ピアノの上で踊るメロディーとポジティブな言葉、人柄が滲み出た優しい歌声。高度な音楽性が脚光を浴びる近年のピアノソロシーンにおいて、あえて「難しいことはやらない」と言ってのけるのが、モリカワヒロシによるソロユニット「Rails-Tereo」(レイルステレオ)だ。前作『Pop Sings Pop Things』では全9曲中5曲にCMタイアップがつくなど、誰の耳にも心地よく響くメロディーと歌声が高い評価を受ける中、満を持してセカンドアルバム『Piano Pop Life』をリリースする。仕事と音楽を両立しながらも、常に希望を持って音楽を作り続けてきたモリカワに、自身の音楽性や、ポジティブの源までを語ってもらった。
高校時代は家に帰ったら1曲作るのが日課でしたね。
―モリカワさん、背高いですよねぇ。何cmあるんですか?
モリカワ:187cmあります。
―握手したときにビックリしましたけど、手も大きいですよね。ピアノ弾きやすそうだなと思いました(笑)。昔は野球少年だったらしいですけど、ピアノは何才から始めたんですか?
モリカワ:姉がやっていた影響もあって、3才からやってました。それと、母が琴の先生をやってるんです。だから、琴とか三味線とかは毎日家に流れていて。
―ちゃんと音楽をやろうと思ったのはどんな流れで?
モリカワ:中学1年のときに布袋(寅泰)さんの音楽を聴いて、「コレや!」と思って。そこから自分で曲を作り始めたんです。
―そうなんですか!? 布袋さんはRails-Tereoほどポップスなイメージはないですけど……。
モリカワ:中学までは野球も一生懸命やりながらだったんですけど、高校に入ってからは音楽のほうが楽しくなってきて。高校時代は家に帰ったら1曲作るのが日課でしたね。いまは恥ずかしくて聴けないような駄作ばっかりですけど(笑)。そのあと音大に入学して、作曲の勉強をして。
―バンドとかはやってなかったんですか?
モリカワ:中2で始めました。とにかく布袋さんみたいなことをしたくて。だからギタリストになりたかったんですけど、バンドのメンバーを集めたら、みんなギタリストになりたい人たちで(笑)。ドラムが1人だけいて、あとはギタリスト3人。そのうちの1人がポンとうまくなっちゃったので、その次にうまい子がベースをやることになって、残った僕は「お前歌ったら?」って言われてボーカルになったんです……(笑)。
Rails-Tereo
―ボーカルが残るって珍しいですね(笑)。いまRails-Tereoでやっている曲を聴くと、布袋さんというよりもジャズっぽい要素が強いですよね。
モリカワ:もともと洋楽も大好きで、初めて買ったCDはPrinceとかスティービー・ワンダーとか。大学のときはジャズファンクのバンドをやったりもしましたし。ジャズはウィントン・ケリーとか、ホレス・シルバーとか、ちょっとファンキーなピアニストが好きでしたね。
―その中で一番影響を受けたのは誰なんでしょう?
モリカワ:やっぱり布袋さんですね。わかりやすさというか、鼻歌で歌えるキャッチーな要素にはすごく影響を受けてるんです。布袋さんのギターソロって歌えるじゃないですか? どちらかというと速弾きよりもメロディアスなソロが多かったりして。
―洋楽好きの布袋さんファンが音大で勉強すると……。
モリカワ:こういう感じになるんですかね(笑)。
音楽に専念しようと思って、もうすぐ退社するんです。
―いまはサラリーマンと並行して音楽をやられているんですよね。大学卒業後は普通に就職して?
モリカワ:卒業してから3年間は、タワーレコードでアルバイトをしてたんです。ポップスの輸入盤を担当していて、最後は入荷担当で在庫チェックをしたり。
―じゃあ、当時は海外のポップスを聴きあさってたんですか?
モリカワ:ガンガン聴きあさりましたね。あのときが一番いろんな音楽を聴いてました。それに、そこで働いていた人が個性の強い人ばっかりだったんですよ(笑)。僕も入った当時は、自分では「音楽知ってるわ」と思ってたんですけど、ある日「モリカワ君はCD何枚くらい持ってるの?」って訊かれて、「500枚くらいですかねー」って答えたんですね。自分では多いと思ってたんですけど、「何枚くらい持ってるんですか?」って訊き返したら、「うーん、3万枚くらいかな」って(笑)。
―自分でCD屋開けるレベルですね(笑)。
モリカワ:CDだけで1部屋潰れてるって言ってましたね……。本当にマニアックで、音楽が大好きな人ばっかりだったので、ものすごく影響を受けましたね。
―タワーレコードを辞めた後は?
モリカワ:一度音楽だけでやっていけるかトライしたんですけど、なかなかうまくいかなくて。1年で結果を出そうと思ってたのが、いま考えると甘かったんですけど。でも転機があって、いまも勤めているCM制作の会社に入ったんです。そこで裏方の仕事をイチから学んで、音楽業界のいろんな人に出会ったり、どういう流れでモノができていくのかわかるようになって。それは本当に勉強になりましたね。
―前回のアルバム『Pop Sings Pop Things』は9曲中5曲もCMのタイアップがありましたけど、それは仕事も関係してたんですか?
モリカワ:それが全然関係なかったんですよ。最初に「Z会」のCMに“db -デシベル-”が採用されたときは、レコーディングをしたスタジオの方から「こんな募集してるけど出してみない?」って言われて、コンペに出してみたら採用されて。2本目以降のCMは、著作権の管理をお願いしているSMP(ソニー・ミュージックパブリッシング)さんに繋げていただいて決まったので。
―そうなんですね。いまの仕事はどのくらいの期間やられてるんですか?
モリカワ:8年くらいですね。でも、もうすぐ退社するんです。音楽に専念しようと思って。
僕のテーマは「99%希望で1%後ろ向き」かもしれない。
―これは愚問かもしれないですけど、仕事は充実してても、シンガーソングライターとしての活動のほうが、モリカワさんの中では大きいということですよね?
モリカワ:そうですね。周りの方々にも、すごく真剣に支えていただいて。だからこそ自分も応えていきたいなっていうのがあって。仕事を辞めることにしたのも、それに100%応えられる状況にしたいなと思ったのがきっかけで。
―そこで仕事のほうを優先しますっていう選択肢はなかったんでしょうか?
モリカワ:明日自分が生きているかもわからないから、自分が本当にやりたいことを優先したいなと思って。今回のアルバムは『Piano Pop Life』というテーマで作ったんですけど、3.11の震災が起こったり、自分の祖父母が亡くなったりもして、生まれてくることと亡くなっていくことを考えたときに、1日1日の大切さに改めて気付いたんですよね。当たり前だと思いがちだけど、実は当たり前じゃないことを、もっとうまく表現できたらいいなと思って書いた曲が多いんです。
―どの曲も結論はポジティブだけど、ところどころに仕事と両立する辛さとか、未来に対する不安が見え隠れしているなと思ったんです。希望と不安が入り混じっていて人間臭いというか。
モリカワ:それは出てるかもしれないですね。前回は自分の体験半分にストーリー性を加えて構成していた曲が多かったんですけど、今回は気持ちに対してストレートな表現を自然と選択していたみたいで。その比重が変わってきてるなと思って。
―より素直になったということですか?
モリカワ:そうですね。前回のアルバムがセリフのような感じだとしたら、今回はより自分の言葉に近いのかなと思いますね。言葉自体もシンプルになってきてますし、そのほうがストレートに伝わる気もしていて。3.11については、僕は被災地で経験しているわけではないので、そのリアリティーを自分が完全に表現できるわけではないと思います。ただ、時間はみんなに平等に流れていて、「人生のこと」や「生き方のこと」っていうのは、共通でわかり合えるし、表現できることなのかなと思ったんです。あんまり隠し過ぎてわけがわからなくなるよりは、「僕はこういうふうに思ってます」って最初から手の内を出してしまうような感じになってると思いますね。
―手の内を出してしまっても、不安を素直に書いても、ネガティブに聴こえる曲が全然ないですよね。そうならないようにしているポリシーみたいなものがあるんですか? 人によってはとことんネガティブに落としこむ音楽もあるじゃないですか。
モリカワ:スガシカオさんのようなね。スガさんご本人は「99%後ろ向きで1%希望」みたいなことをテーマにしてるとおっしゃっていた時期もありましたけど、僕はむしろ逆かもしれない。やっぱり暗くなるのが嫌いなんですよ。普段からイライラしてる人とか、愚痴ばっかり言う人の側には極力いないようにしてますし。なるべく楽しい現場にいたいから。
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思ってないことを歌っても伝わらない。
思ってないことを歌っても伝わらない。
―Rails-Tereoの曲は、どれも耳触りのいいメロディーが特徴だと思うんですけど、曲作りのこだわりは?
モリカワ:生活の中に溶け込む音楽というか、楽しいとき、嬉しいときに鼻歌ですぐ歌える曲を一番のテーマにしてますね。最近はガンガン転調したり、複雑な曲も多いじゃないですか? それも素敵だと思うんですけど、別に僕がやらなくてもいいかなって。
―確かにピアノの男性ソロって、アカデミックな匂いのする人が多いですよね。末光篤さんとか、大橋トリオさんとか。そことの違いもまた面白いですね。
モリカワ:もともとギタリストに憧れていたので、あんまりピアノをピアノっぽく弾いてないというか。どちらかというとコードをじゃーんと鳴らすノリがあるのかもしれないです。歌詞も難しい言い回しはほとんどなくて、シンプル過ぎるくらい簡単な言葉が多いですね。僕はコアなリスナーに評価されたいとか、そういうことは全然考えてないので、とにかく一緒に歌いたいと思ってもらえる曲を目指したいんです。
―そういう意味では“走り出す”とか、1回聴いたら忘れないですよね。昨日ライブを見て、手拍子が入るところとか、一発で覚えちゃいましたから。
モリカワ:そう言ってもらえると嬉しいです。やっぱり耳に残したいっていうのが大前提なので。
―特に今回のアルバムは、「ここからがスタート」みたいな気持ちが強く出ているんじゃないかと思って。“Walkin'”の歌詞もまさにそういう感じがしますけど、やっぱりいまの自分と重ね合わせている部分も?
モリカワ:聴いた方が自分に置き換えても当てはまるように作ってるんですけど、自分に向けて言っているところもあるのかもしれないですね。“Walkin'”は意志が弱い人のことを歌っていて。僕もそういうところがあるのですが、ついつい「いまこんなところにいるのは誰々のせいだ」とか言ってしまいがちじゃないですか? 自分のことを棚に上げて。
―この曲ではむしろ「ほかの誰でもない僕の力で 選んで来たんだろうな」って歌ってますよね。
モリカワ:結局、その道を選んでいるのは自分ですからね。だから、ちょっと意識を変えるだけで違うところに行けると思うんです。そういう弱い部分は自分で直していけるんだよって。
―なかなかそういう考え方はできないですよね。「歌い続けていくんだ キツくても」っていう歌詞は、仕事との両立が大変という意味ですか?
モリカワ:あ……。そこはキーが高かったので(笑)。
―そっちの意味ですか!
モリカワ:そこは完全に遊びなんです(笑)。
―でも実際、仕事との両立は大変なんじゃないですか?
モリカワ:正直に言えばキツかったですよ。去年は特に。平日は働いて、年間40本ライブして、イベントとかもあったし、レコーディングもしてましたし。1年で8kg痩せましたから。でも、いまの仕事は、本当に気持ちいい人たちばかり周りにいて。環境的にも、ライブがあるから休みますっていうのも許してくれたし、一緒に働いている人も僕の活動を応援してくださってたし。
―そうやって、周りの人や聴く人に対して、ネガティブな気持ちに触れさせないようにしてるんですね。
モリカワ:そうですね。逆にネガティブさを表現するのは得意じゃないかもしれない。ハタチそこそこのときは、わざと暗い曲ばっかり書いていたんですよ。自分の中でそういうのが流行っていて。でも、そのときの曲は聴けたものじゃなかったので、本当はネガティブな曲を書こうと思っても書けないかも……(笑)。
―いまポジティブなのは、その反動もあって?
モリカワ:反動というか、そもそもがきっとポジティブなタイプなんですね。当時はネガティブなものにハマってみたものの、最終的に説得力がないことに気付いたんですよね。やっぱり、思ってないことを歌っても伝わらないんでしょうね。
- リリース情報
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- Rails-Tereo
『Piano Pop Life』 -
2013年4月3日からiTunes Storeで先行配信
価格:1,200円(税込)1. 走り出す
2. Walkin'
3. 冷たい雨
4. Dancin' in the darkness
5. Say Hello Say Goodbye
6. Precious
7. Listen to myself 〜心の扉〜
8. Singin' about you
9. 春色模様
10. 走り出す -GIRA MUNDO MIX-
- Rails-Tereo
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- Rails-Tereo
『Piano Pop Life』(CD) -
2013年4月24日発売
価格:2,000円(税込)
SSCX-104911. 走り出す
2. Walkin'
3. 冷たい雨
4. Dancin' in the darkness
5. Say Hello Say Goodbye
6. Precious
7. Listen to myself 〜心の扉〜
8. Singin' about you
9. 春色模様
10. 走り出す -GIRA MUNDO MIX-
- Rails-Tereo
- イベント情報
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- CINRA presents
『exPoP!!!!! volume71』 -
2013年5月30日(木)OPEN 18:30 / START 19:00
会場:東京都 渋谷 O-nest
出演:
Rails-Tereo
henrytennis
and more
料金:無料(2ドリンク別)
- CINRA presents
- プロフィール
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- Rails-Tereo
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大阪在住のシンガーソングライターモリカワヒロシ(Vo.&Key.)によるソロユニット。「Z会」「イオンバイク」など、5曲ものTVCM曲が誕生した前作『Pop Sings Pop Things』から約1年、ピアノの音色の素晴らしさを再確認できる極上のピアノポップスがぎっしり詰まった2ndフルアルバム『Piano Pop Life』をリリース。リードトラック“走り出す”が関西テレビ“ハピくるっ!”エンディングに決定するなど、類稀なメロディーセンスが注目を集めている。
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