クラブシーンの「へうげもの」 小林径インタビュー

群雄割拠の漫画界で、異色の存在感を放つ山田芳裕『へうげもの』(講談社『モーニング』連載中)。武勲はイマイチな武将・古田織部(1544〜1615)がやきものと茶の湯に魅せられ、破格の「へうげる=ふざける / おどける」感性で独自の価値観を極める物語だ。笑いも涙も野望も抱え込んでの熱いドラマが繰り広げられる中、クラブ界の大御所DJ・小林径との乙なコラボ盤『Kei Kobayashi×へうげもの=数奇國』が発売された。山田からのリクエストに対し、ジャンルを越境する手さばきで、小林が『へうげもの』ワールドを大胆解釈した一枚だ。

実は小林径、現代アート好きから始まり、無類の茶の湯・やきもの好きでもある。そこで今回は、アルバム誕生の背景はもちろん、DJと茶の湯の共通点(!)、『へうげもの』の舞台である安土桃山時代から今の日本を眺める視点で語ってもらった。さらにインタビューのフォロー役として、『へうげもの』担当編集者も参戦。趣ある陽春の和室にて交わされた、ときに「ホヒョン」と軽快で、ときに「どぺぇっ」と豪快な語りの一部始終をどうぞ!

『へうげもの』って、古美術を知らない人でも楽しめる一方、ある程度知らないとわからないギャグが多いんです。(小林)

―今回のアルバムは、小林さんのDJとしての目利き(耳利き?)による選曲が『へうげもの』ワールドを織りなす一枚ですが、そもそもの実現のきっかけは?

小林:『へうげもの』の企画アルバムは第2弾なんですが(第1弾:cro-magnon×Hyouge Mono『乙』)、ポニーキャニオンの担当・村多正俊さんからお話をもらったのが始まりです。彼自身が古唐津の熱心なコレクターで、古美術屋さんが集まる飲み屋で顔を会わせたりしていたんです。

―小林さん自身も茶の湯ややきもの好きで、雑誌連載もしていたほどですよね。音楽界にはそういう人、多いんでしょうか?

小林:クラブ関係の知り合いにはいないですね。でも、僕は僕で『へうげもの』を読んですごく気になっていたので、村多さんからお話があったときは喜んで引き受けさせていただきました。

―「数奇者」同士が必然的に結び付いた、と(笑)。

小林:いや、その時点ではまだ最終確定に至っていなかったんです。作者の山田芳裕さんが僕を気に入るかどうかという最終のハードルがあって(笑)、お宅にお邪魔することになりまして。

小林径
小林径

―面接みたいですね(笑)。

小林:何事も好みがはっきりした方らしいので、周囲は「大丈夫か?」とハラハラしていたと思います。でも、僕には自分が最高の読者だという根拠のない自信があったので、そんなに心配はしていませんでした(笑)。

―そういう自信を持てるくらい、『へうげもの』を読み込んでいたってことですよね。

小林:『へうげもの』って、古美術を知らない人でも楽しめる一方、ある程度知らないとわからないギャグが多いんです。そういうのを見るにつけ「このギャグがわかる読者は自分くらいだろう」という勝手な思い込みもありました(笑)。たとえば僕が大好きなシーンに、主人公の古田織部と、出家した元武将・荒木村重との最後の会見があるんです。

―荒木村重は武士なのに、武士の誇りよりも数奇者としての欲望に走った人物ですよね。

小林:そう。それで晩年の荒木が「自分の命も長くないから……」みたいな感じで、集めた名物の中からひとつだけ、織部に好きなものをやるっていう場面があって。

第四十一席「Golden Years」より|『モーニング』KC『へうげもの』
第四十一席「Golden Years」より|『モーニング』KC『へうげもの』 ※クリックで拡大

―あ〜、それで織部がうつわを選んだら「それだけはダメ!!」ってゴネて奪い合いになり、あげく器が欠けちゃうという(笑)。

小林:そうそう。あのうつわのモデル「高麗 割高台茶碗」の実物には、確かに何かをもぎとったような跡があるんですよ。つまり『へうげもの』では、実在するうつわが欠けている原因を、数奇者同士のえげつない奪い合い、というギャグとして描いている。もちろん山田さんの創作でしょうけれど、僕にすればあのあたりこそリアルで。金をかけて名物を集めてる美術好きの業や生々しさが、見事に伝わってくるエピソードじゃないですか。

―山田さんと打ち合わせの際も、やっぱりそういう話で盛り上がったんですか?

小林:かなり盛り上がってしまい、ポニーキャニオンの村多さんと一緒に帰るはずが、僕だけ長居して(笑)。結局その日は音楽の話はせず、編集担当の藤沢さんも交えて、古美術の話ばかりでした。

―今日はその藤沢さんにもフォロー役として来てもらっているので、山田さんについてあれこれ聞かせていただきたいと思っています。

小林:山田さんはもちろん、藤沢さん(以下、担当)もけっこう詳しくて、僕の好きな武将茶人・佐久間不干斎(正勝:1556〜1631)のこともご存じでした。ものすごい数奇者で、あまりにも度が過ぎて、信長に追放されるような変わった武人なんですけど……。

担当:いや、本で読んだだけで詳しくは知りません(笑)。ちなみに『へうげもの』にはその父親で、織田家の重臣だった佐久間信盛(1528?〜1582)が名前だけ出てきます。

―『へうげもの』では茶の湯の巨人・千利休の描かれ方も独特ですね。超人的だったり怪物っぽかったり、人間臭さものぞかせたり。ふだん無表情なのが、たまに激変するシーンも強烈です。

第八十三席「本命はお前だ」より|『モーニング』KC『へうげもの』
第八十三席「本命はお前だ」より|『モーニング』KC『へうげもの』※クリックで拡大

小林:茶人とか政治家的な面だけでなく、同じうつわを2つとも欲しがるような、業にとらわれた生臭い感じもしっかり出てくる。利休のことは、小説などでも様々な作家がいろんな描き方をしていますが、ストイックな人物像ばかりで、権威主義的だなって思っちゃうんです。だけど山田さんは彼を生々しく描いている。それも『へうげもの』に惚れた理由のひとつです。

DJも茶の湯も、基本は「もてなし」ですよね。そして目利きとしての「セレクト」にウェイトがあり、利休も織部もそうだった。(小林)

―小林さんがお茶やうつわの世界に惹かれたのは、いつごろ、どんな形で?

小林:DJとしての活動がけっこう軌道にのってきたころで、まあきっかけは現代美術好きだったところから、ですかね。

―現代美術が茶の湯につながった?

小林:たとえば織部焼を見て、「アンフォルメル」(1940〜50年代に欧州各地に現れた、激しい抽象表現による美術動向)よりずっと前に日本でこういう「歪みの美しさ」をやってるじゃないか、と感じたわけです。だから僕、うつわへの興味の始まりもまさに織部なんですよね。

―アンフォルメルは「非定形の芸術」とも言われますね。既存の美意識にとらわれないという点では通じるもの同士?

小林:他にも、ジャクソン・ポロックのドリッピング絵画は、尾形乾山(1663〜1743)の『銹絵雪笹図鉢』でもうやってるじゃない? とかね。加えて言えば、欧米って概念ありきなところがあるじゃないですか。だけど桃山、江戸文化はそれを自然体で、普通にやってるのが凄いと思うんです。

―うつわの魅力から入って、実際に茶の湯をたしなむことにもなったと?

小林:そうですね。最初から一番良い先生に教わるのがいいと思って、知り合いの紹介で表千家の先生に習いに行ったんです。そしたら目白のお屋敷で、習いにくる人もみんなお茶の先生というハイレベルな所だった(笑)。さすがに向こうも「優秀な人を紹介しますから、そこでともかくやってみたら」となって。

―小林さん、攻めますね(笑)。

小林:それでしばらく、改めて紹介していただいた先生に習いました。ほどなく結婚したんですが、そしたら妻のお母さんが裏千家をやってる方で。習わないかと誘われたので、僕も「表と裏の違いを知りたい」みたいな好奇心からね、両方やってみることになって。

小林径

―繰り返します。攻めますね!(笑)

小林:でもそれが間違いのもとで、本質をつかまないうちに浮気をしたらダメなんです。お茶の作法って身体で覚えるものなのに、茶室での動きが4歩なのか6歩なのかとか、道具さばきも全然違ってたんですよ。

―でも、やや無茶なプロセスとはいえ、茶の湯を凝縮して学べた部分もあったのでしょうか?

小林:伝統の継承や、細部に対する日本人の意識の高さって、本当に凄いんだと感じました。そういう「こだわりの強さ」は、たとえば漫画やフィギュアなどの文化にも活かされていったと思うんですよ。

―ご自身のDJ活動に重ねると、面白いなと思う共通点などありますか?

小林:DJと茶の湯、いずれも基本的には「もてなし」ですよね。たとえストリートやサブカルでも、お金を払ってクラブに来てくれる人にはこちらもスペシャリティーを提供したい。

―たとえばクラブなら、楽しく踊らせてあげる、とか?

小林:そうですね。今は「踊ること」を求める人が多いけど、クラブはもともと、セレクトされた良質な音楽を聴ける場だったと思うんです。茶の湯も同じく「セレクト」にウェイトがあって、利休も織部もそうですよね。自らうつわを作ることはしないけど、うつわをセレクトすることで新しい独自の価値を創るという。

第四席「茶室のファンタジー」より|『モーニング』KC『へうげもの』
第四席「茶室のファンタジー」より|『モーニング』KC『へうげもの』 ※クリックで拡大

―名人たちの逸品を己の審美眼で見いだして、客人への「もてなし」の場で輝かせる、と。

小林:ただ、うつわを作るのは陶工たちだけど、きっと利休たちも口を出してはいるんですよね。こういう感じが欲しいとか言って、キュキュッっと自らの手で形を崩しちゃう、みたいな(笑)。長次郎(千家十職のひとつ・樂吉左衛門家の初代とされる陶工)ら職人側も、自分のやりたいことはあったと思うけど、利休の考えを拾うわけです。そこもまた、茶人って面白いと感じるところです。

「客の期待通りにやらない」ってこと。もちろん、不満足にさせるという意味ではなく、意表をつくというか。(小林)

―クラブシーンでDJとして客をもてなす際に、「へうげる」感覚ってありますか?

小林:僕に関して言えば「客の期待通りにやらない」ってことです。もちろん、不満足にさせるという意味ではなく、意表をつくというか。

―「今日は小林径だからこういう感じかな」というお客の期待は考えない?

小林:わかりやすい例でいうと、2000年からの10年くらいは僕の『RoutineJazz』というコンピレーションシリーズがよく売れたんです。それで、DJする際もお客さんはそこを期待して来てくれる。でも、そういう場でもあのシリーズの曲はほとんどかけません。もちろん別の曲を使ってその世界観は出すんですけど、自分の家で聴けるのをわざわざお金払ってクラブに聴きにくるのかな、って思うから。

―あえて違う構成でもてなすわけですね。

小林:お約束はないっていうことですよね。お客さんのことを考えれば不遜なんですけど、僕は自分のやることが、その場、その瞬間にすべて理解されなくてもいいと考えてます。もちろんそれで来なくなっちゃったお客さんもいるし、苦労はするんですけど、今でも一線で活躍しているDJの多くは、未だにそうだと思います。逆に、その場で全て満足させるDJって残らないんですよ。

―セレクトの「組み合わせの妙」でいうと、どんな感覚が大事になりますか?

小林:良いDJとダメなDJの違いって、何だと思いますか? 素人は、事前に家で考えた通りに曲をかけちゃうんですが、クラブほどそれが簡単に否定されちゃう場はないんですよね。

―というのは?

小林:場の雰囲気は、その場に着いてやってみないとわからないんですよ。レコードなんて100枚くらいしか持って行けないから、事前の想定が間違ってると、クラブに入った瞬間「しまった……!」みたいなこともある(笑)。もう負け戦なわけです。それでも、お金払ってきてくれてる人がいるからには、何とか工夫するという。

小林径

―そういう創意工夫が、「へうげ」になっていくと。

担当:作者が描き続けてきた織部の姿と全く同じですね。いろいろ狙って、その結果しくじったり。

―奇抜なパイナップル料理で家康を激怒させたり、過剰なわび演出の数奇屋で利休をガッカリさせたりしてますね。あれもまた笑えますが(笑)。

小林:うん、あれは僕にとって、すごくリアリティーのある表現。

担当:笑いの話が出たのでうかがいたいんですが、小林さんにとって、音楽の中にも「笑い」の要素ってあるんでしょうか?

小林:僕自身、ユーモアはあまりない男だと思うんですよ。ただ、ちょっと「笑い」に近いかもと思う部分はあります。

担当:それはどういう?

小林:DJって、自分が最高だと思う曲を全部かけてると思われるんですが、それやると、客って踊らないんです。僕は「抜きの上手いDJ」って言い方をするんですけど、どこかで抜いてあげないといけない。「笑い」もどこかそれに似ていて、たいしたことじゃなくても笑うときはクスって笑うし、逆にどんなにがんばっても、狙った笑いはスベりますし。だから抜きの上手い人って、客もそれを敏感に感知するというか、それで盛り上がったりするんですよね。

―ちなみに「笑い」といえば、秀吉の命で自害する利休が、介錯役の織部を最後に「もてなす」くだりは『へうげもの』屈指の名シーンですね。笑いと涙とすさまじさ。

第九十二席「わびスキーが、お好きでしょ。」より|『モーニング』KC『へうげもの』
第九十二席「わびスキーが、お好きでしょ。」より|『モーニング』KC『へうげもの』 ※クリックで拡大

小林:あれは山田さんらしさとしか言いようがない。ああいう人物描写はね。

担当:作者がよく言うんですけど、茶人って、やっぱり執着が深いというか、業の深さがないと茶の湯はやらないと思うんですよ。利休の遺偈(ゆいげ=禅僧が末期に臨んでのこす文章)も、あれ見たら粛々と腹切って死んだとは思えないです。作者は通説に強く疑問を持ちまして、利休を思う存分暴れさせたんです。

小林:どちらかというと武人みたいな。彼にとっても戦いだったわけですよね。

担当:『へうげもの』の企画は、作品の一主題である茶の湯が、本来男たちのものだったという史実から始まっています。それがやがて茶道となり、どちらかというと女の人のものになってきたり、素人目には流派というものが教団のような印象も受ける。この作品は初めて女性ファンにもウケた山田作品だと思うんですけど、作者の茶の湯〜茶道観からすると、痛し痒しかもしれません(苦笑)。

『へうげもの』は「アンチ漫画」作品だと思っていただいてもいいんです。密かなテーマは「打倒オタク」なんで。(担当)

―今回のアルバムについて、小林さんの選曲は『へうげもの』の名シーンや人物とも関わるんでしょうか? たとえば“クーデタークラブ”(GAGLE)が流れると本能寺の変と関係あるのかなとか、“Space Funk(electro mix)”(Ryouhei Tanaka [Manzel Bush])あたりは、織部が利休の茶室に宇宙を感じるシーンへと連想が膨らみます。

第二十一席「哀しみの天主」より|『モーニング』KC『へうげもの』
第二十一席「哀しみの天主」より|『モーニング』KC『へうげもの』 ※クリックで拡大

小林:曲ごとに具体的なあれこれを対応させることはしてないんです。その方がアルバムとしての完成度は上がるので。でもいろいろ想像してもらえるものになったとしたら、僕としては嬉しいですね。実は最初、登場する名物茶器の数々をイメージした曲で、みたいな案もあったんだけど(笑)。

―すると、けっこうな紆余曲折を経てこの形に?

小林:企画当初は全編モダンジャズという話だったので、まずスピリチュアルジャズに近い感じで構成してみたら、山田さんから「ちょっとつまらんです」と(苦笑)。でも、仕事場で背景まで全て手描きで仕上げるのを見せてもらって、山田さんを納得させる一枚は生半可じゃできない、と覚悟してました。

―作品の世界と同じように、へうげてないとダメだと……。

小林:はい(笑)。だから最終的にはジャンルも無視して、「へうげ」を重視した感じですね。

担当:作者は車が大好きで、「運転しながら聴いてて眠くならない」という独自の判断基準がありまして(笑)。最終的な仕上がりは「聴くほどに良くなる」と喜んでました。

小林:それは一番の褒め言葉ですね。エッジの立て方もいろいろありますが、全編立て過ぎると今度は飽きやすい作品になってしまう。最初に聴いたときが一番良い、となっちゃいます。実は“クーデタークラブ”なんかは、山田さんから疑問符がついた曲なんです。でも、一聴すると地味かもしれないけど、僕の中ではああいうのがあるから飽きずに楽しめると思っています。

小林径

担当:「あ、これやっぱり入れたんだ、なるほど」と言ってましたね(笑)。彼が一番気に入ってるのは、3曲目の“Iron Hands”(クリヤ・マコト)だそうです。

小林:ああ〜。割とフュージョンっぽいんだけど、そこへ三味線が入ってくる曲。

担当:あそこがオリエンタルであり、かつ「へうげ」だと感じたのかも。

―ちなみに『へうげもの』本編も、毎回ジャンルを超えた名曲にちなんだタイトルが付きますね。本編でも、秀吉の最期を吉幾三の「新日本ハウス〜♪」の歌で見送る演出とかスゴかったです。

担当:連載当初から、いわゆる「漫画」にとどまらない感覚を味わってほしいという想いがあります。作者はそもそもフュージョンな人ですから。だから『へうげもの』は「アンチ漫画」作品だと思っていただいてもいいんです。密かなテーマは「打倒オタク」なんで。

―それは気になります。どういうことでしょう?

担当:作者はデビューから一貫して青年誌で活動してきました。いわゆる大人の作家ですから、今の「オタク」的な漫画やアニメには興味がないわけですね。だけど少年誌やファンタジー誌のほうがはるかにメジャーで、漫画という枠の中で競い合っても商業的には太刀打ちできない。大人の漫画ならではの個人性、趣味性にこだわって、あくまで唯我独尊でいこうじゃないか。いわば山田芳裕流が極まったのが『へうげもの』だとも言えるでしょうか。

利休のイメージって「究極のシンプル」みたいな世界だけど、やはりいろんな世界を知った上でこそ、本質に迫れたのでは。(小林)

―山田さんにとっても『へうげもの』は戦いなんですね。捩れた下克上というか。

担当:だからこそあえて「漫画を捨てよう、漫画ファンにウケることを考えるのはやめよう」と。世間には、整ったきれいなものが好きな人の方が圧倒的に多いと思うし、織部のように「へうげもの」的な無茶苦茶な表現に惹かれていくのは、決して多数派ではないと思うんです。作者に言わせると、織部亡き後の数奇リーダー・小堀遠州(作介:1579〜1647)の「綺麗さび」が日本人の美意識をいまだに支配している。漫画の主流もたぶんそうなんですが、織部に強く共鳴しちゃった作者としては、「破格」や「破綻」を最高の価値観にしたいわけです。なんていうか、非漫画・脱漫画・反漫画解放戦線みたいなもので(笑)。大人の漫画ってそういう方向性でいいんじゃないかと。

―そんな山田さんの音楽の趣味って、どんな感じなんですか?

担当:何でもフラットに聴くんですよね。石川さゆりもマイルス・デイヴィスも。とにかく幅広い。

―あ、マイルスみたいな顔の人、出てきますね。信長の家臣で黒人っていう。

小林:弥助。あれ、けっこう存在感ありますよね。山田さんはこういう人物を知ってるのもすごい。実際『信長公記』とかに出てくるんですよね。

第十八席「天下を憐れむ歌」より|『モーニング』KC
第十八席「天下を憐れむ歌」より|『モーニング』KC ※クリックで拡大

担当:『洛中洛外図』にも外国人が描かれたものがあるし、「日本」って最初から多民族的だったにちがいないんです。これはもう安土桃山という時代の根幹にも関わることでしょうし、なにしろ大航海時代ですからね。この事実を理解しないと「日本」も「日本文化」も「和」も語れないんじゃないかと作者は考えてまして。教科書に書かれてる歴史への疑問と言いますか。『へうげもの』の根っこには「山田史観」(笑)がしっかり流れています。

小林:その話、僕も凄く賛同できます。勅使河原宏の監督した『利休』って映画がありますね。これ、赤瀬川原平が共同でシナリオをやったんですよ。実は完成版では消えたパートがあって、それは利休たちが南蛮船に乗り込んで、異国のいろいろなモノを物色する場面だったそうです。そうか、赤瀬川原平はそういうことを言いたかったんだなと思って。

―「わび」の祖も、実際は異文化を含め貪欲に吸収していた、と。

小林:だって、ラーメンしか食ってないヤツに「ラーメンが一番旨い」って言われたくない(笑)。音楽も、いろいろ聴いてないと特定の音楽の本当の良さってわからないと思うんですよ。それと同じで、一般的には利休のイメージってストイックに余分を削いでいく「究極のシンプル」みたいな世界だけど、やはりいろんな世界を知った上でこそ、本質に迫れたのではと思います。

山田芳裕のテーマは常に「日本(人)」なんでしょうね。自分たちっていったい「何者」なのかと。(担当)

担当:作者もホント貪欲なんですよね、いろんなジャンルに好奇心旺盛で。健全というべきかもしれませんが。『モーニング』の新人賞で選考委員をやってもらったとき、漫画家を目指す人は「浮気性な人がいい」と。作家は表に出るべきじゃないとか、けっこう古風な面もありますが、いろんな方向にアンテナが立ってますね。漫画以外のものを漫画で表現するために、いつも三次元をイメージして描いていると思うし、リアルとフィジカルへのこだわりはとにかく凄まじいです。

―「スフォッ」「どぺぇっ」「ミグッ」などおなじみの擬音表現や、強烈なパースの人物ポーズとかも独壇場ですね。

第四十四席「Relax」より|『モーニング』KC『へうげもの』
第四十四席「Relax」より|『モーニング』KC『へうげもの』 ※クリックで拡大

担当:繰り返しになりますが、自分のやってることが「漫画」という意識があまりないのかもしれません(笑)。

―それでも漫画に向かう、その想いはどこからくるんでしょう。

担当:とにかく画を描くこと、自分のイメージを写し取るが大好きなんでしょうね。青年誌の漫画家の場合、映画が作家としてのベースになってる例は多いと思うんですが、彼もそうなんだと思います。映画は1人じゃ撮れませんよね。その点漫画は、最低1人でもできる。だから漫画を選んだのかなと。山田芳裕という人は漫画家というより映像作家なのかもしれません。

―一方の小林さんにとって、音楽とはどういう存在なんでしょうか。

小林:やっぱり山田さんと似ているんじゃないのかな。高校のころはバンドもやってましたが、結局は集団ではうまくやっていけなかったからDJ、みたいな。映画もかなり好きな方で、音楽をチョイスするときも映画的になったりしますよね。

―それでいうと、今回の収録曲のうち三浦信さんの楽曲は、もともと「ボリス・ヴィアンの小説の架空のサントラ」というコンセプトアルバムからのものですよね。そういう感覚もどこかでつながっている感じはします。

担当:「茶人」ですよね、小林さんも山田さんも。茶の湯で「見立て」というのがあるじゃないですか。お二人の感覚はそれと同じで、ある対象がそれぞれのフィールドでいい「茶道具」になるかどうか、常に幅広く考えてるんだと思います。別のジャンルからしきりと対象を探してくるわけですし。

小林:今の日本人って、やきものだと唐津、時計だったらロレックスみたいに、何か共通の価値観を信じることで、周りからの信頼を獲得しようとする面がありますよね。でも戦国時代、安土桃山時代って下克上の世の中じゃないですか。スタンダードが通じない世界。殺し合いしてたんだから決していい時代じゃないとは思うけど、そういうときって人間のリアリティーが表に出たんだろうとも思うんです。明日死ぬかもしれないから、本音がむき出しになっちゃうというか。

―「個」というのが「日本」という環境で初めて露骨に現れた時代だったんでしょうか。

小林:でも、共通のキーワードや信奉の対象が欲しいんですよ、今の日本人は。ある安定した構造を信じて、ひたすらそれに突き進むことで「自分はがんばってる」って思う人は多いし、日本人にありがちな病だと思いますが、それだけだと安定はするけどいろんなことがダイナミックに面白くなる可能性は低いと思うんですよ。

担当:それって、今日ここでは語り尽くせないにしても(苦笑)、より大きな制度や歴史の話にもつながりますね。作者について「十種競技や宇宙飛行士やメジャーリーグを描いた人が、なんでいまやきもの漫画なんですか」って聞かれたりしますけど、デビュー作の『大正野郎』から、本人のテーマはあくまでも「日本(人)」。だから『へうげもの』はむしろ原点回帰かと。別に不思議ではないんです。

小林:山田さんは、ダイナミックに興味の対象を広げながらも、いろんな視点から1つのテーマを描いているんですね。僕もどんどん移動しながら新たな提示を続けたいし、自分の場合はそうしないと音楽の中で生き残っていけないとも思います。

第九十7席「サマーソルジャー1593」より|『モーニング』KC『へうげもの』
第九十7席「サマーソルジャー1593」より|『モーニング』KC『へうげもの』 ※クリックで拡大

―レアグルーヴもフリーソウルも、小林さんのような存在に音楽ファンがいろんなものを教わったと思うんです。でも実はご自身は「移動し続けること」が変わらないテーマだったりするんですか?

小林:僕のレアグルーヴ→ジャズという移動ですら許さないお客もいたけどね(苦笑)。実際は、自分はオールジャンルのDJであるつもりです。どの場所でも常に「そうじゃないもの」もかけられるのを売りにしてきたところもありますし。

担当:表現のジャンルは違っていても、やはり小林さんとウチの作者はかなり似てるところがありますよ。おまけに互いの世界にしかない独自の姿勢みたいなものが色濃くあって、ホント興味深いです。

小林:山田さんとはあのとき一度会ったきりですけど(笑)。

担当:(苦笑)。作者はホント照れ屋でして。高みから人様に話したり、対談したりするのが大の苦手で。おしゃべりは大好きなんですけどね、話もめちゃめちゃ面白いし。なにしろ一筆入魂の最右翼なんで、制作に手間がかかって時間がない……。謹んでご了承ください。

小林:ま、お互い「一期一会」の覚悟で向き合った一枚ですので!(笑)

―茶の湯の心得で締めていただき、ありがとうございます!!

リリース情報
V.A.
『Kei Kobayashi×へうげもの=数奇國』(CD)

2013年3月6日発売
価格:1,980円(税込)
PCCA-03773
※『へうげもの』コラボCD第2弾

1. j'irai cracher sur vos tombes(墓に唾をかけろ)remastered edition / Makoto Miura
2. Firecraker(ranjatai version) / Fascinated Session
3. Iron Hands (edit version) / Makoto Kuriya
4. Interlude 1
5. les morts ont tous la meme peau(死の色はみな同じ)remastered edition / Makoto Miura
6. ノンキな父さん(hechikan mix) / 名曲堂
7. Others go to A.Y.S / Miu Chop
8. Space Funk(electro mix) / Ryouhei Tanaka(Manzel Bush)
9. YOUNG STARR / The Nude Band
10. Interlude 2 (African Village short version) / Nation Of Multiverse 
11. クーデタークラブ / GAGLE
12. Time Flows On(enermy in honnouji Mix)(AFLEX COMBO)
14. OMEGAROCK / Omega f2;k
15. Perfect Day(Basara dancer mix) / Dark Shadow
16. My Big Hands(Fall Through The Cracks) / J Funk Express
17. Regged Mutang(pineapple mix) / Slow Motion Replay
18. It's Just Began In Africa(solid gold momoyama Mix) / Dj Sadou
19. Skit / AFLEX COMBO
20. I LOVE OMEGA / Omega f2;k
21. Bell's(I'll Be Waiting) / Idea Six
22. Endtitle
23. Routine Mama Funk(Kind of black mix) / Dj Sadou

書籍情報
『へうげもの』16巻(『モーニング』KC)

2013年2月22日発売
著者:山田芳裕
価格:580円(税込)
発行:講談社

リリース情報
cro-magnon×Hyouge Mono
『乙』(CD)

2012年7月25日発売
価格:2,000円(税込)
※『へうげもの』コラボCD第1弾

1. Bowl Man feat. IKZO
2. 乙スポート
3. 天主
4. La
5. 業火
6.Dolce Vita I
7. 時間よ止まれ
8. 昭和ブルース
9. DREAM
10. Gamou
11. La Dolce Vita II
12. Queen of Quiet feat. 土岐麻子
13. ウイスキーが、お好きでしょ
14. 風に吹かれて…
15. Cannibal Holocaust

プロフィール
小林径

黎明期である80年代からDJ活動を始め、常に日本のクラブ・シーンの中心的な存在として活躍を続けている。代表作の『routine』、『Routine Jazz』シリーズのトータルは25タイトルを超え、ジャイルス・ピーターソンもレコメンドするなど世界的にも評価が高い。現在は渋谷BALLを拠点に「NEW-TRIBE」というdopeな音楽しかプレイしないイベントが評判を呼んでいる。



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