昨年デビュー10周年を迎えた安藤裕子。出世作である“のうぜんかつら(リプライズ)”がピアノの伴奏のみによる柔らかな曲調だったこともあって、今も彼女に「癒し」のイメージを持っている人も少なくはないだろう。もちろん、そういった側面も彼女の魅力であることは間違いないのだが、ステージ上での彼女は体全体でバンドとぶつかり合い、必死の形相で声を絞り出す、相当にエネルギッシュなシンガーでもある。また、「牙の行方」と題して、2010年にホームページ上の日記で書かれた文章では、CDが売れなくなった音楽業界の現状を生々しく綴り、大きな反響を呼んだこともあった。やはり、白く塗られたイメージの背後に滲む原色の強烈さこそが、安藤裕子という人の最大の魅力であるように思う。
2008年からスタートしたアコースティックツアーでのアレンジをベースとして、1stアルバム『Middle Tempo Magic』からの再録曲を中心に構成された新作『Acoustic Tempo Magic』。その中に収められた唯一の新曲“世界をかえるつもりはない”は、ジャンル名ではなく、言葉本来の意味で、彼女がソウルシンガーであることをはっきりと伝える、渾身の1曲である。この曲の話を中心に、ライブが苦手だった過去、デビュー10周年を過ぎた今、そしてこれからについて、じっくりと語ってもらった。
「え? 歌手でしょ?」って言葉で片付けられちゃうかもしれないけど、人前に立つのって、異様に怖いんです。
―『Acoustic Tempo Magic』は2008年から始まったアコースティックツアーがベースになっているわけですが、そもそもアコースティックでのツアーを始めようと思ったのはなぜだったのですか?
安藤:CDを作ってツアーをするときに、正直な話、私規模の人間だと、バンドを雇って、音響を雇って、舞台照明を雇ってってやっていくと、予算的になかなか細かく地方を周ることができないんです。「ただの赤字」じゃすまない赤字になるっていうか(笑)。
―(笑)。実際の話、1日1公演で細かく周ると、スタッフの移動や宿泊費もかさんできますよね。
安藤:なので、どうしても東京や大阪、あとは名古屋と福岡とかで終わってしまうんですけど、私の音楽を好きだって言ってくれる人が北海道にも沖縄にもいてくれるので、やっぱりそこまで行きたいじゃないですか? アコースティック編成で行ったとしても、赤になってしまうところもあるんですけど、ツアー全体としてはどうにかなるので、もっといろんな人に会いに行ける。それで始めたのがアコースティックツアーなんです。
―ただ、安藤さんはもともと歌手志望だったわけではなく、役者として受けたオーディションがきっかけで歌手デビューをしていて、当初はライブがすごく苦手だったともおっしゃってますよね。そこから、「いろんな人に会いに行きたい」と思えるようになったのは、何かきっかけがあったのでしょうか?
安藤:人前に立つのって、異様に怖いんです。「え? 歌手でしょ?」って言葉で片付けられちゃうかもしれないけど、「いざ照明浴びて、人前に立って歌ってみ?」って言いたいぐらい(笑)、本当に怖いんです。前に長崎のホンシャンっていう銀行跡地(旧香港上海銀行長崎支店記念館多目的ホール)でイベントがあったときに、ライトの光が気になって、「あ、眩しい」と思ったら集中力が削がれて、急に怖くなって、ちょっとパニックを起こしてしまって。
―ステージに立って歌うことは、それだけ神経を使うということですよね。
安藤:一度下がって呼吸を整えてから、「う、歌います」みたいな感じで残りを歌ったんですけど、自分のことをすごくふがいないなって思ったんですね。でもライブ後のアンケートを見ると、そんなとんでもないライブをしたのに、「長崎に来てくれてありがとう」って書いてくれてたんです。特に、目の前にマルコメ君みたいな小学生の男の子がいて、明らかにその子だったと思うんですけど、「一番前で見れてとっても楽しかった」って拙い字で書いてあったのを見て、「この子にもっとちゃんとしたものを届けなきゃ」って気持ちになって。それでもう1回長崎でライブをしたいって思ったのが、アコースティックツアーのきっかけにもなってます。
―ある意味、自分に試練を課してるような部分もあるのでしょうか? アコースティックという、自分をよりさらけ出す必要のある手法でライブをやることで、ステージに立つ度胸をつけて、よりよいライブをお客さんに届けようっていう。
安藤:どうなんだろうなあ……私は調子がいいときと悪いときの差が激しくて、調子がいいと自分を意識せずに、音の渦と一緒になってグルグルグルグルってなれて、その気持ちよさをより多く手にしたいと思うようにはなっていったんです。だから、「ライブをどうにかして上手くやらなきゃ」っていう風に思ってるわけでもないんですよね。曲って、実際に演奏して初めて「この曲はこうだね」って、みんなで体感して共有するものなんです。何度もライブを繰り返して、その中で毎回答えも変わっていくけど、それをみんなで探すのが楽しいから、一生懸命ライブをやるようになったっていうのもあると思いますね。
悲しいかな、夢が叶う人っていうのはホントに一部の人間で、夢半ばで亡くなる人もいるし、どうしても叶わない人もいる。でも、そこに近づくために生きている姿っていうのは、いい生き様だなって思うんです。
―オフィシャルサイトには「今まで、ライブ音源をパッケージ化することには少し抵抗がありました」と書かれてますよね。それってさきほどおっしゃったような、音の渦と一緒になる瞬間、その会場の空気まではパッケージ化できないからっていうことですよね?
安藤:そうですね、やっぱりその場の空気は入れられないですからね。ただ、今回やろうとしたことは、ライブを収録しようとしたんじゃなくて、ライブのために生まれたアレンジを再現するCDを作ろうとしたわけだから、そのためにはライブのような収録方法がマッチしていたんですよね。だから、クリックも使わずに、いっせーのせで、みんなで同じ空気で録っていく。それで初めてアレンジが成立するんです。
―歌い手としての意識も、通常のCDを録るときとは違いましたか?
安藤:どうだろう……私はライブだといつも裸になって同化を求めるけど、CDを録るときは私も一ミュージシャンと思ってやっていて、そこはいつもと変わっていません。ただ今回みたいなアコースティックアレンジの場合、私は指揮者でもあって、歌の抑揚にみんなの演奏がついてくるから、例えば、歌詞を間違えても、声がひっくり返っても、結果的に演奏がよかったものを収録しました。
―その中でも、やはり新曲の“世界をかえるつもりはない”は、映像も含めて、非常にインパクトの大きい曲でした。とにかく生々しいし、切迫感がある。ご自身でも「どうした安藤? 見苦しいぞ。そんな風に感じた人もいるかもな」って書かれていましたよね。
安藤:あれがニュースの見出しとしていろんなところで使われちゃったんですよね。中には大きく「見苦しいぞ」って出てて、「ひどい!」とか思って(笑)。
―自分で自分に書くのはいいけど(笑)。でも、そう思ってしまうぐらいのインパクトは確かにありました。
安藤:でも、曲はいつも意味なく生まれるんですよ。「こういう曲を作ろう」とか狙って作ることはあまりないし、できた曲をアレンジしたり歌っていく中で、「この曲はこうなんだ」ってわかってくる感じ。だから、この曲も最初は漠然としてて、ただ、大きい声でがむしゃらに歌わないといけない曲だってことだけは作ったときからわかってたんです。
―では、今思えば、なぜこのタイミングでそういう曲が生まれたんだと思いますか?
安藤:何て言うのかな……私はすごくのんびり屋さんで、苦労をしたことがないというか、素晴らしくいい時代に生まれて、経済的に苦労したこともないし、いい友達にも恵まれて、そのぬるさに悩むことはあっても、ホントに恵まれて生きてきたと思うんです。でもやっぱり、そういう時代も徐々に形が崩れてきてるっていうのは、何となくみんな肌で感じてると思うんです。そうやって足元が崩れていく中で、でも、そういうこととは関係なく、一生懸命生きてる人はやっぱり美しいと思うし、いいことばっかりじゃないのが当たり前な中で、それでも頑張ってる人には憧れますよね。
―はい、それはどんな時代にあってもそうだと思います。
安藤:悲しいかな、夢が叶う人っていうのはホントに一部の人間で、夢半ばで亡くなる人もいるし、どうしても叶わない人もいる。でも、そこに近づくために生きている姿っていうのは、いい生き様だなって思うんです。前はこんなこと思ってなかったけど、これだけ不穏な時代というか……やっぱり、暗くなってきてると思うから、そういう人が光に見えるようになったっていうことかもしれないです。なので、そういう人に対して「頑張れ」って、自分も大きい声で歌わなきゃって思いながら、この曲は歌ってたりするんです。
音楽はとかくシリアスになりやすいから、最近はもうちょっとふざける努力をしなきゃとも思うんですよね。
―安藤さんって、おおたえみりさんお好きですよね?
安藤:うん、えみりちゃん好きよ。
―“世界をかえるつもりはない”の背景には、より強烈な表現、ビビッドな表現でないと、今の時代には響かないんじゃないかっていう思いもあったのかなって思ったんですよね。おおたえみりさんって、まさにそういう表現をしてる人だと思うし。
安藤:どうかなあ……それはあんまりないかな(笑)。私は作品を作るときに、背景を白にすることが多いんですね。それはなんでかっていうと、あんまり偏って見られたくないからなんです。私ホントに気分屋で、考え過ぎるときもあれば、何も考えてないときもあるし、明るく「ヒェー!」ってなってるときもあれば、無言で過ごしてるときもあって、その一辺だけを強く見られたくないんです。なので、わりと飄々と生きるためにも、表現物のほとんどのベーシックを白く見えるようにしてるところはあって。
―なるほど。確かに、白のイメージはあります。
安藤:だけど個人的には、色彩で言えば濃い色の方が好きで、白い服は着ないし、原色が好きなんですね。だから、えみりが好きなのもただの趣味っていうか(笑)。
―「原色が好き」っていうのとある種一緒だと。
安藤:何かを見て「かわいいー!」っていうのと一緒かも(笑)。
―ただ、“世界をかえるつもりはない”は、その「飄々とした、背景が白の安藤裕子」っていうイメージのバランスを崩してるように思うんですよね。「崩れてもいいと思った」って言った方がいいかな。
安藤:うーん、この曲が表に立つんだとしたら、「この曲はこういう曲だから、そう見えてもいいだろう」って思ったっていうぐらいかなあ。音楽はとかくシリアスになりやすいから、最近はもうちょっとふざける努力をしなきゃとも思うんですよね。やっぱり思考の産物だから、何かしら自分の気にかけてることが形になりやすいので、そういうところから離れて、もうちょっと気軽な音楽を増やさなきゃって思うんです。
春にまたアコースティックライブがあるので、そこで歌っていく中で、もっとちゃんと輪郭のある答えが見えてくるんじゃないかと思ってます。
―アコースティックライブっていうスタイル自体は、ある種の音楽の気軽さ、身軽さの提案とも言えるかもしれないですね。
安藤:そうですね。アコースティックは人間対人間感がすごくあるというか、会場もそんなに大きくないし、ちゃんとお客さんの顔も見えますしね。バンド編成でのライブはある程度完成したものを見せる、舞台演劇みたいなところも強いっていうか。
―安藤さん自身も、一役者としてステージにいるというか。
安藤:できあがったものに、いかに没頭するかですね。何せライトが強いから、客席は闇だし、演者たちと一緒になって、いかに答えを掴めるかっていう。アコースティックは曲が裸になる分、もしも波に乗れなかったら、それも露わに出ちゃうけど、その代わり、お客さんとのコミュニケーションが上手く取れたときは、ギュッと実の詰まったものになるんです。
安藤裕子『Acoustic Tempo Magic』ジャケット
―長崎での経験から、アコースティックツアーを繰り返して、そのコミュニケーションを楽しめるようになってきましたか? それとも、まだ怖さが強いですか?
安藤:怖いは怖いですね、やっぱり。上手く波に乗れなかったときに感じる自分のちっぽけ感って、「生きている意味がないのでは?」ぐらいに思っちゃうんですよ。要は、縄跳びをきれいに回さなくちゃいけなくて、お客さんがそれを飛ぶはずなのに、私が上手く回せないから誰も飛べなくて、「私はなんて回すのが下手なの!」っていう(笑)。
―でも、きれいに回せて、お客さんが何十回も飛べたときの喜びっていうのは、何物にも代えがたいわけですよね。
安藤:そう、もう「楽しいー!」ってなって、「小指で回せるよ!」みたいな(笑)。
―“世界をかえるつもりはない”に関して、精一杯生きている人に対して、頑張れって大声で歌おうと思ったのは、そうやってコミュニケーションを続けてきたからとも言えますか?
安藤:もちろん、私はみんなとしゃべれるわけじゃないし、歌うことしかできないから……でも、私もまだわかんないんですよね。まだ1回しかライブで歌ってないから、答えを見いだせてないっていうのが正直なところで、だからたぶん、春にまたアコースティックライブがあるので、そこで歌っていく中で、もっとちゃんと輪郭のある答えが見えてくるんじゃないかと思ってます。
どこかたぶん納得がいってないんだと思うんです、今の時代に対して。だから、大きい声を出したいって思ったんだと思う。
―じゃあ、「まだ答えは見つかっていない」ということを前提に、“世界をかえるつもりはない”についてもう1問だけ。このタイトルはどうやって出てきたものですか?
安藤:タイトル大体意味ないからなあ(笑)。
―うーん、そんなこともないと思うんですけど。
安藤:みなさんそうおっしゃるんですけど、私ほど適当な人間あんまりいませんからね(笑)。これもそもそもは別の曲のタイトルだったんですけど、この曲を歌ったときに、こっちの方が似合ってると思って、変えたんです。
―あまりシリアスになり過ぎない方がいいというのは承知の上で、それでもこの曲は「願い」の曲だと思ったんです。世界を変えるつもりはないけど、自分は歌を歌うことならできるし、それを誰かに届けることはできる。それがやがて、世界を変えることにつながるかもしれない。それぐらいの、ささやかな願いというか。
安藤:上手いこと言いましたね(笑)。でも、そういうことなんだろうなって思います。大きな声で歌うのは、どこか変えてやろうと思ってるから大きな声で歌うわけで、実際に何かをするつもりはないけど、変えてやるって思ってはいるんじゃないかなって。
―安藤さんがこういうタイトルをつけるときって、逆説的に強い想いがこもってるような気がするんですよね。
安藤:どういうタイトルですか?(笑)
―例えば、去年出たアルバムの『グッド・バイ』っていうタイトルも、「別れ」っていうネガティブなイメージにも取れるけど、でもそこからの「始まり」を歌った作品だったと思うんです。今回も「つもりはない」と言いながら、「つもりはないけど、変わってほしい」っていう曲なんじゃないかと思って。
安藤:それはでもそうだと思います。人任せに「そう」って言ってるんじゃなくて、ホントにね。やっぱり、どこかたぶん納得がいってないんだと思うんです、今の時代に対して。だから、大きい声を出したいって思ったんだと思うし。
―それは「怒り」の感情なのでしょうか?
安藤:「怒り」ではないけど……何だろう、自分自身に対してふがいないとも思ってるから、自分自身を奮い立たせたいとも思うし、自分は真っ直ぐ立ててたとしても、今の時代の流れの中で、どうしても弱い人から生活を奪われていきますよね。私にはそれをどうにもできないし、私の暮らしとは直接的には関係ないと思いながらも、どこかやっぱりひっかかってる部分がある。そういうモヤモヤした気分がありますね。
―そういう意味では、自分を奮い立たせようとして歌ってる側面も強い?
安藤:うーん、そこまではわかんない(笑)。自分自身は自分自身で、後悔のないように生きるってことしかできないですから。まだ人生の折り返しとはいかないまでも、残りの人生を自分がどう生きるか、何ができるのか、いつまで体が動くのか、そういうことはすごく考えるようになったし、立つことさえままならないような人間も、この視界にはいっぱい入ってくる。そういうことに対する想いが、大きい声になってたりするのかなって思います。
―歌い手として、自分の体とどう向き合っていくのかっていうのは、これからますます大事になっていくでしょうからね。
安藤:私どこかオーティス・レディングに憧れてるんですよ。詳しいわけではないんですけど、たまたま見たライブ映像がかっこよくて、それこそ全身で歌って、演奏もみんなそれについて行ってて、そこに自分の求めているものを見たような気がしたんです。今って音楽で生活をするっていう道がとっても狭まっていて、これから続けられるかどうかに関しても、「はい」とは簡単には言えなくなってる。そんな中でも、やっぱり大切なのは、自分の人生をしっかり生きるっていうことなんじゃないかと思いますね。
- イベント情報
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- 『安藤裕子 2014 ACOUSTIC LIVE』
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2014年5月6日(火・祝)OPEN 16:45 / START 17:30
会場:神奈川県 鎌倉芸術館大ホール
2014年5月24日(土)OPEN 17:00 / START 17:30
会場:大阪府 サンケイホールブリーゼ
2014年6月1日(日)OPEN 17:00 / START 17:30
会場:宮城県 仙台 宮城野区文化センターコンサートホール
2014年6月15日(日)OPEN 17:00 / START 17:30
会場:愛知県 名古屋 しらかわホール
2014年6月21日(土)OPEN 16:45 / START 17:30
会場:東京都 目黒 めぐろパーシモンホール 大ホール
2014年6月28日(土)OPEN 17:30 / START 18:00
会場:福岡県 IMSホール
料金:各公演 前売4,100円
- リリース情報
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- 安藤裕子
『Acoustic Tempo Magic』 -
2014年3月12日(水)発売
価格:1,890円(税込)
CTCR-14823[収録楽曲]
・slow tempo magic
・黒い車 feat. NARGO(東京スカパラダイスオーケストラ)
・早春物語
・隣人に光が差すとき
・聖者の行進
・世界をかえるつもりはない
- 安藤裕子
- プロフィール
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- 安藤裕子 (あんどう ゆうこ)
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1977年生まれ。シンガーソングライター。2003年ミニアルバム「サリー」でデビュー。2005年、月桂冠のTVCMに「のうぜんかつら(リプライズ)」が起用され、大きな話題となる。CDジャケットやコンサートグッズのデザイン、Music Videoの監督をも手掛け、自身の作品のアートワークをすべてこなす。2010年にリリースした5thアルバム「JAPANESE POP」が、ミュージックマガジン年間ベストアルバムJ-POP部門1位を受賞。2014年3月に、初のアコースティック・ミニアルバム「Acoustic Tempo Magic」を発売。同年5月より、6年目を迎えるアコースティックツアーの開催が決定。マイペースながらも精力的な活動を続けている。
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