クリエイター同士が共同で何かを生み出す時、大事なのは綿密な打ち合わせではなく、お互いに対する信頼感だと言えよう。赤犬の濱本大輔と、元The Miceteethの藤井学、次松大助によって結成されたインストトリオ=MaNHATTANと、彼らのデビューアルバム『Far Trance』のジャケットを手がけたデザイナーの大原大次郎は、その出会いこそ偶然だったものの、お互いの作品に対する信頼感をはっきりと持っていた。あれこれ言わずに大原が自由にイメージしたデザインに対し、MaNHATTANのメンバー全員が興奮し、納得できていたのは、そこが一番の理由だろう。そして、その信頼の背景には、それぞれの「余白」に対する意識の近さがあったようだ。
個人がむき出しになるソリッドな編成でやるのは意義があるなって思った。(藤井)
―まずは、お互いがどう知り合ったのかを教えてください。
大原:最初は大さん(濱本)と、沖縄で知り合ったんですよ。
濱本:僕は赤犬のライブで沖縄に行ってて…
大原:僕はSAKEROCKに便乗して沖縄まで付いてって。その時にいろんな方と飲む機会があったんですけど、バンドの人たちは勢いのある人が多くて、僕は端っこの方でしっぽりと飲んでたんです(笑)。でも、そんな中ですごく話しやすい人がいて、それが大さんだったんですよ。その頃はまだMaNHATTANもやってなくて、「いつか何か一緒にできたら面白いですね」ぐらいの話しかしてなかったんですけど、しばらくして「MaNHATTANやります」ってメールをくださって。まず、覚えていてくれたことがすごく嬉しかったんですけど。
左:大原大次郎、右:濱本大輔
濱本:何かやる時は絶対大原さんに頼もうと思ってたんです。
―そもそもMaNHATTANはどのようにスタートしてるんですか?
濱本:欲求がたまってたんでしょうね。「こんなリズムを叩きたい」「あんな音が鳴ってるところで叩きたい」っていう気持ちがあって、一緒に何かしてくれる人を探してたんです。だからMaNHATTANを結成する前にも何人かとセッションしたんですけど、みんなピアニストで。
―じゃあ、鍵盤の人と何かをしたかったわけですね。
濱本:そうですね。フットワークの軽い形で活動したくて、ピアノは表現の幅が広くて最適だなって。ピアノって下から上まで音階が広いし、リズムもメロディも和音も出せるじゃないですか。それで学さんと出会って、「どうでしょうか?」って。
次松:それは何で会ったの? Kneeとか?
濱本:あの…周りにたくさんバンドがあるから僕らの関係って複雑なんですけど(笑)、kneeってバンドは、今回のアルバムとか前のシングルでもサウンドのサポートをしてもらった啓ちゃん(森寺啓介)とか学さん(藤井)がやってるバンドで、僕はサポートでドラムを叩かせてもらったことがあるんです。そこで初めて学さんと啓ちゃんに会って。
藤井:The Miceteethと赤犬は対バンもしてたし、バンド同士のつながりはあったんですけど、どちらもバンドのメンバーの人数が多いから、ちゃんと接したのはその時が初めてっていう(笑)。
―濱本さんから一緒にやろうと言われて、学さんは「面白そうだな」と?
藤井:そうですね。The Miceteethは大所帯やったんで、2人っていう、個人がむき出しになるソリッドな編成でやるのは意義があるなって思ったし、そこで現実的に「スキルアップを目指す」っていうのもありましたね。
左:次松大助、右:藤井学
「それをできるのは俺しかおらん」って、偉そうに(笑)。(次松)
―では、そこに次松さんはどのように加わったのですか?
次松:元The Miceteethのメンバーが別でやってるバンドを集めたイベントがあって、その時にMaNHATTANが出てて、大ちゃんと初めて会ったんです。「これが最近よく噂に聞いてる大ちゃんか」って(笑)。で、それから僕のソロのライブでもちょくちょくドラムを叩いてもらうようになって、一緒にスタジオに入る中でMaNHATTANの話もしてたんですけど、「(MaNHATTANに)次メンバーが加わるとしたら?」っていう話になったんですよね。普通に考えたら編成的にベースを入れると思うんですけど、生のベースを入れるよりもシンセベースの方がいいみたいな話をしてて、僕たまたまシンセを持ってたから、「いけるっちゃいけるな」って思って(笑)。
―(笑)。
次松:でもMaNHATTANの音楽って、難解な側面もあるじゃないですか? 元々2人でやってるもんに、ベースって役割で加わるとしたら、結構いろんなことわかってないとできひんって思ったし、「それをできるのは俺しかおらん」って、偉そうに(笑)。
濱本:大阪の「Make」ってスタジオで、面白い日やったですよね。あの日次松さんも練習してて、kneeも練習してたよね? そこにMaNHATTANも練習入って、待合室にみんなおったんですよ。そこで「次松さん入ることになったで!」って(笑)。
藤井:僕は僕で横のテーブルでkneeの打ち合わせしてたんで、「え?」って(笑)。
自分の中では一応これもバンドワークなんです(笑)。(大原)
―ちなみに、大原さんはバンド経験は?
大原:憧れですねー(笑)。今も好きで1人でやってるわけじゃないんですけど、人と一緒にやりたいっていう欲求はすごく強いんです。まあ、今回のような形で一緒にできてるので、自分の中では一応これもバンドワークなんですけど(笑)。
―いろんな人とバンドが組めるわけですね(笑)。でも大原さんは本当に音楽ファンで、学生時代は友達とテープを作ったりしてたとか?
大原:そうです。ずっとテクノを聴いたりしてきたんですけど、友達にテープを作って、そのジャケットを自分で作り始めたのが今の仕事の入り口になってて。一緒にやってた友達は音楽の方に行って、今もDJやったりしてるんです。
藤井:どんなテープやったんですか?
大原:中高生ってお金ないから高いシンセとかは買えなくて、その友達が2万円くらいで買ってきたサンプラーで、「俺たちはこれで何でもできる」って思ってて(笑)。要はコラージュ・ミュージックを作り始めたんですけど、それがすごくユーモラスで面白い音楽で、それと似たようなコラージュのやり方でジャケットを作るようになって。
―その延長で、デザイナーの道に進んだわけですね。
大原:演奏とかはまったくダメだったんで(笑)、音楽の近くでできることを探して、デザインっていうのは近くにいられるなって。その当時ってまだインディーズでもCDを出すのが難しい時代だったんですけど、高校生がコラージュ・ミュージックを作ってるのを面白がってくれる人がいて、さっきの話に出た友達が高校生の時にCDデビューしたんです。それで、そのジャケットを作らせてもらって。
―それがデザイナーとしての初仕事だったと。
大原:その後の5年ぐらいお金をもらえるデザイン仕事はしてないから、奇跡みたいな仕事だったんですけどね。でもそれは大きいです、自分の作ったものが世に出たっていうのは。でもサンプリングには著作権的な限界があって世に出しにくいので、自分で書き始めたり、オリジナルのネタを撮るようになっていったんです。
―ちなみに、レビューとかも書いていたそうですね?
大原:ホントに生意気な、音楽雑誌風の辛口な、今だったら炎上しそうな新聞を作ったりしてました(笑)。友達5人でやってたんですけど、学校が学食だったんで、毎日親に400円とかもらってて、それを節約すると週末には12インチが1枚買えるんですね。5人いたから5枚買えるので、「お前がヒップホップなら俺はテクノ」みたいに担当を分けて、新聞を書いてたんです。2週間に1回くらいのペースで発行していて、毎回10枚ぐらいのレビューが載ってましたね。
都会的な感じもあるけど、プリミティヴな感じもあって、それが混ざってる感じがいいなって。(藤井)
―ではジャケットの話に行きましょう。まずはシングルの『Giant Stomp』を手がけられたわけですよね。
大原:理由はわからないんですけど、ジャケットがこっち側を見てるようなモノにしたくて、「顔だな」っていう発想がまずあって。それでMaNHATTANのリズムを聴いて、どこの国かわかんないような絵柄とか、「何だろう?」みたいな中に顔があるのがいいと思ったんです。MaNHATTANでは毎回違う手法でそれをやりたいなって。こうやってバンドの1枚目からデザイナーとして関われるのって、なかなかないことなので。
―確かに、そうかもしれないですね。
大原:心理テストとかで、森の中にわからないように目とか書いてあるのあるじゃないですか? 危険察知能力って元々人間の中に組み込まれてるらしくて、目はすぐに探せるらしいんですね。心霊写真とかと同じで、変な気配って感じられるらしいんですよ。そういう風になっていったら面白いなって。
次松:ああ、でもそうですよね。壁の染みが顔に見えたりするのって、きっと目のせいやんな。
大原:そうそう。あとMaNHATTANには、洗練された、都会的なものよりも、土着的っていうか、プリミティヴなアートが合うなって思って、日本人に真似できないようなアートの芯の強さみたいなのが出せたらと思って。
―このジャケットを見てMaNHATTANのみなさんはどんな印象をもたれましたか?
次松:写真やったら奥行きっていうか、3Dになるじゃないですか? でもこれは平面というか2Dで…2Dとかってあんま普段使わへんけど(笑)。なんやろな…屏風から虎を出すみたいな…うちらは編成的に2Dみたいな音楽じゃないですか? せやけど、2Dから虎を出すというか、2Dなりの感じさせ方…結局2Dって連呼してるけど(笑)、そんな感じがして。
藤井:ロゴも作ってもらって、都会的な感じもあるけど、プリミティヴな感じもあって、それが混ざってるのがいいなって。もっとはっきりした画をイメージしてたりもしたんですけど、やっぱりピックアップのされ方が面白いなって思いましたね。
―大原さんは普段から文字にこだわった活動をされていますが、それにはどんな理由があるんですか?
大原:グラフィックデザインの時代的な状況として、コンピューターが登場してから表現が似てきていて、デザイナーとして食べていくためにはどの方向でやっていくのか選択を迫られるんですよね。そうした中で、文字で、さらに言うと日本語の文字で変なことをやってる若者はわりと少なかったり、ASA-CHANGに僕の文字をいいって言ってもらったりしたこともあって、意識せざるを得なかったというか。それで文字で音楽に携われるようなことができればいいなって意識してた時期があって、今に至るって感じですね。
―バンドのロゴとかって結構重要ですもんね。
大原:育っていくっていう要素もあって、名前とかもそうだけど、最初は違和感があっても、だんだん連呼してるうちに馴染んでくるみたいな…
次松:2Dとか(笑)。
大原:(笑)。文字も同じで、1回世に出て、いろんな人が認識すると、文字が歩き出すんです。その余力を残した状態で、未完成っていうか、ちょっとフニャッとした状態で出すのがわりと好きなんです。ガチッと「これ以上動かせません!」じゃなくて。手書きはわりとその余白が乗りやすいんですよね。
再生してるだけじゃなくて、その日にしかできひん、ホンマの音楽でありたいと思ってて。(濱本)
―『Far Trance』のジャケットはどのようなことを考えて作られているのでしょうか?
大原:これも3人の目が入ってるんですけど、締りがないというか、紐をキュッと引っ張ったら他の形になりますよね? さっき言ったように、ガチッと固めてないっていう意味で、紐っていうのは象徴的なモチーフだったんです。
MaNHATTAN『Far Trance』ジャケット
藤井:これって何か括り方みたいなのがあるんですか?
大原:いや、ないです。(MaNHATTANを)聴きながら、手を動かしていって、「あ、これ立つじゃん」とか(笑)。「こういうテーマで、モチーフで、こういう撮り方でやりましょう」みたいに会議で決めるのって、広告的っていうか、音楽のジャケットとしてはもうちょっと違うやり方の方が面白いと思うんですね。探ってるうちに、ラフと全然違っていくのが面白くて、だから途中の「何でこうしたのか」っていう理由は自分でも忘れてたりするんですけど(笑)。
濱本:全然はずれてないですよね、なんかめっちゃわかるんですよ。素材もそうですし、網目もやし、立ってるっていうのも、すべてが納得いくっていうか。絶対アナログにこだわってるっていうわけじゃないんですけど、でもアナログが好きっていう僕らの音と、麻紐ってなんかつながるし。
次松:これ(麻紐)に音楽が入ってたらめっちゃ最高やな。これをプレーヤーにカポッてやったら音が出る、みたいな(笑)。
大原:あとは『Far Trance』っていうタイトルからのイメージもあって、大さんが「Trance」にはいろんな意味があるって言ってたんで、トランス・ミュージックっていう方向だけじゃない「Trance」っぽさを出せたらなって思ってて。
―『Far Trance』っていうタイトルはどこから来てるんですか?
濱本:Manhattan Transferっていうコーラスグループがあって…
―あ、じゃあ、まずはなんでMaNHATTANというバンド名になったんですか?
濱本:すでにある名前にしたかったんですよね。みんな知ってる名前がよくて、それでMaNHATTANって俺が自分で言って1人で笑ってたらしいんですけど(笑)。真面目な話をすると、マンハッタンっていう土地には本物の音楽がいっぱいある気がしてて。それで、このバンドはセッションしながら曲を進めて行きたいと思ってるし、ただ出来たものを再生してるだけじゃなくて、その日にしかできひん、ホンマの音楽でありたいと思ってて。マンハッタンにはそういう本物ミュージシャンがたくさんいるイメージがあったんです。
藤井:そんなむっちゃ真面目な話やったっけ?(笑) バンド名ないうちに先にライブ決まっちゃって、「どうしよっか?」ってなった時に決めたんで…。今のめっちゃかっこつけてますよ(笑)。
濱本:後付けやな(笑)。
藤井:『Far Trance』っていうのも、Manhattan Transferを組み替えただけのダジャレです(笑)。
濱本:最初はダジャレやったんですけど、ダンスミュージックにアクセスしてるけど、ちょっとわかりにくい部分もあるから、「Trance」っていうわかりやすい言葉を入れることで、ダンスの部分が強調されるかなっていうのもあったりして。
―このジャケットは撮影も大原さんがご自身でされてるんですよね?
大原:自然光できれいに撮れたので使いたいと思って。全部昼間に撮ったんです。
濱本:作業を朝に切り替えたって言ってましたけど、だから自然光なんですか?
大原:作った光だともっとわざとらしくなっちゃうと思うんで…そうですね。
濱本:夜は節電で電気が止まっちゃったりするから、朝型に切り替えたっていうのをTwitterかなんかで見て、自然光に行き着いたのって、そういうところもあるのかなって。そういうの好きなんですよ、僕。「だからか~」みたいな(笑)。それを人に熱弁するんですけど、その人からしたらただのこじ付けでしかないみたいな(笑)。
―はい、先ほどもそんなやり取りがありましたしね(笑)。あとは文字もやっぱり印象的ですね。
大原:これはやっぱり紐からの連想で、ガチッと固めずに。
藤井:めっちゃいいですよね。きれいで、ユラユラした雰囲気が。これは何で書いたんですか?
大原:淡い部分は墨を薄くして書いて、元々は普通に黒で書いてるんですけど、最後に色を反転してるんです。濃いところはペンでなぞって、そうすると妙な立体感というか、強弱がつくんで。
濱本:ジャケット・オブ・ザ・イヤーとかってあるんですかね? そういうとこに食い込んでいくぐらいのセンスの高さを感じますね(笑)。
お客さんが育てるとか、余白を残すっていうのが大事(大原)
―では最後に、2組それぞれの活動の中で大事にしている部分を教えてください。まずは、大原さんいかがですか?
大原:さっきも言ったように、お客さんが育てるとか、余白を残すっていうのが大事で、僕はフィニッシュ・ワーカーじゃなくて、中間職でもあると思ってるんですね。そこを上手くわかり合えるといいなって思ってて、みなさんが作った楽曲を、僕の解釈も入りつつ1回出して、結局はお客さんとか社会の状況にさらした時にどう変化するかっていう、そこをやれればいいなって思ってます。
―ではMaNHATTANとしてはいかがですか?
濱本:大原さんの話ともつながるんですけど、昔って自分の中で「こうじゃなきゃダメ」っていうのがあったんです。それが段々と、余白を残すことで、メンバーだったりお客さんと一緒になれるんだっていうのがわかってきたので、空間として演奏していけたらなって思いますね。
藤井:インストバンドって言葉を使わへんから、お客さんが自由に受け取れるっていう側面があると思うんですけど、そういう部分を上手いこと見せていきたいと思います。
次松:アルバムが世に出れば、何らかの反応とか感想があると思うんですけど、これ(ジャケット)が一番早く届いた感想じゃないですか? この時点で喜びも与えてくれたし、「なるほど」っていうのもあるし、これから馴染んでいく部分もあるだろうし、それによって自然と「次はこう行きたいな」っていうのが出てくるんだと思いますね。
- リリース情報
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- MaNHATTAN
『Far Trance』 -
2011年7月13日発売
価格:2,415円(税込)
GLCD-00291. Far Trance
2. Gelo(far trance mix)
3. DUBBY(far trance mix)
4. Giant Stomp remixed by OORUTAICHI(far trance mix)
5. QEF
6. Xoo
7. PLANET
8. Giant Stomp(far trance mix)
- MaNHATTAN
『Giant Stomp』(CD+DVD) -
2011年2月2日発売
価格:1,260円(税込)
GLCD-00281. Giant Stomp
2. Gelo
3. DUBBY
[DVD収録内容]
1. Gelo
2. Xoo
- MaNHATTAN
- プロフィール
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- MaNHATTAN
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2009年、濱本大輔(Dr/赤犬)、藤井学(key/ex.The Miceteeth) により大阪にて結成。2010年、次松大助(synthesizer Bass/ex.The Miceteeth) が参加し現在の編成となる。スタジオ・インタープレイ を凝縮したようなセッションから繰り出される独特の「すきま」と「ノリ」。時代や様式ではなく“空想遊び”をしているようなダンスビートを展開。2010年渚音楽祭、バクト大阪出演。2011年2月オフィシャルとしては初となるシングル音源『Giant Stomp(CD+DVD)』をリリース。 3月OORUTAICHIとのコラボレーションによる限定 12inch『Xoo』を発表。7月にファーストアルバム『Far Trance』をリリース。
1978年神奈川県生まれ。武蔵野美術大学基礎デザイン学科卒業後、2003年独立。DIY性の高いタイポグラフィを基軸としたデザインワークや映像制作を中心に、文字のZINEシリーズ『MOZINE』の発行、フィールドワーク「文字採集」、展覧会、ワークショップなど、自発的なデザイン活動を展開する。
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