最近は「J-POP」という言葉を聞くことが減った代わりに、「ポップス」という言葉を聞くことが増えてきたように感じる。それを僕なりに分析すると、「J-POP」という言葉が定着する90年代以前、70〜80年代の「ポップス」をリアルタイムで聴いて育った世代が親となり、その親の聴いている「ポップス」に影響を受けた新しい世代が、音楽シーンで活躍を始めているからではないかと思うのだが、どうだろうか?
大人の鑑賞にも堪えうる新しいポップスを提案する新レーベル「Bright Yellow Bright Orange」から発表されるpairのアルバムは、そんな時代の空気にぴったりとマッチした作品だと言えよう。CINRAではもうお馴染みのLLamaの吉岡哲志と、昨年Headzからソロアルバムを発表している山田杏奈の2人によるpairは、エンジニア&プロデュースに両者と交流のあるROVOの益子樹、さらにはROVOから勝井祐二と岡部洋一、鬼怒無月や徳澤青弦といった豪華なプレイヤー陣を迎え、極上のポップスを聴かせてくれる。職人気質の強い吉岡と山田が初めて共作をし、初めてアレンジを人に委ねたという制作の裏側から、それぞれの作品でエンジニアリングも担当する3人だからこそ話せるサウンドへのこだわりまで、幅広い話の内容はもちろん、LLamaともROVOとも異なるpairならではの柔らかなテンションも、ぜひお楽しみください。
―吉岡くんと杏奈さんが一緒に曲を作るようになったのはいつ頃からなんですか?
吉岡:もう4〜5年前なんですけど、僕がやってるLLamaと、杏奈ちゃんが以前やっていたコマイヌとでライブを一緒にやることがあって、そのときに「何か一緒にやれたらいいね」って話をしてて。それで、LLamaが『ヤヲヨロズ』(2008年)を作った後ぐらい、僕が東京でソロライブをちょこちょこしてたときに、一緒にライブをやったんです。基本的には、お互いのソロの曲を一緒に歌うみたいな感じでやったんですけど、せっかくやから1曲ぐらい作ろうかって、そのとき作ったのが最初ですね。
―いいと思うバンドはいっぱいいても、「一緒に何かやってみたい」と思う人ってなかなかいないんじゃないかと思うんですけど?
吉岡:そうですね。東京でもいろんなバンド見てきましたけど、当時は「東京で初めて素敵な人たちに出会った」ぐらいの感じがありましたね。
山田:私もLLamaはすごくいいと思ったし、何か同じものを感じて、変な仲間意識みたいのを勝手に持ってました(笑)。
写真左から:吉岡哲志、山田杏奈
―確かに、2人には共通するムードみたいなものがありますよね。
山田:後ろ暗いっていうかね(笑)。
益子:音楽的なアプローチが似てるっていうよりも、それぞれが持ってる世界を純度が高い状態で作品にするっていう、その姿勢がすごく共通してると思います。それはすごく、聴いてる側としても気持ちいいし、できるだけ自分もそうありたいと思うし、すごく共感できますね。そういう個々の世界観がありながら、pairだとそれがいい意味で柔らかなくなって、そこがまた面白いところなんですよ。
益子樹
―実際にお2人は誰かと一緒に曲作りをするっていうのは初めてだと思うんですけど、自分の世界に他の人が入ってくることに戸惑いはありませんでしたか?
山田:1から2人で作ってるから、戸惑いはなかったですね。歌詞をどっちかが先に考えてきて、その続きをもう1人が考えるんです。昔の和歌の連歌みたいな感じで、民主的に曲にしていきました。
益子:自分が歌ってる部分の歌詞は、本人が書いてるんだよね?
吉岡:そうです。それで「この部分がサビっぽいかな」とかSkypeで話しながら、タイムラグがあるのでセッションはできないですけど、「こんなコードどうやろ?」って鳴らしたり、お互い鼻歌を歌って、「それ、いいね!」とか言い合って、だんだんと形になっていった感じですね。
そうやって最初にできた曲が“まだこない”だったんですけど、それぞれがやってるものよりも思いのほかポップな曲ができて、2人とも「あれ?」っていうのがあり、「もうちょっと作ってみようか」って。
山田:2人ともポップスはすごい好きなんですけど、それぞれがやってる中ではできないこともあって、でもそれが2人でやるとできちゃったんですよね。
益子:2人とも1人での作業だとすごい自分の世界に入り込むと思うんですよ。でも、2人だと常に客観的な目があるわけだから、それでちょっと外側を向きやすくなったんじゃないかと思うんですよね。
「これってどういうことなん?」って聞くのって、野暮かなって(笑)。(吉岡)
―実際の曲作りはスムーズに進みましたか?
吉岡:意外にスムーズだったよね。
山田:ぶつかることとかも特にないんだよね。
吉岡:バンドのときは1人で作って、「うーん、これいいのか悪いのかわからん」っていうのをスタジオに持ってって、「どう思う?」って聞いても、「わからん」って返ってくるんですよ(笑)。でも、pairだと交互に詞を書き合って、自分の書いたものに「いいね!」って返ってくる、それが僕にとってすごく新鮮だったんです。作っていく流れの中で、「いい」っていう判断をしてくれるっていう。
―歌詞は最初にある程度テーマを決めて書き始めるんですか?
吉岡:最初に書き始めた方は何らかの思いがあって書いてると思うんですけど、それは伝えてないんですよ。なので、勘違いというか、別の受け取り方をして続きを書いてることも普通にあって、やり取りをしていく中で、「あれ? そういえばここのこれ何のこと言ってるの?」っていう風に、辻褄が合わなくなってきたところで修正するって感じでした。
益子:それってあえて説明しないでおこうってしてたの?
吉岡:僕個人で言えば、「これってどういうことなん?」って聞くのって、野暮かなって(笑)。いろんなことを考えて書いてくれてるんやろうし、作品に理由を聞くのって野暮じゃないですか?
益子:自分なりに解釈して続きを書くのが礼儀というか、そういうことだ。杏奈ちゃんは?
山田:私は何も考えてなかったな(笑)。「あ、こういう詞なんだねー」って。
益子:この何とも言えない隙間がある感じがいいよね(笑)。
―じゃあ具体的に聞くと、1曲目の“なまえ”はどうやって書いていったんですか?
吉岡:これは<君の名前を決めるとき〜>っていう最初の一節を杏奈ちゃんが書いてくれて、何に対して言ってるかわからないんですけど、それを飲み込んで続きを書いて行ってたら、その流れの中で「これはピンちゃんのことを歌ってるんだよ」って言い出して。
山田:私が飼ってるトカゲの名前です(笑)。
吉岡:ペットの名前を決めるときの歌やったんかって(笑)。それで僕も実家で犬を飼ってるんで、そっちに置き換えて(笑)。
山田:結果的には、聴いた人が何かを感じてくれればそれでいいんですけどね。
益子:余談なんですけど、この曲のドラムを叩いてくれたPOP鈴木さんが、レコーディングの後に2人に、「あの…お子様生まれたんですか?」って聞いてて、それぞれの解釈があるなって思いましたね(笑)。
型にはめて弾いてもらうってことに対する興味があんまりないから、キャラクターを含めての演奏依頼ができる人にしか関わってもらってないんです。(益子)
―吉岡くんも杏奈さんもボーカリストとして十分魅力があると思うんですけど、でも基本的には歌の人というよりは、音・サウンドの人だと思うんです。そういう2人が歌に比重を置いたユニットをやってるのがまた面白いところなんですけど、アレンジに関してはどう進めたんですか?
吉岡:アレンジに関しては、やるとしたらどっちかがやらないと終わらなかったと思うんですよ。「リズムパターン考えてね、僕上もの考えるわ」みたいに分離して考えるのは、この2人は無理だなって。なので、pairではアレンジに関しては2人とも最後の最後までノータッチで、詞とメロディーとコード進行だけ作って、あとは曲ごとに参加してもらったミュージシャンに演奏してもらいました。
益子:いわゆるアレンジャーはいないんですが、pairの2人はもちろんスタッフサイドも各曲に対するイメージを持ってるから、編成や曲の温度感みたいなものの共通確認をみんなで取った上で、「この人だったらこの楽曲を生かすアプローチをしてくれるよね」っていう人をお呼びして、演奏してもらうというやり方。
―そういう風に演奏を完全に委ねちゃうっていうのも初めての経験ですよね?
吉岡:初めてですね。LLamaのレコーディングのときは、自分が演奏したり歌ったりする以外のときも、常にブースにいてジャッジしてっていうのをしてたんで、今回はすごく気楽で、楽しかったです(笑)。
―例えば、僕“DRIVE”がすごく好きで、歌詞のテーマからしてシティポップっぽい感じがありつつ、でもペダルスティールが入って土臭い感じになってて、そのバランスが面白いなって思ったんですね。この曲はどうやってできたんですか?
山田:あれだけ詞からじゃないんだよね? pair合宿なるものを奈良でしたときに、ギターで新しい曲をもう1曲作ろうってなって、それを持ち帰って、家で歌詞をつけたから。
―言葉も音のイメージから出てきた?
山田:いろんな思いが混ざってるよね。私はオープンカーに乗りたいっていう気持ちがあったし、あと(吉岡に)彼女ができてウキウキの感じだったから、それで私も初々しい気持ちになって、自然と私が女の子の目線で、(吉岡が)迎えに来る男の子の気持ちでって。
益子:つまり、シティポップは意識してないと(笑)。何か型のあるものにはめて、「ああいう感じで」っていう会話はあんまりなかったね。元々俺は型にはめてそれに沿ったものを弾いてもらうってことに対する興味があんまりなくて、どっちかっていうと人ありきで、「この人だったらこういうことをしてくれるだろう」っていう、キャラクターを含めての演奏依頼ができる人にしか今回関わってもらってないんです。だから、“DRIVE”がああいうサウンドになったのも、元々のコードと詞とメロディーが呼んでたっていう感じが強いですね。
「いいね!」ってずっと言ってたんで…結構、自画自賛系だよね(笑)。(山田)
―アレンジの面で他に益子さんにとってポイントだったのはどんな部分ですか?
益子:最初に何曲かまとまって聴かせてもらっときに思ったのが、「pairにはベースいらないな」ってことで。ちょっと頼りない感じっていうか、不安定さっていうか、そういうのがあった方が面白い気がして、なるべく入れないようにしようと。他にはコンセプチュアルなこととかは全く考えず。音楽って、大元になる曲がしっかりしてると、音を呼んでくるものだと思うんですよね。それを間違わずにちゃんと見分けてあげると、すごくいいものができると俺は思っていて。“キセキ”っていうベースが入ってる曲も、最初にイメージにあったのはワウギターで、それこそシティポップ的なものが頭にあったのかもしれないけど、結果全然別のアプローチですごくよくなりましたからね。
―吉岡くんと杏奈ちゃんにしても、結果的に出来上がったものがよければオッケーっていうスタンスだった?
吉岡:そうですね、最終的にできたものが素晴らしければ。実際、レコーディングの日までどんなアレンジをしはるのかもわからなくて…。
―レコーディング当日まで知らなかったんだ。
吉岡:演奏してくれる人自体、初めて知るっていうこともありました。
益子:だから、俺は結構ドキドキしてたんですよ。そういう状況から録り始めて、もし2人が納得しなかったらヤバいじゃないですか? LLamaとかソロでは音に対してすごくシビアに考えてる人たちだから、ちょっとでも納得いかない方向に曲が向かっていってしまったらレコーディング自体止まるなって。でも、自分の人選に対する自信はあったし、参加してくれたミュージシャンの方々はセンスもスキルもあって、ただ演奏が上手いだけじゃなく、必要なものをくみ取って返してくれる人たちで、そういうミュージシャンに対する信頼もあって、このやり方ができたわけです。
―益子さんから各ミュージシャンへの信頼があり、2人からの益子さんに対する信頼もあり。
益子:もちろん、俺も2人の音に対するセンスは信頼してるしね。
―その信頼関係がなかったら成り立たない方法ですよね。杏奈さんはレコーディングをどう見てました?
山田:(吉岡と)2人でボーっと、コーラとか飲みながら、「いいね!」って(笑)。
―自分のソロとか、LLamaだったら絶対そうはならないよね(笑)。
吉岡:自分も「いいね!」みたいに言えるんやって、びっくりしました(笑)。
山田:「いいね!」ってずっと言ってたんで…結構、自画自賛系だよね(笑)。
レコーディングは食材を冷凍するってことで、ミックスっていうのは解凍して調理する作業なんです。(益子)
―3人はそれぞれがプレイヤーでもありエンジニアでもあるわけじゃないですか? なので、今作の録音やミックスについても多少突っ込んでお伺いしたいのですが。
益子:透明感のあるものっていうのはずっと頭の中で鳴ってたかな。楽器を録ることに関しては、そこで鳴ってる音をいかに捉えるかっていうことしか考えないけど、全体としては背景に黒を塗らない感じというか、見通しのいいサウンドにしたかったっていうのはありますね。
吉岡:実際に演奏してる音を聴いてるわけですけど、それをマイクで録って、ミックスしてマスタリングしてっていうのを、最初に聴いたリアリティを最後まで失わずにやれるもんなんだっていう、そこがすごいなって思いましたね。
益子:よく思うのが、レコーディングは食材を冷凍するってことで、ミックスっていうのは解凍して調理する作業なんです。最初の冷凍が上手く行ってないと、解凍して調理しても美味しいものはできないじゃないですか? だから、レコーディングにはすごい緊張感があって、今言ってくれたみたいに最後まで新鮮さを保ててたとしたら、それはすごくいい状態でレコーディングできてたんだなって。
吉岡:感服しました(笑)。
記憶に残るような、いい音楽っていうのがいい音なのかなって。(吉岡)
―杏奈さんはご自身のソロで益子さんからミックスの技術的な部分を教わったそうですが、それによって音楽との向き合い方が変わったりしましたか?
山田:私は楽器のプレイヤーとかボーカリストじゃないから、突き詰めてしまえば、ミックスの段階のことが一番やりたいことなんです。そのやり方を教えていただいて、自分の作りたい音にひたすら突き進みながらも、引いてバランスを見るっていうこともできるようになったのかなって。
―せっかくなので3人それぞれにお伺いしたいのですが、「いい音」って言ったときに、その尺度って様々じゃないですか? その人の表現や世界観に合った音が「いい音」でもあるし、リスニング環境が多様化する中で、それぞれに対応するのが「いい音」だっていう見方もある。そこで、みなさんそれぞれにとっての「いい音」の定義を話していただきたいのですが。
吉岡:いい音っていうのは…いい音楽なのかなあ。時代の流行りで「今はこんなスネアの音が流行ってる」とか、そのとき流行ってる音をいい音っていうのは違うと思うんで…。記憶に残るような、いい音楽っていうのがいい音なのかなって。
山田:自分がいいと思えば、ですよね。ホントに直感的な、「自分がいいと思えばいい音です」っていうところに尽きますね。
益子:難しいですけど、俺は何のストレスもなく聴ける音だと思うんですよ。好みとかが介在するから、一概に「これがいい音」とはもちろん言えないけど、普通に生活してる中で、耳障りな音って絶対避けようとするじゃないですか? 表現のひとつとしてあえてノイズを入れるとかじゃなくて、耳障りだと感じる音がいっぱい入ってたら、それはいい音だとは思わないでしょうからね。
のほほんとはしてるんだけど、最終的な仕上がりには、納得しないと絶対にOKしない人たちだからね。(益子)
―では最後に、pairとして作品を作ったことで、個々の活動にフィードバックされるであろうことがあれば教えてほしいのですが。
山田:ここでしかできない欲をpairで満たしましたっていう感じなので、根本的なところで何かを学んだり変わったりっていうのは、お互いゼロだと思うんです。普段は1人でやっているので、誰かとやり取りをするのはすごく新鮮で、それをストレスなく普通にできるのは、よよたん(吉岡)だけだったかなっていう風には思います。
吉岡:たまたま杏奈ちゃんと、自分が作るとは到底思ってなかった音楽を作れたんで、貴重な経験ではあるんですけど、これをLLamaに持って帰って何かしようとしても…何もできないかな(笑)。
―それぞれの活動では絶対にできないからこそ、pairは貴重であり、楽しい制作だったわけですね。
吉岡:こういう音楽のあり方を僕が最初から知ってて、10年ぐらい続けてきたとしたら、全然違う人間になってたやろうなとは思いますね(笑)。
益子:1人で徹底的に構築して、自分にとって侵食されたくない部分をわかった上で誰かとやるのと、それをわからずにやるのは絶対違うだろうけどね。そういう意味で、この2人はいい意味でドライっていうか、触れない方がいいところは触れないで進めてきたからこそ、上手く回ったのかなって。のほほんとはしてるんだけど、最終的な仕上がりには、納得しないと絶対にOKしない人たちだからね。
- リリース情報
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- pair
『pair!』 -
2012年8月29日発売
価格:2,625円(税込)
Bright Yellow Bright Orange / WRCD-611. なまえ
2. peco
3. 鋼鉄の街
4. まだこない
5. Drive
6. キセキ
7. ツノ
8. 今は…
9. You've got a friend
- pair
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- 山田杏奈
『カラフル』[WAV] -
価格:1,800円(税込)
知られざる才女、集大成的1枚
- 山田杏奈
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- LLama
『インデペンデンス』[MP3] -
価格:1,350円(税込)
ツインドラムが組み立てる緻密でいて自由なリズム
- LLama
- プロフィール
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- pair
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京都を拠点に活動する楽団バンド、LLamaのVo.Gt.にして首謀者・吉岡哲志と、2011年12月にHEADZよりソロアルバムもリリースした女性アーティスト山田杏奈の男女ユニット。ROVOの益子樹がプロデュース、またゲストには勝井祐二(ROVO)、岡部洋一(ROVO)や鬼怒無月ら一流ミュージシャンがゲスト参加した。
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