丹下紘希(Mr.ChildrenなどPV監督)インタビュー

今回リリースされた『TANGE KOUKI VIDEO COLLECTION』は、文字通り丹下紘希が手がけたミュージックビデオをコンパイルしたDVD。Mr.Childrenにはじまり、コブクロ、山下達郎、浜崎あゆみと、大物ミュージシャンの名前が連ねられている。そのラインナップを見て、驚いた。自分がなんとなく覚えていたMV(丹下氏は「PV」ではなく「MV(ミュージックビデオ)」と呼ぶ)が、見事にこの1人のクリエイターから生まれていたからだ。そこで、今回のDVDリリースのいきさつと、Mr.Children“くるみ”の制作秘話など、丹下氏の制作にかける情熱を伺った。

ぶっちゃけて言えば、
この作品は売れなくちゃいけないんです(笑)。

―今回リリースされたDVDですが、名だたるミュージシャンのミュージックビデオが30本以上収録されています。ラインナップはもちろん、このボリュームにも驚きました。

LIVE DVD『Mr.Children HOME TOUR 2007』のアートディレクションを担当

丹下:実はこういったミュージックビデオを集めたDVDを出せるというのは、本当に稀なケースなんです。レコード会社の垣根を越えて、アーティストをはじめ、関係者すべての方々の理解や協力がなかったら実現されませんでした。本当にみなさんに感謝しています。

―たしかに、権利の問題も考えると、一筋縄ではいかなそうです…。

丹下:実は構想自体は10年くらい前からあったんです。でも、状況的に無理でした。つい少し前までは、ミュージックビデオをつくる制作者は、レコード会社から仕事を受ける「下請け」的なイメージがとても強かったんですね。「クリエイティブなんていらないんだ」っていうところもありました。それから少しずつ時代が変わって、ここへ来てようやく実現することができました。

―それは感動も一塩ですね。ちなみに丹下さんはご自身の作品を「プロモーションビデオ(PV)」ではなく、「ミュージックビデオ(MV)」とおっしゃいますが、何か理由があるんですか?

丹下紘希インタビュー

丹下:そうですね。「プロモーション」って広告や宣伝のことですけど、やっぱり「作品」として見てもらいたいっていう想いがあります。その楽曲を聴いただけでは得られなかった新たな楽しみ方を提示して、音楽にとっても映像にとっても幸せな関係をつくっていきたい。そういう考えがあって、意識的に「ミュージックビデオ」って呼ぶようになったんです。

―たしかに丹下さんの作品を見ると、ただの宣伝映像には全く見えないですね。

丹下:そう言ってもらえると嬉しいです。他にも、最近は『VIS』っていうWebサイトで、ミュージックビデオの監督が集まって、作品を配信しています。これも制作者同士でがんばって、ようやく立ち上げたサイトで、画期的な試みなんです。

―『VIS』は見ているだけで楽しいですよね。「あ、あのミュージックビデオはこの人がつくってたんだ」っていうのがわかるようになっていて、映像の見方が少し変わるような気がします。

書籍『東京環境会議』

丹下:見てくださる方々にとってはもちろんなのですが、映像をつくる側にとってもこうした動きが刺激になって、もっと自分の仕事に情熱を注いだり、誇りを持てるような環境がつくれたら、という願いもあります。逆に言えば、もっと責任を持ってそのミュージシャンや楽曲を本気で考えて映像をつくることができれば、結局はミュージシャンにとっても自分たちにとっても、もちろんリスナーの方々にとってもより幸せな関係づくりができるんじゃないかと思うんです。

―ミュージックビデオをDVD化していくっていうのが、これに続いて増えてきたらいいですね。

丹下:今までは前例がなかったので、実現しようと思ってもできませんでした。でも、今回で例をつくれたので、いいきっかけになってくれたら、と思いますね。だから、ぶっちゃけて言えば、この作品は売れなくっちゃいけないんです(笑)。儲けたいからではなく、これからの映像表現の意義や、新たなマーケットづくりとしても、これが成功したらもっと可能性が見えてくる。だからなんとか売れてほしいと思ってます。あんまり言うといやらしく思われちゃうかもしれないけど(笑)。

―いえ、丹下さんの情熱がすごく伝わってきます。これがきっかけになって、音楽も映像も、色んな可能性が開けたら最高ですね。

Mr.Childrenのメンバーが、「もう1回見たい!」って何度も見てくれました。

―このDVDに収録されている作品の中で、個人的に最も印象に残っていたのがミスチルの“くるみ”でした。このミュージックビデオの制作のいきさつを教えていただけますか?

丹下:最初に曲を聴いたとき、「くるみ」っていう名前の女の子がいるんだと思ってたんですよ。

―え? ぼくもそう思っていました・・・。

丹下:そうですよね。でも、桜井さんに聞くと「くるみ」っていうのは実は「未来」のことだったんです。「未来」を逆さにすると、「来未」。それで「くるみ」っていう風に擬人化したんだ、と。「ねぇ、くるみ」って言って、未来に問いかけている歌なんです。

―そうだったんですね。改めてそう考えて歌詞を読むと、すごく意味が強まります。

丹下:制作のいきさつについてお話しすると、この作品も、何回かプレゼンをしたんです。最初に出したアイデアは完成したものとは全然違かったんですよ。初回のプレゼン後、Mr.Childrenの方から「これじゃ違うんだ」という風に言われたんです。

Mr.Children

―その割には、あの完成形は「これしかない!」っていうぐらいクオリティの高い、具体的な物語になっていますね。

丹下:そうなんです。「くるみ」が「未来」のことであると聞いたのと同時に、桜井さんが『ドン・キホーテ』という小説の話しをしてくれました。実は今みんなに知られているのは『ドン・キホーテ』の続編で、本当は別の作者が初めのお話しを書いていたんだ、と。その後、続編を別の人が書いて、そっちがものすごく有名になってしまったんだ、と。

―なるほど。

丹下:それで、さらにその続編、つまり3番目の物語を、1番目のお話しを書いた人がつくったらしいんですね。面白いのは、その中では、ドン・キホーテという主人公がすでに有名になって物語がつくられていたんです。つまり、2番目の続編で実際の世界で有名になったドン・キホーテという主人公のことを、原作の作者がそのまま有名になった存在として物語をつくっているんです。

―あ、ちょっと見えてきました!

丹下:だから“くるみ”も、その物語の構造を利用して、Mr.Childrenっていうアーティストが、すでに一般的に有名であるっていうことを前提としてつくれないかと思ったんです。さらに、ドン・キホーテのお話しが50代くらいの男性が主人公って聞きました。それで、「Mr.Adults」っていう架空のバンド、つまりドン・キホーテで言う1番目のお話しをつくったおじさんバンドをつくったんです。バンド名を聞けば、Mr.Childrenが勝手に思い浮かぶでしょう? そのバンドがMr.Childrenの前に存在していて、そこから派生して、Mr.Childrenは生まれて、ここまで有名になったんだ、っていうお話しをつくったんです。

Mr.Children

―なるほど、わかりました! きっとラストの部分がオチになっているんでしょうね。「この映像はMr.Children結成の前日でした」っていう。

丹下:間違いなくウソだと分かるような仕掛けを最後に入れたことで、誰もが「そうだったの?」って思っちゃうようなものをつくりたかったんですよね。

―この作品が完成した時、Mr.Childrenのメンバーの感想はどうだったんですか?

丹下:ものすごく喜んでくれたんですよ。こちらがびっくりするぐらい。「もう1回見たい! もう1回見たい!」って何度も見てくれて。あの“掌”と“くるみ”のシングルはちょうどミスチル復活明けの第一弾だったので、メンバーもすごく気合いが入っていたんです。

Mr.Children

―まさに丹下さんがおっしゃる「音楽と映像の幸せな関係」ですね。ちなみに、丹下さんが一番印象に残っている作品、気に入っている作品はあるんですか?

丹下:ジブリの鈴木さんは「どこが見どころなんですか?」って聞かれると「全部が見どころに決まってるだろ!」って一喝するらしいんですけど、ぼくも同じことを言いたくなる気分ですよね、やっぱり(笑)。

―そうですよね…。「全部見てから言え」と…。ありがとうございます(笑)!

丹下:申し訳ないですけど、1つには絞れないんですよね。全作品にものすごい情熱や時間をつぎこんでいるので。

「本気でやりたいなら、俺に言ってくれ!できることやるよ!」 っていう気分なんです。

―“くるみ”だけではなく、丹下さんの作品はどれもとても考えを練ってつくっていらっしゃるんだろうなと感じるのですが、アイデアはどうやって出てくるんですか?

丹下:最近は携帯電話があるので、歩いている時に何か思いついたりしたら、すぐメモするんですよ。アイデアを出していく作業は、常にやっていますね。

―そのアイデアって、例えば「ここに虹があって」とか、視覚的なアイデアなんですか?

丹下:いや、視覚的なことはほとんどないですね。むしろ、普段何気なく見過ごしていたけど、「これって実は変じゃない?」っていうようなことです。当たり前だと思われていることが、ちょっと見方を変えると全く違って見えるようなこととか。そういうところから出発して、映像化していくんです。

―なるほど。丹下さんは他にもパッケージやグラフィックなど、幅広く活躍されていますが、アイデアが映像からだけじゃないから、色んなところで才能を発揮していらっしゃるんですね。

Bank Band『沿志奏逢2』

丹下:映像作家でもクリエイターでもディレクターでも、呼び名は何でもいいんですけど、どれもかっこいい呼び名のような気がして違和感があるんですよ。自分としては、何か固定の看板で商売しようとは全く思っていないんです。むしろ一言で説明できないような仕事の仕方をしたいんですね。だから、色んなことに挑戦できるんじゃないかと思います。

―その柔軟さは、普通はなかなか実現できないです。

丹下:何か1つのことに凝り固まってしまうことにとても抵抗感があるんです。「自分たちは映像屋だから」とか「自分はどこどこの会社だから」とか、もったいないと思う。仕事に対するスタンスでも同じことが言えます。あるアーティストは「クライアントがいて、お金をもらってやっているんだったら、それはアートじゃない!」と言うかもしれません。逆に、商業側の人たちは「ウチらは儲けていればいいや」って言うかもしれません。ぼくは、そのどっちも間違いだと思うんですね。

―お金と表現とを両立するために、葛藤していくということでしょうか?

丹下:機材にしたってインターネットやテレビにしたって、この社会のシステムを活用しているからこそ、自分たちの表現を発表できているんだと思います。社会と関係している以上は、お金って絶対発生するわけですよね。それを無視した上で表現活動をするっていうのは無理だと思うんです。完全に社会と切り離されてしまっているのであれば別ですけど、そんな人滅多にいないですし、僕個人としては、アートと商業を両立させないといけないと思っているんです。

―なかなか難しいですけど、そこは葛藤を続けていきたいですね。

丹下:もうほんとに命からがらですよ(笑)。「自分とは何か」っていうことを突き詰めていきながら葛藤し続けていくわけです。でも、「もっと面白くしたい!」っていうモチベーションがなかったら、死んでいるのと同じだと思うんです。

―最後に、丹下さんの今後について教えてください。

丹下:さっきもお話ししましたが、自分たちが何屋さんかわからないようにしていきたいです。だから、フィールドとしては何にでもチャレンジしていきたい。ぼくが持っている考え方やスキルを全く違うことに応用したら、もっと幸せなことや面白いことに使えるんじゃないかと思っているんです。

―最近で言うと、どんなものがあるんですか?

丹下:ついこの間、「サロンドショコラ」っていう伊勢丹がやっているチョコレートの祭典に向けて、es koyama(エスコヤマ)の小山進さんというパティシエとコラボレーションして、チョコレートをつくらせてもらいました。その他にも、ATARIMAプロジェクトという障害者の雇用促進の活動も以前からやっています。そういう、今までになかった組み合わせのことをやり続けていきたい。それで新しく「人に何かを伝える」っていうことを提案していきたいな、って思います。

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―本当に、びっくりするくらい幅広いですね。

丹下:今までコミュニケーション不足のせいで、人から飽きられてしまっているところってたくさんあると思うんです。例えばシャッターが閉まりがちな商店街のお店とか。「そういうところを本気で再生したいなら、俺に言ってくれ!俺はできることやるよ!」っていう気分なんです。

―新しいコミュニケーションの形や、今までになかった価値を、貪欲に、情熱的に提示していらっしゃるところが、本当に素敵です。まずはDVD、ゆっくり拝見させていただきます!

リリース情報
『TANGE KOUKI VIDEO COLLECTION』

2009年2月25日発売
価格:6,000円(税込)
TFBQ-18097

DISC1
1. ダイジェスト
2. スペースシャワーTV「We Love Music, We Love Peace.」
3. Mr.Children「and I love you」
4. MTV THINK LOUD「破滅編」
5. オリジナルムービー「Action Universe」
6. Mr.Children「Worlds end」
7. Monkey Majik「Around The World」
8. REVOLVER FLAVOUR「REVOLVER FLAVOUR」
9. Monkey Majik+m-flow「 Picture Perfect」
10. マキシマム ザ ホルモン「ビキニ・スポーツ・ポンチン」
11. 浜崎あゆみ「alterna」
12. Salyu「VALON-1」
13. 一青窈「つないで手」
14. コブクロ「蕾」
15. Fleming Pie「THE IN THE MOON」
16. WINO「New Dawn F」
17. Mr.Children「ファスナー」 (Live Screen Movie)
18. 一青窈「受け入れて」

Bonus Track
1. メイキング& ドキュメント 「a Moment of Blink」
2. オリジナルムービー 「Africa」
3. First Works 「EPO Video Works」

DISC2
1. Mr.Children Album TV SPOT 「IT’S A WONDERFUL WORLD」
2. Zoff「コンセプトムービー"Love Your Characters"」
3. 山下達郎「FOREVER MINE」
4. オリジナルムービー「LIFE」
5. Mr.Children「くるみ」
6. Salyu「Dialogue」
7. Monkey Majik「fly」
8. Fleming Pie「Sunday Morning」
9. GUN DOG「chair」
10. Joi「Cravin’」
11. SUPER BUTTER DOG「FUNKY ウーロン茶」
12. ILMARI ×Salyu「VALON」
13. Mr.Children「箒星」
14. Sakura「Oh I...」
15. 一青窈「てんとう虫」
16. RIZE「heiwa」
17. Bank Band「生まれ来る子供たちのために」(ドラマ「火垂るの墓」エンディング)

Bonus Track
1. メイキング「Making of 箒星」
2. 大野一雄「イエス 花 死 生」

プロフィール
丹下紘希

68年岐阜に生まれる。高校卒業後、大野一雄氏に師事。97年には文化庁在外派遣芸術家としてNYに滞在。現在まで数多くのMusic Videoを作り続け、MTV、スペースシャワーTVにてBEST DIRECTORS 賞はじめ受賞歴多数。近年ではグラフィックのアートディレクションも手掛けている。



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