ジム・オルーク インタビュー

日本に住むようになり、すっかり日本語も板についたジム・オルークが、オリジナル・アルバムとしては実に8年ぶりとなる新作『ザ・ヴィジター』を発表する。本作はなんとl全1曲、40分に及ぶインスト作品。しかもアコギやピアノはもちろん、ドラムや管弦楽器に至る全ての楽器の演奏・録音・ミックスまでを全て一人で手がけた、紛れもないジム・オルークの作品であり、ジム・オルークという音楽家の素晴らしさを再認識する豊穣なる音の世界が広がっている作品なのである。資料には“本作は現代版『チューブラー・ベルズ』(*イギリス人ミュージシャン、マイク・オールドフィールドが1973年に発表した50分に及ぶインスト作品)”という本人からの前情報が載っていたので、当然その話を振ると、話は思わぬ方向へ…しかし、最終的にはジムがこの作品に込めた思いを確認できるインタビューになったと思う。

超大作『ザ・ヴィジター』は現代版『チューブラー・ベルズ』?

―日本に住むようになってどれくらいになりますか?

ジム:1年半くらい?

―あ、まだそれぐらいなんですね。でも日本語ずいぶん上達されましたよね?

ジム:まだまだです(笑)。がんばります。

―じゃあ早速『ザ・ヴィジター』の話をお聞きしたいんですけど、近年のジムさんの音楽活動って、恐山だったり『ハ行』(坂田明、YOSHIMIとの作品)だったり、主にインプロヴィゼーションに関心が行っている印象があったんですけど、今回このような作品を作ろうと思ったのはなぜなんでしょう?

ジム:今回のような作品を作るのは本当に時間が必要なので、過去8年間ぐらい作れなかった。即興のライブは場所に行って演奏すればできます(笑)。

―実際の制作期間はどれくらいかかってるんですか?

ジム:3年間ぐらい。

―ああ、じゃあ少しずつ録って段々と進めていった?

ジム:はい、作っては捨てて、多分8割は捨ててるでしょうね(笑)。

―膨大な量を録ってるんですね。資料には「現代版の『チューブラー・ベルズ』である」とありますが…

ジム:はい(笑)。でも『チューブラー・ベルズ』はすごく大ヒットしてます。(このアルバムも)お願いします(笑)。

―(笑)。あの作品はカンタベリーという文脈だったり、もっと現代音楽的な文脈だったり、それこそ映画『エクソシスト』のテーマとして大ヒットしたりと、色んな側面を持った作品だと思うんですけど、ジムさんにとってのあの作品の魅力ってどんな部分なんですか?

ジム:すいません、実は『チューブラー・ベルズ』あまり好きじゃない(笑)。

―あ、そうなんだ(笑)。

ジム:彼(マイク・オールドフィールド)の作品は一つだけ好き。『インカンテーションズ』、それだけ好き。今回の作品は色んな音楽からの影響があると思うけど、私が子供のころ、若いころの音楽の影響をもう一回訪ねたんでしょう。勉強じゃないけど…自己分析的。『チューブラー・ベルズ』じゃありません、すいません(笑)。でもあの時代の音楽には一番影響を受けてます。その頃は子供でしたから、いつも一番最初の影響が一番強い影響でしょう。

デレク・ベイリーを訪ね、13歳の少年がロンドンへ

―今回のアルバムには「This one is for Derek」と書かれています。もちろんデレク・ベイリー(ギタリスト。フリー・インプロヴィゼーションの第一人者)に捧げられたアルバムということだと思うんですけど、彼の影響なんかはまさに若い頃に受けた影響なんですよね?

ジム:子供の頃に図書館でECMというレーベルのレコードをよく借りて聴いていました。たしかECMにデレク・ベイリーのレコードが二枚あって、最初はデイヴ・ホランドとのデュオのレコードを借りたんですけど、本当にわかんなかった。

―それって何歳ぐらいの頃ですか?

ジム:7、8歳ぐらい。昆虫の音みたいだった(笑)。その後に別のレコード、『Music Improvisation Company』というデレクさんと、ヒュー・デイヴィスと、キング・クリムゾンのドラムスのジミー・ミラーさんとエヴァン・パーカーが一緒にやってて、それは現代音楽とか電子音楽っぽかったから、もうちょっとわかりやすかった。あのレコードが大好きで、「デレクって誰だ?」って調べたりして。それでデレクさんのレーベルの住所を見つけて、手紙を書いたんです。

私の両親はアイルランド人なので、よくアイルランドには行ってたんですけど、デレクさんはロンドンに住んでいたので、ロンドンに行きたかった。それで13歳ぐらいのときにデレクさんを訪ねていったんです。1981年とか82年だったと思うけど、即興音楽は60年代、70年代は興味のある人がいっぱいいたけど、80年代はほとんど死にそうだった。だからアメリカの若者がいきなり訪ねてきてびっくりしたでしょう。デレクさんは私の人生に大きな影響を与えています。デレクさんが3年前(2005年12月)に亡くなって、自分の人生も少し無くなった。

―そのデレクから影響を受けたアコースティック・ギターの演奏が本作のメインとなってるわけですが、今回の作品はそれ以外の楽器も全てご自身で演奏してるんですよね?

ジム:はい、そうです。

―また『チューブラー・ベルズ』の名前を出しちゃって恐縮なんですけど…

ジム:でも『チューブラー・ベルズ』は色んな人が演奏してるでしょ?そこは…勝った(笑)。

―(笑)。あの作品って全部で26種類の楽器が使われてるそうなんですね。今回の作品でジムさんは何種類ぐらいの楽器を使ってるんですか?

ジム:うーん、いっぱい。30、40ぐらい。例えばトロボーンは演奏できないけど、使いたかった。それで演奏できる人を呼ぶのは簡単だけど、今回は私だけでやるって決めて、トロンボーンを買って、勉強しました(笑)。まだ下手ですけど、レコードに必要な分はよく練習しました(笑)。

―どの楽器が一番苦労した?

ジム:トロンボーンでしょう。あとはペダル・スティールも難しかった。多分一番好きな楽器なんですけど、10秒の部分に1ヶ月ぐらいかかった。もう一つ、今回は編集をしないという規則もあったので、「あのテイクは最初がいいからそれを残して…」っていうのはダメ。だからトロンボーンやペダル・スティールは1年ぐらいかけて。他の人に自分のレコードに参加してもらうときも厳しく「それじゃ合ってない!」って言ったりするけど、本当に厳しくはできない。私だったら100回でも演奏するけど、友達は10回目ぐらいで「大丈夫です…(小声で)」って言ってしまう。今回はそういう問題がなかった(笑)。

自分のことがわからなければ、何もわからない

―あと今回の作品は『バッド・タイミング』(1998年発表)の続編という意味合いもあるそうですね?

ジム:『バッド・タイミング』は12年前に出たレコードで、自分のレコードは全然聴き返さないので、あのレコードを作った人のことはもう知らない。もちろん私なんだけど、今の私は知らない。それは面白いと思いました。本当に関係ない、でももちろん関係がある、どこまで昔の私が今の私と違うか。そういう文脈は大事だと思う。あの作品はニコラス・ローグ監督の映画の名前からタイトルが取られていて、今回の作品も映画の名前じゃないけど、彼の映画と関係がある。

―映画『地球に落ちてきた男』の主人公がリリースするアルバムのタイトルなんですよね?

ジム:はいはい(笑)。まもなく私もあのキャラクターのようにいつも酔っ払いになるでしょう(笑)。でもみなさんその映画のことがわかってびっくりしました。インターネットが広まってから初めての作品だったから、みなさんグーグルで調べたでしょう? 昔は本当に謎だったけど、今はもうできない(笑)。

―それこそ今ってインターネットでいつの時代の音楽も聴けるわけじゃないですか? ジムさんは60~70年代の音楽に相当詳しいと思うんですけど、今は若い人もインターネットでそういうのを聴いて、それに影響を受けた音楽を作ってたりする。そういう音楽ってどう思います?

ジム:でもそれは影響じゃないと思う。文脈がわからなければ、それはインフォメーションだけ、経験じゃない。インターネット世代の問題は、経験がないことだと思う。「それ知ってる」ってその「知ってる」って今はどういう意味で使ってるのか、どう定義するのか。自分の人生に音楽が入り込まなければ、経験はできないと思う。製品のように扱うだけでは、わからないと思う。もちろん年を取ってみて初めて経験したことがわかるんだろうけど、今の若者は大人になると本当に経験があるかどうか知らない…。

―最後にもう一回『チューブラー・ベルズ』の話をすると、あの作品ってマイク・オールドフィールドにとってはライフ・ワークで、続編も作られてるじゃないですか? ジムさんも、今後また続編を作りたいという気持ちはありますか?

ジム:あります。でもできるかどうか知らない(笑)。一つだけ知ってることは、次回は一人でじゃない(笑)。できないし、できるけどしたくない(笑)。次の作品も準備してて、今年多分始めるでしょう。昔の考えと新しい考えを同時にやりたい。少し復習っぽいです。

―今回の作品も、自分の若い頃を振り返るっていう側面のある作品だし、次もやっぱり復習っぽいっていうのは、ジムさんの中で今過去を振り返るモードになってるってことですか?

ジム:…自分を詳しくわからなければ何もわからないと思います。長年自分の作品を作ってこなかったので、ホントに自分のことを知らないでしょう(笑)。もちろん知ってるし、毎日会います(笑)。でも誰に会ったか知らない。

真っ直ぐに進みたいから、壁を作ることもある

―そういう考えが出てきたのって、日本で暮らしてることと関係ありますか?

ジム:もちろん関係ある。別の国にいるより自分のことができるし、常に安定がある。過去10年間、ツアーやって、別の人のプロデュースして、そういう人生は…やめたかった(笑)。このレコードを作るために、例えば1~2週間それだけをやるってことは、22歳ぐらいからできなかったんで、面白かった。

―じゃあアルバム自体の話からちょっとずれて、その自分の時間を手にしたってことと関係あると思うんですが、ちょうど今月サマーソニックで一時期加入していたソニック・ユースが来日してましたよね。会ったりしました?

ジム:ライブは行けなかったけど、みなさんとは会いました。前回彼らが来日したときはまだ日本に住んでなくて、仕事もしてなくていっぱい暇な時間があったからライブに参加できたんだけど、今は日本に住んでいて仕事しなくちゃいけません。

―彼らの新作のアートワークがジョン・フェイヒーの作品だっていうのはご存知でしたか?

ジム:ああ、ジョンさん(笑)。e-mailで「どっちがいいか?」って聞かれました。ジョンさんの作品は部屋で大きな箱で持ってる。多分100枚ぐらいあるでしょう(笑)。彼は毎日いっぱい作ってた。彼の友達みなさんいっぱい持ってる(笑)。

―ジムさんにとってはデレクと同様に大事な人だった?

ジム:うん。でもデレクはほとんど父親みたい。デレクからは音楽よりも、彼の人生そのものからすごい影響を受け取った。もちろん彼の演奏もいいけど、人間的に勇ましいと思いました。少し社会の歯車じゃない感じでしょう(笑)。「なぜジムは若松孝二が好き?」ってよく聞かれるけど、若松さんもそういう人だと思う。もちろん彼の作品も好きだけど、人間的にすごく尊敬してます。

―去年その若松さんの映画のサントラを手がけていますが、誰か日本の監督のサントラを作れるとしたら、誰の作品がいいですか?

ジム:映画の音楽作ることあまり好きじゃない(笑)。若松さんは本当に手伝いたかった。払い戻す感じ? 私の先生ですから。映画音楽はあまり興味がない。全然そういう仕事は探してないし、誘われてもないから、問題ない(笑)。

―今の日本の監督で興味のある人はいますか?

ジム:今のはよく知らない、実は。音楽・映画なんでも、現代のものはあまり知らない。監督も…大好きな監督はみんな亡くなったでしょう。あ、でもよく覚えてるけど、若いときにデレクさんと話すと、彼は新しい音楽を全然知らなくて、それが理解できなかったんだけど、今はわかる(笑)。ホントに今わかる。ホントに自分のものを作りたければ、少し外の世界を無視しなければできないでしょう。若いときは大丈夫、全部を受け取れるけど、今は壁を作らないと、今そういうところでしょう。

―それは自分でも気づかないうちに影響を受けてしまう、ということ?

ジム:そういう問題じゃなくて…反省ができないでしょ? 自己分析ができないでしょ? いつも新しいものを見て聴いてだと…(手で道を曲がる仕草)。少し真っ直ぐに行きたいから、そういう意味で遠ざけるんでしょう。

―確かに若い頃は自分の中にベースがないから、色んなものに影響を受けてアートに対する考え方が作られていって、でもある程度の年齢に達したときに、今までの自分が培ってきたものから影響を受けて、より新しいものを作る時期が来るんでしょうね。

ジム:うん、そうですね。何をしたいかわかると、真っ直ぐ行くほうがいいと思う。

―『ザ・ヴィジター』も、周りの影響からっていうより、昔の自分と今の自分っていうのがあって、そこからより新しいものを作ろうっていう。

ジム:うん、このレコードは…(手で道を真っ直ぐ進む仕草)。

―自分の道を…

ジム:はい、それだけ。

リリース情報
JIM O'ROURKE
『The Visitor』

2009年9月16日発売
価格:2,415円(税込)
P-VINE Records PCD-93291

プロフィール
ジム・オルーク

即興ギタリストとして、若くしてデレク・ベイリーのカンパニーに招聘される。その後、数々の実験的な作品を発表する。94年にデイヴィッド・グラブスのエクスペリメンタル・フォーク・ユニット、ガスター・デル・ソルに参加して以降、ポップ/ロック・フィールドにも活動の場を広げてゆく。99年のソロ・アルバム『ユリイカ』は、世界的に高い評価を得た。そして、ソニック・ユース加入&友好的脱退や、ウィルコのプロデュースなど、多岐に渡る活動を展開。現在は日本を拠点に活動している。



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