須永辰緒 インタビュー

DJとしてのみならず、プロデュース、リミックス、執筆、さらには自身のソロ・ユニット“Sunaga t experience”でも作品を発表するなど、豊かな知識と確かなセンスでリスナーからの信頼を集めている須永辰緒。その彼が「フロアでの実践と学習」の成果として発表を続けてきた『夜ジャズ』シリーズから、現役日本人アーティスト15組を集めたコンピ『須永辰緒の夜ジャズ・外伝〜ALL THE YOUNG DUDES〜すべての若き野郎ども〜』(以下、外伝)がリリースされる。EGO-WRAPPIN’、勝手にしやがれ、SOIL&”PIMP”SESSIONSといった既にフェスなどでも活躍するアーティストから、cro-magnon、quasimodeといった気鋭の若手まで、革新性と熱気に溢れた楽曲の数々は、ジャズへの既成概念を壊してくれること間違いなし。須永氏に、激しく脈動するクラブジャズ・シーンを語ってもらった。

(インタビュー・テキスト:タナカヒロシ 撮影:柏井万作)

「東京にはこんなかっこいい夜があるんだぜ」って。

―改めての質問で恐縮ですが、須永さんとジャズの関わりって、いつ頃からなんですか?

須永:もともとパンクのDJだったんですけど、特に大きなきっかけがあったわけでもなく、必然的にジャズに辿り着いたというか。3コードのパンクからジャズにつながるわけですから、ずいぶん長い道のりを経てるんですけど、おおまかに言うと、パンク〜ヒップホップ〜ジャズっていう順序があって。ジャズに特化したのはここ10年弱だと思います。

―そうだったんですね。一番最初のジャズの仕事はなんだったんですか?

須永辰緒 インタビュー
須永辰緒

須永:最初は現場ですよね。DJのスタイルがジャズなので、現場でジャズの割合が増えていって。作品としては(Sunaga t experience名義の)ソロ・アルバムが4枚出ているんですけど、2001年にavexから出した『COБAKA(crouka)』が最初です。その時点でだいたいジャズが半分。あとはもうちょっと南米系の音楽に比重を置いていたので、ボサノヴァとか、サンバとか。アコースティックな音楽に向いていたのは確かです。

―須永さんがセレクトしたジャズ・コンピ、『夜ジャズ』シリーズも8枚リリースされていて、代表作と言っていいかと思うんですけど、『夜ジャズ』はどのようにして始まったんですか?

須永:生音のジャズだけでダンスフロアを成立させるっていうのは、めちゃくちゃ難しいんですよ。いまも試行錯誤してるくらい。しかもジャズって、圧倒的にインストが多いんですけど、ハードバップやモダンジャズのインスト曲で、フロアを成立させるというアティテュードがパンクだと思ってるんですね。 それで、ある日のDJをしているときに、夜中の3時くらいだったんですけど、リー・モーガン、ハンク・モブレー、アート・ブレイキー、そして誰も聴いたことのないようなヨーロッパのジャズなどで、フロアが熱気を帯びて、踊ってる瞬間があったんです。そのときに、お客さんにびっくりすると同時に、そのシーンをなんとか記録にして残したいなと。「東京にはこんなかっこいい夜があるんだぜ」って。そこから深夜のジャズだから『夜ジャズ』って。そんなことを冗談で言ってたら、レコード会社の人たちが「『夜ジャズ』でCD作りましょう!」みたいな(笑)。

―夜中に熱気を帯びていたときの雰囲気を再現しようと。

須永:そうですね。男たちが汗かきながらワーッと盛り上がってる、黒い熱気みたいなものが。DJなので、こちらから新しい音楽を提供するだけじゃなくて、お客さんから教えられることも多いんですよ。フロアでの実践と学習、その成果が『夜ジャズ』だと思ってます。

アコースティックでジャズのフォーマットを借りたダンス・ミュージック、そういうシーンが盛り上がってる。

―『夜ジャズ』は洋楽邦楽、新旧混ざったコンピレーションですけど、今回リリースされる『外伝』はすべて現役日本人バンドの曲ですよね。

須永:こんなこと言うと怒られちゃうかもしれないけど、最初は『夜ジャズ』と関係ないコンピの予定だったんですよ(笑)。担当ディレクターとは、2年前から「こういう雰囲気で作りませんか」っていう話をしてたんですけど、その話のなかで『夜ジャズ』の続編にしたらどうだろうっていう案が持ち上ったんです。でも、いままでの『夜ジャズ』と並べるのはちょっと無理があるので、『外伝』という形にして。いちおう『夜ジャズ』っていう冠はあるんですけど、コンセプトはまったく違うんですよね。

須永辰緒 インタビュー

―そのコンセプトというのは?

須永:ダンス・ミュージックが好きな方であれば、クラブジャズっていう言葉は聴いたことがあると思うんですけど、このアコースティックでジャズのフォーマットを借りたダンス・ミュージック、そういうシーンが盛り上がってるんですよ。そのなかでイキのいい若い世代のジャズコンボがたくさん出てきているので、ショーケース的にまとめた作品ができないかなと思っていたんです。あとは、脈々と培われてきたオーセンティックなジャズ・シーンに対して、こういう動きがあるんですよっていうお知らせというか。

―新録のアーティストもいれば、かなり昔に発表された曲を収録したアーティストもいて、どういう感じで曲を選んでいかれたんですか?

須永:単純に古い付き合いのアーティストも多いので、自分の好みの曲で、なおかつアルバムのピースとしてハマるような曲を、彼らのディスコグラフィのなかからお借りしたということですね。これからを担うようなタレントに関しては、せっかくの機会だからということで、新しい曲を作ってもらいました。

若い世代の文化とかも含めて、なんかみんなが怒りを持って世の中と戦ってたんだなっていうのが伝わってくる。

―曲の並びはどのようなコンセプトで組み立てられたんですか?

須永:今回に限っては、「踊らせたい」っていうコンセプトはあんまりないです。もちろんフロアが爆発するような曲はたくさんあるんですけど、それは今回は二の次、三の次。それよりもジャズの初期衝動、アコースティックなパンクみたいなものを、一度バーンと見せたかったんですよね。だからこのサブタイトルのほうが重要で。『ALL THE YOUNG DUDES〜すべての若き野郎ども〜』っていうのは、モット・ザ・フープルのアルバムのタイトルから引用しました。

―なぜロック・バンドであるモット・ザ・フープルのタイトルを?

須永:『ALL THE YOUNG DUDES』はデヴィッド・ボウイがプロデュースしてヒットしたアルバムなんですけど、タイトルにめちゃくちゃインパクトがあって、大好きだったんですよ。内容よりもタイトル。その当時の若い世代の文化とかも含めて、なんかみんなが怒りを持って世の中と戦ってたんだなっていうのが伝わってくる、すごくいいタイトルだと思うんです。別にいまの世の中に対して怒ってるわけじゃないんですけど、そういう気持ちは大事だと思ったし、いつかこのタイトルで何かやりたいなと思っていて。

―それが今回のコンセプトと合致して。

須永:もう完全に合致しちゃったんで。タイトルありきで進んでましたね。

腕を振り上げたり、モッシュしたくなるような瞬間がジャズにもあるということですよね。

―僕のなかの『夜ジャズ』って、かっこいいとか、モテそうっていうイメージがあったりするんですけど、須永さんのなかでかっこいいジャズの定義は?

須永:かっこいいジャズはわからないけど、男が聴く、男のためのジャズみたいなものはあるんじゃないかなって。例えばジミー・スミスの“ジュード・マンボ”とか、アート・ブレイキーの初作で、オリジナル盤なんか聴くと一発でわかるんですけど、パシャーンって一発目のシンバルからして、ひっくり返っちゃうくらいかっこいいんですよ。そういう瞬間を切り取ったジャズのかっこよさみたいなのって、男の子のロマンだなと思うことがありますね。パンクしか知らなかった自分がジャズに引っ張られてる原因って、結局その辺にあるんじゃないかなとも思うんです。腕を振り上げたり、モッシュしたくなるような瞬間がジャズにもあるということですよね。

―そう言われると今回のコンピは、パンク寄り、ロック寄りなアプローチをしたアーティストが多いイメージがあります。

須永辰緒 インタビュー

須永:縦ノリのジャズを意識して作ってくれたっていうのはあるかもしれないですね。新録の方に関しては、テーマとして「青春」「ジャズ」「ロック」という3点。あとはお任せということで曲を作ってもらいました。青臭くていいんですよ、音楽は。

―なるほど。ただ、ジャズって敷居が高いイメージもあると思うんです。

須永:そういう人にこそ、この『外伝』を聴いてほしいですよ。これがジャズって言われたら、「ジャズってかっこいいじゃん」ってなるはずだから。「なんとかジャズ」みたいな、最近耳にしたものだと『こたつジャズ』なんてのもあったんですけど、媚びるような提案のコンピレーションが多くて。敷居を下げるにしても、それでは若い子は騙されませんよって。

―確かに、最近はJ-POPをおしゃれジャズ風にカバーした作品も多いですからね。

須永:僕の『夜ジャズ』も、そう言われたらそうなのかもしれないですけど、僕がいま切り崩しているところっていうのは、実際にダンス・ミュージックのフロア、現場を通過したものだから。ジャズ、アコースティックのかっこよさに気付いてもらえるような選曲になっているはずです。

海外からナメられないために、自分の居場所のために、日本を啓発する。

―須永さんはアーティストでもあり、プロデューサーでもあり、執筆もされたり、すごくマルチに活躍されてますけど、肩書きとしてはDJでいいんですか?

須永:そうですね、はい。

―DJを始められたきっかけはなんだったんですか?

須永:小学生の頃から洋楽が好きで、お小遣いを貯めて、パンクとかニューウェーブのレコードを買ってたんですよ。高校生になって『ロンドンナイト』(=大貫憲章が1980年にスタートさせたロックDJイベント)に出入りするようになったんですけど、DJたちがレコードをまわして1000人以上の若い子たちを熱狂させてる。しかも当時はクラブなんてなかった時代だから、そこには日本中から選抜されたおしゃれのエリートみたいな連中が集まってて。そんなことをやってるDJってなんなんだろう、俺もやりてーなと思ったのが最初ですね。そこから弟子入りして。大貫憲章門下でずっと小間使いしてましたよ。

―自分がまわしたレコードで、お客さんたちが楽しんでる快感というか、喜びというか。

須永:昔は音楽好きな人って、自分で編集したテープを作ってたじゃないですか。それを誰かにあげて、「この前のテープ最高だったよ!」って言われたら、ガッツポーズも出ますよね。すべてはそれですよ。

―ある意味、いまもその延長ですよね。

須永:そうです。自分しか知り得ない新しい音楽の潮流を紹介するというか。例えば、海外ではこういうことが起こってるのに、日本はここで止まってる、みたいにならないように、一歩ずつ進めたものを啓発していかなければならないんですよ。そうじゃなければ自分の居場所もなくなるし。いまのDJとか音楽の世界って、インターネットで情報が誰でも手に入るから、完全に横並びなんです。でも、日本はこんな状態だっていうことになると、世界中の仲間たちから「やっぱ日本ってアレだね」みたいな。ナメられないためにっていうのもありますよね。

―やっぱり日本は遅れているんですか?

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須永:遅れてますね。インターネット以降は特に。もうリロードにつぐリロードなんです。そうすると根っこが鍛えられて、だんだん幹が太くなっていく。それが成熟ってことだから、その作業はやっていかなきゃいけない。大変ですけど、やりがいがあるというか。いつまで経ってもやめられない。本当はやめたいのに(笑)。

―日本全体が成熟してくれればやめられる?

須永:新しい子が出てくれば隠居できるんですけど、僕たちがいなくならなければ新しい子は出てこれない。だから、勇気を持って、積極的にいなくなることも大事なんですよ。

―そういうバトンタッチは行われつつあるんですか?

須永:ジャズはないんですよね。バンドに関しては出てきてますけど、彼らはクラブ・ミュージックの流れのなかから出てきているので、既存のジャズの流れではないんです。もちろん既存のジャズもリスペクトしつつですけど、違うところからスタートしているバンドが多い。僕自身もダンス・ミュージックに鍛えられてジャズに辿りついてるので、僕が話すジャズ感っていうのは、昔から日本でジャズを普及されてきたオーセンティックなファンの方々からすると、煙たいと思います。「あいつはわかんないくせに何を言ってるんだ」って。実際、そういう意見はよく耳にします。でも、それは僕が矢面に立てば済む話なので。だから、自分が消えればいいとは言いましたけど、このシーンがドカーンと行くまでは、防波堤になってやろうかなっていうのはありますね。

リリース情報
V.A.
『須永辰緒の夜ジャズ・外伝〜All THE YOUNG DUDES〜すべての若き野郎ども〜』

2010年4月28日発売
価格:2,500円(税込)
Sony Music Associated Records AICL-2119

1.SCRAP JUNCTION / THE SAX NIGHT
2.BMWの女 / TRI4TH
3.TIME PARADOX / JABBERLOOP
4.Nervous Breakdown / EGO-WRAPPIN'
5.キッスをしようぜ!/ Bloodest Saxophone
6.Feelin’/ cro-magnon
7.Dooinit / indigo jam unit
8.Corazon / quasimode
9.地中海に浮かぶ女 / カルメラ
10.LUNES FELIZ / BLACK Qp'67
11.A Kite / Sunaga t experience
12.GHOST RIDERS IN THE SKY / THE TRAVELLERS
13.ステンドグラスのキリスト / 勝手にしやがれ
14.SUMMER GODDESS / SOIL&"PIMP"SESSIONS
15.人が夢を見るといふ事〜Black Skyline〜vocal remix by Sunaga t experience / PE'Z

プロフィール
須永辰緒

日本が世界に誇る音楽プロデューサー、DJ。MIX CDシリーズ『World Standard』や、ジャズコンピレーションアルバム『須永辰緒の夜ジャズ』をはじめ、 レーベルコンパイルCDや北欧アーティストにおけるリリース/招聘も頻繁に行う。また、自身のソロ・ユニット“Sunaga t experience”としてアルバム4枚を発表。多種コンピレーションの監修、プロデュース・ワークス、リミックス作品は150作を超える、日本で最も忙しいDJ“レコード番長”。



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