「あなたは犬派?それとも猫派?」誰もが一度は、こう聞かれた経験があるだろう。どちらもかわいらしい動物たちだが、大の猫好きという方も、あまり好きではない方も、独特のユル~い空気にヤられること間違いなしの、あたたかい映画が誕生した。矢口史靖との共同監督作品『ワンピース』『パルコ・フィクション』など、奇想天外な作風で人気の高い鈴木卓爾監督の最新作は、浅生ハルミンのエッセイ『私は猫ストーカー』を原作にした、ナチュラルテイストの映画である。主演には、『さよならみどりちゃん』でナント三大陸映画祭主演女優賞を受賞し、映画界からの注目も熱い実力派女優・星野真里。話すうちに、ホンワカした気持ちにさせられる魅力的なお二人から、素敵な猫たちがたくさん登場する「猫映画」の傑作についてのお話をうかがった。
※一部ネタバレが含まれますのでご注意ください
星野さんって、映画の登場人物として「そこにいた」っていう印象が残る女優さんなんです
―まずは、『私は猫ストーカー』を監督するに至った経緯をお伺いしたいと思います。
鈴木:去年の8月か9月頃、スローラーナーのプロデューサーの越川さんから、浅生ハルミンさんのエッセイ『私は猫ストーカー』を映画化したいというお話をうかがって。「監督やらない?」って聞かれたので、すぐに「やります」と返事をしまして。それからわりと早く、主役の古本屋でアルバイトをするハルちゃん役に星野さんが決まって、12月の撮影にこぎつけました。星野さんは主演映画って、『さよならみどりちゃん』に続いて二本目?
星野:はい。『さよならみどりちゃん』のときにお世話になったのが越川さんだったので、またお話をいただけてうれしかったですね。映画をやりたいっていう気持ちも強くあったので、なんの迷いもなくお引き受けしました。
鈴木:映画の中での星野さんって、演技経験が豊富なのにもかかわらず、「なんにもしょってきてない」感じがあるじゃないですか。『さよならみどりちゃん』でも、小さな町の、バーが近くにある彼氏の家にフラリと現れたりする女性を演じていらっしゃいますが、女優さんとしての演技っていうよりは、映画の登場人物として「そこにいた」っていう記憶がしっかり残っている。それって、映画を監督する側からするととてもありがたいことなんですね。
―作品の中に、ごく自然に息づいている感じがするんですよね。
鈴木:そうなんですよ。今回の撮影の合い間でも、ふと目を離すと自分でコロッケを買って食べていたりして(笑)、自然に谷中の町に溶け込んでましたよね。お芝居にしても、地べたを這いずったりするのも厭わず頑張ってくれたので、こちらは見ているだけでよかった。でも一緒の現場は6日間だけだったので、星野さんという油田があるとしたら、まだまだ奥底に無尽蔵の才能が隠されていそうで、その端緒だけ垣間見させてもらったという気がしています。
スポーツをするように撮影を進められたのが、とても新鮮な感覚でした。
―鈴木監督の演出は、どういったものだったんでしょうか?
星野:演技指導とか、大きな声を出すとか一切なく、好きなようにやらせてもらったんですよ。演じてる側からすれば、どうシーンがつながるのかもわからないし、本当に大丈夫かなと(笑)。オッケー!っていう監督の声だけが頼りでしたが、なにが見えてるんだろうっていう、フシギな感覚でした。
鈴木:たしかにそうですよね(笑)。撮影初日で、これまでの作品で行っていたような、自分の頭の中にあるイメージに近い映像を撮るという方法論が崩れたんです。今回大事だったのは、猫という自由意志で動く存在に対して、いかにさりげなく接近するかというアプローチでした。いいシーンが撮れるかどうかという基準は、猫しだい。猫という他者を追いかけている猫ストーカーという他者を、さらに他者が追いかけて撮る。映画のテーマとストーリーが、こんなにぴったり一致している企画も珍しいですね。
猫さんには「ここはちょっとこうしてくださいね?」とか、言葉伝わらないし、飽きたらいなくなっちゃうし。それこそ野放しだった。猫に対してそうなのなら、人間さんにも出来るだけ、自由にやってもらわないと、バランス悪いかなと思ったし、星野さんをはじめ俳優さんはみんな、個々に独自のリズムを持ちよってくれていたんですよ。古書店のシーンとか、人間五人と猫一匹が一斉に動くと、本当に面白い。下手に交通整理つけちゃうより、ほぼそのまま眺めていた方が全然良い感じでした。そうすると映画の演出するとかって、意識的な事よりも、無意識下での作業のほうが大事だぞとか、全然意味が変わって来てしまったなあと、そんな塩梅でしたね。
―撮影はどのように進められたんでしょうか。
鈴木:カメラのたむらまさきさんをはじめ、スタッフの方々も風のようになすべきことをしてくれ、そうすると監督ってなにもすることがないので、煙草吸ってました(笑)。スタッフやキャストの全パートを、それぞれの人にすっかり任せて、まるでスポーツをするかのように撮影を進められたのが、とても新鮮な感覚でした。
男と女、夫婦、人間と犬だったりという関係性の役割が壊れたところからスタートする物語を描くのが好きなのかもしれない
―星野さんは猫を相手に演技をしている時に、例えば猫がなかなか出てこないだとか、大変なことってあったんですか?
星野:トラブルってそんなになかったんですよ。谷中には猫がたくさんいて、びっくりするようなタイミングで出てきてくれたり(笑)。カメラマンさんも、これじゃあ逆に仕込んだように見えちゃうから、もう一回やっとくかって(笑)。
鈴木:12月にしては暖かかったんですよ。そうすると猫も出てきてくれやすいんです。一度だけ時間がかかったのは、映画に登場する唯一の俳優猫、チビトム役のタラオちゃんに、カメラに向かって歩いてきてっていう指示を出した時ですかね。星野さんも、タラオちゃんを後ろからチョイっと押してくれたりして(笑)。
―撮影をされてみて、猫のイメージって変わりましたか?
星野:私は動物全般が好きで、猫もかわいいなとは思っていたんですけど、飼っているのは犬なので、これまでそんなに接する機会がなかったんです。こんなにじーーっと見たのも初めてでしたが、犬とはまた違ったかわいさ、面白さがありました。犬って、常にかまってほしいっていうアピールをしてきて、いつも私と一緒に動き回りたいっていう感じなんです。でも猫ちゃんは、「わたしはここにいたいから今いるの、そっちはそっちで好きにしてればいいんじゃない?」っていう(笑)。お互いに自由なんだけど、でも興味がないわけではないっていう距離感がありましたね。
鈴木:あれ、プライドなんですかね?なんていうか、「私は用事があって忙しいのだ」みたいなフリをしますよね(笑)。
星野:しますよね(笑)。
―鈴木監督は猫を飼っているんですよね?
鈴木:そうですね。友人の矢口史靖監督が、『ウォーターボーイズ』を撮影した時に、ロケ地でスカウトした猫が何故か我が家に住むことになったんです。僕は特に犬派、猫派というのはなくて、この作品にしても派閥が壊れた映画にしたかった。世の中にあるいろんな垣根を気にしない、自由気ままな猫という存在を通して、男と女、夫婦、人間と犬だったりという関係性の役割が壊れたところからスタートする物語を描くのが好きなのかもしれないです。現実の世界ではなかなか難しいことですが。
―原作のエッセイの世界観とは、また違った映画になっている、ということでしょうか?
鈴木:原作の浅生ハルミンさんに初めてお会いしたとき、「猫が人からやさしさを勝手に享受できて、また人も、猫からやさしさを素直に得られる町が、私の思う良い町です」と言ってくれたんですね。映画の作業で、一番ヒントになった言葉でした。それでいて、原作のエッセイは、日常生活の中に楽しさを見つけようっていうメッセージがあって、ハルミンさん独特のまなざしで、世界観察のしかたが愉快でもあって。しかも他者の領域にゾンザイに踏み込まないという、とても慎ましやかな手法で。それを映像に置き換えてみたかった。ハルミンさん独特のパース表現のようなこと、町の地形と気持ちがふいに重なる感じというか。本来なら人物の中に、そんなスピードでは生じ得ないような感情を、グイーンと捩じまげて生じさせてみたかったりとか。これまで劇場公開された映画ではわりと、視覚的なシュールさ、ギミックを凝らした表現をやってみてたんですけど。人形が空を飛んでパルコの看板にぶつかるとか(笑)。
星野:えっ(笑)
鈴木:そんなことやってました(笑)。今回はあまりないですけど。今回は、一人ひとりの俳優さんのメンタリティーを信頼し、ワンシーンワンカットにして、スタッフも含めて全員に自由にやってもらって編集で組み立てていくという方法に集中したんです。ずっとやってる、『ワンピース』という短編自主映画活動で、参加してもらってる人たちと一緒にやってる感じに近い気がします。その感じを長篇映画の撮影で進めてみた。この経験は、自分の中ですごく大きかったなと思います。
―星野さんも、これまでの関係性の役割が壊れる瞬間って好きですか?
星野:今まで思っていたこととは違う、新たな発見っていうことですよね? 好きっていうのもおかしいですけど、そう感じられた時はうれしいですね。とはいえ、今までのものが全くなくなるのかといえばそうではなくて、あ、そうも見れるんだとか、そうも考えられるんだっていう、目の前の世界が広がるという感じが好きです。
鈴木:毎日そんなことが起きたら困っちゃうけどね(笑)
星野:そうですね(笑)日常がつづいて、たまに新しい発見があるといいですね(笑)
本当の星野さんはもっとハッキリしていて、できないものはできない、やれることはやりますっていう
―星野さん演じるハルを取り巻く人物たちも、個性的で印象に残ります。特に宮?将さんが演じられた鈴木さんという、おそらくハルさんのことが好きな古本屋のお客さん。ハルさんをストーキングしているという(笑)関係性が面白かったんですが、ハルさんはそんなに迷惑そうには見えない。どんな気持ちだったんでしょうか。
星野:ハルは鈴木さんからマニアックな文学の話ばっかりされるんですが、内容を聞いてはいるけど理解はしていなくて、BGMみたいに聴いてるっていう感じなんですね。彼に対して特別な感情があるわけではないから、自分の機嫌が悪ければ、それを隠すつもりもないし。かといって近寄らないでください、という意志があるわけでもなく…。こういうの、猫的な関係と呼べるのかもしれないですけどね。
鈴木:ああ、そうですね、猫的かもしれないですね。許容範囲を越えなければ、まあ許すという。ハルは「私のあとをつけても何もありませんよ」って、鈴木さんにピシャリと言うんですよね。でもなぜか、鈴木さんは「今日はいい天気だなあ」と返すんですよ。狂ってると言えば狂ってるんですけど(笑)、そうは受けとらないで欲しいな、という気持ちはありました。将くんは、見事にその淡いを演じてくれたんですね。これがハルにとって良い兆しになる朝の出会いになればいいな、っていうシーンでしたね。
星野:元カレ以外に、はじめて自分が猫ストーカーであることを知られて、一緒に猫をストーキングをして、よくわかんないけど楽しかったかな? みたいな、微妙な思いでした(笑)。恋愛感情っていうわけではないんですけどね。私は、あの朝の出会いのシーンは好きですね。
鈴木:好きなシーンなの?
星野:はい。自分の中にはない感情を演じられたので。私なら、白黒ハッキリつけたい(笑)。ハッキリして!って言ってしまいそうです。
鈴木:巻尺で測って、「3メートル以内は近寄らないで!」とかね(笑)
星野:それはないですけど(笑)。ああいう微妙さを良しとしてしまう空気が面白かったです。
鈴木:わりと僕は、そういう微妙さって好きなんでしょうね。僕自身とても優柔不断な性格で、タコのように8本手足があれば全部なにかをつかんでいて、どれにするんだよっていう迷い方をよくします。黒沢久子さんの脚本は、メンタル的にあまり違和感がなくて、すぐに決定稿まで辿り着いたんです。
―鈴木監督と星野さんの性格は、けっこう対照的なんですね(笑)。
鈴木:『さよならみどりちゃん』の時に演じていた女の子も、ハルちゃんも、なんかモヤモヤとしているじゃないですか。本当の星野さんはもっとハッキリしていて、できないものはできない、やれることはやりますっていう性格なんだね。占いとか信用してないんじゃない?(笑)
星野:占いは好きですけどね(笑)
鈴木:現実主義的な感じなのかな?
星野:自分の感じたものは大切にしたいというタイプですかね。
鈴木:そういう役が、今後の映画で来ることがあってもきっと面白いんでしょうね。
- 作品情報
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- 『私は猫ストーカー』
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2009年7月4日よりシネマート新宿にてロードショー、ほか全国順次公開
監督:鈴木卓爾
脚本:黒沢久子キャスト:
星野真里
江口のりこ
宮崎将
徳井優
坂井真紀
ほか配給:スローラーナー
- プロフィール
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- 鈴木卓爾
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1967年、静岡県生まれ。84年、高校美術部の8mmカメラを使い『街灯奇想の夜』を制作。88年の東京造形大学在学中に8mm長編『にじ』がぴあフィルムフェスティバルに入選。審査員特別賞を受賞。その後、東京造形大学の後輩である矢口史靖監督『裸足のピクニック』(92年/共同脚本+監督補)、『ひみつの花園』(97/共同脚本)、『アドレナリンドライブ』(99/出演)に参加。また矢口史靖と『ワンピース』(94~現在)『パルコ・フィクション』(02)を共同監督している。
- 星野真里
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1981年7月27日、埼玉県生まれ。1995年NHK朝の連続ドラマ「春よ、来い」でデビュー。TBS「3年B組金八先生」の金八先生の長女・坂本乙女役をはじめ、「プラトニック・セックス」、「新・星の金貨」、「大奥」など数々のドラマで活躍する一方、05年の古厩智之監督『さよならみどりちゃん』では、ナント国際映画祭主演女優賞を受賞。またCM、舞台、写真集、バラエティにと幅広い分野でマルチな才能も発揮している。
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