何度も繰り返されてきた言説ではあるが、インストゥルメンタルの素晴らしい部分のひとつは、言葉によってイマジネーションが制限されないことである。その楽曲が持つメロディ、音像、音色によって、聴く者は無数の映像を思い浮かべ、様々な感情を感じることができる。鎌田裕樹のソロプロジェクト=ticklesが、エレクトロニクスと多彩な楽器を織り交ぜた4年ぶりの新作『on an endless railway track』で描くのは、どこまでも続く線路と、変わっていく景色。それはつまり、旅という名の人生そのものである。この4年間で、以前は3人編成だったticklesはソロプロジェクトへと姿を変え、鎌田にとっては苦難の日々が続いたと言っていいだろう。しかし、本作を完成させ、「やりたかったことを取り戻した」という彼の笑みには、大きな満足感が伺える。そう、線路は続き、人生は続く。ticklesは変化を受け止めながら、それでも、その先を明るく照らそうとしている。
バンドじゃない形で、パンクロックみたいなものが表現できればいいと思っていて。
―最初に音楽に興味を持ったきっかけは何でしたか?
鎌田:小学校5〜6年のときにTHE BLUE HEARTSを聴いて、音楽を聴いて感情が出るっていうのを初めて経験しましたね。
―じゃあ、最初はバンドからですか?
鎌田:そうなんです。中学のときはそれこそTHE BLUE HEARTSのコピーをやって、高校最後ぐらいでオリジナルもやっていました。それと同時にパンクのDJもやり始めたんですけど、(音楽を)受け止めるだけじゃなくて、自分で探して発信する立場になったことで、他のジャンルのものにもどんどん興味を持って聴くようになりました。今打ち込みでやってるのも、バンドと同じ感覚でやってて、自分が一番聴きたいもの、聴かせたいものを、自分で作るっていう感覚なんですよね。
―「tickles(ティックルズ)」って、ちょっとバンド名っぽいですもんね。
鎌田:普通に英語だと「ティックルス」なんですけど、それだとちょっとオシャレ過ぎるかなと思って、「ズ」にするとちょっとダサい感じっていうか、なんかバンド名っぽいなって(笑)。
―「cornelius(コーネリアス)」はオシャレですもんね(笑)。
鎌田:「コーネリアズ」だと印象違いますよね(笑)。
―じゃあ、小さい頃からずっと音楽一本っていう感じだったんですか?
鎌田:いや、高校を出て、遊んで(笑)、映像の専門学校に行きました。
―そっちを仕事にしようと?
鎌田:そうですね。PVとかCMとかを作る学科に行ってました。その卒業制作のときに、音も自分で作ったんですけど、そこからまた真剣に(音楽を)やり始めたのかもしれないです。ただ、作るのが実際の映像なのか、思い描ける映像なのかが違うだけであって、(音楽も)映像的であることには変わりないんですよね。
―じゃあ、その卒業制作を機に、再び音楽の道に戻ったわけですか?
鎌田:その学科からは結局テレビ業界みたいなところに行く人が多かったんですけど、僕はそこにあんまり興味がなくて。もうしばらく自分で好きな物を作りたいと思ってやってたら、ここまで来ちゃった感じですね(笑)。
鎌田裕樹(tickles)
―「音楽で食べていこう」とかって決心したわけではなく?
鎌田:じゃないですね。今でもそうなんですけど、音楽だけっていうこだわりは特になくて、そのとき自分が表現できる一番ベストなフォームで何かを作りたいと思ってて、今のところは音楽が一番楽しいってことですかね。
―その卒業制作の頃に作った音楽は、現在のticklesに通じるエレクトロニカ寄りのものだったわけですか?
鎌田:そうですね。できればバンドじゃない形で、パンクロックみたいなものが表現できればいいと思っていて。自分がやってることはストレートではないと思うんですけど、そういう気持ちは常々持っていたいです。
―表面的な音やスタイルではなく、内側にはパンクの精神があると。
鎌田:あってほしいと思ってます。自分で「間違いなくある」とかはわからないんですけどね。
1人しかいないんですけど、何人もいるような楽団みたいなイメージでやってるんです。
―ファーストの『a cinema for ears』が出たのが2006年ですが、それは卒業から何年後ですか?
鎌田:3年後かな? 最初はライブで手売りだけだったんですけど、途中から流通を通しました。やっぱり、自分がいいと思って作ってるモノなので、できればいろんな人に聴いてもらいたいし、自分の知らないところで聴いてもらって、知らない人からリアクションとかレスポンスがあるのって、やっぱり嬉しいですから。
―ただ、2008年にセカンドの『today the sky is blue and has a spectacular view.』が出て以降、新作のリリースまでは4年の間が空きました。
鎌田:以前は3人でやってたんですけど2年前くらいに2人抜けて、僕1人になったんです。それからも1人でticklesとして活動は続けてきたんですけど、なかなか音源を出すって感じにはならずに、そうこうしているうちに4年も経っちゃったんです。
―1人になって、先のことについてはどう考えてたんですか?
鎌田:どうしようかなとは考えましたけど…でもまあ、やめようとは全く思わなかったですね。「どうやって活動しようか」は悩みましたけど。今は自分の中にticklesのイメージがあるので、そこに基づいて作ってるつもりです。
―それをそのままお聞きしてしまうと、鎌田さんの中のticklesのイメージっていうのは、どういうものなのでしょう?
鎌田:打ち込みなんですけど、結構色々楽器も使ってて、ガチャガチャした楽団みたいなイメージでやってるんです。だから、1人しかいないんですけど、何人もいるような感じで作れたらいいなって。
―曲作りに映像が影響をしてるという話もありましたが、まず映像やイメージを思い浮かべてそれを曲に変換するのか、それともまず音ありきで、それが映像につながっていくのかというと、どちらが近いですか?
鎌田:音からですね。一番自分が没頭するときって、曲が出来上がっていく瞬間、形になっていく瞬間で、そのときに映像的なビジョンが見えるというか。それが見えないとボツになるって感じです。
―一番没頭してる状態のときって、どんな風になってるんですか?
鎌田:見られたくないような状態っていうか、立ち上がったり、びっくりするぐらい高揚しながらやってるときもあります(笑)。自分がいいと思って高揚しないと、僕より思い入れが少ない他の人が聴くわけですから、その人にも絶対伝わらないと思うんです。わかってもらえる人にわかってもらえればいいやって人もいますし、逆に、ものすごく聴く人を意識した音楽も世の中にはたくさんあるじゃないですか? 僕は多分欲張りだから、自分がいいと思ったものを、いっぱいいろんな人に聴いてもらいたいんです。自分は欲深いなって、いつも思ってますね(笑)。
人生が旅そのものであって、いろんなところに寄り道しながら、生きるっていうことは進んでいくことだっていう感覚ですね。
―新作は『on an endless railway track』というタイトルからしても、旅の感覚を強く感じました。
鎌田:何となく進んでいく感じは持っていたいっていうか、前向きな、ポジティブなイメージは常に意識してますね。アルバムのタイトルよりもう少し明るいというか。ちょっとストイックな感じにも聞こえるタイトルかなって思うんです。でも、もう少しハッピーな、楽観的というか、「楽しい旅がまだまだ続いていくよ」みたいな。
―映画『STAND BY ME』で子どもたちが線路の上を歩いているような、ちょっとワクワクするような雰囲気がある感じ?
鎌田:そうですね。『STAND BY ME』は大好きなので、そういう風に言ってもらえると嬉しいです。音楽を作ってるときは誰でもストイックだと思うんですけど、聴いてる人にはできれば楽観的に捉えてもらえたらいいなって思います。
―実際にご自身が旅をして受けたインスピレーションが曲に反映されてたりもしますか? 例えば、10曲目の“septiembre”はスペイン語ですよね?
鎌田:その曲はこのアルバムの中で一番最初にできた曲で、前にスペインとイタリアにツアーで行ったときのイメージ、9月だったんですけど、そのとき向こうで友達になった人間と酒を飲んでたりする感覚で作ってます。「生きててよかったな」とかって、酒飲んで騒いだり、ちっちゃなことから感じられるものだったりして、その感覚で作りました。どこかに行くっていう物理的なものよりかは、人生が旅そのものであって、いろんなところに寄り道しながら、生きるっていうことは進んでいくことだっていう感覚ですね。
―ある意味タイトルトラックと言える“braintrain”はまさにそういう曲ですもんね。この曲と、あと“slalom light”にはボーカルが入ってますが、どちらも曲の途中から入ってくるじゃないですか? これって何かこだわりがあるんですか?
鎌田:こだわってやってるわけではないんですけど、ticklesで歌を入れる曲は少し特別な曲っていうか、インストより具体的なイメージを相手に与えるわけですよね。なんとなくなんですけど、曲が展開して、変わると歌が入ってくるっていうイメージなので、だから、途中から入ってくることになるのかな。
―結果的に、ticklesのひとつの特徴になってると思います。
鎌田:“braintrain”はほとんど生歌で、今まではボコーダーを使ってたから、楽器の一種として入ってくるみたいな感じだったんですけど、今回は…恥ずかしいんです(笑)。
やりたかったことを取り戻したというか、ものすごい喜びでいっぱいでした。
―では、なぜ今回それをやろうと思ったのでしょう?
鎌田:1人だっていうのがでかいと思うんですよね。“braintrain”って最初から曲のタイトルが決まってて、線路のイメージがすごく強くて、そのイメージがそのまま詞にあがってきたから、自分の中でイメージが一番固まってた曲かもしれないです。それはそのまま伝えてもいいのかなって、だから生声にしたのかもしれない。
―1人になって、より密度の濃いイメージが生まれたのかもしれないですね。
鎌田:そうですね。作ってるときは自分と一対一で、今自分が何をやりたいかっていうのを、ただ表現するっていうことが2か月くらい続いてて、その期間が終わったときに、「あ、僕はこれがやりたかったんだな」って思えたんです。それだけでも、個人的にはすごく満足した作品なんです。リリースが4年振りだったんで、やりたかったことを取り戻したというか、ものすごい喜びでいっぱいでした。やめていく人もいっぱいいるし、続けていられることは幸運というか、幸せなことだと思うので、なるべくずっとやっていきたいと思ってます。
―ヒロトとマーシーもまだ2人でやってますもんね(笑)。
鎌田:そうですよね(笑)。
映像や音楽は娯楽でもあるし、そこに対する意識がなくなっちゃったら、ホントに面白くなくなっちゃうと思うんですよね。
―“liar”はタイトルからして攻撃的な曲かと思いきや、バウンシーで明るい曲だったんで、びっくりしました。
鎌田:攻撃的なイメージではないです。政治的な意味もないですし。最初に言ったように、根本の部分にはパンクロックがあるんですけど、ticklesは政治的な意味とか、メッセージがなきゃダメだとか、そういうことは全然考えてないですね。最近はメッセージがいっぱいの作品が増えてると思うんですけど、ちょっとつまんなくなっちゃって。
―それはどういった部分でですか?
鎌田:いろんなタイプの音楽があって、その中でそのときの自分の状況によって、レコードなりCDを引っ張ってきて聴くわけじゃないですか? それがみんな同じ方向を向いちゃったら、つまんなくなるなって。自分自身の気持ちだったり考え方はもちろんあるけど、極力ticklesはticklesのあるべき姿でリリースしたいと思って。映像や音楽は娯楽でもあるし、娯楽が何で必要かって、生活に直結したものではなくても、プラスαの大事な部分だから、そこに対する意識がなくなっちゃったら、ホントに面白くなくなっちゃうと思うんですよね。
―鎌田さんは娯楽としての映像にもすごく興味があるわけですよね?
鎌田:クレイアニメがすごく好きで、自分でも新聞紙だけを使って、コマ録りでアニメーションを作ったりしてました。ただ、時間がすごいかかるし、一緒に作ってた人も忙しい人で、2週間とかポッカリ空かないんです。また、いずれもう1回やりたいとは思うんですけど。
―ジャケットはどなたが作られたんですか?
鎌田:そのアニメーションを作ってた人と僕とで一緒に作りました。アクリル板を5層ぐらいにして、絵を1枚1枚書いていって、中に立体の物を入れたり、照明も埋め込んで、それを写真に撮ったんです。僕が木とロープで作ったブランコとかも入ってます。この手法はユーリ・ノルシュテインが展示のときに、絵だけで立体を作るっていうのをやってて、それをやってみようと思って。
―暗すぎず、明るすぎず、でもぼんやりと光が感じられて、線路が続いていく、人生が続いていくっていう作品のイメージと見事にリンクしてますよね。最後に、鎌田さんがticklesでいつか実現させてみたい表現方法があれば教えてください。
鎌田:いつかやりたいと思ってるのが、全パート生楽器で、ビッグバンドでライブをやりたいです。できればそれを、マーチングバンドみたいに動けるような形でやれたらいいなって。それで外に出て行って、ゲリラでどんどん進んでいくようなPVとか撮りたいんですよね。
- リリース情報
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- tickles
『on an endless railway track』 -
2012年4月25日発売
価格:2,100円(税込)
MOTION± / MOT-0041. blues on the hill
2. no distance
3. ing
4. liar
5. smallking
6. slalom light
7. build
8. braintrain
9. pianoblack
10. septiembre
11. ratara(iTunesのみボーナストラック)
- tickles
- イベント情報
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- 『REPUBLIC Vol.9 〜映像作家100人 2012 リリースパーティ〜』
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2012年5月19日(土)OPEN 13:30 / CLOSE 21:00
会場:東京都 渋谷 WOMB
2012年5月19日(土)OPEN / START 23:30 / END 30:00(予定)
会場:東京都 渋谷 WWW
※ticklesはWOMB会場に出演
- イベント情報
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- contrarede presents
『SCHOOL OF SEVEN BELLS JAPAN TOUR 2012』 -
2012年6月14日(木)
会場:東京都 新代田FEVER
出演:
SCHOOL OF SEVEN BELLS
tickles
- contrarede presents
- プロフィール
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- tickles (MOTION± / madagascar)
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エレクトロニクスと生楽器を絶妙なバランスで調和させ、力強さと繊細さを自然体で同居させる。湘南・藤沢を拠点に活動を続け、人間味溢れる温かいサウンドを志向するアーティスト、鎌田裕樹による電子音楽団tickles(ティックルズ)。2006年発売のファースト・アルバム『a cinema for ears』リリース後から続けてきたバルセロナやローマ、韓国などを巡ったライブ・ツアーでは、人力の生演奏を取り入れたスリリングでドラマチックなライブ・パフォーマンスで大きな賞賛を得た。そんな数々の経験を経て紡がれた珠玉の楽曲をたっぷりと詰め込んだ待望のセカンド・アルバム『today the sky is blue and has a spectacular view』(2008年)は自身のレーベル<madagascar(マダガスカル)>よりリリースされ、TOWER RECORDS、iTunesを中心にセールスを伸ばし、高い評価を得た。2011年、次なるステップへと進むべく<MOTION±>と契約。ピアノ, シンセサイザー, フェンダー・ローズ, ピアニカ, オルガン, 鉄琴, オルゴール, ギター, ベース等様々な楽器を駆使しながら感情的なメロディーと心地良いリズムを生み出していくスタイルに磨きをかけ、ニュー・アルバム『on an endless railway track』を今年4月25日にリリース。柔らかいビートの上で胸を震わせる旋律が幾重にも交錯していく夢幻のサウンドスケープは、聴く者の心を捉えて離さない。
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