実験性とポップスを両立する、蓮沼執太のスタンス

エレクトロニカから連なる実験性の高いソロワークを重ねて、若手音楽家の中ではひときわ注目されてきた蓮沼執太。美術館での個展や劇場での舞台作品など、発表の場はライブハウスにとどまらず、音楽の解釈の幅を軽やかに広げる活動が魅力的で、耳に馴染む楽曲にはファンも多い。そんな彼がここ数年続けてきたプロジェクト「蓮沼執太フィル」は、ソロとは方向性の違う大人数によるバンドスタイルでの活動であり、権藤知彦や大谷能生、環ROYや木下美紗都など多様なミュージシャンが集結。そしてこのたび、蓮沼フィルはついにファーストアルバム『時が奏でる』をリリースすることになった。ライブを主戦場とするフィルが、CDというメディアに落とし込まれたときになにを表現しようとしたのか? そしてそれはソロの方向性とどう異なるのか。蓮沼執太自ら語ってもらった。

音楽でなにができるかを追求している。

―蓮沼さんは2010年から「蓮沼執太フィル」として大所帯のバンド編成によるライブ活動を行って、話題を集めてきました。今回は満を持して初のアルバムリリースとなりましたが、アルバムを出すまで約4年かかったのにはなにか理由があるのでしょうか?

蓮沼:もともと蓮沼フィルというのは、ovalの来日公演に出演するために作ったアンサンブルだったんですよ。だから曲もライブ用で、レコーディングするためのものではなかったんです。具体的には、ソロのときはかなり細かいアレンジをするんですけど、フィルではわざと大雑把に作って、各メンバーの裁量である程度自由に解釈して演奏できるようにしていました。今回のアルバムもそういうふうに作ってますね。

蓮沼執太
蓮沼執太

―じゃあ最初から「アルバムを作るぞ」という意気込みがあってフィルを始めたわけじゃなかったんですね。

蓮沼:ただ、長くやっているうちにフィルでやりたいことが変わっていったんですよ。最初はソロの曲をフィルバージョンにアレンジし直す形でやっていたんですけど、バンドアレンジはソロに比べてどうしてもフレームが小さくなるというか、できることが限られる。最初はその中で工夫することが面白かったんですけど、それが一段落したのでフィルのために新しい曲を書くようになって。それと同時に、メンバーが増えて音色の幅が広がったり、それぞれの楽器の特性を使ってうまくアレンジできるようになってきたりして、アプローチの仕方が変わっていきました。それで、アルバムには、ソロの曲とフィルのために作った曲の両方が半分ずつぐらい入ってるんです。

―大人数によるオーケストラというのは蓮沼さんにとっても初めての経験だったと思いますが、初めから手応えはあったのでしょうか?

蓮沼:初めてフィルでやったときは、あまりうまくいかなかったんですよ。それでリベンジのつもりでやった2回目のライブでは、会場の中央にステージを置いてみたんですけど、360度から演奏を観てもらえたことで、音楽にいろんな解釈が生まれて、わりと面白いステージがやれたんです。そのあたりから手応えを感じていきました。

―蓮沼さんはソロの曲だと実験的な要素を多く採り入れた音楽を作っていますが、フィルではメロディアスな方向性が多いように思います。今回のアルバムでも環ROYさんや木下美紗都さんが参加した歌ものが大きくフィーチャーされていますよね。

蓮沼:すごくシンプルに言うと、常に音楽でなにができるかを追求しているんです。フィルを組む前から声や歌でどこまでできるのか考えたり、ポップスの構造を使ってみたりしていたので、フィルでもポップスを試してみたかった。でも例えば1曲目の“ONEMAN”も、一見ポップスなんですけど、後半はちょっと変な構造になってたりするんですよ。

蓮沼執太フィル
蓮沼執太フィル

―それはつまり、とりわけポップスに可能性を感じているというわけでもないですよね? ポップスという1つの型を採り入れたというだけで。

蓮沼:まさに型というか、様式美を借りたという感覚です。フィルだからポップスを採り入れようと思ったわけではなくて、フィルでもやれるからやってみた。今回のアルバムには入っていないですが、ライブではドローンとか、ポップス的でない曲もやってますしね。

僕がやってる音楽は、単純だったりわかりやすいエンタメではないかもしれないですけど、でもそういう感覚って、やっぱり音楽には必要なものだと思うんですね。

―逆に言えば、そもそも蓮沼さんはなぜ実験的な音楽をやるようになったんでしょうか?

蓮沼:大学で環境学を専攻していたんです。環境学っていうのは本来、経済学に近い学問で、授業でフィールドワークに行ったりするんですよ。そこで映像や写真を撮ったり、周囲の音を録音したりするんですけど、もともとフィールドレコーディングの音楽が好きだったのもあって、自分の録った音で音楽を作ってみようと思ったのが最初ですね。

―フィルでは、そういう実験的な曲をポップスに混ぜながらやっている形になりますよね。フィルの面白さの1つとして、多人数でセッション的にやるのが楽しい、という演奏者としての感情もありますか?

蓮沼:演奏する喜びみたいなものはまるっきりないですね(笑)。僕はライブは自分で演奏するよりも、観に行くほうが好きだし。ただ、自分が作曲したものを他のメンバーが弾いてくれているのをステージ上で聴く環境は好きです。「おお、そこでこのフレーズ入れるのか!」みたいな感じで、やっぱり気持ちが高揚しますよ。

―作曲家としての喜びがあるわけですね?

蓮沼:そうだと思います。やっぱり作家タイプなんですよね。

蓮沼執太

―それはひょっとすると、フィールドレコーディングに惹かれた感覚に似てるのかもしれませんね。現場で自分が出す音ではなくて、すでにそこで鳴っている音に意識が向いているというか。

蓮沼:そうですね。それはフィルだけじゃなくてソロで音楽を作る作業も同じです。そもそもパソコンの中は空っぽだから、別のところから音を持ってきて入れ直す作業をするわけで、「自分で音を出す」というより、「自分の外部で鳴っている音にちょっと足す」ぐらいの感じなんだと思うんですよ。

―たとえば、そういう実験的な手法の音楽をお客さんに聴いてもらって、啓蒙したいという気持ちもあるんでしょうか?

蓮沼:それはないですね。かといって、徹底的にエンタメとして楽しませるというほどのサービス精神もないとは思いますけど。なんというか、僕が作る音楽は、マダムが「ちょっと音楽を聴きにいこうかしら」って足を運ぶ集会みたいな感じだと思っているんです(笑)。

―(笑)。つまり少し背筋を伸ばして行くような場所なわけですよね。演奏会のような。

蓮沼:そういう感覚って、やっぱり音楽には必要なものだと思うんですね。僕も自分が観に行くときはそうだし。それはちょっとハードルが高いもので、単純だったりわかりやすいエンタメではないですけど、でも自分でお金を払ってなにかを観るっていうのは、本来そういうことだと思うんです。

―そういう少しだけ敷居の高い音楽体験をリスナーにさせたいと思うのはなぜなんでしょうか? たとえば、いわゆるわかりやすいエンタメは世にいっぱいあるから、自分はそうじゃないものがやりたいということでしょうか?

蓮沼:いや、そこまで世間に対するカウンターみたいな思いはないですね。まあ、最初はありましたけどね。というのも、最初はライブハウスの中にあるサウンドシステムでどこまでできるかということに面白さを感じていたんですけど、それをずっと続けようとは思えなくて。結局ライブだけじゃなくて美術館で展覧会を開いてみたり、いろんなアウトプットを試す方向性に変わっていったんです。

フィルだったら、未来にも過去にも行っちゃえるような、どこにでもアクセス可能な音楽を作れるんじゃないかと思うんですよね。

―でも、もともとフィルはライブを前提として活動していたわけですから、どんな形でCDを録音するかは思案のしどころですよね。

蓮沼:そうですね。だけど、ライブレコーディングは嫌だったんですよ。一発録りではあるんですけど、セクションごとに区切ってるんです。だから生っぽい空気感はあるけれども、実際はクリックを聴いてもらいながらリズムをキープしてもらったり、ものすごく細かくコントロールしてます。

―なぜライブレコーディングを避けたんですか?

蓮沼執太

蓮沼:ライブレコーディングって、ライブした時間が刻まれちゃうので、その時間に縛られちゃう感じが嫌だなと思ったんです。ライブというのは瞬間ごとになにかが起こるから面白いのであって、それをCDに焼き付けてしまうと、音楽にその時間の色がついてしまうんですよね。だから今回は絶対にスタジオレコーディングにしたかったんです。フィルだったら、未来にも過去にも行っちゃえるような、どこにでもアクセス可能な音楽を作れるんじゃないかと思うんですよね。


―ライブレコーディングが「時間に縛られる」というのは面白いですね。「蓮沼フィルはライブが醍醐味だから、ライブレコーディングで録るに違いない」と思う人も多いかもしれないけれど、蓮沼フィルがライブを重ねて到達したのは、リスナーに対して「音楽の捉え方を限定しない」という見せ方なんですね。だからライブレコーディングをやらない。つまりフィルは、音楽に自由さを求めていると言っていいのでしょうか?

蓮沼:そうですね。ただ、アルバムが出たらツアーをやろうと思っていて、そこではライブレコーディングをしてみようと思っているんです。なので、それも含めて、フィルに関しては「自由」、つまり「解釈が多いほうがいい」と考えています。

めちゃめちゃ仲がよくても、人間はわかりあえないし、だけど一緒に音楽するんですよね。

―フィルでは、バラエティーに富んだジャンルの人々と一緒にやっていますが、それぞれのジャンルを接続したいという意識があるのでしょうか?

蓮沼:いや、あえてそうしようとはあんまり思ってないですね。むしろそういう意図がないのに、そう見えちゃってるっていうのが現実を表してると思うんです。つまりジャンルの壁っていうのは、本来決して超えられないものなんですよ。と言うか、僕はジャンルなんて越える必要ないと思ってますね。「なんでそんなこと言うんだろう? そんなことできるわけないのに」とすら感じてます。「ジャンルを越える」なんて、広告代理店が作った言葉だと思いますよ(笑)。

―フィルには自由な選択があるからこそ、多様なジャンルのミュージシャンが集まっていて、それが結果としてジャンルを越えているように見えるわけですね。それはすごく今の若い世代っぽいやり方で、僕は個人的に、そこが蓮沼さんの新しさだと思っているんですよ。まさしく「越境」とか「ジャンルの枠を越える」とか、すぐ言いたがる人っているじゃないですか。もう、どうかすると「越境してるからいいんだ」くらいの感じで。でもそれは、個々のジャンルがあると認めているからこそ「越境した」と言っているわけだし、本当に越境してしまうといろいろなものが全部同じになってしまうんですよね。

蓮沼:それに、各ジャンル内で突き詰めたことをやっている人だって、別に全く保守的なわけじゃないですしね。あと、違うジャンルの人と一緒にやるのは人生として勉強になりますし。「え、この人はそんなふうに考えるんだ、マジかー!」って(笑)。

―とは言え、蓮沼フィルは総勢15人も集まってるわけで、こんなふうに蓮沼さんのもとに様々なジャンルの人が一堂に会する理由っていうのは、どういうふうに考えてますか?

蓮沼:そうですねえ……。作曲してるとずっと家にいるので、行き詰まりがあるんですよね。今はいろんな人とコラボするほうがストレスがないっていうのはあります。

―しかし、多様な才能を持った人たちと1つのものを作るからこそ、「こういうふうにやってもらいたい」と思っても、思い通りにならなくて困ったりしませんか?

蓮沼:しないですね。違った方向のものが出てきたとしても、「この人は、そうしたいんだろうな」って思うし、それに対してどう向き合うのかチャレンジしたくなるタイプです。むしろ、フィルを始めた頃は、いわゆる西洋のオーケストラのようなトップダウン型のスタイルが嫌で、みんなに意見を求めてたぐらいで。最近は、フィルで演奏したときのバランスが掴めてきたので、わりと自分でしっかり決めて作ってますけど。

―お互いのコミュニケーションでどんな落としどころを見出すかがポイントになるわけですね。フィルの場合はやっぱりそういう人との関係が面白味になることが多いですか?

蓮沼:そうですね。やっぱりメンバーのことって、理解できないですからね。仲が悪いわけじゃないですよ。めちゃめちゃ仲がよくても、人間はわかりあえないし、だけど一緒に音楽するんですよね。そこがいいと思いますし。

蓮沼執太

―それこそ、わかり合えちゃったらみんなで曲を作っていく楽しみがなくなっちゃいますしね。

蓮沼:そうそう。自分の作った曲でそういうことが体験できるのは、すごく面白いと思っています。僕、調整ソフトを使って15人のメンバーの日程調整までやってますからね(笑)。そういう意味ではフィルにはカンパニーっぽさがあるかもしれないです。

―今回のアルバムは、その共同体をCDにまとめたようなものになっているとも言えるのでしょうか?

蓮沼: 音源はあくまでも純粋に音源として存在してほしいという気持ちで作っているので、そういうコンセプトを盛り込みたいとはあんまり思ってなかったんですけど、生演奏ですし、演奏者同士の関係性みたいなのは入っちゃってるのかもしれないと思いました。とはいえ、リスナーが音を聴いただけで関係性を読み取るほど想像力を働かせているとしたら、それはそれですごいことですけどね。

―『時が奏でる』というアルバムタイトルはいつ決めたんですか?

蓮沼:レコーディングし終わったあとですね。他にもいろいろ考えて、どれも根底にあるコンセプトを言葉にしたものだったとは思うのですが、どうしてもこれ以上のものが出てこなくて。

―「時」というテーマは、まさにさっきの「時間に縛られないアルバムにしたかった」という話とつながってきますね。

蓮沼:時間の流れって、人それぞれ違っていて、主観的なものですよね。蓮沼フィルのコンセプトはすべてCDに焼き付けてしまったので、あとは僕たちが奏でるのではなくて、聴いてる人の主観的な時間で奏でてもらえたら、と思ったんです。要するに「あなたが奏でる」っていうことなんですけど、もうちょっと意味を広く持たせたかったので、「時が奏でる」という形にしました。

―ちなみに、ライブでは演奏者と観客が1つの同じ時間を過ごすわけですが、そのライブはどういう意識で臨んでますか?

蓮沼:みんないつもはバラバラの時間を過ごしているけど、それを前提にして1つのものを目指す作業がライブだと思っています。今回このメンバーでライブをしてきた蓄積と経験を音源作りに転用して、一度まとめてから、次に踏み出そうとしているところですね。

―つまりさっきの話にあったように、バラバラの時間を持っていてお互いわかり合えないからこそ、擬似的かもしれないけど1つの時間を目指すわけですね。では、今後の蓮沼フィルはどうなっていくのでしょうか。例えば人数がさらに増えることもありえますか?

蓮沼:たまたま今はこの人数でやっているというだけなので、増えるかもしれないけど、減ったりするかもしれないし。ただ、これだけ間口が広いと表現として柔らかいものになっちゃうんです。でも僕、別にそんな人間でもないし(笑)。だからフィルでありながら、この先はもうちょっと強い音楽を作ってみたいなと思ってます。

イベント情報
蓮沼執太フィル ツアー2014『時が奏でる、そして僕らも奏でる』

2014年3月1日(土)13:30〜16:30
会場:福島県 いわき市立草野心平記念文学館(『草野心平「春のうた」音楽会 〜ごびらっふのうた〜』への出演)

2014年3月7日(金)OPEN 18:30 / START 19:00
会場:広島県 広島CLUB QUATTRO(『odekake THINK』への出演)

2014年3月8日(土)
会場:香川県(会場は後日発表)

2014年3月15日(土)
会場:北海道(会場は後日発表)

2014年4月12日(土)
会場:京都府(会場は後日発表)

2014年4月13日(日)
会場:愛知県(会場は後日発表)

2014年4月26日(土)
会場:東京都 表参道 スパイラルホール

2014年4月27日(日)
会場:東京都 表参道 スパイラルホール

2014年5月5日(月・祝)
会場:静岡県 ヴァンジ彫刻庭園美術館

リリース情報
蓮沼執太フィル
『時が奏でる|Time plays -- and so do we.』(CD)

2014年1月15日発売
価格:2,940円(税込)
B.J.L. AWDR/LR2 蓮沼執太フィル vinylsoyuz / DDCB-13025

1. ONEMAN
2. Earphone & Headphone in my Head - PLAY0
3. ZERO CONCERTO
4. Triooo - VOL
5. YY
6. wannapunch! - Discover Tokyo - Sunny Day in Saginomiya
7. SoulOsci
8. Hello Everything

プロフィール
蓮沼執太(はすぬま しゅうた)

1983年東京都生まれ。音楽家。主な個展に『have a go at flying from music part 3』、『音的|soundlike』、『音的→神戸|soundlike2』。2月6日より NADiff gallery にて『無焦点|unfocussed』を開催。初夏よりアジアン・カルチュラル・カウンシル(ACC)の招聘でアメリカ・ニューヨークに滞在。



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