イギリス・ロンドンを舞台とし、都市を歩きながら音楽と出会うプラットフォームを構築した『Musicity(ミュージシティ)』。同企画は英国デザインミュージアムが選ぶ「デザイナーズ・オブ・ザ・イヤー」にノミネートされ、2012年からは世界展開を目指しているが、その第1弾がブリティッシュ・カウンシルの主催で、東京・六本木でスタートすることになった。デジタル配信が浸透し、いつでもどこでも好きな音楽を手に入れることができるようになった現在で、あえて「場所」にこだわったプラットフォームを提案する理由とは。『Musicity』創設者の1人で、ブロードキャスター、音楽キュレーターとしても活躍するニック・ラスコムに話を聞いた。
ニック・ラスコム
ブロードキャスター、音楽キュレーター。幅広いジャンルとスタイルの音楽に精通し、過去20年の間、XFMでの人気番組『Flo-Motion』やBBC等各ラジオ局で番組を担当。東ロンドンのショーディッチのクラブ、カーゴからロイヤル・フェスティバル・ホールなどの場でライブイベントをキュレーション。また『ベスティバル』や『シークレット・ガーデンパーティ』等のフェスでDJショーケースを行うなど、新しい才能の紹介にも力を入れている。
レコード屋に音楽を探しに行くような体験を
―『Musicity Tokyo(ミュージシティ東京)』が3月24日の『六本木アートナイト2012』に合わせてローンチされました。まずは、基本的なコンセプトからご説明ください。
ニック・ラスコム:アイデアはとても簡単で、ミュージシャンにある特定の場所のためのオリジナル楽曲を制作してもらい、リスナーがスマートフォンを持ってその場所に行くと、ストリーミングして聴くことができるというものです。また、一度ストリーミングで聴いた楽曲は、その後、ウェブサイトからダウンロードすることができるようになることも特徴のひとつです。
写真左:リスニングスポット1 阿部海太郎×芋洗坂
写真右:リスニングスポット2 ECD×星条旗通り(※4月1日スタート)
―どういった経緯でこのアイデアを思いついたのですか?
ニック:私はDJや音楽キュレーターなどとして活動していますが、建築やデザインにも興味を持っていました。一方、もう1人の創立者で、建築やインテリアデザインを手掛けるサイモン・ジョーダンは、大の音楽好きです。彼とはもともと親友で、常日頃から「2人の専門領域を融合した新しい取り組みをしたい」と話していたことがきっかけとなって、『Musicity』の構想を思い付きました。確か2010年のことだと思います。音楽と建築業界のコミュニティーを結びつけて、面白いことがしてみたいという狙いもありました。
―デジタル配信やスマートフォンが普及し、音楽を入手する利便性が飛躍的に向上しました。そんななか、なぜ「場所」という「不便」な縛りを設けたプラットフォームを作ろうと考えたのでしょうか。
『Musicity』体験中の様子
撮影:Hako Hosokawa
ニック:私はiTunesのキュレーションを4年間手掛けているので、リスナーにとって便利な時代になったことは実感しています。しかし、家の中にいても簡単に音楽を取得できる時代だからこそ、難しいチャレンジをしなければ音楽と出会えないようなプラットフォームを作ってみたいという欲求がありました。レコード屋まで足を運んで一生懸命に音楽を探し、気に入った曲がなければまた次のレコード屋に行かなければいけないような体験を再現したつもりです。音楽を取得できるリスニングスポットがレコード屋の代わりだと言えます。
―オリエンテーリングのような体験でもありますね。
ニック:場所によって音楽を発見すると同時に、街の魅力も再発見してもらいたいとも考えています。今回は六本木エリアに15ヶ所のリスニングスポットを設置していますが、それらを順番に辿ることによって、普段は歩かないような道を歩き、六本木という街をもっと知って好きになってほしい、という思いもあります。
写真左:リスニングスポット3 フィンク feat. 初音ミク×ニコファーレ
写真右:リスニングスポット4 ゴーストポエット×鳥居坂
―確かにマップを見て実際に行ってみると、思っていたはずの場所とは少し違っていたり、新鮮な感覚がありました。
ニック:『Musicity』の創立にあたり、多大な示唆を与えてくれたフランスのギー・ドゥボールという著述家が提唱するサイコジオグラフィーは、「歩行者たちを月並みな通り道から連れ去り、都市の風景について新しい感覚を惹起させる、都市探索の独創的な方策」です。そんな思いを込めたプロジェクトが、今回の『Musicity Tokyo』だと言えます。プロジェクトの企画を考案するにあたり、地理の専門家や社会学者とさまざまな意見交換をし、とてもポテンシャルが高く、広がりのあるプロジェクトだと確信しています。
「場所の記憶」が音楽とリスナー、ミュージシャンを結びつける
―音楽を通して都市の魅力を再発見すること以外に、『Musicity』によってリスナーはどのような新しい体験を得られるとお考えですか。
ニック:「場所の記憶」が音楽とリスナーを結びつける体験を得られることです。リスニングスポットに通りかかった時に、そこで入手した音楽を思い出すことももちろんですが、ダウンロードした楽曲を聴くたびにその場所を思い出すことも考えられます。「記憶」というワードは、今回のプロジェクトを支える大きなテーマのひとつになっています。
写真左:リスニングスポット5 蓮沼執太×六本木ヒルズ 六本木けやき坂通り
写真右:リスニングスポット6 井上薫×六本木ヒルズ66プラザ
―音楽によって「場所の記憶」と結びつけられるのは、リスナーだけではなくミュージシャン側も同じだと言えそうですね。例えば、今回参加している相対性理論のやくしまるえつこは郵便局やポストをリスニングスポットに設定し、「街には、過去・現在・未来の記憶が潜んでいます。いつかの誰かが、いつかの誰かへ宛てた手紙の記憶を、郵便ポストからこっそり拝借」と述べています。
リスニングスポット13
やくしまるえつこ×乃木坂駅前郵便局
×郵便ポスト(複数)
ニック:まさに、その通りです。ロンドンで展開した『Musicity』では、幼少時代から見て育った建物をリスニングスポットに選んだミュージシャンもいますし、選んだ場所でフィールドレコーディングを行い、楽曲に取り入れたケースもあります。また、今秋に展開する予定のシンガポールでは、今は存在しない建物のために制作された楽曲もあります。『Musicity Tokyo』では、六本木に馴染みがないイギリスのミュージシャンも参加していますが、表層的なイメージだけではなく、しっかりとその場所をリサーチして楽曲を制作しています。
―音楽・場所・記憶との出会いのほかに、リスナー同士の出会いも誘発する企画だと思うのですが。
ニック:なるほど、確かにそうですね。そういう楽しみ方も面白いかもしれません。例えば、300人を同じ時間に集め、アーティストが残した「場所の記憶」を楽しみながらライブのように音楽を聴くという体験は新しいですね。
―ミュージシャンの選定はどのような基準で行っているのでしょうか。
ニック:ラジオでDJをしているので、最新の音楽情報は常にチェックしています。そのなかで面白い活動をしていたり、価値のある音楽を作っているように感じるミュージシャンを選んでいますが、最終的には直感ですね。ただ、明確な基準としてあるのは、一時的に流行しているという理由でピックアップするのではなく、音楽を場所に紐づいた「モニュメント」と見立てたときに、後々まで耐え得る普遍性を持った作品を制作できるミュージシャンを選定するということです。
『Musicity』参加アーティスト一覧
―音楽と流行は切っても切り離せない関係ですよね。
ニック:そうですね。そんな中でも博物館に保存されている作品のように、ある種の記念碑、言うなればデジタルモニュメントとしてその場所にずっと残ることができる作品を制作してもらえるよう、こだわったキュレーションをしています。今回、日本側のアーティスト選定には、音楽ディレクターの山崎真央氏に協力してもらい、クオリティの高い楽曲を提供することができました。
写真左:リスニングスポット7 スチュアート・マッカラム(ザ・シネマティック・オーケストラ)×国立新美術館
写真右:リスニングスポット8 中島ノブユキ×東京ミッドタウン
―イギリスのアーティスト、フィンクは、ボーカロイドの初音ミクとコラボレーションした楽曲に挑戦しています。
ニック:彼は、今回のプロジェクトまで初音ミクの存在を知らなかったため初めは戸惑っていましたが(笑)、結果的に楽曲作りを楽しめたようでエキサイティングな作品に仕上がりました。
東京を掘り下げ、もっと恋してほしい
―日本のアーティストには、もともと興味があったのでしょうか?
ニック:はい。以前から日本のアーティストには多くのインスピレーションを受けています。エレクトロニカとか、ジャズとか、日本の音楽だけを集めたレコードレーベルを運営していたこともあったんですよ。YMOやCorneliusなど、好きなアーティストがたくさんいます。これまで、レーベルやDJの仕事などを通して何回も来日しました。食べ物では納豆が好きです。本当に日本が大好きなので、来日する度に帰りたくなくなってしまいます。あと、実は私の妻は日本人なんですよ。
―そうなんですか! とても驚きました。そんなニックさんから見て、東京とロンドンの違いはどのようなところにありますか?
ニック:都市の規模としては東京の方が大きいイメージですね。ロンドンは、街のエネルギーがおっとりしているけど、東京はスピードが速く密度が濃い印象があります。でも不思議なのが、これだけ人が密集しているのに、人の流れがスムーズだということです。ロンドンだったら人とぶつかりあいながら歩かなければならないけど、東京ではそんなことはない。東京に住んでいる方は、そのことについてどう思っているのでしょうか?
写真左:リスニングスポット9 オオルタイチ×乃木公園
写真右:リスニングスポット10 Righteous(矢部直&DJ Quietstorm)×西麻布交差点
―私は東京以外の場所にほとんど住んだことがないので、いまいちピンときませんが、確かにその通りかもしれませんね(笑)。
ニック:ただ、一方でロンドンの人は、都市を深く愛しているという一面もあります。バスは止まるし、人とはぶつかるし、東京と比べると住みやすい都市だとは言えませんが、ロンドンの人はロンドンに恋をしているんです。確かに東京は機能的で便利な街です。しかし、東京の魅力はそれだけではありません。街の雰囲気や空気感、建物など、まだまだ掘り下げる余地がたくさんあります。『Musicity Tokyo』を通じて、東京に恋する人がもっと増えると嬉しいです。この企画は、単純に街に音楽を聴きに行くという楽しみ方もできますし、掘り下げた楽しみ方を発見することもできるので、ぜひ参加してほしいと思っています。
3月24日には関連イベントとしてオオルタイチ×珍しいキノコ舞踏団のライブも行われた
撮影:ただ(ゆかい)
―今後、東京を皮切りにして、シンガポール、ベルリン、オスロなど各都市で『Musicity』をローンチしていくとのことですが、世界展開の先にはどんな展望があるのでしょうか。
ニック:まずは、その土地に住む人々が地元を好きになってもらうきっかけになることが大切だと思っています。さらにその先には、都市のガイドブックのような役割を『Musicity』が担っていきたいという野望もあります。『Musicity』を通して、街を歩き、その場所に根ざした音楽を聴くことによって、都市の魅力を再発見してもらえたら嬉しいです。
写真左:リスニングスポット11 ニティン・ソーニー×六本木交差点
写真右:リスニングスポット12 テニスコーツ×麻布十番大通り(※4月1日スタート)
―良い意味で発展の余地がたくさん残されたプロジェクトに感じます。
ニック:今回の来日にあわせて『DOMMUNE (ドミューン)』に出演する機会をいただいたのですが、その時に、主催の宇川さんと盛り上がってGoogle mapとコラボレーションしたら面白いのではないかと話していたんですね。今回のインタビューでも、リスナー同士の出会いを誘発する仕組みのアイデアを出して頂きましたが、その土地の人と対話することで、今後、アイデアがさらに膨らんでいく可能性があります。各地で議論していくことで、『Musicity』はどんどん発展していくことでしょう。その世界展開の最初が、東京の六本木というクラブカルチャーが根付いた都市で実施できたことを、とても誇りに思っています。
- プロフィール
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- ニック・ラスコム
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ブロードキャスター、音楽キュレーター。幅広いジャンルとスタイルの音楽に精通し、過去20年の間、XFMでの人気番組『Flo-Motion』やBBC等各ラジオ局で番組を担当。東ロンドンのショーディッチのクラブ、カーゴからロイヤル・フェスティバル・ホールなどの場でライブイベントをキュレーション。また『ベスティバル』や『シークレット・ガーデンパーティ』等のフェスでDJショーケースを行うなど、新しい才能の紹介にも力を入れている。
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