE! も同時展開
「まつきあゆむ過ぎる日」を楽しむ日from下北沢
MC:ブライアン・バートン ルイス ゲスト:まつきあゆむ 他 下北沢の人々

リリース情報
まつきあゆむ
『まつきあゆむ』

2008年5月21日発売
価格:1,500円(税込)
UMA/RESERVOTION RECORDS

プロフィール
まつきあゆむ

1983年生まれの『初期衝動音楽家』。学生時代から自宅録音を続け、2005年にNOISE McCARTNEY RECORDSのコンピレーションに参加。同年5月にmona recordsよりミニアルバム「自宅録音」、2006年9月にフルアルバム「ディストーション」をリリース。

そして2007年にレーベルをUMA/RESERVOTION RECORDSに移籍。6月には「夕暮れの現代音楽」をリリースし、9月からは「新曲の嵐」と題してmyspaceサイト上で毎週月曜日に新曲を永続的に発表することを表明。今年はアートデザイナー、ギタリストの一般公募を行うなど、革新的な新世代による、新世代のためのアーティストとして、音楽の力により新しい音楽を創ろうとしている。

現在、ライブ活動は、まつきあゆむ(Vo.G.Sampler)梶原英徳(Ba.Cho.)森信行(Dr.Cho.)のスリーピースで行っており、2008年1月より、「名演の嵐」と題したライブイベントをスタートした。



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