束縛したらうまくいかない 中村恩恵&内橋和久インタビュー

自分の世界を表現し続けるアーティストにとって、コラボレーションとは自分の表現の領域を大きく広げる可能性を持つ一方、お互いの個性を打ち消し合ってしまう危険性も併せ持った、「諸刃の剣」といえる。この3月、青山円形劇場で行われる『ASLEEP TO THE WORLD』は、そういった意味で刺激的なコラボレーションが見られる注目の作品だといえるだろう。振付は世界的コンテンポラリーダンサー中村恩恵。ダンサーには舞踏からキャリアをスタートさせ、日本のダンスシーンを牽引している鈴木ユキオと、世界的に活躍しコンドルズでの活躍もめざましい平原慎太郎。さらになんといってもその音楽を、即興音楽家でギタリスト、劇団維新派の音楽監督、さらに日本唯一のダクソフォン演奏家としても知られ、UA、細野晴臣、くるりのプロデュースや客演なども務める内橋和久が担当する作品というのは、一体どういうものだろう? そんな疑問を胸に、稽古直後の中村とベルリンから帰国直後の内橋に、青山円形劇場の舞台上でインタビューする機会を得た。アーティストとして正直に表現することのやりがい、そんなアーティストが他者とコラボレーションするときの心構え。そこにはとてもシンプルで、誰にも通じるコミュニケーションのヒントがあった。

当時の維新派の音楽は段取りも決めず、役者が暗黒舞踏スタイルで踊っていて、こっちも好きに即興で演奏するという感じでした(笑)。(内橋)

―僕、内橋さんが長年音楽監督を担当されている劇団維新派の舞台を20年以上前に初めて観て衝撃を受けて以来、ずーっと毎年観ているんですよ。

内橋:素晴らしいですね(笑)。ありがとうございます。

―劇団員が自ら、何もない屋外に巨大な舞台と客席を作って、公演が終わったら全部解体して撤収するとか、台風の突風の中で役者もお客さんもびしょびしょに濡れながら演っていたり、言葉遊びのようなセリフまわしとか、こんな世界があるのか!? と、本当に驚きました。

内橋:僕は濡れたら感電死してしまうので、台風のときは雨の当たらないところで演奏していますけどね(笑)。維新派は、もう30年近くやっています。僕も20代の頃、一緒に即興演奏をやっていた山本公成さん(音楽家)に「今日、ライブあるから一緒に演ろう」って誘われて連れて行かれたのが初めで、行ったら屋外劇場のステージの上で「何これ!?」みたいな。まだ「日本維新派」と名乗っていた頃で、当時は完全に暗黒舞踏のスタイルでしたね。

内橋和久
内橋和久

―役者が舞台上でウンコとかしていた頃ですね。

中村:ええーっ!?(笑)

内橋:当時は無茶苦茶してたんですよ(笑)。

―いまはそんなことないので、誤解のないように(笑)。ただ、いま思えば、暗黒舞踏がアンダーグラウンドだった最後の時代でしょうね。内橋さんはミュージシャンでありながら、今回の中村恩恵さんのようなダンサーや劇団とのコラボレーションを数多くされていますが、そういったご活動のきっかけは、維新派が初めてだったんですか?

内橋:そうですね。当時の維新派の音楽は段取りも決めず、暗黒舞踏のスタイルで 踊っている役者に対して、こっちも好きに即興で演奏する、という感じでした(笑)。それまで舞台作品を観たこともなかったし、初めての劇場体験が維新派だったので、あれが僕の中で基本になってしまったんです(笑)。だからいまでも普通の基準がよくわからないんですけど、それがかえって良かったのかなと。

内橋さんとのセッションでは、初めての音体験が沢山あって、新しい感覚が目覚める感じがしました。(中村)

―一方、今回の作品『ASLEEP TO THE WORLD』で振付を担当する中村恩恵さんは、幼い頃からバレエを修め、新人ダンサーの登竜門『ローザンヌ国際バレエコンクール』でプロフェッショナル賞。そしてオランダの世界的コンテンポラリーダンスカンパニー「ネザーランド・ダンス・シアター」のトップダンサーとして活躍されるなど、アンダーグラウンドとは正反対の世界でご活動されてきたように見えます。今回のコラボレーションはどういったきっかけで生まれたんですか?

中村:内橋さんとは、3年前にアンサンブル・ゾネというカンパニーの公演に呼んでいただいたときに音楽を担当されていて、そこで初めてご一緒しました。私と主宰の岡登志子さんと垣尾優さん(元contact Gonzo)が振付作品をやったり、即興だけのときもあったり。

内橋:神戸とその後『あいちトリエンナーレ』でやったのかな。ま、遊ばせてもらっていただけなんだけど(笑)。

『ASLEEP TO THE WORLD』
『ASLEEP TO THE WORLD』 Photo: Shingo Shimizu

中村:そのとき内橋さんには色々と助けていただいたんです。私はあまり即興での公演はやらないうえ、岡さんとも垣尾さんともそのとき初めて会うくらいの感じだったんですね。

―人見知りを(笑)。

中村:ええ。動きのタイプも違うし、彼らは彼らの世界を持っていて「私はここで何をしたらいいんだろう……」って舞台の上で固まっていたんです。そのとき内橋さんがポイって羽のついた楽器のようなものを私に向かって投げてくれて(笑)。

中村恩恵
中村恩恵

内橋:何を投げたんだろう? それは覚えてないなあ……。ダクソフォン(世界に8台しかない楽器)に羽がついたパーツもあったけど、僕、楽器は投げないし(笑)。

中村:じゃあそれを演奏している内橋さんのイメージだったのかしら。とにかく内橋さんがきっかけになって、私はフリーズ状態から開放されたのを覚えていて。その印象が強くありましたね。

内橋:2回目からはお互いのことも掴めてきた感じでしたね。

中村:西洋音楽って「鼓膜で感じて脳でアナライズして理解して応答する」となりがちですよね。でも音ってそもそもは振動なので、身体のあらゆる部分で感知できるはずじゃないですか。

内橋:そうですね。

中村:内橋さんとのセッションでは、初めてそれを実感できた。自分のインスピレーションの中枢に直接ポンっと刺激がくるような気がしたんです。すごく新しいなと思った。私にとって初めての音体験が沢山あって、新しい感覚が目覚める感じがしました。

内橋:それは僕もいつも考えていることです。音楽は、観客に理屈で考えさせないようにしなきゃいけない。理屈で整理すると理解しやすくなるけど、それはすごく危ないことなんです。観客には「理解できないけど、何これ? すごい!?」みたいに思わせないと(笑)。

左から:中村恩恵、内橋和久

ダンスって「掴んだ瞬間になくなってしまうような儚いものを、それでも掴み取って見せよう」とする行為だと思うんですよ。(中村)

―今回の作品のタイトル『ASLEEP TO THE WORLD』は、ペルシャ文学史上最大の神秘主義詩人といわれる、ジャラール・ウッディーン・ルーミーの詩のタイトルだそうですね。

中村:はい。青山劇場のプロデューサーと話して決めたものです。「じつは人間の魂が覚醒するのは、身体が眠っているとき。身体が覚醒しているとき、魂は眠った状態にある」という内容の、とてもステキな詩です。

―ルーミーはスーフィズム(イスラム教神秘主義)のなかでも旋回舞踊で有名なメヴレヴィー教団の始祖と言われていますね。イスタンブールの寺院で観光用の見世物ではない、日々の礼拝としての旋回舞踊を見たことがあります。円形の建物自体の中心でダンサーが旋回舞踊を舞うので、だんだん壁がまわっているような錯覚になって、頭はスッキリしているのに意識が遠のくような不思議な酩酊感がありました。

中村:無意識と身体の関係は、面白いですよね。身体は実際に見えるし触れることもできますが、ダンスって無意識のような「掴んだ瞬間になくなってしまう儚いもの」を、それでも掴み取って見せようとする行為だと思うんですよ。

『ASLEEP TO THE WORLD』
『ASLEEP TO THE WORLD』 Photo: Shingo Shimizu

―ダンサーにとって、身体は表現するための道具であると同時に、決して替えることのできない檻でもある、とも言えますね。

中村:はい。そして自分の身体という檻から出ようとすればするほど、結局は身体というものに深く留まっていくことになる。ダンサーは「観客は自分のダンスを見ているのに、自分のダンスは生で見ることはできない」など、さまざなジレンマを抱えながら表現しているんですよね。ルーミーの詩の内容は、そういう「踊りとは何か」「私たちは踊りを通して何を生きているのか」ということを考えさせてくれる、大きなテーマになっているんです。

―今回はダンサーも豪華ですね。鈴木ユキオと平原慎太郎。どちらも今をときめくダンサーですが、ダンスや身体のタイプはかなり違いますね(笑)。

内橋:僕は鈴木さんとは2年前に『HEAR』という作品でご一緒させていただきました。

鈴木ユキオ
鈴木ユキオ Photo: Shingo Shimizu

中村:私は鈴木さんを見たとき、人が美しいっていうのはこういう姿なんだなって思いました。エネルギーが溢れているけれども同時にすごく静かで透明感がある。驚いたのは、彼が動くときに音が全くしないこと。身体が擦れる音がしない。気配がないんです。

内橋:彼は舞台上にいるのに「いないフリ」をするのがとても上手だよね(笑)。

中村:私はバレエの出身なので、動きを見るのに「ダイナミック」「的確」「シャープ」とか、アカデミックな尺度はあるんです。でも彼は彼にしかない尺度で動いているので、私の物差しでは測れない。測れないのに、ステキだということはわかる(笑)。私の中にはない、数量化できない魅力に惹かれましたね。

―もう1人、最近はコンドルズでも活躍されている、平原慎太郎さんについてはどうですか。

中村:ご一緒するのは今回初めてなのですが、彼がまだNoism(日本初の劇場専属芸術団体、新潟市民芸術文化会館を拠点に活動)にいたときに交わした、ふとした会話から、私と共有できる感覚、経験を持っている人だな、という印象をとても強く持っていたんです。彼もバリバリのバレエダンサーというわけではなく、ヒップホップやコンテンポラリーダンスなどを経過していて、型にはまっていない自由さを感じます。

平原慎太郎
平原慎太郎 Photo: Shingo Shimizu

―この2人のダンスが舞台上で出会い、さらに内橋さんの音楽が加わると、どんなことになるんでしょう?

中村:楽しみですよね。色々な物差しが交錯するんだけど、結局どの物差しもアテにはならなくなっちゃうような、そんな舞台になると思います(笑)。

大切なのは「相手を束縛しない」ということ。一緒にやる以上は、相手に対しても全部イエス。受け入れる。(内橋)

―内橋さんからは、中村さんの振付と2人のダンサーに対して、どのように絡んでいくことになりそうですか?

内橋:実際に作っていくのはこれからですが、今回は振付作品なので、ある程度曲を作ったうえで、即興的なことも入れていこうかなと思っています。あと、相手がミュージシャンでもダンサーでも大切なのは「相手を束縛しない」ということ。自分を開放させるのはもちろんだけど、一緒にやる以上は、相手に対しても全部イエス。受け入れる。だからその前には相手を選ぶけど(笑)。でも、そういうメンバーの中で、みんなが正直に自分の向かいたいところを目指せば、作品は自然に成立すると思う。自分がその場に一緒にいて楽しい人っていうのは、その相手によって自分がどんどん開放されていくような人だと思うんですよ。

内橋和久

―以前、内橋さんは学生の頃、フリージャズとかは聴かなかったと。ああいうぶつかり合う喧嘩みたいな即興演奏というのは好きじゃなくて、空間の中に1つの音があったとしたら、それを皆で大事にするような即興が好きなんだ、ってことを書いていましたね。

内橋:即興って誰とでもできるんだけど、その反面誰とやっても上手くいくとは限らない。そもそも上手くやろうとして出来るものではないから。

―内橋さんにとって、上手くいったときの即興演奏やコラボレーションというのはどんな感じですか?

内橋:そんな瞬間は、その時間を一緒に過ごしているだけで心の底から本当に楽しい。いくらでも音が出てくるし、僕たちだったらどこへでも行けるんじゃないか、みたいな安心感までも湧いてくるんですね。

―きっと、自分自身が自然にやりたいことをやって、相手も同じようにすることを、本気で認められる、楽しめる、というのが1つの才能だし、大事な素質なのかもしれません。

中村:私たちみたいな仕事って、ある意味人から必要とされないといえば、されない仕事じゃないですか。なので、何のためにやっているのかということを測る尺度として、どこまで本当に自分の魂が震えているかを感じ取れるか、っていうことも大事ですよね。

中村恩恵

内橋:それが一瞬でも感じられる瞬間があったら、次に続ける原動力になると思うし、一度もなかった人は多分長く続けられないのだと思う。それは上手い下手ではないし、才能のあるなしでも多分ない。いくら才能のある人でも辞めちゃった人はいっぱいいるもんね。もったいないと人は言うけど、本人がそこに自分の人生を賭けれなかったら続けられないよ。それに僕の場合は、お客さんがいなかったら全くやる気が出ない。1人でも来てくれたらその人のために喜んでやるけど、1人もいなかったら絶対やらない。

―それは表現に対するレスポンスが大事ということですか? その場を共有する人の存在っていう?

内橋:お客さんも演奏者も含めて、どんな時間を一緒に過ごせるのかっていうこと。お客さんとは、舞台が終わったら二度と会うことはないかもしれないけど、貴重な自分の人生のある時間を割いて来てくれるわけでしょ。だから僕はその人に何を残せるのかな、っていつも思うわけ。それってすごく大切なことだと思うんです。少し傲慢に聞こえるかもしれないけど、できたら自分の音楽で、その人の人生を変えるぐらいのインパクトを与えられたらと思う。じゃないとつまんないなと。激しい表現で衝撃を与えるだけじゃなくて、考えさせられるようなこととか。そのときは全然わかんなくてもいいんだけど、それからそれがしばらく頭から離れないっていうのとかね。もちろんそれだけが目的じゃないですけど、結果的にそうなればいいな、と思っています。

中村:さきほど今回の作品のテーマについて「踊りとは何か、私たちは踊りを通して何を生きているのか」と言いましたね。アーティストが何に向かって進んでいったらいいのかといえば、それはもう自分の魂が震える方向へ突き進むしかないんです。もし、それを受け入れて頂けたら本当に嬉しい。そんな、私たちの魂が震える作品を、ともに楽しんでいただければと思います。

イベント情報
『「ASLEEP TO THE WORLD」TOKYO DANCE TODAY #8』

2013年3月7日(木)〜3月10日(日)
会場:東京都 こどもの城 青山円形劇場
時間:3月7日、8日(19:30開演)、3月9日、10日(15:00開演)
※開場は開演の30分前を予定

振付:中村恩恵
共同振付・出演:鈴木ユキオ、平原慎太郎
音楽・演奏:内橋和久
ドラマトゥルク:廣田あつ子
衣裳:堂本教子
美術:長田佳代子
照明:三浦あさ子
音響:牛川紀政
舞台監督:原口佳子

料金:前売3,700円 当日4,200円(全席自由)
※3才未満は入場不可
※3月9日15:00開演の回にのみ3才以上高校生まで2,000円(前売のみ取扱い)

プロフィール
中村恩恵

振付家イリ・キリアン率いるNDTにて活躍。2000年オランダGolden Theater Prize受賞。01年彩の国さいたま芸術劇場主催キリアン振付『ブラックバード』に主演、ニムラ舞踊賞受賞。07年活動拠点を日本に移し「Dance Sanga」を設立。Noism07『Waltz』(舞踊批評家協会新人賞受賞)、ダンストリエンナーレトーキョー2009にて自作自演ソロ『ROSE WINDOW』、Kバレエにて『黒い花』などを上演する。11年Dance Sanga主催にて『Songs of Innocence and of Experience』を上演、好評を博す。11年文化庁芸術選奨文部科学大臣賞、および江口隆哉賞受賞。

内橋和久

ロック、ジャズ、現代音楽、ポップミュージック、あらゆる音楽シーンを無尽に横断、即興演奏とコンポジションの融合を図るギタリスト、作・編曲家、プロデューサー、日本唯一のダクソフォン演奏家。舞台芸術では1980年代から維新派の音楽監督を務めるほか、アンサンブル・ゾネ、東野祥子、鈴木ユキオ、宮本亜門、河原雅彦、Lukas Hemlebらとの共同作業で知られる。また、共演歴も世界各国の即興演奏家はもとより、高橋悠治、UA、細野晴臣、くるり等、現代音楽家からポップミュージシャンまで幅広く、ヨーロッパと日本のみならず、アジア諸国での演奏活動など、活動は多岐にわたる。ベルリン在住。



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