東日本を強い揺れが襲った3月11日、ハンバート ハンバートはライブのために仙台を訪れていた。その後の数日間、2人が現地で見て、感じたことは、当然のように創作活動にも影響を与え、新作『ニッケル・オデオン』に収録されている“みじかいお別れ”の歌詞に関しては、これまで以上に難産だったようだ。しかし、「ではハンバートは変わったのか?」というと、決してそうではない。彼らが取り組んだのは、被災地を励ます曲ではなく、「いい音、いい演奏、いいメロディ」という、これまで通りのハンバート。音に導かれるままに言葉を紡ぎ、気持ちを込めるのではなく正しく歌うという、彼らの哲学がしっかりと貫かれている。そうして生まれた曲だからこそ、ハンバートの曲は時代や場所を選ぶことなく、誰かにとっての癒しとなり、誰かにとっての励ましにもなりうるのだ。
「もしかして」じゃなかったですね、全然。(佐藤)
―震災当日はライブでちょうど仙台にいらっしゃったそうですね。今回のアルバムの曲、特に一番最近書き下ろしたという“みじかいお別れ”には、その経験が色濃く反映されてるんじゃないかと思ったのですが、いかがですか?
佐藤:それは…きっとそうだと思います。具体的なメッセージを持って作ってるわけではないですけど、どうしても影響は受けますよね。
佐野:例えば、地震じゃなくても、誰かが何かを作るときは…こんなこと言っちゃったら身も蓋もないんですけど(笑)、時代とか、そのとき自分が置かれてる状況とか、いろんなものに影響を受けて、作らされてる…じゃないですけど、自分を媒介としてものができるわけじゃないですか?
―はい、そうですね。
佐野:時代とか言うともっと長い期間とか、みんなが共有してるものだったりするけど、地震のとき仙台にたまたまいて、直後の状況を見たっていうのは、具体的に自分にどう影響したかは言えないけど、何かすごく影響はあったと思うんです。そういう自分が詞の中に表れてきてるとは思います。
―実際、震災が起こったときはどんな状況だったんですか?
佐藤:ライブハウスにいて、サウンドチェックをそろそろ始めようかなって、楽屋で楽器を出したり、チューニングしたり、そんな感じでした。
―揺れはやっぱりすごかったんですよね。
佐野:はい、すっごい揺れました。
佐藤:一瞬揺れが弱まったタイミングで非常階段から建物の外に逃げたんですけど、街中の人がみんな通りに出てきていて。電気が止まっちゃったから信号もついてなくて、車が全部ストップして、その周りに人がワーッといる感じで。あちこちビルのガラスが割れたり、水道管から水が吹き出ていたので、大きい建物のそばに寄れなくて、みんな道路の中央分離帯のあたりにいて…。そうこうするうちに、公園に避難したんだよね?
左から佐野遊穂、佐藤良成
佐野:(公園が)避難場所になってて。
佐藤:そのときはまだ「これはもしかしてライブ中止になるかもね」ぐらいで。どの程度の地震だったのか、どこが震源だったのか、まったく情報がないものですから…。でも、「もしかして」じゃなかったですね、全然。
佐野:公園に避難した後に吹雪いてきて、仮設のテントの中でも寒いから、泊るはずだったホテルに行ったんですけど、客室には入れてもらえなくて。宿泊予定だった人はみんなロビーに…
佐藤:ロビーの奥の方に布団をいっぱい敷いて雑魚寝っていう感じで。みんなでろうそくを灯して、ホテルの人が朝食用の食パンを配ってくれたりとか、お客さんが自分のお土産で買った笹かまぼこを配ってくれたりとか(笑)、みんな毛布にくるまって過ごしてたんですけど。
佐野:日が暮れてきて、電気もつかないし、余震も結構来てて、そのぐらいから「これまずいかも」って感じになってきて。
佐藤:夜までホテルにいたんですけど、仙台のイベンターさんが「家に泊まりに来ませんか?」って言ってくれたので、その人の自宅に2晩泊めてもらって。その人の家に行くまでのカーナビのテレビで、「これは大地震だ」ってことがようやくわかって、コンビナートが燃えてたり、震源地がここだったっていうのも含めて…「これは帰れなくなっちゃったね」って。
―イベンターさんの家もめちゃくちゃだったんじゃないですか?
佐野:そこはそんなに揺れの被害はなかったんですけど、電気・ガス・水道は止まってて、行ったものの…やっぱり毛布にくるまって(笑)、ずっとラジオを聞きながら、「原発がマズイらしい」とかって。
―不安な夜だったでしょうね…
佐藤:まだ余震が全然収まってなかったので、いつ大きいのが来るかがちょっとね…結構心配でした。
いつも真面目にやってるけど、もう1回、また気持ちを新たに真面目にやるということです。(佐野)
―では改めてお伺いしますが、そういう経験を経て、ハンバートの楽曲にはそれがどのように反映されていると思いますか?
佐藤:すごく影響はあるんですけど…なんだろうな…こういう状況だと、どういう風な音楽を聴きたくなるかっていうと、自分も含めてちょっと参っちゃった部分があるので…簡単に言うと、癒しが欲しくなりますよね。気持ちいい音楽が普通に聴きたくなるっていうか、間違ってもグラインドコアは聴きたくない…。元々聴かないですけど(笑)。
―(笑)。
佐藤:ホントにそういうのは聴きたくないっていう気持ちになってたんですね。自ずと音作りとか、詞もそうですけど、ミックスにしても、どこかで聴いた人が少し…いい気持ちになればいいなって思うようになって。これまではそういうことを考えたことがなかったんですけど。そう思ったのは初めてでしたね。
―前作の時のCINRAのインタビューで、「聴いてる人が楽しみたいように聴こえた方がいいから、そのためには、気持ちを込めて歌うことが大事なんじゃなくて、正しいピッチと正しいブレスで歌えばいいと思う」ということをおっしゃってましたよね? その部分にも変化はありますか?
佐藤:いや、変わんないですね。前回言ったことと全く同じで、あくまでさっき言った「聴いてて気持ちよくなればいい」っていうのは…なんて言うんですかね…普通にやるだけです(笑)。
佐野:結局、そうですね(笑)。
佐藤:同じことだと思うんです。励ましのメッセージを歌詞に入れるとか、感情を込めて歌うとか、そういうことではなくて、そういう風に聴こえるような録音にするためには、リズムとかアレンジをきちんと詰めるというか…
佐野:いつも真面目にやってるけど、もう一回、また気持ちを新たに真面目にやるということです。
佐藤:そういうことですね(笑)。
佐野:ホントに初めて危機的な状況を身近で経験をして、今も原発のことで動揺してる自分がいて、「こういう経験してきたから、今どうします」みたいなメッセージっていうのは、全然出せないんですね。混乱しちゃってるんで。それをどう捉えていいか、自分はわからないし。
―そうですよね…。
佐野:疎開している人もいれば、自粛ムードの人もいるし、「自粛を自粛しよう。経済を回していかなきゃ!」って言う人もいて、人それぞれ色んな考えがあるんですけど、自分がわかってるのは、「気を確かにして毎日を進んでいかなきゃいけない」っていうことだけなんです。アルバムの中に何かが表れてるとすれば、それですね。「日々くじけずにやっていかなきゃ」っていうか、「やっていくことにします」みたいな(笑)。
佐藤:なるほどー。
佐野:受け取った人がどう受け取るかとか、そういうのはわからないですけどね。
佐藤:何が自分にできるのかをみんな考えて、いろんな活動をなさってると思うんですけど、やっぱり、音楽は…そんなに通じないと思うんですよね。「この曲で被災者の人たちを少しでも励ますことができるだろう」とか、音楽にそんな力があるっていう風には、正直そんなに思ってなくて。もちろん、みんな模索しながら、一生懸命やってることだから、全然人は人で構わないんですけど、そんなことよりも…いい音で、いい演奏で、いいメロディを作ることが一番大事だと思うんですよね。やっぱりその…それが一番難しいことだと思うんです。励ます歌を早く伝えるっていう考え方もわからなくはないけど…まあ、いろんな人がいるからなあ。
―まあ、それはそうですね(笑)。
佐藤:俺はそうは思わないっていうことですね。やっぱり、意味とか文字を超えた部分で人の心に届くっていうのが音楽の一番いいところだと思うんですよ。そうなってくると、字面でどうこうじゃなくて、それが音として耳に入ってきたときに、その音がどういう風に聴こえるのかが一番大事だから。結果的にそれがスッと入ってきたときに、メッセージだって初めて人に伝わるわけで、それはもう…やっぱり音楽ですからね。音ですよね。だから、音の細かく詰めることが一番大事じゃないかなって。それはずっと変わらないですけどね。
1曲の旋律がダンスみたいな感じで、言葉がその通りに踊ると詞ができるはず、みたいな。(佐野)
―最初に言った“みじかいお別れ”はめずらしく佐藤さんと佐野さんの共作詞ですよね。どんなやり取りをして作られたのですか?
佐野:私は作る予定じゃなくて、普通に良成が作ってたんだけど、「できない」って。それで途中まで書いたものをもらって、一部を残して、私が後の部分を書き足した感じです。
佐藤:やっぱり、作れなかったんでしょうね。なんかね…聴き手のことを考えたりとか、「この言葉がどうなのか」とか、そういうことを普段は考えないで作ってるっていうか、思いつきと雰囲気でやってきたことが、考え始めるとどうしてもできなくて。頭で考えて作ってるんだけど、意図を持って作るものではないので、今回もフッと出てきた言葉でやれればよかったんですけど…。いっぱい作ったんですけどね、書いても書いても「ちょっとなあ…」って感じで…「ちょっとどう?」って(笑)。
―では、佐藤さんの詞を受けて、佐野さんはどう書き足したんですか?
佐野:どういう文脈でこの言葉が出てきたかとかそういう話は一切しなくて、ただポンッて途中段階のものを貰って、「よっしゃ」ってバーッと書き始めて。震災とは関係なく「このことを歌にしたいな」っていうものがあって、それはすごい小さいことっていうか、誰にもわかんなくていい、自分だけわかればいいことだから、全編ではなくどこかにちょっとそれを入れて。
佐藤:そうだね。それはそうですね。
佐野:そこを作って、でも1テーマにこだわると絶対できないし、そういう作り方は失敗すると思うから、あとは思いつくままに書きました。テーマとかメッセージとかに意識が行くと、できなくなっちゃう。座禅みたいなものですね(笑)。
佐藤:ハンバートの作り方って、今のところは曲を先に作って、それに詞を乗せていくので、曲の起承転結っていうか、ドラマとか情景が先にあるんです。だから、そこに日本語をあててるっていうか…
佐野:例えば、1曲の旋律がダンスみたいな感じで。
佐藤:ほう、ダンス?
佐野:ここではこういうステップで、次にこういうステップでっていうのが先に決まっていて。
佐藤:あ、そうだね、うん。
佐野:言葉がその通りに踊ると詞ができるはず、みたいな。
―なるほどー。その例えわかりやすいですね。
佐藤:歌に合った詞になるよね、わかりやすいですね。
―詞自体でドラマを作るわけじゃないから、逆に言うと曲を作る段階ではドラマ性を意識してるんですか?
佐藤:いや、考えてないですね。曲にもよりますけど。
佐野:メロディでドラマを組み立てる曲もあれば、シンプルなメロディを繰り返す曲もあるし。でも、どういう詞を乗せるかっていうのは、ある程度曲の段階で決まってるかもしれないですね。
―じゃあ、他の曲についてもお聞きすると、“好きになったころ”は、音楽を好きになる原体験がテーマになってると思うんですけど、やっぱりまず曲があって、そこから導き出された歌詞でありテーマだっていうことですよね?
佐藤:っていうことですね。
―実際にお2人にとっての音楽を好きになった原体験というと、いかがですか?
佐藤:原体験か…なんだろうな…
佐野:1コじゃないよね? いろんな偶然の重なりとかもあったでしょうし。
―ちなみに、この曲の「もじゃもじゃ頭にバイクのTシャツ」っていうのは、ボブ・ディランのことですよね?
佐藤:そうですね、はい。そのまんまですね(笑)。
―ディランは原体験のひとつではある?
佐藤:そうですね、ホント大好きです。
佐野:そうじゃなかったら、この歌ウソになる(笑)。
佐藤:いや、別にこれは「お話」ですから、こういうことがそのままあったわけではないんですよね。あくまで詞の世界なので。ただボブ・ディランは、僕の思春期に大きな存在ではありました。
―佐野さんの原体験はいかがですか?
佐野:なんでしょうね…歌ったり踊ったり、人前に出て目立つことは子供のころから好きだったと思うんですけど…。この間誰かが言ってて、「それ私もそうだ」って思ったんですけど、「目立ちたがり屋の恥ずかしがり屋」みたいな(笑)。
日本語が自然にできあがってる以上、音が与える響きと意味は連動してるはずだから(佐藤)
―(笑)。でも、わかる気はします。
佐野:(佐藤と)最初に会ったころ、自分と似てるタイプだなと思いました。
佐藤:あ、そう? 俺全く思わなかった。
―そういうところは女性の方が鋭いかもしれないですね。結果ハンバートとして続いてるってことは、やっぱり似た部分があるからだろうし。
佐野:似てるからこそぶつかる部分もあるでしょうけどね(笑)。
―確かに。でも似てる部分が全くないとさすがにかみ合わないだろうから、似てる部分ありきで、ほどよく違う部分もあるから続いてるんでしょうね。
佐藤:そうなんでしょうね。
佐野:…今これ(“好きになったころ”の歌詞)見てて思ったけどさ、“バンザイ”がまさにそうだよね。
佐藤:何? “バンザイ”って。
佐野:ウルフルズの。あの曲の「バンザーイ!」ってところは、もうメロディがさ、「バンザーイ!」しかハマらないの。メロディがバンザイしてるんですよね。
佐藤:そうそう! あれはまさにバンザイ・メロディ(笑)。“好きになったころ”も全く同じで、「いいな」ってところで全開って感じですよね。話の着地点は「いいな」に決まってて、じゃあ「いいな」の感動が何なのか、自分の中でお話を組み立てる中で、一番しっくり来たのが、今回は「音楽が好きになった原体験をテーマに作る」ってことだったんですよね。
佐野:そこの「いいな」が「でーも」だと全くダメ(笑)。
佐藤:まあ、音ですよね。高い音できれいに伸びる音っていうのは自ずと決まってて、だから意味じゃなくて音で考えてるんだけど、でも言葉は音だから、当然「バンザーイ!」はバンザイ的な音だし。
佐野:そこに至るまでの助走の部分も含めて、そこは「バンザーイ!」でいくしかありえない、みたいな。
―「イェーイ!」っていう助走があっての「バンザーイ!」ってことですよね。
佐野:そうそう(笑)。
―ウルフルズの場合は、「バンザーイ!」っていう着地点が決まってて、何でバンザイなのかって考えたら、「君を好きでよかった」からっていう。
佐藤:ウルフルズがどう作ったかはわかんないですけどね(笑)。
―さっきの佐藤さんの方法論で言うと、です(笑)。
佐野:どういう順番かはわかんないですよね。
佐藤:でも結局同じですよ。日本語が自然にできあがってる以上、音が与える響きと意味は連動してるはずだから、このメロディで気持ちいい音を探していくと、それに意味が勝手にくっついてくる。そうすると、さっき言ったように、何で「バンザーイ!」なのかがついてきて、自ずと話が膨らんでいって、曲になるっていう。
佐野:だから、曲と詞の関係がすごく濃いということですね。
佐藤:いきなりまとめた(笑)。
よくないなって思う音楽が巷にある限り、「そんなものより!」と思って、頑張って作ります。(佐藤)
―では最後に改めて、震災など諸々の経験を踏まえて、ハンバートとして今後何を大事に活動していこうとお考えでしょうか?
佐藤:…元々答えみたいのはなくて、何が正しいかも元々わかんなかったし、その思いは強くなりましたね。どうにもならないことが多いじゃないですか? こういうことがあるとますます…いろんな考え方があって、エネルギー問題にしても、解決方法が見出せないのに、反対だけしてもしょうがないって考え方もあれば、反対しなかったら何も変わらないっていう考え方もあって。どっちもどっちだし、そういうのは何に関してもそうなんで、ますますもって、わかんないですね(笑)。
―(笑)。
佐藤:ただ音楽を作ってる以上、少なくとも自分たちなりに正しいと思ってることがあるから曲ができるんですよね。100点とは正直言えないんですけど、一応完成させてる以上、これが今みなさんに聴かせていいだろうと思える自分の中での基準があるつもりなんですね。それは自分の中にしかなくて、それをやるのがミュージシャンとしての仕事じゃないかってことですね。よくないなって思う音楽が巷にある限り、「そんなものより!」と思って、頑張って作ります。
―佐野さん、いかがですか?
佐野:こうやってCDを作って出していくっていうのは、そのときどきの自分のちっちゃい分身みたいなものだと思うので、真面目に、そのときできるベストを尽くして作って、振り返ってみるとすぐに「ここはダメだったな」とか出てきちゃうんですけど、それも見据えつつ、やっていくっていうことですね。
- リリース情報
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- ハンバートハンバート
『ニッケル・オデオン』通常盤 -
2011年7月6日発売
価格:2,300円(税込)
ユニバーサルJ / UPCH-13181. みじかいお別れ
2. ゆうべは俺が悪かった
3. 君と暮らせば
4. 桶屋
5. 好きになったころ
6. おじさんと酒
※初回限定盤(価格:3,000円)付属のDVD収録内容
・雑貨屋、ベーカリー、カフェなど、金沢の魅力スポットをハンバートハンバートが訪ねる映像
・ “おなじ話”“罪の味”“アセロラ体操のうた”などを収録したライブ映像
- ハンバートハンバート
- プロフィール
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- ハンバート ハンバート
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1998年結成、佐藤良成と佐野遊穂による男女デュオ。2001年CDデビュー。2005年のシングル『おなじ話』が各地のFM局でパワープレイとなったのをきっかけに、東京を拠点としていた活動を全国に広げる。テレビ・映画・CMなどへの楽曲提供多数。最近ではニチレイアセロラシリーズのCMソング”アセロラ体操のうた”が話題に。2011年7月6日最新ミニアルバム『ニッケル・オデオン』リリース予定。
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