鈴木祥子インタビュー

鈴木祥子の名前を知っている人、知らない人、鈴木祥子の歌を知っている人、知らない人も、このインタビューを読む前に、4月8日にUPLINK RECORDSからリリースされた彼女の新曲”my Sweet Surrender”を聴いてほしい。先に知識を仕入れるのではなく、音楽から入ってほしい。インタビューを書いているのに矛盾したもの言いかもしれないが、”my Sweet Surrender”はそのくらい楽曲の持つ力が強い曲であり、なんの不純物も先入観もなしに聴いてほしい曲だからだ。聴いた上で「この曲は、なんなんだろう?」という衝撃を感じたら、この先を読み進んでほしいと思う。

(インタビュー・テキスト:雨宮まみ 撮影:荒牧耕司)

「穏やかな歌姫路線」ではない、鈴木祥子自身としての表現とは

―新曲の”my Sweet Surrender”を最初に聴いた時、とてもいい歌だと素直に思いました。けれど何か単純にいい歌だという以上のひっかかりを感じて、同時発売になるドキュメンタリーDVD『無言歌〜romances sans paroles〜』を観たら、これは大変な歌だと思いました。鈴木さんが「女性」であるということに大変な葛藤を抱えて表現をしてきたということが、『無言歌〜romances sans paroles〜』からは非常に切実に伝わってきます。

鈴木:女性の「生き難さ」というものは、何も私が特殊な職業だから感じていることではないと思うんです。主婦であろうが、普通に働いている女性であろうが感じることで。私が『無言歌〜romances sans paroles〜』の時、なんであんなにやさぐれていたのかというと(笑)、なにかムカつく言い方をされた時でも笑ってしまう自分がいたんです。内面は怒ってるのに、とりあえず笑ってその場をおさめようとしている、その笑ってる自分がすごく気持ち悪かったんですね。統制が取れてないじゃないですか。怒ってるのに顔は笑ってるという乖離に嫌悪感を感じて「私にムカつく場面で笑うことを選ばせているものは一体何なんだろう」と考えてみたところ、それは「女は笑顔で場を和ませなくちゃいけない」といった社会的な変なプレッシャーだと気づいた。そういうものをずっと教え込まれてきたからそうなっているのであって、自分を責めることはないと思ったんです。

でもこういうことをずっと続けていると、自分が本当に感じていることと、女として背負わされている役割との乖離がどんどん進んでいって、内面が死んでしまうんじゃないかという危機感を感じていたのが『無言歌〜romances sans paroles〜』の撮影の時でした。


―『無言歌〜romances sans paroles〜』の内容は、ある種の人にはとてもショッキングなものだと思うんです。鈴木さんは一見、そういった激しい怒りを持って表現をしている人に見えないところがあって。

鈴木:そうでしょうね。昔、プロデューサーやアレンジャーの方に、「穏やかで優しい歌を歌う歌姫路線」みたいなのを勧められた時があったんですよ。不穏当なことを言わないで耳障りのいいラブソングを歌ったり、ちょっとした女の子の日常みたいなのを歌ったりする、そういう路線を勧められたんですけど、自分はポップスの中でもっと生々しいことを歌ったっていいんじゃないかと思ったし、女だから耳障りのいいことばっかり歌えというのも違うんじゃないかという気がして。

鈴木祥子インタビュー
『無言歌〜romances sans paroles〜』

女性って、男性の10倍から100倍ぐらい容貌が重要視されますよね。私がそういう「守ってあげたい路線」の歌を歌った方がいいよ、と人に言われたのも、見た目がおとなしい感じだったからだと思います。見た目とやっていることに違和感がなければないほど、人はそれを受け入れやすいし、齟齬がない方が受け入れられやすい。私は「おとなしそう」とか「言うこと聞いてくれそう」な感じに見られることが今までとても多くて。

やってることとは関係のない、容貌のことで評価をとても左右される。それは女の人の特殊なところですよね。

―そう思われているところで『無言歌〜romances sans paroles〜』を出すのは、かなり勇気の要ることではなかったですか?

鈴木:観た男性から「あなたの音楽は好きだけど、人間性は大嫌いだ」とハッキリ言われたりもしました。でも、私は音楽と自分を切り離すことは考えられない。自分を音楽からも、女ということからも切り離せない。特に『無言歌〜romances sans paroles〜』を観た人からは「女、女ってこだわらなくても、人間だからいいじゃん、どっちでも」って言われるんですけど「フッ、わかってないね」と思いますね。こういう人にはいくら説明しても一生わからないんだろうという無力感はありますけど、「男とか女とか関係ないじゃん」っていうことの前に、現実に女の生き難さを自分が感じてる限りは、そういう声にめげちゃいけないと思うんです。自分が感じてることを言っていかなきゃダメだという気持ちがありますね。

「降参する」のは強いこと、その強さは愛することからしか生まれない

―そういった女性の生き難さみたいなものの正体を探って、社会的な問題に行き当たった時に、男性や社会を激しく憎んでしまう気持ちというのはなかったですか?

鈴木:ありました。一度はそうなりますよね。

―それが恋愛中だと、恋愛の相手が男である、ということが地獄のような苦しみになることがあったりすると思うんです。そういうところを乗り越えた上で”my Sweet Surrender”に「降参します」というフレーズが出てくるというのは、すごいことだと思いました。

鈴木:ああ、それはとても嬉しいですね。十代の後半から二十代の前半って盲目的に「好きだから何でも言うこと聞くわ!」というモードで突っ走ったりしますよね。そこを越えると男女の間のひずみみたいなものに気が付いて「自分はどうも損してる」と感じたり、恋愛において女性に課せられた立場や役割を担ってるうちに「なんか違う、違和感がある」と感じてきたりする。

愛される/愛されないって、女にとって究極の問題だと思うんです。恋愛において、相手の意見を聞いてその枠の中に収まっていれば愛してもらえる、でも自分の意見を主張してその枠から出てしまったら愛されない、という恐怖が出てくると、自分を主張するかしないかは、愛されるか愛されないかという究極の選択になってくるんです。その苦しさはずっと私にもあったし、世の中が「女はやっぱり愛されてナンボだよ」「愛されないと意味がないんだよ」という教えみたいなものをばらまいていて、その影響もまともに受けていた。それがとても苦しくてフェミニズム関係の本を読み漁った時期があって、そこで社会に対する強い怒りも感じたんですけど、恨んでいてもマイナスの感情しか生まれない。だからこういう表現に行き着いたのかもしれません。


―その結果、男性や社会を憎む恨み節の方向でなく、こういう光の溢れるような表現に行き着いたのがすばらしいことだと思います。

鈴木祥子インタビュー
『名前を呼んで〜When you call my name』

鈴木:そうですね(笑)。こういうことを言うとバカみたいですが、愛ということについてすごく考えた時期があったんです。「愛する」とか「愛」って、昔恋愛で悩んで葛藤してた時期から、ジェンダーの本を読んで男性社会のようなものを嫌悪してた時期を経て、じゃあ「愛」に自分は何を求めていたんだろう? とか、今自分にとって「愛する」ってどういうことなんだろう? と考えた時に「surrender」という言葉が出てきたんです。その愛に「降伏する」、愛するという気持ちに白旗を上げる、愛したら、どんな防御も外して降参するしかないと思うんですね。降参するって無批判に「あなたのことなら何でも受け入れる」っていうことじゃなくて、そのものを愛しちゃう、その状況なり、その人なり、すべて受け入れてそのものを抱きしめるような感覚だと私は思ってるんです。女は海ってよく言いますけど、そういう風にすべてを受け入れて愛することはできるんじゃないかと思ったし、そういう歌詞のつもりで書いたんです。「surrender」って別に弱いことじゃなくて、むしろすごく強いことだと思うんですよ。そういう強さってどこから生まれてくるんだろう? と考えると、やっぱり愛することからしか生まれてこない。愛することしかない、と思えて。

日本の生命力のなさは本当に怖いと思います

―鈴木さんはこの”my Sweet Surrender”で、いわゆるメッセージソングとは違う形で、おおげさですが世の中の何かを変えようとする歌を歌ってらっしゃるように感じる部分があります。

鈴木:世の中は自分が思ってるのとは全然違う方向に動いてますからね…。世の中では勝間和代さんの本なんかが主流じゃないですか、女子力、とか。それが主流だとすると、自分はそこから外れてるなと思うし、孤立感を感じますね。でもそれでへこんでしまったらそこまでなので、自分の思ってることをこうして言ったり、音楽で表現したりすることで何かが変えられると……思いたいのかな。そこは今すごく悩んで、迷っているところなんですよね。世の中の主流に乗っていれば、受け入れてもらえるし、受け入れられた自信も持てる。その主流から外れて少数派になっちゃうと、生きてるだけで疲れて「あーあ」っていう気持ちになっちゃったりすることがあって。こんなに抵抗して「自分は違うんだ!」って言ってても「それが何になるんだ?」って言われたら「別になぁ…」ってショボーンとしちゃう。「いや、でもやっぱり!」って奮起することもあるんですけど、その二つの間を行ったり来たりしている感じですかね。

鈴木祥子インタビュー

―当たり障りのないラブソングを鈴木さんの声で歌われたら、確かにすごく受け入れられていたかもしれないとは思いますね。とても受け入れやすい声ですし、歌い方もそうですし。結婚式の定番ソングなどを歌われていても不思議ではない気がします。

鈴木:そうですよね。自分も思考を止めちゃえばそういうところに行けるのかもしれないとは思うんですけど、思考を止めるっていうのは自分の一部を殺すことと同じだし、歌うことって究極的には自分が「生きる」ということと同じになっていくんですよね。こういう余計なことを言ったがために受け入れてもらえないという苦労があったとしても、思考を停止したら自分が自分でなくなっちゃうし、それって死んじゃうこと、息ができなくなることだから、生きているのならがんばって自分をいきいきさせるしかないと思うんです。

―鈴木さんのおっしゃるような、生きているがゆえの素直にいきいきした感じというのを、ふだんあまり感じる機会がないように思うんですが、それはなぜなんでしょう。

鈴木:女の美点が「弱さ」のように言われちゃうのが良くないことだと思うんですよ。順応する力、共感する力、すぐ心が動かされるというエモーショナルな部分、それは女の持ってるすばらしい美点なのに、今の社会では「すぐ感情的になる」「ヒステリーを起こす」といった風に裏返した形で語られて、女自身もそのメッセージを受け取って卑屈になってしまっている。素直な怒りをパッと表現したり、不快感を感じたらすぐに表明したり、そういう小さなことから始めて自分の美点を美点として自覚することが、女が今できる一番身近なことなんじゃないかと思います。一人一人がそう思って持っている美点を素直に出していきいきと生きていけば、世の中がもうちょっと違ってくると思うんですけど。

私は日本という国の…なんて言うとすごく大げさですけど、生命力のなさにすごく危機感を感じています。女性が卑屈になったり自己否定したりするのも、生命力を称揚したり肯定されたりする機会が日本ではあまりにも少ないからじゃないかと思ってるんです。だから自分で称揚して自分で肯定していかないとどうしようもないんだけど、本当は個人がそこまでがんばらなくても、社会が肯定してくれれば人はもっといきいきして生きられるのに、そういう回路がないのが今の日本のもっとも怖いところだと思います。そこに女性の問題も全て繋がっている。生命力を輝かせないで何が人生か、と思いますよ。電車に乗ればみんな携帯を無表情に操作していて、携帯が墓石のように並んでいて……。ああいう中にいたら、自分の生命力をもっと輝かせようよなんていうメッセージはどこからも来ないし、発せられないから受け取りようもない。でもそういうメッセージを受け取りたいと思ったら、旅に出たり、そういう音楽を探したり、力技で探してみて欲しいと思います。探せばそれは絶対にありますから。

鈴木祥子インタビュー
『無言歌〜romances sans paroles〜』フォトブック

―”my Sweet Surrender”は、解放の歌だと感じました。

鈴木:そう思いますね。歌も音楽も、心が解放されるというか、存在がすごくいきいきしたり、高揚したり、生命力が溢れてきたりっていうことが全てだと思うので、私もそういったことをどんどんやっていければいいなと思っています。私の作品に触れてくれた、女として生きていて何か違和感を感じたり、かつての自分のように迷っているような女性に、「自分は自分でいいんだ」と感じてもらえればすごく嬉しいですね。「女」と「自分」って分かれてしまいがちですけど、今「女」である自分が感じているのって本当にリアルな感情だと思うんですよ。社会的に生きちゃうと「女の自分」と「本当の自分」がどんどん分かれていく。そうではなく「女である自分」に100%の肯定感を持てるようになるまで、がんばって歌っていきたいですね。


イベント情報
『無言歌〜romances sans paroles〜』上映+トークショー

2010年4月11日(日)21:00〜
会場:第七藝術劇場(大阪・淀川区)
料金:一般・専門・大学生1,500円 シニア1,000円
※当日券のみの販売
※上映後、鈴木祥子によるトークショーあり

タワーレコード新宿インストアライブ&サイン会

2010年4月17日(土) 13:00〜
会場:タワーレコード新宿(7Fイベントスペース)
問い合わせ:タワーレコード新宿店 03-5360-7811

『無言歌〜romances sans paroles〜』上映+ミニライブ+トークショー

2010年4月17日(土)、4月18日(日)
会場:アップリンク・ファクトリー(東京・渋谷)
ゲスト:
石井ゆかり(4月17日)
中村うさぎ(4月18日)

『無言歌〜romances sans paroles〜』アンコール上映

2010年5月3日(月・祝)〜5月7日(金)連日15:00より上映
会場:アップリンク・ファクトリー(東京・渋谷)

鈴木祥子NEW SINGLE発売記念ツアー2010
『My Sweet Surrender』
東京公演

2010年5月9日(日)OPEN 18:00 / START 18:30
会場:吉祥寺ROCK JOINT GB
料金:前売5,000円 当日5,500円(1ドリンク別、オールスタンディング)
チケット取り扱い:GB店頭、チケットぴあ
問い合わせ:GB 0422-23-3091

大阪公演

2010年4月13日(火)
OPEN 19:00 / START 19:30
会場:梅田シャングリラ
料金:前売5,000円 当日5,500円(1ドリンク別、オールスタンディング)
チケット取り扱い:e+、チケットぴあ、ローソンチケット
問い合わせ先:シャングリラ 06-6343-8601

すべての詳細

リリース情報
鈴木祥子
『my Sweet Surrender』

2010年4月8日発売
価格:1,500円(税込)
UPLINK RECORDS ULR-021

1. my Sweet Surrender
2. 名前を呼んで〜When you call my name
3. 恋人たちの月
4. 黒い夜 [Live ver.]
5. あたらしい愛の詩 [Live ver.]
6. my Sweet Surrender [karaoke]
7. 名前を呼んで〜When you call my name [karaoke]

鈴木祥子
『無言歌〜romances sans paroles〜』

2010年4月8日発売
価格:5,040円(税込)
UPLINK ULD-532

収録作品:
ドキュメンタリー作品『無言歌〜romances sans paroles〜』
ミュージック・クリップ集『名前を呼んで〜When you call my name』
フォトブック

プロフィール
鈴木祥子

1988年、エピック・ソニーよりシングル『夏はどこへ行った』でデビュー以来、14枚のオリジナル・アルバムを発表。日本を代表するシンガーソングライターとして活動を続ける。中学の頃からピアノを習い始め、高校時代になり一風堂の藤井章司に師事しドラムを学ぶ。卒業後、原田真二やビートニクス(高橋幸宏・鈴木慶一)、小泉今日子のバッキング・メンバーを経て、デビュー後は国内では数少ない女性のマルチプレイヤーとしても地位を確立する。またソングライターやサウンドプロデューサーとして小泉今日子、松田聖子、puffy、金子マリ、渡辺満里奈、川村カオリ、坂本真綾など、数多くのアーティストを手がけ、高い評価を得ている。
2008年、デビュー20周年を記念して渋谷CCレモンホールでライヴを開催。2009年には出演・撮影・主題歌を手がけたドキュメンタリー映画『無言歌〜romances sans paroles〜』が公開された。そして2010年、シングル『my sweet surrender』とDVD『無言歌〜romances sans paroles〜』をUPLINK RECORDSより4月8日にリリースした。



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