□□□の新作『CD』のテーマはズバリ「文字と言葉」。しかし、本作の内容を「文字と言葉」だけで説明することは実に難しい。例えば、本作のキー曲となっているオープニングの“はじまり”は、ステレオのLとRに配置された独立した単語が徐々に中央で組み合わさることで意味を成していくし、アイデアは以前からあり、本作でやっと完成したという“あたらしいたましい”は、男女のデュエットから文字を抜き出して組み合わせると、新たな文脈が現れる…と書いたところで、残念ながら本作の面白みはあまり伝わらない気がする。そう、本作は『CD』というパッケージメディアに付随する(ちょっと特殊な)歌詞カードを読みながら聴くことで、初めてその全貌がわかるというなんとも摩訶不思議な作品なのだ。もちろん、「音源フォーマットはCDが1番!」という作品ではなく、CDにはCDの、配信には配信の良さがあるわけで、本作を音のみで楽しんでもらっても一向にかまわない。ただ、普段は意識しないことにちょっとした疑問を投げかけ、あなたの視点をちょっとだけ変えること。きっとそれだけが、□□□の目的なのではないかと思う。
(インタビュー・テキスト:金子厚武 撮影:柏井万作)
歌詞カードから先に書いて曲を作ったら面白いかなっていうのを思いついて
―『CD』は「文字と言葉」がコンセプトになってるわけですが、まずこのコンセプトありきで制作に入ったのですか? それとも楽曲が先にあって、そこからこのコンセプトが導き出されたのでしょうか?
三浦:曲が先じゃないですかね。 コンセプトありきでやろうぜっていうのは、なんとなく暗黙の了解であったんですけど。
シゲ:逆に俺たちノーコンセプトだと作れなくないですか?
いとう:そうなってきちゃうよね。だって手の出し合いだもんね。「あの曲がこう来るなら、俺はこうする」とかさ。
三浦:最初はアルバム用のデモ曲出しのときに“はじまり”を作ったんですよ。歌詞カードのデザインを先に作ってそこから曲を作ったら面白いかなっていうのを思いついて、「これやるから」って言ったら、多分みんなわけわかんないまま「まあ、いいんじゃない」って。
写真左から:いとうせいこう、三浦康嗣、村田シゲ
―実際お2人は初めて“はじまり”の歌詞を見たときはどんな印象を持ちました?
いとう:なんか考えてんだから、やったらいいじゃないっていう。
シゲ:その時点で理解されちゃったら彼(三浦)としては失敗ですよ。
三浦:わからせるつもりだったんですけどね…。
シゲ:だって清書してあれだよ?
左:歌詞カートデザイン原案、右:歌詞カード(一部)※クリックで拡大
―(笑)。
いとう:楽譜として見たら不協和音にしか見えないのかもしれないけど、本人がやりたいって言ってるんだから、これを全体として鳴らしたら協和音になるんだろうとは思いつつ、想像もつかないから、「とりあえず鳴らしてみてよ」って感じだったと思う。
シゲ:□□□の場合は、先が見えないこと自体がありきになってるんで。
―そもそも“はじまり”のアイデアはどうやって生まれたんですか?
三浦:打ち合わせの前日になんかやんなきゃと思って…。
いとう:確か直前にTwitterで「何か思いついた」ってつぶやいてて、俺はあえてそこは聞かないようにしようと思ったの。その段階でメモして説明すると小さくなる場合があるじゃん? だからほっておこうと思ったら、数日後にあのわけのわからない設計図が出てきて、「これはもう最悪だ」と(笑)。
“はじまり”は単語を切ってひとつの音にして、人工的な感じから音楽的なフィーリングがどう出てくるかってことなんでしょうね。
―何かモチーフとかインスピレーション源があったわけではないんですか?
三浦:何かあったんでしょうけど…わかんないですよね、その過程は。
いとう:音楽を音楽の側から作るのをやめようと思ったんでしょ?
三浦:そうなんでしょうね。多分、そういうことだと思う。
シゲ:近年そういうスタイルですよね。前のアルバム(『everyday is a symphony』)の方がより音楽っぽく聴こえると思うんですけど、でも俺的には延長線上っていうか。
三浦:前のアルバムの1曲目(“Everyday”)とか言葉をチョップ(ヒップホップで、サンプリングした元ネタをさらに細かく切り刻んで再構築する手法)してるんで、ああいうのの延長線上っぽくもありますよね。ヒップホップのトラックメイキング的な手法ではあるんだけど、もはやチョップのつもりではやってなくて、意味を分解するってことになっていったと思うんです。だから“はじまり”は単語を切ってひとつの音にして、人工的な感じから音楽的なフィーリングがどう出てくるかってことなんでしょうね。あと“1234”は情景のチョップですよね。映画に近い手法だと思うんですけど、シーンがあって、カット割りみたいに拍に合わせていくみたいなことなので。
―確かに、“スカイツリー”とかもフィールドレコーディングの要素が強いし、前作とのつながりを感じさせますもんね。前作があったからこそ、今作があるんだなって。
シゲ:「あの子と付き合ってたから、今この子と付き合ってる」なんて意識することないじゃないですか? でも後で考えると、関係ないわけないっていう。
いとう:それを否定してないってことだ、この『CD』は。あえて(前作と同様に)時報を入れたりしてるわけだから。でも、□□□は前からサンプリングした音を違う風に使うっていうのをやってるよね。
三浦:“1234”のドラムは“GOLDEN KING”のドラムですからね。
―あ、そうなんですね。
いとう:たくさんバージョンがあるから豊かだとは限らないわけで、すごく少ないものの中から、これだけ違うものを作れる方が豊かだっていう考え方もあって。
三浦:僕は元々主婦料理なんで、新しい素材を探すのとかめんどくさいんですよ。「変わんねえじゃん」って思うし。
シゲ:あとやっぱり、リサイクルとかってすごい大事ですよね。
―急にエコですか(笑)。
いとう:貧しいものをあえて貧しい方にしながら、間を作って、それをポップな音楽にするっていうのは『CD』のフィーリングだったんじゃないかな。なるべく埋めないっていうか。“スカイツリー”もわざとスカスカにしてるじゃない? シゲから“iuai”が出てきたときも、「この間がたまらん」って思ったもんね。
「女」って漢字に「くのいち」って言葉があるように、すごい作りを意識させるんで、それもテーマと一致してるかなって。
―“iuai”にはゲストボーカルとしてまつゆうさんが参加されてますが、今作は多彩な女性ボーカリストの参加もポイントになってますよね。
いとう:これはシゲからの提案だったけど、俺が上手いなって思ったのは、□□□って3人の個性がギュウギュウにぶつかりあってできてるのに、今回はほとんど他人に歌わせたわけじゃない?大逆転の発想だなって思ったわけよ。
シゲ:やっぱ□□□ってコンセプチュアルな方がいいんですよ。その方が全てにおいてスムーズなんです。「文字と言葉」ってテーマで行くのはわりと前半で決まってて、その中で裏テーマを持ちたいと思って、「女性っていいんじゃない?」ってディレクターと話してて。「女」って漢字に「くのいち」って言葉があるように、すごい作りを意識させるんで、それもテーマと一致してるかなって。
―「文字と言葉」っていう一見堅そうなテーマを、華やかな女性ボーカリストが沢山参加することで中和させる役割も果たしてますよね。
シゲ:女性をいっぱいフィーチャリングしようって言って、こんなに気軽に稼働してもらえる音楽仕事って他にないんですよ。普通のバンドだとあんまりできないけど、□□□だと違和感がないっていうか。
いとう:□□□ってプロデュースチームみたいな感じもあるもんね。
シゲ:違和感あることばっかりやってきたんで、もはやみんな慣れ始めてくれてるかなって。
―(笑)。
三浦:僕できるだけ歌いたくないですからね。commmonsに移籍して最初にまず「ボーカル変えません?」って言ったくらいだから。でもスタッフ全員にダメって言われてやってたんで、今回すごく嬉しかったんですよ。
80歳になっときの自分のラップが楽しみだもん。「生きてるってすごいいいことじゃん」っていう、素敵なメッセージにもなると思うし。
―あとはやっぱり“ヒップホップの経年変化”のこともお聞きしたいです。前作の“ヒップホップの初期衝動”に続いて、という形になりますが。
いとう:初期衝動だけ言ってるとアンバランスだなとは思ってたんですよね。「(ヒップホップを)ヤングカルチャーみたいに捉えない方が面白いんじゃないの?」って前から思ってたから、それは言いたいなと思って。タイトルは最初“経年変化”だけだったんだけどね。
―あ、そうなんですね。
いとう:ヒップホップって歴史が浅いから、まだあまり前例がないでしょ? ブルースの人とかだったら、ああやったこうやったっていうのがあるけど、ヒップホップの人たちだと「ク―ル・ハーク(グランドマスター・フラッシュ、アフリカ・バンバータと並ぶ、ヒップホップの創始に関わった3大DJの1人。現在55歳)倒れたのか」とかって、横に見てる感じだもんね。だから僕はこのメッセージを全員に返したいわけよ。NY、LA、東京、こういう風に考えてやっていかなかったら、自分たちがやってることが何も意味なくなっちゃうもん。
―なるほど。
いとう:「年取ったら取ったなりにできることあるでしょ?」っていう。僕は古典芸能にのめり込んでいて、稽古をつけてもらってたこともあるんですけど、もう50歳になるからと思ってしわがれた声をわざと出そうものなら、白い扇子が向こうでビシッと鳴るからね。「なんでお腹いっぱい声を出さない? そんな義太夫は80歳を超えてからやりなさい!」って。だから僕、80歳になったときの自分のラップが楽しみだもん。「生きてるってすごいいいことじゃん」っていう、素敵なメッセージにもなると思うし。
“スカイツリー”は舞に近いよね。
―『CD』には「文字と言葉」というコンセプトがありますが、同時に音楽作品としても素晴らしい作品ですよね。ヒップホップあり、ポップスありっていう。□□□の作品はいつもそうですが。
いとう:全員がカードの出し合いだからね。(三浦)康嗣から“はじまり”のあんな設計図を出された日にはさ、こっちはこっちで「ダンスミュージックやりてえな」とか思うのよ。究極のリズムがあるんじゃねえかって気持ちで人類はずっとダンスミュージックを何万年もやってきて、「その最先端はなんなの?」っていうのをやってくださいってお願いして。
三浦:音楽的には“lʌ'v mi”が一番面白いと思いますね。ビートは四つ打ちなんですけど、サンプルをいっぱい使ってて、いろんなものの乗っかり方が、ダンスミュージックとしてすごく面白いなと思ってて。
シゲ:僕は“スカイツリー”の方がダンスを感じましたね。キックの音の差異とかよりも、生活音が入ってくる違和感の方が、人生にもたらす影響ってでかいじゃん?
いとう:ああ、ディスコのフロアで踊るだけがダンスミュージックじゃないってことだ。例えば「踊り」と「舞」って明らかに違ってさ、踊りっていうのは上に跳ねるもので、わりと同じビートなんだけど、舞っていうのは別に同じテンポである必要がないし、下にジッと構えててもいい。袖を一回振っただけで「きれいな舞だな」、そこに鼓がポンっと打って、「うわ、最高!」っていうのがあるわけ。だから、“スカイツリー”は舞に近いよね。
「どういうことだろう?」って何か発想してもらえるような、そういうきっかけを常に生みたい。
―『CD』というタイトルはどのように決まったのですか?
三浦:すごい考えて『CD』にしたわけじゃなくて、ギリギリまで全然決まんなくて、何かのタイミングでシゲが言ったんだよ、「『CD』がよくね?」って。それがなんかしっくりきたんですよね。
シゲ:記号的にしたかったんですよね。□□□って記号っぽいアーティスト名なんで。
三浦:後から人が意味を見つけてくれればいいですけどね。わりと毎回そんな感じなんで、(意味が)あるっちゃあるけど、ないっちゃないみたいな。
シゲ:例えば『文字と言葉』っていうタイトルだと、誰も何も考えないじゃないですか?『CD』っていうタイトルで、「文字と言葉」がテーマってなって、「どういうことだろう?」って何か発想してもらえるような、そういうきっかけを常に生みたいというか。
―もちろん、CDと配信のどちらがいいとかって話ではないと思うんですけど、特に三浦さんとシゲさんはCDで育った世代だと思うので、思い入れもあるかと思うのですが?
三浦:正確には「あった」って感じですね。今は別にないですけど。
いとう:CDで出すんだったら、それをただのフォーマットにすべきではない。CDが持ってる表現の可能性は全部やってみようと。やりきってから次のステップを考えればいいんじゃない?っていう。
三浦:CDのことを「いい・悪い」とか「売れる・売れない」ってみんな言ってる気がするけど、それは結構どうでもよくて。今までお世話になってたのを、急に「CDはもう古い」とか言う奴いるじゃないですか? そういうのってあんまり好きじゃない。だからってCDがいいってわけじゃ全然ないんですけど。
シゲ:俺にとって今回は「意識的にCDを出す」ってことですね。今までは意識も疑いもなかったけど、配信っていうものを言い出してから、CDを意識するようになったっていう。
実際に聴いたり見たりしないとわからないことをしないと、あんまり作る意味ないなって感じしますもんね。
―CDと配信の違いっていうと、当然パッケージや歌詞カードがあるかないかで、あと洋楽だったらライナーノーツとか、読みながら聴くことでより理解を深めるっていう聴き方があったわけじゃないですか?それが配信だとなくなってしまう。そういうことに関してはどうお考えですか?
シゲ:後ろ向きだよね(笑)。今までCDしかなかったから、これをCDデッキに入れて、聴いて、それが音楽だったわけじゃないですか?そういうのが、違うことになると。今のところそれに対してプラスαの要素がまだ見えてない。でも俺はもっとポジティブな意見が出てくると思うんですよ。そういう意味で、俺は好意的ですけどね。それが配信なのかはわからないけど。
いとう:配信って言ってもまだ赤ちゃんみたいな状態だからね。ひょっとしたらあれが全部マッサージ機に取り付いて、音楽で揉んでくれるようになるとかさ(笑)。可能性が無限にあるから、逆に困ってるわけだよね。CDでは揉めなかったから考えなくて良かったけど、今はできることが多すぎるから、あえて赤ちゃんの状態にしてるわけ。だから、今の配信と比べるべきではないよね。あれはまだヨチヨチ状態だから。
三浦:最初から配信でしか聴いてなかったらそれがすべてだから、それに対して「(CDも)いいもんだぞ」って言いたい気持ちもなくはないけど、別に「そうやって聴けよ」とは思わない。そうやって聴かないからこそ出てくる感性っていうのが絶対にあるから、それで全然いいと思うんですよね。
―なるほど。
三浦:CDってかわいいと思うんですよ。当時出たときって最新のデジタルってイメージだったけど、よく考えたらアナログの模倣じゃないですか? 円盤だし、回るし、針の代わりにレーザーのピックアップで拾って、構造はシミュレーションなんですよね。今考えたらすごいかわいらしいものでもある。
いとう:小さい女の子が上手にダンスを真似しちゃったみたいなかわいさだよね。だからまだCDもこうとは決まってないんだよね。ターンテーブルが楽器になるなんて思わなかったように、CDにわけわかんない針を刺して「ジジジジ」って音がして、「これは最高の楽器だ」っていう人が出てくるかもしれないし。
―そういったことを音楽はもちろん、歌詞カードやパッケージのデザインも含めて表現したのが、この『CD』という作品なんでしょうね。
三浦:実際に聴いたり見たりしないとわからないことをしないと、あんまり作る意味ないなって感じしますもんね。ある程度知識と経験がある人は、説明だけで聴いたような気になれるし、それでそんなに間違わないですから。でも、それじゃあ面白くないですもんね。
- イベント情報
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- 『□□□03「CD」御披露目会「CD-R」』
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2011年2月26日(土)OPEN 17:00 / START 18:00
会場:東京都 原宿 ラフォーレミュージアム原宿
出演:□□□(三浦康嗣、村田シゲ、いとうせいこう)+オータコージ
演出:伊藤ガビン
料金:前売3,000円 当日3,500円(共にドリンク別)
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- 『□□□04「CD」御披露目会「CD」』
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2011年2月27日(日)OPEN 16:00 / START 17:00
会場:東京都 原宿 ラフォーレミュージアム原宿
出演:□□□(三浦康嗣、村田シゲ、いとうせいこう)+内田慈、大木美佐子、金田朋子、まつゆう*、オータコージ
演出:伊藤ガビン
料金:前売5,500円 当日6,000円 2日間通し券8,000円(共にドリンク別)
- リリース情報
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- □□□
『CD』 -
2011年2月23日発売
価格:3,000円(税込)
RZCM-46734 / commmons1. はじまり
2. 1234 feat.内田慈
3. ヒップホップの経年変化
4. 恋はリズムに乗って feat.大木美佐子
5. スカイツリー
6. あたらしいたましい feat.金田朋子
7. ちょwwwおまwwww
8. ヵゝヵゞゐ。 feat.RUMI
9. iuai feat.まつゆう*
10. lʌ'v mi
- □□□
- プロフィール
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- □□□ (クチロロ)
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1998年に三浦康嗣を中心にブレイクビーツユニットとして結成。以降、徐々にポップス中心のスタイルへと移行。現在のメンバーは村田シゲ、いとうせいこうを含めた計3名。2009年12月、アルバム『everyday is a symphony』発売、その週末にTwitterとUSTREAMを駆使した単独公演『everyday is a symphony 御披露目会』を東京・代官山UNITで実施。伊藤ガビンによるメディアアート的演出や、演劇的要素を取り入れたパフォーマンスが大きな話題に。続く2010年4月『□□□02 演奏撮影会』を渋谷クアトロで実施、DOMMUNEとの2元中継や、お客さんにUSTREAMをさせるなどの斬新なパフォーマンスがまた話題に。そして2011年2月「文字」、「言葉」をテーマにした問題作『CD』をリリースし、その週末ラフォーレ原宿にて2DAYSのワンマン公演、『□□□03「CD」御披露目会「CD-R」』、『□□□04「CD」御披露目会「CD」』を実施する。
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