至高とは何か? no.9 城隆之×IFNi Coffee 松葉正和対談

365日音楽を作り続け、音と共に暮らす日々を送る音楽家のno.9こと城隆之。彼の名を一躍世に知らしめたアルバム『good morning』『usual revolution and nine』を発表して以来、長く日本のエレクトロニカシーンの第一線で活躍してきた重要人物だ。そんな彼が約3年半の長き沈黙を破り、ニューアルバム『The History of the Day』をこの度リリース。本作に至るまで長らく真の作品を生み出せなかったと語る城が、日々の営みから見出した新たな境地がここに示された。

一方、アルバムリリースを記念した本記事にて彼が対談相手へと指名したのは、静岡でひとり珈琲ロースターを営む「IFNi Coffee」の松葉正和。城が強く感銘を受け、生み出す音楽にも少なからず影響を受けたと語る「IFNi Coffee」の松葉は、中東やヨーロッパを中心とする各国に長く滞在した豊富な経験と知識から、「世界基準」の珈琲を日々追求している。no.9のスタジオで、松葉が淹れる珈琲を飲みながら交わされた本対談。同世代でもあるふたりのやり取りから見えてきた、彼らがストイックに追求する至高の1曲、至高の1杯とは?

音楽も珈琲も、世界中の誰もが楽しめる日常のものですよね。(松葉)

―互いのもの作りの姿勢に尊敬し合っているというおふたりですが、出会いのきっかけは?

:まず僕は珈琲が大好きで、毎朝好きな豆を挽き、おいしい珈琲を飲んでから音楽を作り始めるのが日課なんです。それを周りの友人もよく知っていて、たまたま近所でやっていたイベントに「なんか美味しい珈琲を淹れる人がいるよ」と言われて行ってみたら松葉さんがいて、瞬時にただ者ではないオーラを感じて(笑)、すぐに話しかけたのがきっかけ。なにしろ、いきなり見たこともない珈琲の淹れ方を目の当たりにしましたからね。ご自分で器具を研究されてる人を見たのは初めてでした。

松葉:あのときはイベントの主旨もよくわからずに珈琲を出していたんですけど、城さんと出会えたいい機会でしたね。

:それから、たまたま僕が友人たちとやっているコミュニティ「fairground」で珈琲のワークショップを開催することになり、松葉さんをお呼びしたんです。そこで、珈琲はもちろんですけど、松葉さんのものを生み出す姿勢そのものに深く共感したんです。

no.9 / 城隆之
no.9 / 城隆之

―おふたりの共通点は、音楽と珈琲という全く違うジャンルではあるけれど、常に「至高のもの」を目指す姿勢にある、と。

:「至高を目指す」って、もちろん音楽家としては当然のことなんだけど、それって他者と比べてどうかってものではなくて、あくまでも自分の中で、常にベストを探っているんです。ただ、音楽って人に聴いてもらって初めて魂が宿るものだとも思うから、そのバランスといつも戦っています。それこそ、珈琲も世界中の人が飲んでいて、どこにでもあるものですよね。「おいしい珈琲」なんて、最近ではコンビニの商品にも書いてあるぐらいで。

松葉:それぐらい珈琲に対する価値観が浸透してきてるってことなんでしょうけどね。ただ、日本って色んな情報が入ってくる国だから、アメリカのスタイルとか、エスプレッソの文化とか、今「おいしい」と感じる味自体が輸入されてきたものだと思うんです。一方、世界地図を見てみれば、世界はもっと広いことがわかる。 僕はもうかれこれ20年ほど、ヨーロッパや中東の世界各国で焙煎修行をしながら、世界各国で珈琲が飲まれている中、「世界基準」の味って何だろうといつも考えるんです。

松葉正和
松葉正和

―世界中にさまざまな味覚があるわけですから、すごく難しいテーマですよね。珈琲を飲むスタイルや文化もさまざまでしょうし。

松葉:インスタントコーヒーがシカゴで発明されたのが19世紀末、ちなみにそれは日本人の研究者が開発したものだったりするんですが、それまではどこの家庭でも生の豆を買って、各家庭で焙煎していたんですよね。つまり珈琲って、ステータスでも何でもなくて、人々の日常に根ざしたものだったんです。

音楽も、世界中の誰もが楽しめる日常のものですよね。それ自体がコミュニケーションのツールになるし、自分にとって心地いい音楽を見つけたときって、ちょっぴり自信になるじゃないですか? その音楽は「自分を好きになるためのツール」にもなると思うんです。そういう意味では、音楽も、珈琲も、ファッションも、すべて同じことですよね。

前作アルバムを出してからこの3年半の間、もう作品は出せないかもしれないと思っていたんです。(城)

―世界基準の味というのが、松葉さんにとって「至高のもの」になるのでしょうか?

松葉:「至高を目指す」ことに関して言えば、僕の仕事は、飲んでくださる方たちへの「基準の提案」だと思うんです。毎日の焙煎に始まり、粉の量や温度、淹れ方に至るまで、僕が目指す世界基準の味を提供することで、それぞれが好きな味を見つけてもらいたい。

―確かに何か基準になる珈琲があれば、他の珈琲を飲んだときに、比較しやすくなりますね。

松葉正和

松葉:今って、メディアや他の誰かが「いい」って言うものより、個人が自分で選んだものが主になっていく時代だと思うんです。自分で自分がいいと思うものを選択する。それは生活を豊かにすることでもあるし、人が「いい」と言ったものに比べて持続性もある。いい音楽はいつも聴きたいし、いい珈琲はいつでも飲みたいですよね。

:ただ、作る身からすると、「いい」のハードルってどんどん上がっていくんだよね。実は僕自身、前作のアルバムを出してからこの3年半の間、もう作品は出せないかもしれないと思っていたんです。というのも、5作目の『usual revolution and nine』は精神的にも極限の状態で作ったアルバムで、そこへ立ち向かうためにすべてを音楽だけに集中していた。結果、あのアルバムはすごく評価されたし、絶大な影響力を持つものになりました。でもそれ以来、あのときの感覚を求めてしまって、ちょっと前の自分を模倣するようになってしまったんです。作品をリリースすることは、エゴの排出ではなくプロフェッショナルの仕事だと僕は思っているから、そのままではいけないと強く感じました。仕事では何十、何百曲と作っていたんだけど、自分の作品は一切新曲を作れない時期があったんです。

―今回アルバムをリリースするということは、その状態から立ち直ったわけですよね?

:あの震災があって……すっと音楽が作りたくなったんですよね。目の前の日常が崩れたときにこそ、日々のことを改めて考えるようになって。僕は野球のイチロー選手が大好きなんだけど、彼のコンセプトは「ベストな自分を作るために、自らにルーティンを課す」こと。震災以降はそのルーティンを特に意識するようになりましたね。とにかく、毎日作り続けることしかないと思ったんです。このアルバムを作るまで、おそらく60曲以上はボツにしていて、今までで一番多くの曲を作ったんじゃないかな。というより、「あがいた」というほうが正しいかも。今完成したCDを前にして、ようやくここまで来たか、と感極まるものがあります。

 

―それだけ多くの曲を作られていた中、何を基準に今回の収録曲をセレクトされたんですか?

:「誰かの心を動かそう」と思って作った曲は結局ダメでしたね。最後に確信を持てるのは、自分の心が動いたものだけ。心とか感動って言葉にするとすごくチープなんだけど、音楽は一瞬でわかってしまうんです。よく、生歌だから、生の楽器だから心が動くなんて言われるけど、そういうことは音楽とは全く関係ないし、コンピューターだけでも心に届く音楽は絶対に作れると思います。

「自信」って、文字通り自分を信じることだけど、自分を信じるための行為や経験が今の自分を作っている。(松葉)

―とにかく自分が感動するものを求めてあがき続けることで、見えてきたものがあったんですね。

:そうですね。音楽を提供するプロフェッショナルとして、そういう僕自身のケジメとして、とにかく音楽を作ることに集中してようやく生まれたのが今回のアルバム。だからこれは単なる通過点ではないし、今これ以上のものは作れないと言い切れる自信はあります。

―「今これ以上のものは作れない」と言い切れるほどに、極限まで身を削って作りあげた作品。まさに今の城さんにとって、至高の作品ということですね。

:今回の対談で松葉さんと話したかったのは、まさに自分がこういう経験をしたからなんです。話を聞けば聞くほど、松葉さんは常に上を目指し続けているのがわかる。それって、社会に対してというより、「自分が見る社会」に対して抗っている気がするんです。

松葉:自分の経験とかキャリアによって、その都度、その状況で何ができるかが変わってきますよね。「自信」って、文字通り自分を信じることだけど、自分を信じるための行為や経験がいまの自分を作っている。僕は、毎日焙煎の作業をしながら、そのときのベストを尽くすことを常に考えています。「最高の焙煎」って、昨日よりいい仕事をすることからしか生まれない。一つひとつの作業に、心が込もっているかどうかで変わってくるんです。

必要としてくれる人がいるから、続けられるんですよね。(松葉)

―先程の城さんのお話にも似ていますね。毎日ひたすら作り続けたっていう。

:松葉さんは365日珈琲の世界にいて、一方、僕も毎日曲を作るような生活をしていて、ある種の職業病というか、何を見ても音楽に見えてくるんですよね。毎日その世界にいる分、自分が信じられる「本物」を見つけることがどれだけ難しいかと痛感する。僕のコンセプトは「音と共に暮らす」というもので、一見やわらかい印象を持たれることもあるんだけど、それがどれだけ大変か! と。今よりもっと良くするには、常にハードルを上げていかなければならない。毎日の苦痛も引き受けながら、それでも更なるベストを求めてしまうんだよね。

松葉:ストイックになりますよね。追い込んで、突きつめたくなる。

:もうひとつ僕を突き動かす原動力は、リスナーへの責任感でもあって。珈琲も音楽も人に差し出すものだよね。それがすごく感動されたりすると、その期待にもっと応えたいと思う。たとえば、ライブ会場で一番育つのは自分自身なんです。ステージの上から歓声が聞こえると、どんどんとアドレナリンが上がっていって、自分が変わっていくのがわかる。この仕事を20年続けてきて、周りの人に育てられながら、僕らはここに立っているんだよね。

松葉:必要としてくれる人がいるから、続けられるんですよね。

:そう、至高を目指しているんだけど、決して孤高ではない。

―受け手にとっては、どのように音楽とつき合っていってほしいと思いますか?

:僕の音楽を聴いてくれる人にとって、いつも最高のチョイスのひとつでありたいと思っています。素晴らしい音楽は毎日山のように生まれていて、僕はそのすべてに影響されるし、継続の力にもなる。

松葉:珈琲も音楽も好みって変わっていくもので、作る側も影響を受けますよね。その状況で、今の自分の最高を世の中にさらけ出すことは勇気もいる。でも「自分が作りたい味」があるから、諦めることなくやり続けちゃうんです。それに、人のためになってることが感じられると嬉しいですね。

:報われるよね。でも、今度は「人のため」が原動力になると嘘になるし、やっぱり自分のエゴがないと、こんなこと続けられない。

松葉:自分が作るものに感動したい、という思いはありますね。

:これだけ長年やっていても、まだ夢を見ていて、自分の可能性を自ら作ってるんだと思う。CDを1枚出すことも、僕にとっては大きな出来事だけど、これは新たな夢の始まり。そしてやっぱり、モノとして目の前に現れるCDが出来上がったことには、代え難い喜びがあります。

左から:no.9、松葉正和

すべての曲は、誰かのドラマになるかもしれないし、日常の小さな出来事かもしれない。(城)

―松葉さんは世界基準の味を追い求める上で、なぜ静岡でIFNi Coffeを始めたんですか?

松葉:静岡は年間の気温変化があまりないので、季節によって環境に左右されることが少なくて、日本国内でも特に焙煎に適した環境なんです。僕は毎日焙煎をするときや珈琲を淹れるとき、世界地図を頭に思い浮かべて、今頃ヨーロッパでは、アメリカでは、こういう焙煎で、きっとこういう味を作っているだろうなと想像する。そして静岡から生まれる僕の珈琲が、世界地図にマッピングされる「世界基準」の珈琲のひとつでありたいと思います。何百年も歴史を持つ珈琲だけれど、今の時代、今生きている中でベストを尽くしたい。それを目指す人は世界中に何人もいるけれど、自分自身をベストの状態に持っていくことが一番なんです。それ自体が自分の生き方になるし、日常になっていく。

―まるでアスリートのようですね。毎日自分の身体と向き合いながら、世界を目指していくというか。

:僕はスポーツも大好きなんだけど、スポーツが究極的なところは、アスリートたちの選手生命の短さなんだよね。20代、30代で引退を迎えるなんて、僕らにしたら考えられない。きっと彼らは日々、生の燃焼をもっと感じているはず。彼らのことを見ていると、おちおち怠けてられないって思いますね。

―最後に、no.9のニューアルバム『The History of the Day』についておふたりの想いをお聞かせください。

松葉:至高の1曲も、至高の1杯も、どちらも体で摂取するものだし、国境を超えられるものですよね。今、バックで流れている城さんの新曲を聴いていると、ジャンルや国を越えて、もっと自由なものを感じます。

:毎日のことが作用し合って、形作られていく。そうして音楽を作り続けてきたからこそ、確実にターニングポイントになる今回のCDは、ジャンルを越えて人に届けたいし、とてもヒューマニスティックなものだと思うんです。すべての曲は、誰かのドラマになるかもしれないし、日常の小さな出来事かもしれない。1曲ずつまじめに取り組んできたので、大切に向き合ってもらえると嬉しいですね。

―城さん、松葉さん、ありがとうございました。8月11日、代官山UNITのワンマンライブも楽しみにしています。

イベント情報
『no.9 orchestra ワンマンライブ puddle/social 9周年記念パーティー』

2013年7月6日(土)
会場:石川県 金沢 puddle/social
出演:no.9 orchestra
映像:michi

『no.9 NEW Album 「The History of the Day」 Release Party 2013』

2013年8月11日(日)OPEN 18:30 / START 19:00
会場:東京都 代官山 UNIT
出演:
no.9 orchestra Special Set(feat.paniyolo、青葉聡希[number0]、chiyo[köttur]and Special Guest)
[.que] (オープニングアクト)
VJ:Kaoru Nishigaki
料金:前売3,000円 当日3,500円

リリース情報
no.9
『The History of the Day』(CD)

2013年7月4日発売
価格:2,100円(税込)
LNR-018

1. inside outside / feat. Tomoya Ito
2. The History of the Day
3. whisper of rain / feat. paniyolo(SCHOLE)
4. there / feat. haruka nakamura
5. small promise
6. fairground spring #02
7. balance
8. flat point
9. before the wind / feat. chiyo(köttur)
10. a picture on the wall / feat. 青葉聡希(number0)
11. source of harmonics
12. imagine fun
13. remember
14. softly song to you
15. Hello / feat. Tomoya Ito

プロフィール
no.9 / 城隆之(なんばーないん / じょう たかゆき)

「音と共に暮らす」をテーマに、日々の暮らしに寄り添う豊かでメロディアスな楽曲を生み出す作曲家・城隆之のソロプロジェクト。2007年より始動したバンドセット[no.9 orchestra]では、no.9の音楽にギターやドラム、ヴァイオリンやピアノといった フィジカルな音楽性が加味され、フルオーケストラを想起させる壮大なライブパフォーマンスを披露。ライブ会場を包む 圧倒的な存在感で、多くのファンを魅了し続けている。

IFNi Coffee / 松葉正和(いふにこーひー / まつば まさかず)

2001年より静岡市街でコーヒーショップを営む焙煎家。店名の「IFNi」とは、過去に実在した国名(現在のモロッコ)であり、温暖で過ごしやすい豊かな地域に由来する。良質で新鮮な生豆を厳選し、その日のコンディションに合わせて完全焙煎したIFNiの珈琲は、多くの珈琲ファンを魅了している。最近では「Today’s Special」などでも取り扱いがスタート。



記事一覧をみる
フィードバック 0

新たな発見や感動を得ることはできましたか?

  • HOME
  • Music
  • 至高とは何か? no.9 城隆之×IFNi Coffee 松葉正和対談

Special Feature

Crossing??

CINRAメディア20周年を節目に考える、カルチャーシーンの「これまで」と「これから」。過去と未来の「交差点」、そしてカルチャーとソーシャルの「交差点」に立ち、これまでの20年を振り返りながら、未来をよりよくしていくために何ができるのか?

詳しくみる

JOB

これからの企業を彩る9つのバッヂ認証システム

グリーンカンパニー

グリーンカンパニーについて
グリーンカンパニーについて