LEO今井というアーティストは面白い。東京とロンドンという2つの都市を故郷に持ち、イギリスでの生活を経て日本に戻ってきた彼は、2006年から日本でのアーティスト活動を開始。都市への憧憬とある種の疎外感のようなものを、ネイティブな言語である英語から日本語に翻訳し、さらに大学院で専攻していた日本古来の表現なども用いて、現代の日本人アーティストには思いもつかないオリジナルな世界を紡いできた。向井秀徳(ZAZEN BOYS)とのKIMONOSでの活動を挟んで4年ぶりに発表したオリジナルアルバム『Made From Nothing』では、セルフプロデュースに初挑戦し、過去最高に重厚なサウンドで、社会の暗闇を丁寧にすくい取っている。「Nothing」――「無」の中で彼自身のオリジナリティーを深く追求し、「どこにいても私は私」と眼光鋭く言い切った彼のアイデンティティーを探った。
歌は得体の知れない夢のような、無の中から出てくるような存在。
―アルバム、とても素晴らしかったです。前作『Laser Rain』と今回の『Made From Nothing』の間にKIMONOSでの活動を挟みましたが、何かその影響はありましたか?
LEO:KIMONOSの制作に関しては、特にタイムリミットもなく、自由にやらせてもらいました。MATSURI STUDIOに向井さんと二人でこもってマイペースに作ったので、そういう楽しさが反映されてる作品だったと思います。だから今回の『Made From Nothing』もわりとその感覚を保ったまま制作できました。
―KIMONOSは2011年の『フジロック』のステージも素晴らしかったですし、KIMONOSを通してLEOさんの認知度もさらに上がったと思うんです。それにも関わらず今作に至るまで沈黙が長かったように思うのですが。
LEO:2011年の末ぐらいから、また自分一人で作品を作り始めようってモードに入って、去年の春ぐらいには、実はある程度曲ができていたんです。でもオリジナリティーに欠けていると思ったので、できていた曲を1回捨ててやり直しました。だから新曲を作るモードに入れなかったというよりは、アルバムの一貫して筋の通ったビジョンを見つけるまでに時間がかかったという感じですね。
―具体的にはどういった部分でオリジナリティーが不足していたのでしょう?
LEO:自分の過去の作品を超越したかったし、単純にもっと上手く表現したいという気持ちが強かったです。さらにいいものを作らなきゃいけないっていうのは表現者としての使命感だと思うんですけど。
―時期的に、震災も関係しているのかなと思ったのですが、そういうわけではなかったですか? 震災以降、自分の表現について悩んだアーティストも多かったですし。
LEO:震災後のことは常に考えるべきですが、それはこの作品とは別のところにあるんじゃないかなと思います。この作品では、ひたすら自分の世界の中にこもって、自分の限界を広げようとしていましたね。とはいえ、作品は日常生活の中から生まれてくるものだから、ため息をつくようなアンニュイな時期もありましたよ。作品を作る上で、グッとくるモチベーションを見つけられない時期はやっぱりつらかったです。それがきっかけになって『Made From Nothing』というテーゼに至ったんだと思います。
―『Made From Nothing』は、「無から生まれた」という意味ですよね。これは、自分を一度クールダウンさせることで歌詞に書かれてるような刺激的な世界が見えてきたということなのか、それとも、日常は単調だけど、考えることで言葉や音が引っ張り出せる、といういわば聴き手への提案なのか、どちらでしょう?
LEO:両方ですね。何にもないところからインスピレーションを待ってる時期でもあったし、あるいは何かを創作するときは、頭をブランクにして1回バカに戻らなきゃいけないのかもと思ったりもしました。でも『Made From Nothing』というタイトルは、歌というものの、性質そのものを表してるようだなと思っているんです。歌は得体の知れない夢のような、無の中から出てくるような存在だから。そういう意味が一番強いかもしれません。
これまでだと9割は英語で発想していたのですが、今回は自然と日本語で歌詞が浮かび上がってきましたね。
―SNSについて言及している“CCTV”のようにジャーナリズムを感じる曲と、“Ame Zanza”のようにファンタジー要素の強い曲が混在している印象を受けたのですが、どのように歌詞を作っていったのでしょうか?
LEO:歌詞のインスピレーションがどこから来るかによりますね。例えばTwitter見ていて、「あ〜、もう死にたい……」って思ったり、Facebookをブチ壊したいなって思うときってあるじゃないですか?
―(笑)。でも確かに、SNSによって、人の負の部分に出会うことも増えましたね。
LEO:“CCTV”はそういう生活の中で出会ったネガティブな事柄や、社会現象で問題視したことからインスピレーションをもらっています。逆に“Ame Zanza”は、「ざんざ」という言葉のポエティックな響きだけを糧に作り始めています。そういう意味では、違うタイプの歌詞が1枚のアルバムに存在してますね。
―まず歌詞ができて、その世界観に合った音を乗せていく作り方ですか?
LEO:ほとんどの場合、歌詞は後ですね。リフや1つのメロディーラインがあって、それに歌詞を当てはめていくようなプロセスです。“Ame Zanza”はたまたまサビの歌詞とメロディーが同時にできましたけど。
―この曲の歌詞は民謡のような、古来の日本語を読んでるような味わいがありますよね。以前は、英語で思いついた歌詞を日本語に翻訳していたそうですが、今はどうですか?
LEO:今回は、日本語で歌ってるところは自然と日本語で歌詞が浮かび上がってきましたね。これまでだと9割は英語で発想していたのですが。例えば“Furaibo”の歌詞はほぼ全て日本語なんですけど、最初から日本語で出てきました。日本語に限らずどの言語でも、自然に浮かんだ言葉じゃないとあまり歌う意味がないと思いますね。前作から比べて、これは大きな変化だと思います。
―それはLEOさん自身が日本の生活に溶け込んできたということでしょうか?
LEO:そうですね。それに、日々の中でロックミュージックにおける日本語に慣れてきたというのもあるんじゃないですかね。聴き慣れたから、日本語で歌詞を書くことへの違和感や抵抗感がいい具合に薄れてきたんだと思います。
外の世界もそうだし、自分の中にある闇もそうだけど、闇の部分にフォーカスしないと作品はあんまり面白くならない。
―LEOさんの曲には暗さというか、闇のようなものが根本にあると思うのですが、それはLEOさんのものの見方が暗いのか、それとも暗い世の中をあえて反映しているのか、どういう種類の暗闇だと思われますか?
LEO:そうですね……外の世界もそうだし、自分の中にある闇もそうだけど、きっとそういう闇の部分にフォーカスしないと、作品はあんまり面白くならない。問題や悩み、トラブルを浮き彫りにしたいんでしょうね。
―そういう部分を見てしまうと、見過ごすことができないタイプということですか?
LEO:いくらでも見過ごしますよ。「あ〜、これはちょっと置いておこう」「これは見なかったことにしよう」って……(笑)。でもどんな作品でもそうですけど、欠点や失敗を見たり聞いたりすることが面白いはずなんですよね。「いやー、僕はホントに最高で、今こんなにハッピーな状態なんだよ」って言われても誰も面白いと思わない。「へー」で終わると思います。
―なるほど。LEOさんはご自分のことを「VISITOR」とおっしゃっていますし、これまでの作品では東京という街に感じる憧憬と疎外感の両方が淡い感じで描かれていたと思うのですが、今回はもっと怒りの成分が多く感じられたんです。東京での生活の中で、自身の立場が変化した感覚はありますか?
LEO:うーん……あまり変わっていないと思いますし、もうこの年齢になって、意見や性格が変わったりすることもあんまりないんじゃないかな。この作品がこれまでよりもフラストレーションがこもっていたりヘビーな感じになっているのは、もともと自分の中にあった音楽的な要素や好みと、東京に限らず世界に対する見方を、より明確に表現できるパワーが精神的にも肉体的にも増したのではないかと思っていて。いろんなトレーニングの結果、表現に使う筋肉がちょっと強くなったということだと思います。
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東京にいようがどこにいようが、私は私ですから。
東京にいようがどこにいようが、私は私ですから。
―日本で作ってることへの当事者意識が増したというよりも、表現力が強くなったということですか?
LEO:そうですね。アイデンティティーが変わったわけではないですね。私はアイデンティティークライシスみたいなものも感じたことがないですし、そこに悩みを持ったことはないんです。東京にいようがどこにいようが、私は私ですから。
―モノを作るときの一番核になっているモチベーションはずっと変わっていないんですね。
LEO:そうですね。結局、自分の理想としている音をできるだけ物理的に実現させて、それを聴いてもらって、自分もオーディエンスもハイになるっていうのが一番のモチベーションじゃないかな(笑)。
―わかりました(笑)。アートワークについてですが、ジャケットに使われている森山大道さんの写真のインパクトも強烈でした。どうしてこの写真を使うことになったのでしょう?
LEO:森山大道さんがデジカメで撮った『カラーCOLOR』に行き当たって、この写真しかない、と思ったので、ダメもとでお願いしてみました。
―森山さんはモノクロ写真の巨匠ですけど、『カラーCOLOR』もすごく評判になりましたよね。この写真は、どういうところに惹かれたんですか?
LEO:この電光掲示板の光のようなものが闇を、子どもが純粋さを象徴していると思いました。子どもが興味津々で夢中になっている様子が、まるで私が曲の中にある闇に夢中になってるかのように見えたんです。闇に向かっていくことがひどい悲劇をもたらすかもしれないけど、そんなものも気にせずにやってやろう! というようなイメージを持ちましたね。
―自分と共振する部分を見出したんですね。
LEO:このカラー写真には、腹の底から吐き出したような攻撃力も感じたし、森山さんがデジタルエイジにアップデートしたような感覚も受けて。そういう共感できる要素が一瞬にして10個ぐらいパーン! と現れたんです。
―森山さんにもそういった説明をした上でオファーしたんですか?
LEO:いえ、ここまで詳しくは言っていません。ただ、非常に共感したのでぜひ使いたいと伝えました。アートワークもトリミングせざるを得なかったんですけど、快く了承してくれました。かっこいい人です。
―かっこいいですね。それにしても今回の作品はアートワークも含め、セルフプロデュースの作品がすごくプロフェッショナルに仕上がっていて素晴らしいと思いました。
LEO:年齢とは逆の活動や音楽性を目指そうと。歳をとればとるほどタイトになって、ヘビーネスを増していこうと思ってます。
―音楽を続けるにあたって、展望はありますか?
LEO:音楽はもちろん作り続けていくつもりですが、あまり大きな目標は思い浮かばないですね。
―ははは。LEOさんらしいような気がします。
- イベント情報
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- 『LEO今井「Made From Nothing」Tour 【独り編】』
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2013年8月29日(木)
会場:東京都 吉祥寺 キチム2013年8月31日(土)
会場:京都府 京都 アーバンギルド2013年9月1日(日)
会場:長野県 松本 瓦レコード
- リリース情報
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- LEO今井
『Made From Nothing』(CD) -
2013年6月26日発売
価格:3,000円(税込)
TOCT-291621. Tabula Rasa
2. Omen Man
3. Furaibo
4. Tundra Ghost Funk
5. CCTV
6. Doombox
7. My Black Genes
8. Ame Zanza
9. Kaeru St.
10. Akare / Prism
11. Made From Nothing
12. Too Bad / Kubi
- LEO今井
- プロフィール
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- LEO今井 (れお いまい)
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日本・スウェーデン出身。イギリスでの生活を経て日本へ移住。オルタナティヴを基盤にした無国籍な都市の日常を切り取る、ニュー・ウェーブ・シンガーソングライター。その文学的、実験的な作風は、各都市で生活してきたVISITORとしての視点に溢れている。近年は向井秀徳(ZAZEN BOYS)とのユニット「KIMONOS」での活動でも知られる。他に作曲家・作詞家・作詞翻訳家としても活動中。
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