韓国インディーズ界の寵児 10CMインタビュー

いま、韓国の音楽シーンが大きな変革のときを迎えている。テレビ番組などでインディーズミュージシャンが脚光を浴びる場面が増え、ここ1、2年でロックフェスも急増。にわかにシーンが活気づき始めているのだ。そのなかでも頭ひとつ飛び抜けた活躍を見せているのが10CM(シプセンチ)。ジャンベを叩きながら歌うクォン・ジョンヨルと、アコギとコーラスを担当するユン・チョルジョンという珍しい編成で活動する彼らは、韓国の情緒と生活感にあふれた詞世界、ミニマムなサウンド、一聴で心を奪われる歌声で人気を急速に拡大。路上ライブからスタートしたにもかかわらず、今年2月には1万人規模のライブも実現した。

そんな「通帳の残高がどんどん増えた」と正直に話すほどの成功を収めた彼らが、9月4日に3年越しのオファーだったという日本デビューをすることが決定。『SUMMER SONIC』という大舞台で日本での初ステージを踏んだ翌日、10CMの二人にインタビューを行った。以前CINRAでもインタビューした韓国インディーズ界の雄「チャン・ギハと顔たち」がインテリな理論派だとしたら、10CMは本能の赴くまま音を奏でる自然体のデュオと言えばいいだろうか。ときおりやんちゃな性格も顔をのぞかせつつ、これまでのキャリアや大橋トリオとコラボもした日本デビュー作について話してくれた。

実は最初に(日本デビューの)話をもらったのは3年前だったんですけど、そのとき僕は反対したんです。(ジョンヨル)

―昨日はおつかれさまでした。もう、最初に歌声を聴いた瞬間に心を動かされました。手応えはいかがでした?

ジョンヨル(Vo,ジャンベ):ダンスを踊ってくれた人がいたので、ちょっと不思議でした。

チョルジョン(Gt,Cho):僕たちを知らない人がほとんどだったと思うんですけど、通りがかりの人が立ち止まって聴いてくれたりして、とてもうれしかったです。

―10CMらしいアコースティックな曲から、サポートメンバーも含めたアップテンポな曲まで、いろんなスタイルの曲が聴けてうれしかったです。早速ですが、今回日本デビューすることになった経緯から聞かせてください。

ジョンヨル:実は最初に話をもらったのは3年前だったんですけど、そのとき僕は反対したんです。まだ1枚目のフルアルバム『1.0』が出たばかりだったので、もっといい音楽を作ってからのほうがいいんじゃないかという欲があって。でも、10CMは緻密な戦略を立てて動くというグループでもなくて……。

チョルジョン:最初にジョンヨルが反対したときに、じゃあ2枚目のフルアルバムを出した後に考えてみようということになったんです。でも、特に何も考えていない間に2枚目のフルアルバム『2.0』が出てしまって(笑)。もう2枚目が出ちゃったよということで、決めなくちゃと思ったんです。もちろん、まだまだ不足しているところがあるとは思うんですけど、チャレンジ精神という気持ちで日本デビューを決めました。

ユン・チョルジョン
ユン・チョルジョン

ジョンヨル:最初は戸惑いもありましたけど、もともと僕たちが音楽活動を始めたときはストリートで歌っていたし、まったく僕たちのことを知らない人の前でやることは、とても新鮮味があることなんですよね。日本は音楽シーンが大きいですし、憧れもあったので、やってみようということになりました。

―日本では初めての作品なので10CMの音楽性について聞きたいんですけど、ジャンベを叩きながら歌うジョンヨルさんと、アコースティックギターとコーラスを担当するチョルジョンさんという編成は、すごく珍しいですよね。なんでこういう形に?

ジョンヨル:最初に10CMの活動を始めようと思ったときに、自分たち以外のメンバーが探せなかったからです(笑)。それと、ジェイソン・ムラーズに影響を受けた部分もあります。二人でも充分いい音楽が作れるんじゃないかと思って始めたんですけど、もしあのときにメンバーを募集できていたら、バンドになっていたかもしれません。

クォン・ジョンヨル
クォン・ジョンヨル

―10CMを結成する前は別々に活動していたんですか?

ジョンヨル:いま、僕が30才で、チョルジョンが31才なんですけど、僕らは同じ高校で、スクールバンドのサークルみたいな感じで始まったんです。

チョルジョン:僕が高校2年のときで、ジョンヨルが高校1年のときでした。

―もう10年以上一緒にやってるんですね。10CMとして活動を始めたのはいつになるんですか?

ジョンヨル:2008年ですね。最初はストリートでばかりやっていて、バスキング(投げ銭)のお金で生活していたんです。でも、冬になって寒くなるとストリートでできなくなってしまうので、屋内のクラブに行かなければいけないと思ったんですけど、そのときにユニット名が必要になったんです。それで二人の身長差から10CMという名前をつけました。

「なぜ生活感あふれる歌詞なんですか?」ってよく質問されるんですけど、僕たちはそれしかできないんです。(ジョンヨル)

―ストリートやクラブで生計を立てるのは、かなり大変なことですよね?

ジョンヨル:死ぬほど大変だったというわけではなかったですね。当時はストリートでやっているミュージシャンも少なくて、ライバルもいませんでしたし。僕たちが食べるくらいは稼ぐことができました。

―弘大(ホンデ / ソウルでいちばんライブハウスやクラブが集まる若者の街)とかでやっていたんですか?

ジョンヨル:そうですね。ソウルでストリート公演がよく行われている場所が3か所あるんですけど、そのなかでも一番大きいのが弘大なんですね。その次は大学路(テハンノ)、そのほかに仁寺洞(インサドン)というところがあります。

クォン・ジョンヨル

―ジョンヨルさんは歌声が本当に素敵ですけど、何か勉強されたりはしたんですか?

ジョンヨル:特に学んだということはないです。でも、いま考えてみると、学ばなかったからこそ、こうした独特の歌い方になったんじゃないかと思います。

―影響を受けたボーカリストとかは?

ジョンヨル:一番最初に影響を受けた人はMr.Bigのエリック・マーティン、最近だとMaroon5ですね。

―いまの音楽性とだいぶ違いますけど、ハードロックをやりたいとかはなかったんですか?

ジョンヨル:自分たちの音楽活動がこれまで15年くらいだったと考えると、そのうち10年はロックをやっていたんです。でも、そのときには全然ヒットもせず、メンバーが僕らだけになってアコースティックなほうに転向したら、素質が合っていたみたいで、陽の光を見ることができたんですね。なので、ハードロックをやりたい気持ちはいまでもあるんですけど、やってはいけないと思っています(笑)。

―そういう経緯があったんですね。チョルジョンさんはどういう音楽に影響を?

チョルジョン:高校生のときはメタルが好きで、よくコピーしていました。ベースを弾いていた時期もあったんですけど、10CMでアコースティックな音楽に接することになって、ようやく自分の適性に合ったものに出会うことができたんじゃないかと思います。

―アコースティックな音楽をやることに抵抗はなかったんですか?

チョルジョン:すぐにスタイルを変えるという部分では、最初は難しく感じたこともありました。でも、やるならしっかりやりたいというプライドもあったので、レッスンを受けたり、独りで遅くまで練習したり、そういうこともありましたね。

―実際、曲作りはどういう感じでやっているんですか?

チョルジョン:二人で骨組みを最初に作って、そこに肉付けをしていく感じです。

ジョンヨル:曲作りにおいての比重は半々くらいなんですけど、チョルジョンさんはメロディーや演奏を、僕はメロディーはもちろん、歌詞にも比重を置いて作っています。でも、問題がひとつあって、僕たちはちょっとアナログで、パソコンがうまく使えないんです(笑)。最近はアコースティックの音楽をやっている人でも、みんなパソコンで曲を作ったりしていますけど、僕たちは楽譜も書けないので、ICレコーダーの前でギターを弾きながら曲を作っていますね。

―曲はどういうきっかけでできることが多いんですか?

チョルジョン:二人とも似ているんですけど、一番大きなきっかけは観察です。コーヒーショップや地下鉄、居酒屋、そういったところで座って、人間を見ながら……。

ジョンヨル:人間じゃなくて女性でしょ(笑)。

チョルジョン:そうだね(笑)。女性を見て、こんなストーリーが背景にあるんじゃないかなと想像していると曲が出てくるんです。

ジョンヨル:僕はそうじゃないです(笑)。その観察の対象となる女性を異性として見て、何かを感じているうちに曲が出てくるんです。だから、とにかく女性を見なければいけないんです。男はダメです(笑)。

左:クォン・ジョンヨル、右:ユン・チョルジョン

―10CMの曲を聴いていると、韓国の日常風景とか情緒みたいなものを強く感じるんですけど、それは観察から生まれている?

ジョンヨル:いや、そうでもないんです。僕たちは「こうやっていこう」みたいなガイドラインがないだけで。「なぜ生活感あふれる歌詞なんですか?」ってよく質問されるんですけど、僕たちはそれしかできないんです。他の方々は歌詞を文学的にラッピングしたり、美しい文章を紡ぐことができるわけですけど、僕たちにはそういう能力がないので、生活感がそのまま歌詞になっているんだと思います。でも、そのおかげでいろんな方々に共感していただくことができたんじゃないかなと思います。

(ヒットして)やはり最初は戸惑いがあったんですけど、通帳の残高がどんどん増えていくので、本当にうれしかったです(笑)。(チョルジョン)

―僕も何回か韓国に行ったことがあるんですけど、10CMの歌を聴いていると、韓国の日常風景が浮かんできて、とても素敵だなと思います。韓国では“Americano”の大ヒットをきっかけにブレイクしたわけですけど、あの曲はどういうきっかけでできたんですか?

ジョンヨル:僕らと友達でカフェテラスに集まって、ギターをいじりながら遊んでいたときにできたんですよね。ギターをいじっているうちにメロディーが出てきたんですけど、歌詞をどうしようかなと思って、一緒にいた友達に「1文章ずつなんか言ってみて」と言って、それを集めて作ったんです。なので、かしこまった形で作った曲ではなくて、その場にいた友達に出してもらった文章を羅列しただけなんですよ。だから自分たちでも「これは一体どういう意味なんだ?」と思うような歌詞もあって。そんな曲が一番のヒットになっていて、皮肉なものだなと思います(笑)。

―でも、韓国の人にとってのアメリカーノ(日本でいうアメリカンコーヒーのことで、韓国でコーヒーと言えばアメリカーノが定番)に対する意識を絶妙に捉えていたというか、ちょっと気分悪いけどアメリカーノでも飲んで一服するかみたいな、そういう部分に共感する人がたくさんいたからヒットしたのかなと思うんです。

ジョンヨル:きっとそうなんでしょうね。ありがとうございます。

―この曲がヒットしたきっかけはなんだったんですか?

ジョンヨル:ちょっと面白い曲だなということで、音楽好きの人たちの間では発表したときから話題になっていたんですけど、この曲ができて1年後くらいに、『無限に挑戦』という韓国で有名なバラエティー番組に僕たちが出演して演奏したんです。それがきっかけになって、さらにヒットすることになりました。

―実際、主要な配信チャートで1位を独占するほどヒットしたわけですけど、戸惑いはありませんでした?

チョルジョン:やはり最初は戸惑いがあったんですけど、通帳の残高がどんどん増えていくので、本当にうれしかったです(笑)。それまで家では親不孝者みたいに扱われていたんですけど、一瞬のうちに孝行息子になることができました。でも、テレビに出たりすると顔が知られてしまうので、道端でサインしてくださいとか言われたりするようになって、最初はうれしかったんですけど、だんだんめんどくさくなってきました(笑)。そういう意味では僕よりも歌っているジョンヨルのほうが大変だと思いますけど。

左:クォン・ジョンヨル、右:ユン・チョルジョン

―韓国はインディーズで生活していくのは大変だという話をよく聞くんですけど、自分たちがヒットしたことで、それに対して考えが変わったりはしました?

ジョンヨル:僕たちがちょうど出てきたときに、素晴らしいインディーズのミュージシャンがどんどん発掘されてきたんですよね。もちろんインディーズで生活していくことはいまでも大変なんですけど、シーン全体にエネルギーが出てきたとは思います。

―最近の韓国はロックフェスも増えているし、これからも楽しみですね。日本活動の話も聞かせていただきたいんですけど、今回の日本デビュー作はベスト盤みたいな感じですよね。どういう基準で曲を選んだんですか?

チョルジョン:まず自分たちが好きな曲。

ジョンヨル:僕たちが愛着を持っている曲。まわりの人にもいろいろアドバイスをもらいました。

チョルジョン:日本のみなさんが聴いたときに、「この曲いいね」って言ってくれそうな曲。僕は日本の映画やアニメが好きでよく見るんですけど、「この曲が挿入歌として使われたらどうだろう?」ということを想像しながら選びました。

―“Fine Thank You And You?”では、大橋トリオとコラボもしてますよね。

ジョンヨル:もともと僕たちの声以外にも、他の声とも合わせたいなと思っていた曲だったんです。10CMというグループはミニマムサウンドということが魅力だと思うんですけど、大橋トリオさんもミニマムで非常に洗練された曲を作られていますよね。すごく相性がいいのではないかと思ってお願いしたところ、引き受けてくださったので、オンラインでデータを交換して作ったんです。

―韓国語で歌ってますけど、大橋さんは韓国語をしゃべれるわけじゃないですよね?

ジョンヨル:はい。でも、発音がすごくいいんです。最初はアドバイスが必要かなと思っていたんですけど、本当に韓国人のように上手だったので、一発聴いただけで「OK!」って(笑)。

―やっぱり耳がいいんでしょうね。大橋さんからは10CMの音楽について何か言われました?

ジョンヨル:ちょうど昨日、初めて大橋さんに直接会うことができたんです。

チョルジョン:でも、大橋さんは歌詞の意味をご存知ない状態で歌っていたことが判明したんです(笑)。それで、その歌詞の内容を教えたら、「あー、そうだったんだ!」と言われて。まったく違うことを想像していたみたいで。

ジョンヨル:大橋さんは悲しくて、切なくて、別れの部分に違いないと思って歌っていたそうなんですけど、実際は<いい車を買ったんだ>とか、そういう内容だったので(笑)。

―そんな裏話があったんですね(笑)。でも、切ない解釈もできる歌詞だし、原曲とは違った魅力がありますよね。

ジョンヨル:そうですね。結果的によかったと思っています。

―日本の音楽はけっこう聴かれるんですか?

ジョンヨル:J-ROCKという分野はよく聴いてきたと思うんですけど、他のジャンルはあんまり聴いていないので、これから聴いていきたいなと思います。

左:クォン・ジョンヨル、右:ユン・チョルジョン

―では、今後の日本、そして韓国での活動予定を教えてください。

ジョンヨル:韓国では来年アルバムを出すために準備をしているところです。日本では9月16日に『弘大ナイト』という韓国のインディーズアーティストが集まるイベントに出演します。

チョルジョン:あとは、韓国でもまだやっていないことなんですけど、小規模な会場でステージに立って、20〜30日くらいのツアーをしたいなと思ってます。

ジョンヨル:自分たちが一番好きなライブのステージに立って、日本のみなさんにもっとたくさんお会いしたいですね。

イベント情報
『弘大(ホンデ)ナイト in SHIBUYA vol.1』
 

2013年9月16日(月・祝)OPEN 17:30 / START 18:00
会場:東京都 渋谷 タワーレコード渋谷店B1 CUTUP STUDIO
出演:
10CM
TARU
YELLOW MONSTERS
司会:古家正亨

リリース情報
10CM
『Fine Thank You And You? feat.大橋トリオ』

2013年8月21日からiTunes Store、レコチョクほかで配信リリース

10CM
『シプセンチ』(CD)

2013年9月4日発売
価格:2,500円(税込)
PECF-3053

1. Americano 2. チュッケンネ(死ぬほどいい)
3. Talk
4. ノエ・コォツ(きみのはな)
5. Healing
6. But I'm Sleepy
7. ネムセ・ナヌン・ヨジャ(においのするおんな)
8. オヌル・バムン・オドゥミ・ムソウォヨ(今夜は暗闇が怖いよ)
9. オヌル・バメ(今夜に)
10. Beautiful Moon
11. サランウン・ウンハス・タバンエソ(恋は「銀河水茶房(ウンハスダバン)」で)
12. セビョク・ネシ(午前4時)
13. グゲ・アニゴ(そうじゃなくて)
14. Good Night
15. Fine Thank You And You? feat.大橋トリオ
16. ハンガンエ・ザクビョル(漢江の別れ)(ボーナストラック)

プロフィール
10CM (しぷせんち)

クォン・ジョンヨル(ボーカル・ジャンべ)とユン・チョルジョン(ギター・コーラス)によって2010年に韓国でデビュー。2011年にリリースした大ヒットシングル「アメリカーノ」がメジャー系音楽配信チャートで1位を独占する。2011年2月にはファーストアルバム「1.0」をリリース。音楽配信チャートにアルバムから複数トップ10入りを果たす快挙となる。アルバムチャートでも1位に。同年に“韓国大衆音楽賞”で“最優秀ポップアルバム賞”を受賞する。2012年にリリースしたセカンドアルバム「2.0」も、K-POPアイドルが名前を連ねる中、各種音源チャート1位と完全制覇。“2012 Mnet MUSIC AWARD”では同アルバムタイトル曲「Fine thank you and you?」が“SONG OF YEAR”に、また“Best Band Performance ”にもノミネートされる。ドラマ挿入歌でも「ロマンスが必要2」(tvN)「ゴールデンタイム」(MBC)「職場の神」(KBSドラマ)などに参加。またガールズグループAFTERSCHOOLのユニットORANGE CARAMELと10CMとのコラボ曲が2013年5月にリリースされた。



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