たむらぱんこと田村歩美は、考える人だ。作品に取りかかるたびにいつも根源的なテーマと向き合い、脳内にあるイメージが膨らむにつれてサウンドの情報量もマキシマムになっていくという、いわばとてもアーティストらしい資質をもつ音楽家である。しかし、そんな彼女の6作目となるスタジオアルバム『love and pain』を聴くと、いつもと異なる様相が見てとれる。リリックと歌からはこれまでのように強いメッセージを放ちつつも、サウンドのテクスチャーはどこかすっきりと軽やかなのだ。その一方で、アートワークは彼女の頭上にたくさんのものがコラージュされて膨らんでいるというデザインで、これもまたなにか示唆的なものを感じさせる。では、この『love and pain』という作品において、今回の彼女はどんなテーマと向き合いながらサウンドメイキングに臨んだのだろう。本人の言葉から紐解いていってみよう。
常に考えを巡らせていたほうが、世の中が動いているのを感じられるような気がして。
―まずは前作『wordwide』について聞かせてください。あの作品を作っている時期のたむらぱんさんはどんなことに関心が向いていたんですか?
たむらぱん:これまでいろんな方に関わってもらって作品を形にしてきたんですけど、その中で気づいたことが1つあって。それは、私が音楽を作る上でなによりも大切にしているものは「言葉」なんだってことなんです。
―音よりも言葉、ということですか。
たむらぱん:そうですね。音のことだけを考えていてもなかなか曲のアレンジってできなくて、言葉がアレンジをひっぱっていくような感覚なんです。前作の『wordwide』というタイトルにはそれが表れていて、「言葉が音楽を広げていく」という意識で作ったアルバムでしたね。
―まずは歌にしたいことがあって、それにしたがってサウンドをデザインされているんですね。では、具体的にその頃のたむらぱんさんはどんなことを歌にしたいと思っていたんでしょうか?
たむらぱん:前作の場合は、ストーリーよりも言葉と音のバランスをメインに考えたかな。でも、いつも自分が作品で扱うテーマってけっこう普通のことなんです。その普通のことがアレンジによって面白くもなるし、悲しくもなる。前作までは、そういう音が持つ操作性みたいなところを意識していたと思います。
―これまでいろんな方とコラボレーションされてきた中で、アレンジにおいてもきっと多くのことを学んできたのでは?
たむらぱん:間違いなくそうですね。単純に他の人がどうやって音を作るのかに興味があったし、やっぱり自分の世界だけで作っていくのもつまらないと思っていたので。でも、いろんな方とご一緒させてもらって、私は歌詞とメロディーにつながりを感じられないアレンジではだめなんだということに気がつきましたね。前作まではさまざまなアレンジを積み重ねていくような作り方だったので、今回の6枚目ではそれを削いでみようと思って。
―前作までに身につけたものを踏まえた上で、今度はそれを剥いでみようと。
たむらぱん:今まではどうしても足していく作業が多かったから、今度は自分に必要な部分だけを残した作品にできたらなって。つまり、自分の基盤になっているメロディーと歌詞をもっと強調させたかった。
―先ほど「作品で扱うテーマは普通のこと」だとおっしゃっていましたよね。そこで少し気になるのが、たむらぱんさんのアートワークやMVって、中にはけっこうグロテスクな描写もありますよね? そこはその「普通」とどうつながるのかなと思って。
たむらぱん:私、日常にはグロテスクなものが大前提として含まれてると考えているんですよ。それを楽しく見せるのが、音楽やエンターテイメントかなと思っていて。なにか作品が生まれるきっかけって、違和感や疑問、あるいはマイナスな感情みたいなものが多いんです。そういうものが当たり前にある中で、みんなが何事もなく生きていけるってどういうことなんだろう? そういうことを考えていくと、自然と作品につながっていくというか。
―なるほど。たむらぱんさんってきっとものすごく考える方なんだろうなと思っていて。歌詞の文字数も多いし、どこか自問自答を繰り返しているようにも読めますし。
たむらぱん:たしかに禅問答みたいな感じですよね(笑)。基本的にそういう作業を繰り返しているところはあると思う。それになにかの結論って、時期とタイミングによって違っていくものじゃないですか? だから、そうやって常に考えを巡らせていたほうが、世の中が動いているのを感じられるような気がしていて。
―でも、それをずっと続けるのって、しんどそうな気もしますね。
たむらぱん:しんどいし、少なくとも楽しいことではないですよね(笑)。でも、すごくわかりやすく言うと、私は童話とかが好きなんですよ。ノンフィクションがファンタジーの力で演出されて、あたかもフィクションみたいになっていく。そういうのがすごく面白いというか、その中にこそリアルが見つかると思える。
音楽やエンターテイメントって、新たな解釈の可能性を見せるものだと思うんです。1つの思想活動っていうと、また大げさですけど(笑)。
―では、今作にはたむらぱんさんのどんな疑問が反映されてるのですか?
たむらぱん:主に「人」のことですね。あるいは人が作ったシステムとか。「結局、人ってなんなんだ?」みたいなことですね(笑)。でも、そういうことを考えるのって人間の特性だし、人生に対してこれだけの選択肢があるのも人くらいじゃないですか? そういう生き物としての存在自体が人って面白いというか。それで、このアルバムは……「神話」だなと(笑)。特に最後の曲“やってくる”はそうですね。
―「神話」ですか。もっと詳しく教えていただきたいです。
たむらぱん:人の原動力って、なにかを叶えたいとか、達成したいって願う気持ちだと思うんです。つまり「want」ですね。ご飯を食べるのもそうだし、歩くこともそう。歩きたいという気持ちがなければ歩けないわけですから。そういうちょっとしたことから世界規模のものまで、「want」の気持ちっていくらでもあると思うんです。だから音もその「want」の声が積み重なってラストに向かっていくイメージで構築しました。最終的にどうなるかというと、私は誕生か崩壊のどちらかだと思ったんです。それを一曲の中で神話として描いたというか。
―結論を示すわけではないんですね。
たむらぱん:それは私にもわからないし、決めるほどの自信もなかったので(笑)。でも、そのどちらも存在している状態は、私なりの1つの提案とも言えるのかなと思って。それは『love and pain』というアルバムタイトルにしても言えることなんです。Painが起こるきっかけにLoveがあったり、Loveが生まれるためにはPainが必要だったり。
―そのどちらかだけではうまく説明できないと。ちなみにそれって他者を見て感じたことなんですか? それとも自分を省みる中で思ったことなのでしょうか。
たむらぱん:自分のふがいなさから感じることも確かにありますよね。でも、私は自分が他者の中で存在しているような感覚があるし、他人と自分はひと続きだと思っているんです。これもまた大げさな言い方ですけど、生きているというよりは生かされているというか。
―なるほど。じゃあ、“ココ”という曲についてはどうでしょう。あれは「個々」であり、「此処」でもあるわけですよね。それって人のアイデンティティーみたいなことかなと思って。つまり、その「生かされている」という感覚も、たむらぱんさんが自分を疑った中で感じたことなんじゃないかなと。
たむらぱん:なるほど。もちろん自分を疑う中で出てきたものもあると思います。あとはこうして作品作りをする中で、思い出したこともあって。今はこうやって作品についてインタビューをしてもらえるけど、デビューする前にはそんな機会もなかったし、まだ自分に実質的なものがなにもないと思ってたんですよね。でも、今になってみるとその頃のほうがちゃんと自分の中に確かなものがあった気がする。むしろ、いろんなものが増えるほどなにかが失われていくような感覚もあるし、それがすごく不思議で。でも、そうやって今と昔を比較したりするのも、人間特有の感覚ですよね(笑)。生命を与えられた者として、この瞬間をただ生きればいいのに。
―願望としてはそう生きたいんですか?
たむらぱん:そういう思いもあるけど、できると思ったためしがないですね(笑)。理屈じゃないこともたくさんあると思うけど、自分はそこを疑ってかかってしまうタイプなので。
―音楽との接し方も理屈的に捉えているようなところはありますか?
たむらぱん:私にとって音楽がよかったのは、自分が感じた様々なことを作品として昇華できるからなんですよね。音楽やエンターテイメントって、そうやって自分がなにかを見聞きする中で膨らんだイメージから、新たな解釈の可能性を見せるものだと思うんです。1つの思想活動っていうと、また大げさですけど(笑)。
―たむらぱんさんは自分が感じたことを人に知らせたいという欲求が、きっとものすごく強いんですね。
たむらぱん:きっとそうなんでしょうね。エンターテイメントとして見せれば、もしかすると気づいてくれるんじゃないかって。でも、それは自分の価値観を絶対視してほしいということじゃないんですよ。ただ、どんなものに対しても深く考えたほうがいいとはいつも思っていて。あとは自分自身と相手の共通項を求めているところもあるのかな。
―今回のアートワークもそんなイメージですよね。たむらぱんさんの頭上にものすごくたくさんのものが積まれているっていう。
たむらぱん:まさにその通りで、頭でっかちになっちゃってるんです(笑)。これは108つの煩悩が最終的には昇華されて天に昇っていくようなイメージ。
たむらぱん『love and pain』初回生産限定盤ジャケット
―この頭上に乗せられたものはどうやって選ばれたんですか?
たむらぱん:自分の身の回りにあるものを寄せ集めた感じですね。今回のアートワークは日本だけじゃなくて、ロンドンとベルリンの方と一緒に作ったんです。どうして海外の方と一緒に作りたかったかというと、この『love and pain』という概念が、日本人だけじゃなくて世界中で通じるものであったらいいなと思っていたからで。その確認をしたかったんです。
―実際に確認してみてどうでしたか?
たむらぱん:歌詞の内容がどこまで伝わったかはわからないけど、この『love and pain』の一言だけで通じることはすごくあったみたいで、それが確認できたのがよかった。ちなみに私がかなり個人的な気持ちでコラージュしたのが、うちの犬で(笑)。犬と一緒に暮らしていると、「ちゃんと生きているんだなあ」と思わされるんですよね。小さいのにちゃんと愛嬌も使い分けているし(笑)。その犬は最初の飼い主さんが飼えなくなって私が飼うことになった経緯があるから、生き延びるための必死さがものすごく感じられて(笑)、そこにも『love and pain』が共存してるなあと思ったり。
自分が音楽を作り出した頃に戻れたような感覚もあるんです。気づかないうちに増えているものって、やっぱりあるんだなって。
―そこにたむらぱんさんの実感も表れているんですね。では、ここ最近のたむらぱんさんが気にかかったことって、たとえばどんなことがありますか?
たむらぱん:そうだなあ。すごく些細なことなんですけど、いいですか……? コンビニで買い物をしてお釣りを受け取るときのことなんですけど、よくレジの脇に募金箱があるじゃないですか。そこでふと「あ、募金しよう」と思って、持っていた小銭をかき集めて一気に入れたんです。そうしたら、うっかり自分のお守りも入れちゃって。それでレジの人に「すみません。この貯金箱の蓋を開けてもらえませんか?」とお願いしたら、その間にお客さんが並んで長蛇の列ができてしまって(笑)。「普段あまり考えていないことをいきなりやったときの代償って、こういうことか」と思いましたね……(笑)。募金だからいいようなものの、行為によってはもう二度とこんなことやらないと思っちゃうだろうなと。
―突発的にやると思わぬことになると(笑)。
たむらぱん:そうそう(笑)。よかれと思ったことが、思いがけない結果になるというか。その一瞬でいろんなことを考えましたね。だから、善意も難しいんですよね。場合によっては人を傷つけることもあるってよく言いますし。店員さんにも恥ずかしいことをさせてしまったわけで。
―たむらぱんさんは、ことわざを地で体得しているようなところがありますね。掘り返すようで申し訳ないんですけど、どうしてそのときに募金しようと思ったんですか?
たむらぱん:募金箱がいつもと違う色だったんですよね。だからそれも違和感から始まってるんです。いつもと違う景色だったから、普段なら通り過ぎるものが気になったっていう。この前も道路にピーマンが1つ落ちていたことがあって。
―(笑)。たまにそういうことはありますね。
たむらぱん:でも、ピーマンって1個で買うことはあんまりないし、道路に1つだけ落ちるまでのストーリーが読めそうで読めないじゃないですか(笑)。そうやって想像したことがストーリーになって、それが曲のネタにつながることはあるような気がする。
―では、そのように人について考える中で浮かび上がったこの作品のテーマは、どのようにして今回の削ぎ落としたサウンドへとつながっていったんでしょう?
たむらぱん:音の数を減らすことは大前提として決めていたんです。そうすると、必然的にそれぞれの楽器の役割が大きくなるから、今回は和音よりも単体の音を大事にしていた気がします。最初にある歌詞とメロディーから状況をイメージして、そこから各楽器に役をあてがっていくような感覚というか。今までは音を詰めて複雑化させていくようなイメージで音楽を作ってきたから、こういう単体の音を一斉に鳴らして構成するやり方は初めてでした。でも、実際にやってみたら、曲と詞に対して残るべきものが残った状態になってると思えて。
―少ない音数に物足りなさを感じたりはしませんでしたか?
たむらぱん:最初の頃はあったんですけど、途中でまったく思わなくなりましたね。逆に「余計なものってけっこう多いのかもしれない」と思わされたというか。
―では、そのシンプルな感覚は次作以降にも引き継がれていきそうですか?
たむらぱん:どうなんだろう。こうやって音をどんどん排除していって、その果てに無音の境地に行くような気はまったくないんですけど(笑)。ただ、今回のアルバムを作ったことで、自分が音楽を作り出した頃に戻れたような感覚もあるんです。気づかないうちに増えているものって、やっぱりあるんだなって。
- イベント情報
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- 『TAMURAPAN「love and pain」TOUR』
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2014年2月12日(水)OPEN 18:30 / START 19:30
会場:大阪府 心斎橋 BIGCAT2014年2月13日(木)OPEN 18:30 / START 19:30
会場:愛知県 名古屋 THE BOTTOM LINE2014年2月21日(金)OPEN 18:30 / START 19:30
会場:東京都 Zepp Tokyo料金:前売5,000円 当日5,500円(共にドリンク別)
- リリース情報
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- たむらぱん
『love and pain』初回生産限定盤(CD+DVD) -
2013年12月18日発売
価格:3,675円(税込)
COZP-822/823[CD]
1. love and pain
2. くそったれ
3. music video life
4. 第2ステージ
5. 手が目が
6. ココ(album ver.)
7. 近くの愛情
8. only lonely road
9. こんなにたくさん
10. やってくる
[DVD]
・『TAMURAPAN ワンマンライブ全国ツアー』2012.11.30 @Shibuya-AX
- たむらぱん
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- たむらぱん
『love and pain』通常盤(CD) -
2013年12月18日発売
価格:2,940円(税込)
COCP-383391. love and pain
2. くそったれ
3. music video life
4. 第2ステージ
5. 手が目が
6. ココ(album ver.)
7. 近くの愛情
8. only lonely road
9. こんなにたくさん
10. やってくる
- たむらぱん
- プロフィール
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- たむらぱん
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田村歩美のソロプロジェクト。作詞・作曲・アレンジはもちろん、アートワークまで手掛けるマルチアーティストである。2007年からSNS“MySpace”において自ら楽曲プロモーションを開始し、4ヶ月で24万回のストリーミングを達成。それがきっかけとなり2008年4月23日にメジャーデビューアルバム「ブタベスト」をリリース、その後9枚のシングルと5枚のアルバムをリリースする。近年はDr.kyOn、HALFBY、Shing02、SNUFF、齋藤ネコなど様々なシーンで活躍するアーティストとのコラボレーションも実現させ、ジャンルの垣根を越えたたむらぱん流POPに磨きをかけている。またアーティストたむらぱんの活動と平行し、クリエイター田村歩美として様々なフィールドでの活動もめざましく、SHIBUYA PARCOでの絵の展示会、ロッテ「Fit's」をはじめとした数々のCMでの歌唱、そして『私立恵比寿中学』『豊崎愛生』『松平健』への楽曲提供など、多岐にわたる活動でその才能を発揮している。
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