ラテンやサンバ、ファンクにジャズ、そして昭和歌謡。例えばガード下の居酒屋や、歓楽街のショーパブで聞こえてくるようなそれらの音楽は、人を楽しく酔わせてくれる賑やかさと同時に、辛いことや悲しいことも全て受け入れてくれる優しさや懐かしさが含まれている。
でぶコーネリアスの千秋藤田を中心に、スガナミユウ率いる音楽前夜社が脇を固める6人編成バンド、ジャポニカソングサンバンチ。彼らがセルフタイトルの1stアルバムで奏でているのは、サックスやスティールパンをフィーチャーしたエキゾチックで底抜けに明るいごった煮パーティーソング。けれどもその裏には深い悲しみや苦しみが内包されていて、だからこそ引き込まれずにはいられない。こんな、酸いも甘いも噛み分けたような楽曲を手がける、若きソングライター千秋藤田とはどんな人物なのだろうか。その甘いルックスとは裏腹の「雑草魂」を持つ彼と、音楽前夜社のスガナミに話を聞いた。
でぶコーネリアスが活動休止前に出した3rdアルバムが面白かったんですよ。もともとハードコアをやってたバンドなのに、ラテンの要素が入ってて。(スガナミ)
―そもそも、お二人が出会ったのっていつ頃ですか?
千秋:たぶん、僕が19歳の頃だから5、6年前ですかね。高校生の頃からGORO GOLO(スガナミのリーダーバンド)が好きで、彼らが活動休止していたときもずっと聴いてたんですよ。それで、GORO GOLOが再結成したときには自分もバンド(でぶコーネリアス)をやり始めてて、それでイベントに呼んでもらったりするようになったんです。スガナミさんが、音楽前夜社の主宰者だと知ったのもその頃ですね。
スガナミ:音楽前夜社っていうのは、みんなで集まって一緒に音楽を作るためのクルーなんですね。楽曲提供のオファーを受けることもあれば、誰かのサポートをやることもある。イベントを立ち上げたりもするし、いわゆる音楽周りのことを全部やる集団。会社というより、単に友だちが集まっているだけなんですけど(笑)。
―レーベルというわけでもなければ、全員がミュージシャンというわけでもないし、とても不思議な創作チームなんですよね。その音楽前夜社と、千秋さんとでジャポニカソングサンバンチを結成することになった経緯は?
千秋:でぶコーネリアス活動休止の後、僕はACC jr.というブギウギバンドをやってたんです。その頃には、今ジャポニカでやっている曲もできてたんですけど、「この曲は、ACC jr.ではできないな」と思うようになってきて。ACC jr.も面白いバンドだったんだけど、もっと違う形はないかなって考えてたんですよね。それでスガナミさんに「今、こういう曲をやってるんです」って音源を渡したら、すごく興味を持ってもらって、その後で自分のソロアルバムを出すときにバックで演奏してもらったんです。
スガナミ:でぶコーネリアスが活動休止前に出した3rdアルバムがあるんですけど、それが面白かったんですよ。もともとハードコアをやってたバンドなのに、ラテンの要素が入ってて。それで興味を持ったんです。
―千秋さんって、当時20歳にして3rdアルバムを作っていて、キャリアがスタートしたのが早いですよね。そもそも生まれがジャマイカということで、生い立ちもとても気になります。
千秋:母親が旅行好きで、よく海外へ行ってたらしくて。あるとき身ごもった状態で飛行機に乗って、ジャマイカに到着したらそこで僕が生まれたという(笑)。母の中では当時レゲエブームだったみたいで、僕が生まれる前は、全然知らない人と大阪へ行ってそこでレゲエのDJを捕まえて一緒にジャマイカへ行ったりもしてたみたいで。ウェイン・スミスという、ダンスホールレゲエの創始者みたいな人と知り合って、その人の家にお世話になったこともあるらしいです。
ライブでハードコアやった後にいきなりサンバやボサノバをやることを初めは「遊び」でやってたんですけど、だんだんそっちをメインでやりたいと思うようになっていきました。(千秋)
―小さい頃は、どんな音楽を聴いて育ったのですか?
千秋:親が聴いてたものを、自然と聴いてましたね。それこそダンスホールレゲエだったり、マイケル・ジャクソンだったり……。僕、5歳くらいのときに彼の『Dangerous World Tour』を観に行ってるんですよ。マイケルのことがすごく好きで、NYヤンキーズの帽子を回転させながら飛ばして「ホゥッ!」とか言ってたらしいです(笑)。小学生の頃は、1960年代とか70年代のヒット曲のコンピレーションCDを聴いてましたね。『太陽に吠えろ!』のテーマ音楽や『傷だらけの天使』『西武警察』なんかが大好きでした。当時は吹奏楽部でサックスをやってたんですけど、夕陽に向かって『傷だらけの天使』のテーマを吹いたりしてました(笑)。
スガナミ:あははは。モテそうだね。
千秋:それが全然モテなかったんですよ。中学生の頃って、女子はボールを持ってる男子が好きじゃないですか(恨めしそうに)。吹奏楽部で男は僕だけだったんですけど、コキ使われてましたね……。それで、たった1年でサックスをやめて、ギターを弾き始めるんです。友達とバンドを組んで、GOING STEADYなんかのカバーをしてましたね。
―GOING STEADYのどんなところに惹かれたんですか?
千秋:GOING STEADYの、元ネタを隠さないところがいいなあと思ってて。そういう元ネタを漁っていくうちに、知らない音楽に対する探究心がどんどん湧いてきて。中でもBad Brainsを聴いたときは衝撃を受けましたね。「やべえ! この音、Sex Pistolsよりもかっこいい!」って。でぶコーネリアスを結成したのもその頃です。
―でぶコーネリアスの後期になって、ラテンっぽい要素が入ってきたのはなぜでしょう?
千秋:最初は、完全にふざけてやってたんですよ。ライブでガーッとハードコアやった後にいきなりサンバやボサノバをやると面白いかなって。お客さんはみんなスルーって感じでしたけどね(笑)。当時も今もその「ふざけてやろう」っていう感覚は、あんまり変わってないかもしれないです。
―ジャポニカをやるようになって、それまでと一番変わったのは?
千秋:自分でちゃんと歌うようになったことかな。産声のように叫んでばっかりだった子どもが、覚えたての言葉をようやく口にした、みたいな。最初は歌うことに全然自信がなかったんですけど、ジャポニカを始めるちょっと前くらいから、「酔っぱらった勢いでカラオケに行って歌いまくる」というマイブームがあったんですね(笑)。カラオケで80年代のジャニーズに目覚めたり、面白い曲がいっぱいあることを知って。それでマイケル・ジャクソンのダンスを真似しながらマッチ(近藤真彦)やトシちゃん(田原俊彦)を歌ったりしてました。それがジャポニカの原型になってると思いますね。
スガナミ:Bad BrainsのボーカルのH.R.も、歌いながら踊りまくってるもんね。
千秋:そうそう、その弾けた感じがめちゃくちゃカッコいいんですよ。友達の結婚式でマッチを歌ったこともあるんですけど、キレイなひな壇に土足で上がって“ギンギラギンにさりげなく”を替え歌で歌ったんです。完全なアウェー状態で、精神面を鍛えられましたね(笑)。そうこうしているうちに、サンバや踊りといった、「遊び」でやってたことが自分の中で拡大していって、そっちをメインでやりたいと思うようになっていきました。
“恋のから騒ぎ”は、コーラスのところで<いい気持ち!>って歌ってるんですけど、メチャクチャ馬鹿だなって(笑)。そういうプリミティブな破壊力ってすごいなと思うんです。(スガナミ)
―音楽前夜社のみなさんは、もともとはどんな音楽が好きなんですか?
スガナミ:結構みんな雑食というか、もちろんサンバも好きだし、ハードコアやヒップホップも聴いてますね。たまたま千秋とやっているから今のような音楽になっているだけで、他の人と一緒にやったら、また全然違う音楽性になると思います。そういう意味では、ティン・パン・アレーみたいに、プロデュースチームのようなバンドになるのが理想ですね。ジャポニカソングサンバンチでいうと、僕らがティン・パン・アレーで、千秋が小坂忠、みたいな。
―なるほど。リードボーカルによって、楽曲のイメージがガラリと変わっていくと。いつもどうやって曲を作っているのでしょうか?
千秋:最初に僕がワンコーラス分を作って、それをメンバーに聴かせてアレンジを固めていくという感じです。大抵は家でシャワーを浴びてるときに浮かんでくるんですけど。
スガナミ:確かに気持ち良くなっているときに曲って浮かぶよね。チャリに乗ってるときとかさ。最初に千秋に曲を聴かせてもらうときは、とにかくもう笑ってますね。例えば“恋のから騒ぎ”は、コーラスのところで<いい気持ち!>って歌ってるんですけど、メチャクチャ馬鹿だなって(笑)。「みんなで<いい気持ち>って歌おう!」とか、そんなこと言ってくる奴なんてあんまりいないじゃないですか?
千秋:あとは、トイレで用を足してるときとかに思い浮かびます(笑)。
スガナミ:そういうプリミティブな破壊力ってすごいなと思って笑ってしまうんです。いや、すごくいいなって思ってるんですけどね。
きっとこれから会うたびにどんどん破天荒になっていくと思いますよ(笑)。世の中、見返してやりたいっていう気持ちもありますからね。(千秋)
―今回のレコーディングでは、アナログテープを回したそうですね。
スガナミ:はい、エンジニアの近藤祥昭さんに録ってもらって、マスタリングは中村宗一郎さんにお願いしました。近藤さんが言ってたんですけど、今はデジタルでコピペもできるし、1番と2番が同じテンションになっちゃうんですよね。だからずっと聴いていると飽きてきちゃうんじゃないかって。それに比べてテープだと、時間が経つにつれて演奏も疲れてくるし、テープ自体も繰り返し使っていくうちに摩耗するんですよね。その変化も丸ごと収めたほうが、愛着のある音楽になるんじゃないかって話をして。僕は今までそんなふうに考えたことなかったんだけど、確かにそうだよなって思いました。
―アナログだとやり直しが効かない緊張感もありますよね。
スガナミ:そうなんですよ。間違ったからといって、1つ前の状態には戻れないっていうのもいいなと思った。その瞬間にあるものを記録するっていうのが、本来のレコーディングじゃないですか。「まっさらな状態からやり直すことはできない」っていうのは、考えてみれば人生と同じですよね。
―アルバムのジャケットも千秋さんが描いているんですよね。描いた人の手触りが残る味わい深いジャケットですが、絵を描くのも好きだったんですか?
千秋:はい。よく学校の机に描いてました。隣に座ってる子や先生をずっと描いていたんですけど、それが今もずっと続いている感じです。基本的にはドローイングが多くて、今回のジャケットでは初めて水彩画に挑戦したんですよ。
ジャポニカソングサンバンチ『Japonica Song Sun Bunch』ジャケット
―これまでの作品も、非常に変わったリリース方法ですよね。マッチ箱にDLコードがついている『火の元EP』だったり、花の種が付いた『WASURENAGUSA EP』だったり。
千秋:『火の元EP』のほうは、DLコードっていう新しい技術と、火という人間が初めて開発したモノを合体させたかったんですよね。データで音楽が聴かれてしまうことに抗うのではなく、逆手に取って楽しんでみようかなと。『WASURENAGUSA EP』の花の種は、自分たちで手作業で詰めていきました。
ジャポニカソングサンバンチ『WASURENAGUSA EP』
スガナミ:どっちも千秋のアイデアなんですけど、音楽やってて、まさか花の種の業者に連絡することになるとは思わなかったよ(笑)。
―ハードコアバンドからキャリアをスタートさせた千秋さんにとって、音楽前夜社の出会いとジャポニカソングサンバンチの結成は、かなり人生に影響しているのでは?
千秋:実は僕、物心つくまではすごく明るかったんですけど、逆にその天真爛漫さが人を傷つけたりしているんじゃないのかなと考え始めてしまい、中学に入った頃から一気に内向的になってしまったんです。今の自分は、そこから再生している最中だと思ってて。
―内向的なままでもマズイと。
千秋:僕、デビューが高校生だったんですけど、そんな状態だからうまくコミュニケーションできないことも多くて、結構ヤバイなって本気で思ってた時期もあったんですよ。
―それは意外ですね。ただ腑に落ちるのは、こうやってお話ししていると千秋さんってかなり礼儀正しい感じがするのですが、一方で、ジャポニカの狂騒的というか、ちょっとネジが外れてしまったような破天荒さというのは、その境地へ向かいたいという千秋さんの強い意志によるものなんですね。
千秋:そうですね、そこに到達してようやく自分は正常だと自信が持てる気がするんです。だから、きっとこれから会うたびにどんどん破天荒になっていくと思いますよ(笑)。世の中、見返してやりたいっていう気持ちもありますからね。
スガナミ:今って、才能ある奴は結構金持ちだったりするじゃないですか? でもコイツ……マジで金がないんですよ! だって今、実家のガスが止まってるんでしょ?
千秋:そうなんです、実家が壊滅状態で(笑)。そこから脱出したくて一人暮らしを始めたんですけど、その僕の家も今は壊滅状態。バイトは理不尽にクビになるし、携帯は止まってるし。
スガナミ:それでこの間、ソニー・クラークの『Cool Struttin'』を売りに行ったら9万になったんだよね?(笑) それで実家のガス代を払ったとていう。マジでパツパツ状態。だからっていうわけじゃないけど、なんとか千秋の才能をもっと世に知らしめたいっていう気持ちは僕にもありますね。ジャポニカの音楽はハッチャけてますけど、その裏には悲しみがあるんです。「今宵、このひとときだけは、嫌なことを忘れましょう」という刹那の享楽というか、慰めの音楽。
千秋:だから、音楽前夜社のみんなや音楽仲間には本当に救われてますね。バンドやってなかったら僕、とんでもない奴になってたかもしれない。凶悪犯罪とか起こしてシャバにいなかったかも……(笑)。
―だんだん物騒になってきたのでこの辺にしておきましょうか(笑)。音楽的には、今後ジャポニカはどういう風になっていく予定ですか?
千秋:最近はユーロビートを聴いてるんですよ。
―ユ、ユーロビート?
千秋:そうです、『SUPER EUROBEAT』とか聴いてます。ユーロビートって大抵同じようなコード進行を使ってるんですよね。ここでこういうリフが入ってきて、といったお約束がいっぱいあるのが面白いなって。それが段々早くなるとパラパラになったり、ハードになるとレイヴになったり。レイヴはレイヴでまた面白いんです。
―まさか、ジャポニカのインタビューでユーロビートの話になるとは思いませんでした(笑)。
スガナミ:ユーロビートかあ……じゃあセカンドはまただいぶ変わってきそうだね(笑)。
- リリース情報
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- ジャポニカソングサンバンチ
『Japonica Song Sun Bunch』(CD) -
2014年5月2日(金)発売
価格:2,484円(税込)
P-VINE / PCD-938011. 新宿スリープウォーキン
2. かわいいベイビー
3. 踊り明かすよ
4. レコード
5. 飲み放題
6. 恋のから騒ぎ
7. 想い影
8. 愛を夢を
9. クライマックス
10. 天晴れいど
- ジャポニカソングサンバンチ
- プロフィール
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- ジャポニカソングサンバンチ
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千秋藤田(Vocal&Sax), きむらかずみ(Steel Pan), キムラヨシヒロ(Bass), しいねはるか(Piano&Keyboard)、太田忠志(Drum)、スガナミユウ(Direction&Guitar)。スティールパン、サックス、鍵盤、ベース、ギター、ドラムに乗せて歌われる耳馴染みよく、口ずさみやすいメロディー。ジャマイカ生まれ、友人ミュージシャンたちのアートワークも多数手がける千秋藤田の発起するアイデアを元に、バンド活動をはじめ、舞台演奏やファッションブランドのイメージソング等も手がける音楽制作集団、音楽前夜社の面々がバックバンドを務める話題のプロジェクト。
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